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今、生きているあなたへ  作者: ひびき
序章:幼少期 助走編
14/86

第13話 終わらない悪夢

/734年7月1日/

         *エレナ視点*

エ「タイト、耳のとこから血が出てるよ」


 修行も一区切りつき、休憩に入ってから気づいた。タイトの右耳の上側の付け根から血が垂れている。


タ「え?どこどこ?」

エ「右右、ちがう逆」

タ「うわ、ほんとだ」


 恐らく、木剣が掠ったのだろう。


エ「とりあえず、こっちおいで。水で傷口洗うよん」

 そう言いながら、右手の掌程の大きさの水魔法を作り出す。

 タイトはそれを聞いた途端、咄嗟に右手で耳を覆い隠す。


タ「回復魔法で治せばよくない?」

エ「それだと、傷口に雑菌が残るでしょ?」

タ「今までそんなこと、気にしたこともないのに」


 段々、警戒心が高くなっていくタイト。口の減らないヤツめ。


エ「いいからいいから、速くこっちに来なって」


 左手でタイトの右手を掴み、優しく圧を掛けながら言う。


タ「痛い痛い!わかった、わかったから!」

エ「最初から言う通りすれば痛みを受けずに済んだのに」

タ「最近理不尽が極まってきてる気がする」

エ「なんか言った?」

タ「イエナンデモアリマセン」


 ついにタイトが折れ、タイトは私の目の前に立つ。


エ「ほら、向こう向いてて」


 タイトを私に背を向けるように立たせる。


エ「ほいじゃ、流すよー」

 そう言って、掌程の大きさの水魔法に回転を掛けて耳の付近に付いた血ごと洗い流す。

 よく見たら、黒のローブにも血がついてる。まぁ、こっちは洗えばとれるし大丈夫だろうが。


タ「僕、ほんとに強くなれるのかな?」


 ふと、タイトが呟いた。声色からして、前のように思い悩んでるわけでは無さそう。


エ「んー?なんか思うことでもあんのー?」

タ「ううん、ただ、自分が強くなってる姿が想像できなくて、、、」

エ「まぁタイト、今は強くなる理由も、目標とかもないからね〜。難しいよね?」

タ「お姉ちゃんは魔王を倒すことだよね?」

エ「そうだね〜、それとー、、、う〜ん、やっぱりいいや」

タ「何それ気になる」

エ「教えなーい」


 強くなる1番の理由を言おうと思ったがやめた。伝えるのは、今はまだ恥ずかしい。教えるならもっと強くなってから。


エ「まぁ、タイトなら大丈夫だよ!だって、私の弟だもん!」


 腰に手を当て、胸を張り堂々とした姿勢をとる。


タ「ははっ、なんだよそれ、説得力ないよ」

エ「私自身が説得力のようなものです!

てかてか、今の台詞、タイトが覚醒の時に回想として流れそうな場面だね!?」

タ「いや、何の話だよ、!それに、あまりそういうこと言うんじゃありません!」



 ある程度血も雑菌も洗い流し、そのまま魔法をそこら辺に捨てる。


 捨てた後にもう一度確認してみると、傷口からゆっくりとまた血が滲み出ているのが見えた。

 また垂れて来そうだったので、血を傷口ごと舐めてみると、


タ「ひゃあ!」


 まるで女の子みたいな声を出しながら、すぐさま私から距離を取り、「信じられない」といった表情で私を見ながら耳を抑えるタイト。

 自分の出した声が恥ずかしくなったのだろうか、顔が少し赤くなっている。


タ「なにしてんの?!」

エ「いやぁ、つい」

エ(何か、言い逃れは...)

 しばらく考え込み、やがて私はタイトに

ニカッ

と笑って見せて、


エ「・・・えへっ、やっちまったぜ☆」

タ「やっちまったぜ☆じゃないよ!もうっ」


 やっちまったものは仕方がない。すぐさま回復魔法を使い、傷を治すタイト。


エ(勿体ないなぁ)

 そんなことを思っていると、


タ「今度から血が出たら、お姉ちゃんには近づかないからね」


エ(???)

