カンパニュラ
モグラは10日程は山の結界の内に居た。
どうやら瞑想しているらしく、静かなものだった。
【オニキス、私はそろそろ他の地区に行かねばなりません。
此方が手薄となってしまいますが……】
【ソレも必要なんだから仕方ねぇよな。
気ィつけて行けよ。
あ、梅華チャン連れてけよ。
オレだけじゃ護りきれねぇからな】
ラピスリと同時に生まれた梅華をすっかり同代扱いしている。
【馴れ馴れしく呼ぶのは――】
【解ったからっ! 早く行けよなっ】
【では――】睨んで瞬移。
―・―*―・―
瑠璃は仮眠室に閉じ籠っていた。
時折、魂の内に保護している小夜子を出して様子を見ていたが、ユーレイ初期の『生きていた続き』をすることはなくなったものの、今度は意識がなくなってしまい、虚ろな眼差しで宙を見詰めるばかりになってしまった。
「小夜子……眠ったのなら成仏するか?
それとも子に会いに行くか?」
語りかけても無反応な友を見ているのに耐えられなくなり、涙を流しながらまた魂の内に込めるのだった。
―・―*―・―
ウィスタリアとナスタチウムは、ずっと結界端に居た。
【ウンディは自宅を忘れているのかもしれませんね】
【『眠り期』の可能性も考えられない?】
【考えられますね。
ですが私達が捜しても易々と見つかるとは思えません】
【そうよね……だからこうして手を当てているのよね】
【出てしまえば死司神達が拐いに来てしまいます。
その時に有利に動けるよう、私達は動かず一緒に居るのです】
【ねぇウィス、誰に説明しているの?】
堪えきれず くすくす笑っている。
【姿をお見せくださいませんか?】
道路脇の植え込みに目を向けて微笑んだ。
【あら可愛い♪
ハムスター? とても小さいのね♪】
【ジャンガリアンでしょうか。
青みがかった毛色ですね。
この3日程、何度もいらしてましたよね?】
植え込みの根本で行ったり来たりしてチラチラ見えているハムスターが鼻先を出して頷く。
【自覚があり、この話法が聞き取れている。
それに……共鳴していますね。
妹ですよね? とても近い気がします】
【もしかして……話せないのではなくて話したがらないのかしら?
この気……カンパニュラ?】
ととととと――っと走ってナスタチウムが差し出した掌に乗った。
乗りはしたが、指の間に顔を突っ込む。
【やっぱり♪ 恥ずかしがり屋さんのカンパニュラね♪
隠れなくても大丈夫よ♪
無事で良かったわ♪】
【神力も戻っておりますね。
鍛えていたのですね】
【ね♪ この力なら、どちらかが離れてウンディを捜せるわ♪】
【そうですね♪
父様のお家に戻ってジョーヌにも応援をお願いしてみます】
【それが良いわね♪】
―・―*―・―
『お師匠様っ! お師匠様ってば!!』
ドンドン! ドンドンドンッ!
「えっ!?」
オニキスは疲れから、うっかり眠ってしまっていた。
慌てて社の扉を開くと――
「オニキス師匠!
モグラのオッサンが歩いてたんです!
すんごく臭いのプンプンで!」
――力丸が駆け込んで来た。
「シマッタ!!
力丸は此処に居ろよ!!」瞬移!!
上空から神眼で捜す。
山を、街を、と範囲を拡げ――
まさか上!?
より上空に禍々しさを感じ、神眼を向けると碧い煌めきが見え、反転して去ろうとしていた。
【待て!! マディア!!】
瞬移しようとしたオニキスの前にモグラが立ち塞がった。
その目が赤い光を帯びる。
「マズッ」
咄嗟に目を閉じ、神眼のみで戦おうと身構えたが、どうしても友となったモグラの気弱そうな薄い笑顔が過ってしまい、攻撃を躊躇ってしまった。
【私の役目は無自覚堕神を浄化域に送る事。
無自覚……故に怨霊と化するは容易き事。
怨霊は祓い屋達が死神に渡してくれます。
つまり、仲間である堕神や欠片持ち達が浄化域に送ってくれるのですよ。
自覚堕神の皆様を攻撃するのは範疇外。
邪魔立てさえしなければ、ですがね。
次に私に近付いたならば、私の手足として差し上げましょう。
皆様にも、そうお伝えくださいませ】
心を逆撫でするような、嫌な笑い声を残してモグラは消えた。
「マディア……モグラ……何なんだよぉっ!!
