災厄の再来
【それじゃエーデ、後でね♪】【ええ】
着いた途端、朱雀に捕まり話し始めたイーリスタをマディアはチラリと見たが、声は掛けずにカイダームとクウダームが居る神殿へ。
エーデリリィはダグラナタンとザブダクルを封じている神殿へと入って行った。
【毎日ありがとうございます】
振り返ったクウダームがマディアに微笑む。
【いえ……父なら大きな神力を込められるのでしょうが、少しずつで すみません】
【そのようなこと……大きな御力をお持ちと存じます。
兄の小さな欠片には少しずつでなければ入らないのでしょう?】
【そんなこと――】「あぐぅっ!?」「――えっ!? クウダーム様っ!!」
クウダームの胸元から霧状の闇が噴き出し、その闇を押し出すように黒々とした右手がヌッと出た。
「破邪光無双!!」
破邪光で闇は消えたが、右手だけでなく黒い被膜に覆われた何者かの頭から肩にかけてもが出てきた。
出ようとしている者に引かれているのか、胸部を高くした不自然な姿勢でクウダームが崩れるように倒れる――「陛……下……」
「破邪光――」「龍の小童よ。これを見よ」
黒い者が水晶玉を握っている左手を突き出した。
「エーデ!?」
封珠の中に、力なく漂っている白龍が見えた。
「封珠を滅されたくなくば儂に従え。
封じた者しか出せぬ術を使ったのでな」
水晶玉を見えなくし、クウダームから抜け出た人神らしき者が ほくそ笑む。
「封珠を何処に!?」
「獣神には見えぬよ。それだけだ。
儂に従うか? 滅してもよいか?」
「エーデを……返して……」
「答えになっておらぬな。ならば――」
「従います! 滅さないでください!」
「そうか。では付いて来い」
「……はい」
外に出ると、隣の神殿は複数の巨大な禍に包まれており、転送口に居た者達も来て戦っていた。
「愚かな……行くぞ」
「はい」
「お前、月でも瞬移できるのか?」
「いえ……狐にしか出来ません」
「役立たずめが。儂を連れ、最速で飛べ」
「はい」乗せて全力で飛び始めた。
「言っておくが、獣神話法とやらでも封珠に声は届かぬ。
しかし……他の獣神と話されるのも気分が悪いな。
ならば――」
マディアの首に輪が現れた。
「うっ」
「締め付けはせぬ。
獣神秘話法とやらで話そうとも儂には聞こえる。それだけだ」
転送口にも、月の門にも誰も居なかった。
「この向こうが神世なのだな?」
「はい」
通路へ。大瞬移して神世への扉の前。
「よし。今からは儂がナターダグラルだ」
言って笑い、黒い被膜を消した。
「この身体と奴の神力を貰ってやった。
今は奴が魂のみだ」
高笑いを響かせた。
扉を開け――「此処は何処だっ!?」
「かつて人神の国が在った地です」
「嘘なんぞをほざくのならば封珠を――」「本当です!」
思わず声を上げ、睨み付けそうになったが、マディアは視線を伏せた。
「灼熱の名残りは向こうの火山です。
ああして噴出させなければ地に熱が溜まってしまうんです。
風雪で凍らせておかなければ、すぐに燃え上がるんです」
「人神の国は!?」
「貴方が封じられていた地に在ります。
この灼熱を逃れ、獣神の地に築いたんです」
「その国にも王が居るのだな?」
「……はい」
「思い出したぞ。奴が操っておったな。
儂はもう王なんぞに興味も未練も無い。
王は其奴に任せる」
「そうですか」ほっ。
「存分に暴れ、滅ぼすのみだからな」
「滅ぼして……その先は?
何をなさりたいのです?」
「全滅はさせぬ。
復興を待ち、また叩きのめす。
何度でもな」
「もう、貴方のことなんて知らない、何代も何代も後の者達ばかりなのに……」
「知ったことか。
王に会いに行くぞエーデラーク」
「……はい」
「返事が遅いぞ。
気が変わった。お前の働きを見る。
人世に向かえ」
「はい」
「待て。最早この道も不要だな」
何やら唱える。
「月への道が……」消えた……。
「さっさと飛べ」
「はい」
ザブダクルを背に乗せたマディアは獣神の気を避けつつ大瞬移を繰り返し、現世の門を抜けた。
ずっと小さく呟いていたザブダクルがマディアの背をポンと叩いた。
「神力射は気にするな。早く降りよ。
ふむ。今後、厄介な邪魔者となるはウンディと出たな。
ウンディとは堕神か?」
「はい」
「ならば其奴を浄化域送りとせよ」
「はい」
気づいて、逃げてと、せめて祈りたかったが、それも伝わるのだろうと心を閉ざして飛ぶマディアだった。
―・―*―・―
動物病院の事務室に居る瑠璃はクウダームから預かった鏡を見詰めていた。
オフォクスの代わりもしている瑠璃には、この鏡に専念する時間的余裕は無く、この ひと月は合間合間に試す程度しか出来ていなかった。
知っている限りの術を試したが
この封印は……もしや!