 意味が理解できない。近づかない?ちょっと何言ってるか分からない


エ「ん?冗談?」

タ「本気だよ!もうっ、こんなことしてると頭が悪くなりそう」

エ「どういう意味だこら」


 ゴロゴロと雲が鳴り、空を見上げるとだいぶ暗くなってきたことに気づく。

 まだ15時程だと言うのに、空は日が暮れた直後のような暗さ。


タ「もうすぐ降ってきそうだね」


エ「・・・ねー、タイトー」

タ「ん?どしたー?」

エ「タイトはさー、将来どうなりたいとか、こんなことしてみたいとかある?」


 純粋な疑問。タイトは怪訝そうな表情を一瞬浮かべたが、私の顔を見ていつも通りに戻った。

 私がいつも何かしらの悪さをすると思ってんのかこいつは。


タ「そうだねー、、結婚、とかしてみたいかな?

あと、エレナとかレイとは、この先もずっと一緒に楽しくやっていきたいかな?」


エ(???)


 今の発言を元にタイトの言葉の意味を一旦整理する。


エ(ずっと一緒にいたいのに結婚したい訳では無いの?あの言い方だと結婚は他の人とするみたいな感じだよな?

ちょっと待てちょっと待て、は?え、ちょ、は?

何こいつ、どういうことなん?)


 考えても考えても意味が理解できない。もういっそ聞いてしまおうと結論に至った。


エ「誰と結婚したいとかはないの?」

タ「誰と?今んとこはないかな〜」

エ「え?レイとかは?」

タ「?、レイは友達でしょ?てか、なんでそこでレイが?」


エ(なんで?その発言になんでだわこっちは!

鈍感とかそういう次元じゃないこいつはもう。

・・・はっ!もしかして!)


エ「もしかして!私と結婚とか?」


 心臓の鼓動が速くなり、ちょっと顔が熱くなっているのが自分でも分かる。


エ「あ、」

 つい、勢いで言ってしまった。どうしようかと考えるまもなく、


タ「丁重に謹んでお断りさせていただきます。」

 即座にタイトとの距離を詰め、タイトの右腕と胸ぐらを掴み思い切り背負い投げをした。


タ「どおして?」

エ「返事が速すぎんだよ!ばかぁ!もうちょっと考えてくれてもいいだろうが!」


 ゆっくりと起き上がろうとするタイト。


タ「いてて、

いや、まぁ、この世界だと兄弟で結婚とかできるけどさぁ?もうなんか、ずっと一緒に居すぎて、そういう目では見れないと言うかさぁ?」

エ(レイに謝れ!)


 声を大にして言いたいところだが、ぐっと堪えた。


エ(レイの熱烈な好意を友情の範疇だと思っとるんかこいつは!好意を抱かれてるのに気づいたら少しくらいは意識するだろうが!ここまでだとさすがに呆れる。)