腹立つっ!! ムカッ腹立つ!!
悪神めっ!! 赦さねぇからなっ!!」
【オニキス、ちょっと来い】
神世に向かって泣きながら喚いていると尾を引っ張られた。
――廃教会。
【リグーリ……】
老神の姿ではない人姿のリグーリが険しい表情で座れと促した。
【かなりヤバい事になった。
やっと人世に戻れたが……暫く神世には行けそうもない。
死司の最高司ナターダグラルをしているのはザブダクルという古の悪神らしい。
奴には人姿でも獣神だとバレる。
だから他の職域の獣神達も、今は姿を隠している状態だ。
機を見て社か此処に逃げ込んで来るだろう。
マディアが操られているのか否かは分からないが、操られていなくても従わざるを得ない状況なのだろう。
エーデリリィ様の姿を見ていないからな。
ザブダクルは、エーデラークは龍だったと神世中に知らせ、特別に補佐を続けさせると王からも許しを得ている。
ま、平たく言えばペットだ。
妙な首輪まで着けられているからな。
月への道も滅されたらしい。
神力射も更に凶悪になっている。
つまり人世も月も神世も、各々が孤立状態だ。
オフォクス様も月に行ったっきりだ。
さっきのモグラの話も聞いた。
こうなったら無自覚堕神達を自覚させていくしかない。そうだろ?】
早口で一気に捲し立てた。
【自覚させるったって……ウンディは行方不明だし、モグラも放ったらかしにはできねぇだろ?
どーする気だよ?】
【ウンディが行方不明!?】
【ユーレイなウンディが消えちまったんだよ】
【死んだのか!?】
【ああ。その悪神が馬鹿の一つ覚えな禍付き死印バラ撒いてガス爆発だよ。
で、ラピスリの友達が巻き添え喰らっちまって、ラピスリも泣いてばっかなんだ。
爆発事故の後、ウンディ見失っちまって、それっきり。
アイツの神力、弱過ぎてサッパ見つかんねぇんだよ。
だからウィス兄様は結界端で手ぇ当ててウンディが通るの待ってるんだ】
【仕方ない。無自覚堕神の方は弟子達を使うか。
此処に避難させたまま修行させておくつもりだったんだが……】
何やら懐から取り出した。
【掌に何だ? サイコロ?】
【修行用の個室だ。
古の四獣神様から預かったものだ。
ウンディを見つけたら此処で修行させる】
【あ~、そっか。
じゃあ今はエィムとチャムが入ってるのか?
狭くねぇのか?】
【かなり広いらしい。
エィムの同代で職域に居た獣神達、全てが入っている】
【ギュウギュウか?】
【入れば入る程、拡がるらしい。
エィムを出して聞いたが、何度か拡がったとは気付いていたが、それが後で同代が入った為だとは気付いていなかったよ】
【へぇ~♪ そんじゃあ最悪、堕神達の避難所にできるなっ♪】
【そうか……使えそうだな】
【よーし!
