ルロザムール戻る
神世では、不気味な程に穏やかな時が流れていた。
マディアは日々エーデラークとして静かに執務をしていることが多く、並行しての修行にも密かに励んでいた。
ん? この辺りだけ夜遅くなっても
報告者数が増えない?
他は普段通りなのに……何かあったのかな?
此処って、ラピスリ姉様達が居る
島国だよね?
エーデラークの机には人世の地図が描かれた石板が置いてあり、地図上の数字は刻々と変化していた。
報告者数はおかしいけど、導いた魂の数は
普段より ちょっと少ない程度だね。
つまり人世としては異変は無い。
もしかして誰かと戦ってるとか?
報告なんてしてられなくて遅れてる?
確かめたいけど……ダメだよね――
「エーデラーク、如何した?」
ナターダグラルが読んでいた本を閉じた。
「いえ何も。
報告数を確かめていただけです」
「ふむ。順調に堕神達を導けているか?」
「堕神かどうかまでは分かりません。
報告は遅れ気味ですが、通常通りです」
「遅延の原因は?」
「この報告書では分かりかねますが、忙しいのではないでしょうか。
堕神や怨霊と戦うこともあるでしょうから」
「神員不足か? 神力不足か?」
「神力不足は確かですが……職神になれない人神が多いのも確かですので神員も不足しているのでしょう」
あれ? ザブダクルの手から……紐?
じゃなくて蔦?
よく見えないけど葉っぱ……あるよね?
「新たに採用なさるのでしたら指導神を決め、育てなければなりませんが、如何なさいますか?」
何やら考え込んでいるように見えていたザブダクルが目を開けた。
「月に居った人神は死司神か?」
「ルロザムール様のことでしょうか?
彼でしたらエーデラークの次に位置する高位死司神です」
「あれで、エーデラークの次だと?」
「ダグラナタンが神力を抜いておりますので」
「そうか……ふむ。
ならば新神よりは良かろう」
紐か蔦に見えるものをグイッと引いた。
「ああっ!?」
現れた勢いでルロザムールが床に倒れた。
「此処は――!!」
サッと見回し、ナターダグラルを確かめると、瞬間的に壁まで退いて身構えた。
「そうか。支配が解けたのだな?」
再び繋がりを引き、ルロザムールの胸ぐらを掴んで浮かせると、ニヤリと笑みを浮かべ、瞳に赤い光を宿して睨み付けた。
「私の下僕として精々働け」
「……はい。最高司様」
「エーデラーク、最も遅延している場所に向かわせよ」
ルロザムールには視線でエーデラークにも従えと示した。
「はい。最高司様」
エーデラークは落胆を隠し、書類を横に置いて石板を手にした。
「最高司補様、何也と御指示を」
「あ、はい。此方にお願い致します」
「畏まりました」
あ~あ……せっかく解けてたのになぁ。
もっと強い支配 込められちゃった。
やっぱり半年? そのくらいだよね?
道を断たれて以降に解けて、
月で神力を高める修行してたんだね。
でも……ザブダクルには僕達の欠片
見えてないのかな?
だとしたら、また解くだけだよね。
恭しく礼をして退室したルロザムールを見送り、静かに執務を続けるエーデラークだった。
―・―*―・―
報告遅延の原因となっている死司神達はオフォクスとラピスリに依って破邪と浄化を施されていた。
その横ではバステートが夫マリュースの力だからと、支配を解く方法を探っていた。
「此奴等を死司域に戻すと言うのか?」
オフォクスは愛娘を睨んだ。
「はい。此れ程までも死司神が減ればマディアが窮地に立たされましょう。
結界さえ維持すれば問題は無いと存じます」
すっかり元通りなラピスリが睨み返す。
「ふむ……」
バステートが顔を上げ、考え込んでいるオフォクスを見、ラピスリに微笑んだ。
「オフォクス様、意識を支配の欠片に向けさせれば緩みます。
マリュースでなければ完全には解けませんが、神力が強い者ほど緩みは大きくなりますので、ラピスリ様が仰る通り問題は無いと私も思いますよ」
「眠らせたまま向かせているのだな?
その誘導はカツェリスにしか出来ぬのか?」
「そうですね……ラピスリ様でしたら可能かと」ふふっ♪
「何故 笑っておるのだ?
儂には出来ぬと?」
「此方に運ばれました死司神のうち女神は数えるほどしか居りません。
男神ばかりと申してよろしいかと。
ですのでオフォクス様では、ついていらしては いただけないでしょう」
「ふむ……」
「女神達にも恐れられてしまうでしょうね」
「カツェリス……」しかめっ面 全開。
「何でございましょう?