タ「どうしてそんなことを急に?」


 こいつのせいで、本題を忘れるところだった。


エ「それがよぉ、なんか、10年後〜位からぱったりと未来が視えなくなってんだよねぇ」

タ「あぁ、なるほどねぇ。なんかあるのかなぁ?」

エ「何が来ても蹴散らしてやる」


 やっぱり未来は楽しみで仕方ない。


タ「まぁ、僕はそんなことよりもその目でいつから雨が降ってくるのかを見て欲しいところだけどね?」


 私の未来をそんなこと呼ばわりしたことは許せないが、


エ「その使い方は頭いいな!やってみよう!」


 呼吸を整え、目を瞑り、神経を集中させる。こうすると、瞼の裏に未来の映像の1場面の映し出される。


エ「えーと、まずは30分後から行こう!」

タ「頑張れー」



30分後

何も見えない。視界が黒い。何も感じない。ずっと真っ暗。


エ「ありゃ?失敗?」

タ「まぁ、時間はいくらでもあるから。焦らないで」

エ「ありがとう、次は25分後で」



25分後

地面が視界の大半を占めており、風景から森の中にいることが分かる。大粒の雨が地面に叩きつけるように降っており、地面に当たった雨が水飛沫を上げている。

真っ暗な森の中に横たわっている。


エ「ん?何してんだ?これ」

タ「どうした?」

エ「わかんない。もうちょっと近い未来を視てみる」



15分後

森の木々の間を全力疾走している私。手には真剣を持ち、時折周りを見渡しながら雨の中を走り続けている。


エ「何かから逃げている?」

タ「お姉ちゃんが?」

エ「ちょっと待って、いやほんとにどういうこと?」


 わからない。状況が何一つ理解できない。私が一体、何を相手に真剣を握り、森の中を走っているのか、

 タイトは何もわからないだろう。不安でいっぱいの顔をしている。怖いだろうな。

 でも、、答えは次で分かる。そんな確信がある。次の未来で全てが。


 タイトが何やら声をかけてきているが、それどころじゃない。視ないとダメな気がする。

 呼吸を整え、視る。答えを。



5分後

空を見上げている。雨がやっと降り始めたところだ。

そして私は、視線をゆっくりと下ろしてゆく。


エ(ついに答えが分かる)


 視界の端に何かが映り始めた。と思いきや、


タ「エレナ!!!」


 タイトが私の肩を揺らしながら、今にも泣き出しそうな、必死の表情で私の名前を叫んできた。

 何度も叫んだのだろう。少し息切れしている。


エ(きゃっ、情熱的)


エ(とか言ってる場合じゃない)


エ「何するの!?もう少しでわかるとk/タ「走って!!逃げるよ!!!」


 そんなことを言ってる場合じゃないのは、どうやら私の方だったらしい。タイトが走り出した方向とは逆の方に目をやると、言葉を失い、息を飲んだ。


 いつだったか。前に絵本で読んだことがある。勇者一行が魔王討伐の旅で最初に倒したのはゴブリンと呼ばれる、魔族の中では力と知能が低い怪物。

 それが今、目の前に7体。そいつらが私たちの村目掛けて歩いて進んでいた。ゴブリン程度ならなら別に2人でなんとかなると思った。


 ただ、ゴブリン共のやや後方から、ゆっくりとした動作で、なのに走っている私たちと同じかそれ以上の速さで進んでくるそいつ。


 頭部はライオンのような鬣があり、口元には牙、上半身は人のようで、でも、ゴリラのような筋肉の付き方をしている。そして、ちゃんと腕は2本あるのに、足は馬のような4本足。3m程の巨体。背中には大剣と槍、刀身の長い剣、弓を携えている。


 以前にジョーカーがこいつに似た見た目のやつのことを言ってた気がする。それも、この世界で強いやつみたいな紹介の仕方で。


 見た目と圧だけで、こいつには勝てないということを脳みそが判断している。これが生存本能のようなものだろうか。

 私は初めて、抑えきれない恐怖を感じ、気づいた時には、私は、走り出していた。


エ(家まで、ここから全力で走って10分。一国の元団長のお父さんがいれば何とかなるか?

いや、無理だ。確か、利き手が麻痺してて、まともに戦える体じゃないだろう。

他に、他に誰かいるか?

そういえば、神父が自分で強いとか言ってた気がする。他のみんなに声を掛けながら教会まで逃げ切れるか?

無理。この村は年寄りが多い。どうしよう、どうすれば、)


タ「うわあ!」


 後ろを振り返るとタイトが足を引っ掛けて倒れていた。


エ「タイト!!」


タ「あぁ、ああ」


 立ち上がろうとするも、恐怖で腕が震えており、上手く立てないでいる。

 迫り来る魔族。タイトとの距離がもう10mもない。


エ(やばい!追いつかれる!タイトが!)