エィム達にも手伝ってもらって堕神 集めよーぜ!♪】
【暫く職神は休みだな】
【チョイ早な夏休みだなっ♪】
―・―*―・―
ウィスタリアは仲良し姉妹を残してウンディを捜しに行った。
【ね、カンパニュラ。
私だけなら話せるわよね?】
【うん……】
【もしかして飼い主さんの所から脱走して来たの?】
【うん……ナスタチウム見つけたから】
【この近所?】
【そこ……】
カンパニュラが隠れていた植え込みの向こうのマンションを指した。
【あら♪ 素敵な偶然ね♪】
【うん……♪】
【自然と自覚したの?】
【……父様の掌で目覚めたの】
【まあ♪】
【二度目に行って、わかったの。
きりゅう動物病院。
その時は妹だったの。
ラピスリが修行の仕方、教えてくれた】
【そうなのね♪
でも……病院にも連れて行ってくれる飼い主さんの所に帰らなくていいの?】
【ハムスターたくさん。
大きいのも小さいのも。
昨日も生まれてた。
前に兄様も逃げたの。
だから大丈夫】
【兄様?】
【名前……知らない。でも兄様】
【あ♪ きっとシアンスタ兄様だわ♪
もう龍に戻ってるわよ♪】
【良かった……】
―・―*―・―
ガタッギュギョギッ――
「あ、いらっしゃ~い♪
開けっぱでいいで~す♪」
茜色の柔らかな光が店内に溢れ落ちると、棚の水晶玉を撫でていたお面の顔が向いた。
「やっぱり……棚を掃除してるんじゃなくて物と話してる?」
「バレちゃった~♪
ちょっと相談してたの~」
「物に相談!?」
「物見の祓い屋さん、水晶玉とかに相談するでしょ?」
「そっか……そうよね。うん」
「強い怨霊 出たでしょ。だから~」
「物見の祓い屋くん?」
「祓い屋なりたいけどぉ、高校入らないとダメなのぉ」
「中学生なの?」
「うんっ♪
中学入ったから店番は、してよくなったの~♪
それで今日は何がゴイリヨウですか?」
「あ、眼鏡の感想ね♪
前面からの霊視線はバッチリ防げてる♪
斜めでも完璧よ♪
私は横からとか視線を感じても向いたり横目で見たりしないけど、売り物としてはやっぱり防いだ方がいいかな~って。
あと、ユーレイって上から現れるのもアリだから、その点もね」
「ありがとございま~す♪
兄貴また喜びま~す♪」
眼鏡を受け取って奥へ。
「少々お待ちく~ださ~い♪」
ケーキ箱を持って戻った。
「今日の修行スイーツ♪
苺ショートとキラキラ虹ゼリー♪」
蓋を開ける♪
「プロのパティシエ!?」
「兄貴 喜びま~す♪ はい♪ お礼です♪」
「流石にコレはタダで貰えないわよぉ」
「ん~~、じゃあ今日のお面な~に?」
「えっと~、、お魚咥えたトラ猫?」
「当ったり~♪ 賞品です♪」
箱を押し付けて座敷に逃げた。
「またのお越しをお待ちしておりま~す♪」
奥の襖を開けて更に逃げ込んだ。
開けっ放しだった店の戸が閉まる音を確かめてから彩桜が戻ろうとすると、後ろから肩を掴まれた。
「紅火兄なぁに?
霊視線偏光眼鏡の、聞いてたでしょ?」
振り返らずに眼鏡を差し出した。
「聞こえていた」受け取る。
「彩桜……ただの面なんぞを被って涙を隠すな。
泣きたい時は存分に泣けばいい。
俺には話せぬだろうが青生にならば――」
「青生兄、瑠璃姉がっ……だから俺……」
「物にならばと物見水晶の扱いを教えたが……それでも無理なのだな?」
「俺……誰も護れない……俺だからダメなんだ。
オニキス師匠に社に来るなって言われた。
モグラさんも……護れなかった……友達なのに。
俺なんかと友達なってくれたのにっ!
トシ兄も見つけられない。
水晶さん頑張ってくれたのに……俺の力が足りないんだ……」
紅火は彩桜の面を取り、クルリと向かせると抱き締めて後頭部を押さえつけた。
堰を切ったように彩桜が声を上げて泣いた。
「全て、彩桜の所為なんぞでは無い。
彩桜と友と成った為だなんぞと思い込むな。
己を責めるな。
まだ護る機は有る。
ソラも、紗も護りたいのだろう?
存分に泣いたならば修行しよう」
その後はただ彩桜の背を擦り続けた。
すっかり外が暗くなってから、彩桜が紅火の胸から顔を少しだけ離した。
「紅火兄……俺、修行する。
護れる者になりたいから……お願いします!」
涙と決意を宿した真剣な瞳を兄に向けた。
オニキスはマディアを心配していたり、フェネギにも幸せになってもらいたいと願っていたりと、言葉遣いは乱暴ですが優しい奴なんです。
ですから「ダチだと思ってる」と言った後、自然な流れで友達になっていたんです。
キツネの社に通っていた彩桜も、モグラとも、覚醒していないソラとも友達になっていたんですけどね。
彩桜には己を責めるなと言いつつ、紅火自身が、最も早くドラグーナが目覚めていたのにと己を責めまくっています。
彩桜が泣く場面は描きたくありませんので、この1シーンのみです。
こうまでも自分を責めてしまう彩桜の過去についてはユーレイ外伝 第三部で、です。
m(_ _)m