飼い龍エーデラーク
一晩中、執務をしながら心を閉ざしていたマディアは、すっかり慣れて明け方にはティングレイスに宛てた『手紙』を書面に込めるに至った。
これでよし♪
グレイさんなら見つけられるよね♪
それにしても……
ザブダクルってルサンティーナ様が
大好きなんだね。
だから僕達を言いなりに従えるのに
エーデとユーチャ姉様を封じたんだね。
仲が悪い夫婦だったら通用しないよ?
ルサンティーナ様とお茶した夢の後は
ずっとルサンティーナ様との思い出だった。
幸せだった頃の記憶。
風景の変化がなかったから
ほんの束の間だったんだろうね。
まだ他にも繋がってないトコとかあるのに
ルサンティーナ様ばっかり。
僕もエーデに会いたいのに――
〈エーデラーク、何をしておる?〉
〈執務をしております〉早起きだぁ。
〈一晩中か?〉
〈そう仰いましたよね?〉
〈そうか〉居室から出て来た。
その時、ベッド横の小卓上の花瓶が見えた。
あ♪
戸棚から見つけて花を移してくれたんだ♪
「終えた書面を神王殿に届けたいのですがよろしいでしょうか?」
「渡すだけにせよ。直ぐに戻れ」
「はい」瞬移し……戻った。
「早いな」
「庶務室の受け入れ箱に投じただけですので」
「そうか」
「人世に向かいますか?」
「そうだな……」談話卓を見た。
「儂が散らかしたままなのだな」
「片付けたいとは思いましたが触れてはならないと思い直し、そのままに致しました。
片付けてもよろしいのですか?」
「今少し続きをする。……賢い判断だ」
「僕にとってエーデは、僕の命よりもずっと大切ですので」
「その事、忘れるな。
如何な命にも従っておれ」
談話卓に着いた。
「はい」
神王殿で新たに受けた書類を出して、執務を再開した。
―・―*―・―
「やっほ~♪ オフォクス~♪」ぴょん♪
「イーリスタ様、何事です?」
「しかめっ面しないでよぉ」
「元々です」で?
「オフォクス、フルコンプだから龍もあるんでしょ?♪」
「龍ならば大勢居りますが?」
「半々女神♪ 生んであげて~♪」
「はあ?」
「クウダーム様しょんぼりしてるからぁ。
ほら、ラピスリが鏡 持ってっちゃったでしょ?
道 無くなっちゃったでしょ?
だから生んであげてよぉ」
「生まれたばかりで彼の姿を保つは不可能。
保てる程に育つのを待つより、人世への道を作る方が早い筈。
然すればラピスリが参る筈。
道作りにお戻りください」
「だったら手伝って~♪」
尻尾を掴んでぴょんぴょんぴょんぴょん♪
「イーリスタ様っ!!」離せっ!!
「オフォクス暇でしょ♪ ねっ♪」
「勝手に決め付け――」連れて行かれた。
「テトラクス兄様、僕達はいいの?」
「ペンタクス、私達は修行と禍退治ですよ。
早く蛇亀を保てるようになってくださいね」
「うん♪ 頑張りま~す♪」
―・―*―・―
大陸から山の社に狐儀が戻ると、バステートとオニキスが話していた。
【あ、フェネギお帰り】
【何を深刻そうに話しているのです?】
【昨日な、――ってか、その狐の女神様は?
ラピスリそっくりだけど……】
【梅華様はラピスラズリ様を再誕なさる際に込められた力の余剰からお生まれになられたそうなのです】
【お初にお目にかかります。
ラピスラズリ様の再誕には、とても大きな神力が必要でしたそうで、子と成すには魂が大きくなり過ぎて入りきらなかったそうなのです。
そうして生じました私は、マヌルの里で修行をさせていただいておりました。
堕神として、遠い地に堕とされそうになりました私を父様が引き寄せてくださいましたそうなのですが、運悪く大陸に堕ち、しかし運良く桃様に拾っていただけましたのでございます】
【声もラピスリを可愛くしたみたいだな♪
話し方なんて顔がラピスリだから可笑しくなっちまうくらい可愛いなっ♪】
【オニキス、失礼ですよ】
【それで、どうして此方に?