私、間違ったことを申しましたか?」
「いや……儂は浄破邪に徹する。
ラピスリは誘導せよ」フン。
拗ねる父を可愛いと思いつつ、手招きするバステートの方に動くラピスリだった。
―・―*―・―
【リグーリ様、あれを……】
通常職務として上空で待機していたエィムが驚きも露な目を師に向けた。
【ルロザムール……月ではなかったのか?】
【何かを探しているようですね】
とりあえず姿と気を消した。
【そうじゃな】
同じく消して観察を続けた。
―◦―
ルロザムールは、ようやく見つけた死司神を捕まえた。
「死司神が少な過ぎるのは何故だ?」
「私は大陸東部担当ですので理由までは……。
此方が手薄ですのでと回されただけなのでございます」
「そうか。
では此処の担当達は何処に行ったのだ?」
「申し訳ございません。私には……」
「ふむ。では務めを続けよ」
「はい」逃げるように上昇した。
「忌々しい障壁から死魂が出るのを待つより他に無し、か……」
〈ルロザムール様――〉
〈誰だ〉
〈モグラと申します〉
〈王の手飼いが何用だ?〉
〈今はナターダグラル様の下に居ります〉
〈ふむ。では新たな御指示か?〉
〈いえ。昼間の出来事をお話し致したく〉
〈捕まえたりなんぞせぬ。姿を見せよ〉
〈では――〉少し離れた宙に姿を見せた。
「昼間、死神封じの結界から出た死魂を見つけました死司の神様が向かわれましたところ、堕神の攻撃を受け、捕らえられましたので御座います。
その攻撃は広範囲に及び、また異変に気づかれました神々方々が多く集まっておられましたが故に、大勢が連れ去られてしまいましたので御座います」
「何処に?」
「稲荷山かと」
「また障壁か……」
「はい」
「モグラよ、誰ぞ怨霊化せよ。
死魂を運ばねば務めが果たせぬ」
「畏まりました」恭しく礼。
モグラが瞬移した先を見詰めるルロザムールは、如何に報告すればエーデラークを蹴落とせるかと考えを巡らせるのだった。
―◦―
【リグーリ様、教会に戻り、何方かに伝えるべきでは?】
【エィム……儂だけで離れるが、手出しせず見ておれよ?】
【はい】【でしたら僕が伝えますよ】
【おや。ジョーヌも見ておったのか】
【巡視中にモグラを見つけて、つけて来たんです。
怨霊の方には、ちょうど帰り着いた祓い屋さんが向かってくださいましたので、こちらに留まったんです。
それで、あの人神は?】
【高位死司神のルロザムールじゃよ。
月に居った筈なんじゃがのぅ】
【ルロザムール……。
では報告に向かいますので】
ペコリとして瞬移した。
【怨霊は……捕まったようじゃの。
おや? 海に迷い霊じゃな。
連れてルロザムールを追うとするかの】
【はい!】降下。
―◦―
ジョーヌから聞いて直ぐに確めに来たオフォクスとラピスリだったが、怨霊を運ぶルロザムールと、尾行しているリグーリとエィムを神眼で追うだけに留めた。
暫く神眼で追ったオフォクスは、このままリグーリに任せるべきと娘に視線で示し、社に戻ろうとした。
【父様、月の道が断たれて以降のルロザムールの様子は如何でしたか?】
背を向けた父を引き止めた。
【支配が解ける兆しが見えておった】
【その後ダグラナタンの支配が解け、神力を高める修行をしていたようですね。
やはりザブダクルはルロザムールと何らかの繋がりを成していたのでは?
それを利用して月から引き寄せ、新たな支配を込めたのでは?】
【で、あろうな】
【マディア達が込めた欠片の力がダグラナタンの支配を解いたのでは?】
【ふむ。ならば新たな支配を解く為に、新たな欠片を込めねばならぬと言いたいのだな?】
娘を連れて術移した。
――先回りして完全に気配を消して待ち、通り過ぎるルロザムールの背に触れる程の近さで、狐の父娘は神力の欠片を込めた。
【オフォクス様……】
追尾しているリグーリとエィムが来た。
【後は頼む】
【はい】通り過ぎた。
リグーリ達を見送り、オフォクスとラピスリは社に戻った。
今回は主に神世と神のお話でした。
ルロザムール復活です。
いえ、月から戻されただけですけど。
ダグラナタンの支配が解けていたのに、モグラに続いて敵となってしまいました。
ですが、マディアもラピスリも解く気満々です。
同代ハーリィの相棒ですので。
普段はフェレットなジョーヌは、飼い主が会社に居る昼間や眠った後の夜中に龍神に戻って巡視をしています。
姉の静香とは輝竜家の庭で、よく話しているようです。
カケル達は?
ライブハウスで酒盛り中ですかねぇ。