龍狐半々の姿になり、唯一僅かに反応があった術を唱えてみた。
――が、「何が足らぬと言うのだ?」
つい声が出てしまった。
鏡面が光り、文字が浮かびかけたものの、立ち消えたかのように暗くなってしまったのだった。
「そうか!」
念の為にとクウダームから預かった神力の欠片を鏡面に乗せ、己が内に在る人神の力を最大限に引き出して再度 唱えた。
唱え終えても鏡面は光を保ち、文字がスルスルと連なり出て、宙に並んだ。
鍵は龍と人神の力か。
日記か? 日付けと……まだ文字が
並びつつあるのだな。
新しいものから順に見えている?
クウダーム様ご自身が込めたのか?
は? ジョーヌに記憶を預けただと!?
この『黄鱗の龍神ジョーヌ』は
従弟のジョーヌなのだろうか?
預けたのは最終の再誕以降の記憶か……。
日付けは60年近く前。
ジョーヌが父の近衛をしていた頃だな。
ふむ。
月に連れて行き、会わせるべきだな。
その前は……フィアラグーナ様にも
預けていたのか!?
そうか。だからフィアラグーナ様は
封じられていたクウダーム様を
封珠から出すに至ったのか。
ならばサイオンジ殿に会い――ん?
人世に現れる筈もない禍を感じ、瑠璃は天に気を向けた。
奴が何故!? 月は今――「瑠璃!」
声に振り返る。「青生……」
「此処は俺に任せて。行って!」
「すまぬ……」
「俺は未だだから……早く!」
頷いて、瑠璃は瞬移した。
予防接種会場となっている公園で空からの不穏な気配を感じた青生は、急患だと偽って戻ったのだった。
「診察の予約を確かめないと……」
瑠璃の机に行き、起動させたままの画面を見ようとしているのに、どうしても悔しさが溢れてしまって読めなかった。
頬を伝った滴が鏡面に落ちた。
〖ドラグーナよ。
この鏡に涙するとは、クウダーム様と私に何事か起こってしまったのだな?
ならば古のカリュー王国の地、城の跡地を掘り返せ。
それで解決する筈だ。早く行け〗
「って……? 瑠璃の神様なら分かるのか?
もう一度 聞くには……?
あっ、ドラグーナ様!
お目覚めください! ドラグーナ様っ!」
―・―*―・―
【ラピスリ!】
【オニキスも感じたのか?】
街の遥か上空でラピスリとオニキスは神世の方を睨んだ。
【もう……すぐソコじゃねぇかよ……】
【次の瞬移で眼前だ!】【おう!】
禍々しさの塊が現れ――【【マディア!?】】
――気付いていたらしいマディアが禍々しさを背負ったまま迫り来た。
その途中で禍々しさの塊な人神は離れ、更に下へと飛んで行った。
【オニキス追え!】【けどっ!】
【また大勢を死なせる気か!?】
【無茶すんなよ!】追って瞬移!
ザブダクルに龍達の足止めを命じられたマディアは、心を閉ざしたままラピスリに迫り、続けざまに攻撃術を放った。
その術を躱し、打ち消しつつ懐に入ろうとしているラピスリは、マディアに呼び掛け続けていた。
【操られてはおらぬのだろう!?
返事をしろ! マディア!】
災厄の再来です。
中身は変わりましたが、やっぱりナターダグラルが悪神です。
古の悪神ザブダクルは、ただ破壊だけが目的なのでしょうか?
エーデリリィは無事?
改心していたダグラナタンは?
マディアはこのまま配下として悪神に従うのでしょうか?
いや、従う以前にラピスリに喧嘩を売って無事で済むのでしょうか?
狙われてしまったウンディの運命は?
――それは本編の通りなんですけど、とにかく次話に続きます。
m(_ _)m