ラピスリ様の補佐としてですか?】
オニキスをチラリと睨んでバステートが尋ねた。
【いえ……私はラピスリ様の魂の内に戻らなければならない存在。
ラピスリ様の神力の一部なのですから。
この度、神として十分に神力を高められたと桃様のお墨付きを頂けましたので、狐儀様にお連れいただきました次第なのでございます】
【そんな……貴女は、それでいいの?】
【私は、そういう存在ですので】
【けどなぁ、ラピスリは取り込んだりなんかしねぇぞ?
ただの力の塊なら別だろーが、ちゃんと女神なんだからな。
それに……今はムリだよ】
【そうね。ドラグーナ様にお任せして、そっとしておくべきよね】
【何かあったのですか?】
【ああ。だからフェネギにもウンディを捜してもらいたいんだよ。
梅華様には、フェネギの補佐を頼みたい。
社や山を護るのも、当面ラピスリはムリだからな。
そんじゃあ話すからな】
―・―*―・―
「エーデラーク、行くぞ」
「はい」
「龍で飛べ」
「獣神は見つかれば捕らえられ、封じられるか堕神にされてしまうんです」
「そうか。そんな決まり事もあったな。
ならば先に王に会い、廃させる。
いや……エーデラークのみを特別としよう。
儂の乗り物としてな」
マディアの腕を掴んで瞬移した。
―◦―
謁見の間に入ったナターダグラルは、神力封じの縄を掛けた碧龍を連れていた。
ティングレイスが一瞬だけ驚きを瞳に宿したが、愚王としての演技は続けた。
「獣神、捕まえたんだね~」
「はい。
人神の姿に偽装し、皆を欺いておりましたエーデラークで御座います」
「え……?」
「驚くのも当然至極。
ですが真実なのです。
しかし獣神であれ、エーデラークが有能である事は周知の事実。
私と致しましては特例をお認め頂きたく存じます次第。
どうか、エーデラークを私の飼い龍としてお認め頂き、他の獣神とは区別し、処罰せぬようお願い申し上げます」
「いいよ~」
「有り難き幸せにて。
では、周知徹底をお願い致します」
「ん~。宰相、お願いね~」「はっ」
ナターダグラルはエーデラークの縄を解いた。
「どちらの姿でも構わぬ。
変わり無く私に従ってくれるな?
常に私と共に在ってくれるな?」
「はい。ありがとうございます。
善き神世にするお手伝い、力を尽くさせて頂きます」
「エーデラ~ク~、頑張ってね~」
「はい、陛下。ありがとうございます」
―◦―
死司域でも――
見習いまで全ての死司神が集められている前に最高司と共に現れた碧龍を見て、驚きからの騒めきが起こった。
「エーデラーク、いつもの姿に」「はい」
それを見て逃げようとする者、失神する者、攻撃しようと身構える者、叫ぶ者――等々。
大混乱を呈した。
「静かにせよ」
ナターダグラルの声が水を打った。
「武器を収めよ。
エーデラークは獣神であった。
しかし、この中の誰よりも優秀だ。
故に私は陛下のお許しを得、エーデラークを変わらず側近とすると決めたのだ。
今後もエーデラークは私の右腕だ。
手を出そうものならば私が叩き潰す。
心せよ」
―◦―
そしてやっと人世に向かう。
ザブダクルを背に乗せて飛ぶマディアは、考えが どのくらい流れるのかを試そうと、心を閉ざすのを徐々に緩めていった。
僕が龍だと広めたのって
何が利点なんだろ?
乗る為じゃないのは確かだよね。
瞬移すればいいんだし。
僕じゃなくてエーデラークが獣だとして
ナターダグラルにとっての利点って?
「獣神が上に立つのだからな。
羨望、妬み、様々な負の感情から不和が生じ、亀裂と成る。
そこから禍が増え、人神の世は自滅する。
儂は高みの見物だ」
「あ、あの……」
「考えも流れてくる」
「そうですか……」
「逆らわなければ、それでよい」
「はい」閉ざした。
つまり、閉ざせば大丈夫だね♪
落ち着きを取り戻したので、すっかりマディアらしくなりました。
飼い龍って……と内心ウンザリですが、それでも考えたり試したりと前向きに頑張っています。
月のイーリスタは、すっかり平常稼働です。
オフォクスを巻き込んで前進あるのみ♪
出てきませんでしたがミルキィとチェリーはイーリスタが瞬移した先に居た筈です。
梅華の親はオフォクスでしょうから、梅華が早まる前に人世に戻ってもらいたいんですけどね。