夏が来た
神世も人世も、良い方向には大きな進展や変化が無いままに時が過ぎ、7月が終わろうとしていた。
人世では怨霊モグラが頻繁に各地で暴れており、怨霊化させられた無自覚堕神や欠片持ち達が次々と浄化域送りになっていた。
獣支配の力が強いモグラに対しては為す術の無い人世の獣神達は、怨霊化を阻止できない代わりに無自覚堕神と大きな欠片持ち達を自覚させ、保護する事に躍起になっており、稲荷山で修行する堕神は3倍程に増えていた。
神世は一見 平穏にも思える程だった。
が――
「エーデラーク、ここ最近の浄化域での処理効率の悪さは何事だ?
死司が送る魂が増えたにしても溜まり過ぎておるぞ」
執務をしていたマディアが顔を上げる。
「ザブダクル様は獣神を如何にお考えですか?
ダグラナタンのように狩りますか?」
「儂の問いに答えよ」
「その為に伺いたいのです」
「儂にとっては人神も獣神も同じだ。
故にエーデラークを補佐としておるのだ。
狩るなんぞせぬ」
あれ? なんか少し変わった?
あ、どっちも憎んでるって意味かな?
狩らないけど滅ぼすんだよね?
でも狩らないならいいかな?
「そうですか。では……。
各職域には僕のように獣神が人神の姿に偽装して潜入しておりました。
ですが今は皆、警戒して隠れてしまっています。
つまり人神のみなのです。
それが処理遅延の原因です」
僕としては遅れたままでいいんだけどね。
「ふむ。ならば獣神を職域に戻せ」
「お言葉ですが、僕が呼びかけても戻るとは思えません。
僕は敵だと思われていますので」
「確かにな。ならば人世に行け。
儂を乗せたまま姉に伝えよ」
「はい」
―◦―
神力射エリアを抜けた。
「全職域に獣神を戻すよう伝えればよろしいのですね?」
「そうだ。細かく話す必要は無かろう?」
「はい。
浄化域だけでなく他域にも獣神が戻れば全てが円滑に捗るでしょう。
これで盆も滞りなく行えます」
「それは何だ?」
「人は先祖を敬い死者を尊びます。
ですので年に一度、想いの欠片を所縁の者の近くに届け、数日後に回収するのです。
一斉には行えませんので人世各地で時期をずらしています」
「そんな事をしておるのか……ふむ。
ま、好きにすればよい。邪魔なんぞせぬ」
「ありがとうございます」
「む?」
「保魂域の一大行事ですので」
「ふむ」
人世の空に入った。
「もう来たか。戦わぬと気で示し、接近せよ」
「はい」そもそも戦わないもんね♪
マディアが ゆっくり近付く。
瑠璃龍は気を静めたまま留まっている。
「姉様、お聞きください」
この気……姉様で父様? ど~なってるの?
瑠璃龍は声を出さず頷いた。
「これからは職域では獣神狩りはしません。
職神として務めていた獣神に、人神姿で職域に戻るようお伝えください」
瑠璃龍は訝し気に目を細めただけで頷かなかった。
「姉様――」「儂が話そう」「――はい」
「儂はダグラナタンとは違う。
人神に対しても獣神に対しても感情は同じだ。
故に狩る等せぬと約束する。
職域を平常稼働に戻してくれ」
「信じて姉様。
獣神が憎いのなら、嫌っているのなら、僕は とっくに滅されているよ。
だから信じて。
このままじゃ盆に間に合わないんだ」
瑠璃龍が目を閉じた。
そして目を開けると頷いて、瞬移した。
「戻るぞ」
「はい」上昇。
「不思議な女神だな」
「姉様は狐と龍なんです。
再誕で、前は男神だったそうです」
「龍狐の女神で再誕……そうか……」
「再誕が何か?」
「いや。
マディアは、ピュアリラまたはアミュラという女神を知っておるか?」
「いえ……申し訳ございません」
「謝る必要は無い。
今の世には居らぬのか……」
「詮索無用なんですよね?」
「無理に探す必要は無い」
「はい」
―・―*―・―
少し下に瞬移した瑠璃龍は、マディアが去ったのを確かめて分離した。
【父様、何ともありませんか?】
〖大丈夫だよ。融合だと長く保てそうだね。
それはいいとして、ザブダクルは神世をどうしたいんだろうね〗
【ボロボロな神世を潰しても面白くないのかもしれません】
〖一度 立て直して、か……かもしれないね。
ザブダクルは戻って来そうにないね。
そろそろ戻ろう。
小夜子さんだけを残したから心配だよね〗
父は娘を連れて動物病院へと瞬移した。
―◦―
仮眠室に戻った筈の瑠璃が慌てた様子で事務室のドアを開けた。
「青生、小夜子が来ていないか?」
頬杖をついて目を閉じていた青生が目覚めたらしく頭を振った。
「此処には……居ないみたいだね」
「すまぬが捜しに行く」
「うん。気を付けてね」
「ああ」瞬移!
