カケル目覚める
カケルとソラの手を繋がせた翌々日の夜明け前、彩桜はまた交差点に向かっていた。
青年ユーレイを眺めがら、点滅から切り替わったばかりの信号を待っていると――
〈トシ兄!?〉
信号手前から、中年男性ユーレイが現れて青年ユーレイの顔を覗き込み、首を傾げていたのは見えていた。
しかしその程度はよくある事なので、ただ眺めていたのだが、続いて現れたユーレイを見て、つい呼んでしまったのだった。
〈待ってトシ兄! 俺だよ、彩桜だよ!!〉
叫びながら周りをぐるりと見渡し、車も人も居ないので瞬移して利幸の腕を掴もうとした。
――が、寸前のところで利幸は中年ユーレイを連れて消えた。
〈トシ兄ってば!! 戻ってよおっ!!〉
返事もないし、戻っても来ない。
〈もおおっ!! トシ兄のバカーーーッ!!〉地団駄!
《ドラグーナ……》
〈トリノクス様?〉
《そうだ。
父、兄との共鳴で力を得ておったのでな、先程の接触でウンディに込めていた私の欠片を回収した。
この青年を目覚めさせる。もう暫し待て》
〈ショウと飛翔さんは?〉
《皆、無事だ。順に目覚めさせる。
この青年が本体となっておるから先に目覚めさせねばな》
〈はい♪
お稲荷様トコ知らせに行きますね♪〉
《頼む……》
彩桜は青年ユーレイに回復治癒を目一杯 注ぎ、稲荷山へと瞬移した。
―◦―
〈オニキス師匠! お稲荷様は?〉
キツネの社は留守だったので、山の社に行くとオニキスが振り返った。
〈慌ててどーした?〉
〈トリノクス様が目覚めたの~♪
でね、トシ兄まだ街に居たよ〉
〈ウンディ何処だっ!?〉
〈おじさんユーレイと一緒に消えちゃった〉
〈おじさんユーレイ? 誰だそりゃ?〉
〈知らな~い。
でも交差点のお兄さんの知り合いかも~〉
〈ま、無事に街の中ならいっか。
そのうち捕まえられるだろ。
で、トリノクス様ナンか言ってたか?〉
〈トシ兄から欠片を回収したから、本体のお兄さんを目覚めさせるって♪〉
〈そっか♪ ナンにせよ一歩前進だなっ♪〉
〈うんっ♪〉
〈彩桜、今日も店番か?〉
〈パトロールしたくて~お休み貰った~♪〉
〈じゃあトリノクス様 見ててくれるか?〉
〈うんっ♪
あ、お稲荷様は? お出掛け?〉
〈ああ。『サイと話さねばならぬ』つって出てったよ〉
〈そっか~。じゃあ俺ガンバル~♪〉瞬移♪
―・―*―・―
オフォクスは稲荷山の麓でサイオンジと会っていた。
〈モグラの事、阻止できず申し訳ない〉
〈仕方のねぇこったぁよぉ。
気にすんなってこった。
これも運命なんかなぁよ。
どーしてもオイラと戦いたいんだろ~なぁ。
成仏させてやるのがオイラの……親友としての務めなんだろ~よ〉
〈サイ……〉
〈そんな顔すんなってぇ。
キツネ殿らしくもねぇ〉
〈然うか……〉フッ。
〈話は変わるが、交差点の青年とソラは近々目覚める。今日明日の事であろう〉
〈あの兄ちゃんの素性は?〉
〈優生 翔。
響の姉と婚約しておった。
以前、民家に結界を成したであろう?
その後、街の結界に変えたものだ〉
〈あの家かぁよ。何年前だぁ?
響ちゃんも随分と頑張ったなぁよ。
そぉかぁ……死んじまったかぁ。
で、祓い屋としちゃあど~なんだぁ?〉
〈素性に関しては『それだけか?』と言う顔をしておるな。
この程度は知っておったのであろう?
力が開かぬままユーレイと成ったが故に、ごく普通に暮らしていた。
其れだけだ。
存分に鍛えてやってくれ〉
〈そぉかぁ。トビキリなんだぁな~♪〉
頷く。〈カケルとソラを頼む〉
〈おぅよ。任せとけってぇ。
そんじゃあソラに付いててやらにゃあなぁ。
キツネ殿、無理すんじゃねぇぞぉ〉
笑って消えた。
サイにまで心配を掛けてしまうとは――。
オフォクスも苦笑しつつ社に戻った。
―◦―
【主様っ】尻尾が嬉しそうに揺れている。
【戻ったか、狐儀。長旅であったな】
【モグラが怨霊に戻ってしまいましたので、可能な限り多くの結界を強めておりました】
【然うか。大儀であったな】
【いえ、、梅華様にお手伝い頂きましたので……】
尻尾がモジモジ揺れる。
【来ておったのか。
ラピスリには会わせたのか?】
【ラピスリ様は悪神の襲撃にて、ご友人を亡くされまして……その……】
【其れで社に来ぬのだな?