入れ替わりに紅火が現れた。
「稲荷山には俺が伝える。
青生の龍神様は眠った筈だ」
それだけを言うと青生の肩をポンと叩いて消えた。
「うん……眠っているね。
診察も始まるし、俺も動かないとね」
自身に回復光を当てて立ち上がった。
―・―*―・―
その頃、月では――
〈オフォクス♪ オフォクス♪
この道、術移なら通れるんじゃない?♪〉
瞑想していたオフォクスが声の方に視線を向けると、遠くで大きく跳ねていたイーリスタが手を振って術移して来た。
「オフォクス♪ 来てってば~♪」ぴょん♪
渋々行く。当然、術移で。
「人世からの道の痕跡 見つけたんだ♪
だから繋いでみた~♪ 通って~♪」
オフォクスは入口扉に手を当てて確かめ、扉を開いたが、その先は『無』だった。
「普通には通れないのですね?」
「だからオフォクスなんだ♪
強い術移じゃないとダメっぽだから~♪」
「ふむ……」
扉の向こうを睨み、大きく術移した。
――【えっ? 父様?】
術移先に出ると、驚き顔の桃狐が居た。
【桃か……では大陸に出たのだな】
【はい。
やはり伝説の通り、此処には月への道が在ったのですね】
【痕跡だけであったらしいがな。
桃は此処に何故?】
【神世からの月への道が滅されたと聞き、この伝説の地を調べておりました】
【ふむ。急ぎ此の道を保護せねばならぬ。
手伝え】
【はい。あ――】
父娘が不穏な気を感じて見上げた刹那、禍が降り、道は消滅した。
【なんて事を!】
一瞬の碧い煌めきと共に不穏な気も消えた。
【まさかマディア!?】
【追うな桃! 道ならば何度でも開けばよい】
【……はい】
【相手は強い。その上、手段を厭わぬ。
儂はドラグーナと話さねばならぬ。
桃も持ち場に戻れ。
くれぐれも……気を付けよ】
【はい、父様】
桃ことタオファは悔しさを滲ませた瞳のまま瞬移した。
オフォクスは娘を案じつつも振り切るように大瞬移した。
―・―*―・―
「えええええーーーーーっ!?!?!?!」
「「どーして消えたのっ!?」」
月ではイーリスタ夫妻ぴょんぴょん大騒ぎ!
【オフォクスオフォクスオフォクスッ!!】
「ソレで聞こえてたらぁ~」
「神世と人世の皆さんも~」
「「返事してると思う~」」
「だよねぇ」あははは……あ~あ……。
「オフォクス様だもん」
「人世に行けたハズ~」
「だよね~。オフォクスだもんね~」
「「イーさま元気出して~」」
「うん。また作るしかないよね~」
「「頑張りましょ~」」
「しかナイよねっ。うんっ!」ぴょん!
―・―*―・―
現世の門近くでザブダクルに道を察知されてしまい、反転して滅したマディアはオフォクスの無事だけは確かめたものの閉ざした心の内で泣きそうになっていた。
「マディア、如何した?」
そんなこと聞く?
「いえ何も。執務室に戻ります」
今はザブダクルとは話したくなくて執務の内容を流し始めた。
イーリスタ様ごめんなさい。僕――
「執務で悩んでおるのか?」
「あ、はい。ですが常の事ですので」
「真剣に対処しておるのだな。ふむ。
しかし程々にせよ」
「はい」
―・―*―・―
「いらっしゃ~い♪ 今日は紙でしょ♪」
すりガラスの向こうに人影が見えた彩桜がガッと戸を開けた。
「当たり♪
今日も被ってるのね♪
でも初めて顔が見えたわ♪
下半分だけどね♪」
「お面、総合防具なって、この大きさなったの~♪ あと少しなの~♪
紙、2束でしょ? でも倍 持ってて~」
「何か起こりそうなの?」
「怨霊……増えてるでしょ」
「そうね……じゃあ5束お願い」
「うんっ♪
でねっ、霊視線偏光眼鏡も♪」
「また改良版?
前の感想 話したのって2週間前だっけ? 10日くらい?
すぐできちゃうのね~」
「怨霊がねぇ」
「そっか。だから急いでくれてるのね?」
「そぉなの~」
「そっちの布は?」カウンターの上の。
「霊声……今は頭巾かなっ♪」
「あ~、トートバッグ?」
「防災頭巾サイズなったの~♪」
「確かに防災頭巾だわ」あははっ♪
「もっと小さくするの~♪」
「それも試させてもらえる?」
「え? いいの? 防災頭巾だよ?」
「普通の人には見せないわよぉ」
「だよね~♪
じゃあ調整してもらうから手を当ててく~ださい♪」
「手を当てる? だけ?」でも当てる。
「布が記憶するの~。
でねっ、兄貴が調整♪
少々お待ちくっださ~い♪」
頭巾を持って奥へ。
すぐに頭巾と箱を持って戻った。
「はい♪ 今はお姉さん専用だよ♪
でねっ、修行クッキー♪」
「ありがと♪
でも……私ずっとお金払ってないような……?」
「気にしな~いの~♪
兄貴が楽しそ~に改良してるからいいの~♪」
『お~い! アイスも出来たぞ~!』
「は~い!♪ アイス好き?
修行アイス♪ 夏だから~♪」
「大好き♪」
ユーレイ外伝 第一部の最終話です。m(_ _)m
桃こと桃華もアーマルの代で、オフォクスとトリノクスの娘です。
堕神や大きな欠片持ちの魂はオフォクスが邦和に引き寄せているのですが、あまりに遠いと大陸(漢中国とその周辺)に着いてしまう事がそこそこあります。
ですのでタオファがオフォクスの補佐として堕神だと自覚させたり、欠片持ち達に修行させて祓い屋として育てたりしているんです。
さて、前回は泣いていた彩桜ですが……。
今回はカラ元気ではありません。
彩桜も前を向いて修行に励んでいるようです。
何かしら掴んだらしく元気も戻りました。
響がいつも食べていたアイスもどうやら修行スイーツだったようです。
そして霊視線偏光眼鏡と、『防災頭巾』こと霊声補聴頭巾。
完成に近付いているようです。
本編で響が使っていましたよね。
ユーレイ外伝 第二部は、カケルが目覚めるに至ったキッカケから、モグラと戦った翌々日までの本編の裏側のお話です。