然うか。昨夜も其の友を捜しておったのか。
……ふむ。近い内に見つかる。
然う伝えてくれるか?】
【梅華様を会わせても?】
【会わせればよい。
ラピスリが吸収なんぞするとは思えぬが、会って話せば前を向くやも知れぬ】
【はい。
主様は、また月にお戻りになられますか?】
【新たな道も滅された。
次の道が開く迄は此処に居る】
【はい(♪)】
嬉しそうに揺れっぱなしな尾には気付いていないのか、狐儀は真顔で一礼して消えた。
尾の方が素直で雄弁だな。
甥っ子の幸せを願うオフォクスもまた笑みを浮かべた。
―・―*―・―
交差点近くの公園から青年ユーレイの様子を見ている彩桜は、暗くなってきたので交替してもらえるようなパトロール中の堕神犬は居ないかと探していた。
お兄さん、目覚めてるけど動けない?
ずっとキョロキョロしてるだけだよね。
気を消さなくても見つからない?
でも~、このお兄さん、とっても強い力
持ってるんだよね。
消しとくべきだよね? うん。
午前中に通った御札お姉ちゃんは
無視して行ったっきりだし~、
トリノクス様お返事ないし~、
お師匠様達だ~れも来ないし~!
お腹 空いちゃったよぉ。
おにぎりも~、お菓子も~
ぜ~んぶ食べちゃったぁ。
黒瑯兄のご~は~んん~~~!
〈彩桜? 何処で騒いでいるの?〉
彩桜が気を消しているので掴めないらしい。
〈青生兄~♪ あのね、ショウのお兄さん起きたけど動けないのぉ。
朝からずっと見てたのぉ〉
〈俺は動けないから瑠璃に伝えてみるよ。
とりあえず、ご飯なんだね?〉
〈うん♪〉
―◦―
すっかり暗くなって彩桜のお腹が鳴った時、両肩越しに2つの弁当箱が差し出された。
〈瑠璃姉ありが――分身の術!?〉
受け取った特大サイズの弁当箱を重ねて抱き、振り返って跳び退った。
〈説明が難しいが……双子の妹だ〉
〈梅華と申します〉
〈どゆこと???〉
〈人としては双子ではない。
彼女は大陸生まれだ。
内の神が双子なのだ〉
〈神様が強いから?
双子みたくなっちゃうの?〉
〈彩桜達兄弟と同じだ〉
〈そっか~♪〉納得♪
〈簡単に納得するのだな……〉
〈だって兄貴達、黙って立ってたらフツーのヒトじゃ区別できないでしょ。
フツーの兄弟って区別できるんでしょ?〉
〈確かにな〉
〈瑠璃姉ちょっと元気なった?〉
〈小夜子は近いうちに見つかると知らせに来てくれたからな〉
〈良かったね~♪〉
〈そうだな〉ふっ。
〈メイ姉、瑠璃姉と一緒に暮らすの?
俺ん家 来る?♪〉
〈いえ。山のお社に……〉
〈よく『メイ姉』で分かったな〉
〈あ……はい♪〉
〈いつでも来てねっ♪〉
〈ありがとうございます♪〉
〈中身ぜ~んぜん違うのも俺達と同じだね♪〉
〈どういう意味だ?〉
〈悪い意味じゃないからっ〉
〈ま、確かに その通りだな。
ところで食べないのか?〉
〈食べる食べる食~べる~♪
ビックリして忘れちゃってたぁ。
わあっ♪ 瑠璃姉のと黒瑯兄のだ~♪
いっただっきま~す♪〉
〈完食できるのだろう?〉
〈うんっ♪ もっちろ~ん♪〉ぱくぱく♪
―・―*―・―
キツネの社では――
【主様、ラピスリ様は梅華様を双子の妹と、輝竜家にて紹介しておられました】
【やはり然うなったか】フッ。
【今宵は彩桜様と共に父の様子を御覧になられるそうです】
【ラピスリもメイファと共に居れば安堵するのであろうな】
【そのようです】
【メイファと絆を結び、支えてやってはくれぬか?
誰が言ったでもないのだが、ラピスリの力に戻らねばならぬと勝手に思い込んでおったのでな。
未だ不安は払拭しきれておらぬ筈だ】
【私で……よろしいのですか?】
【頼む】
【私なんぞに頼むだなどと……私は喜んで。
ですが、梅華様のお心こそが大事で御座います】
【確かめてもらえるか?】
【えっ……? あっ……か、畏まりました】
彩桜がカケルを見ている公園はサイオンジ公園ではありません。
交差点近くに別の公園があるんです。
彩桜の見守りは今回だけでなく、これからまだまだ続きます。
本編ではカケル達は全く気付いていませんでしたが、見ているだけでなく兄達やドラグーナの子供達と共に護り続けるんです。
人としての瑠璃の生みの親は亡くなっています。
育ての親は同じ街で元気に暮らしています。
人としての梅華も同じなんです。
無自覚堕神でしたが桃華に目覚めさせてもらい、修行を経て、育ての親を漢中国に残して来たんです。