 あと数m。追いつかれる。

 私は自分を落ち着かせるように、静かに呼吸を整え、踏み込みの体制に入り、目を瞑る。


エ(仕方ない。もう、腹を括るしかない)


<神技(しんぎ) 未来視>

 腰に携えた真剣を握りしめ、目を開ける。1秒後、ゴブリンの1体がタイトに飛んで襲いかかる。


エ「させない」


 私はタイトの前に入り、飛びかかってきたゴブリンを一刀両断にする。


タ「あ、ああ、ありがとう。ごめん、僕のせいで。

速く逃げよう。もう立てるから。」


エ(違和感)

 ゴブリンを1体倒したというのに、足を止めることも無く、ただひたすらに近づいてくる魔族たち。まるで生気を感じられない。


エ「タイト!」

タ「なに、、?」


 なるべく大きな声で、タイトに命令するように言う。


エ「逃げて!私が、こいつらを引き止めるから!なるべくみんなに声をかけて、戦える人はこっちに来るように言って!無理な人は教会を目指して!

あの神父にもここに来るように言って!」

タ「そんな、お姉ちゃんは?そんなことできないよ!僕も」

エ「だめ!」

 タイトの言葉を遮るように言う。続けて、


エ「このままだと誰も助からない!村の人にも被害が出ちゃう!誰かが知らせに行かなきゃ!」

タ「で、でも」


 それでもやはり、決心できないでいる。心配されているのだろう。


エ「タイト!」


 私はタイトの方を見て、今できる精一杯の笑顔を作ってみせる。そして、優しく


エ「お願い、タイト、、行って

私は大丈夫、、、なんてったってあんたのお姉ちゃんだから、!」

タ「すぐ、戻ってくるから!絶対戻ってくるから!」


 よろめきながらも立ち上がり、走り出すタイト。それを見届けて私は叫ぶ。


エ「タイト!!!」

 タイトは私の言葉を聞くために少し速度を落とす。私は笑顔を崩さずに


エ「ありがとう」


 タイトは速度を再び上げて、魔法を駆使しながら走り出した。

 

 一瞬見えたタイトの顔。タイトは泣いていた。


エ「タイトは泣き虫だなぁ。怖がりだし、消極的で、馬鹿で、私が言わないと何もできなくて、いつも強くなろうと必死で、私には無い発想力があって、私と一緒に笑ってくれて、優しくて」


 ゆっくりと近づいてくる魔族。

 怖い。足の震えが止まらない。冷や汗が次から次に出てくる。


エ(死なせない、タイトも、みんなも!)


 剣を構える。


エ(私の役目は時間を稼ぐこと。落ち着け、いつも通り。修行と同じような感覚で、最初から全力で)


 ゴブリンが2体同時に襲いかかってくる。さっきと同じ攻撃方法。飛び上がって上から棍棒を振り下ろしてくる。

 左に飛び、攻撃を避けながら、足を踏み込み、1体のゴブリンの胴体をぶった斬る。その後に、空振り、地面に棍棒を叩きつけたもう1体のゴブリンの首を落とす。


エ「来い、返り討ちにしてやる」

(あと4体、まずは周りの雑魚を片付けよう)


・・・

・・


エ(これで最後)

  7体目のゴブリンに剣を突き刺し、残るはあの怪物だけになった。突き刺した剣を引き抜く。


 ポツポツと雨が降り始め、空を見上げると、どんどんと雨が強くなり、瞬く間に大雨となった。


 体を怪物の方へ向き直し、もう一度構える。

 怪物は「待っていた」といった様子で、背中に携えた大剣を片手で軽々と持ち上げ、ゆっくりとした動作で構えた。


 未来がぶれて視える。ジョーカーと戦った時も同じように未来が何重にも重なって視えていた。


 私の行動をいくつか予想し、どれが来ても対処できるようにしているのだとジョーカーは言っていた。

 私は1度も勝てたことがない。そもそも、重なったジョーカーの未来を完全に予測できたことは無い。


エ(でも関係ない。今ここで限界を越えるんだ)


 数秒の沈黙。周りの音が小さくなっていき、空気が冷めていくのを感じる。


エ(来る!)


 1秒後、やつが10mの距離を一瞬にして目の前まで近づいてくるのが視えた。左から右への大振り。

 咄嗟に右足を前に踏み出しながら体制を低くし、攻撃を避ける。


 大振りした勢いで、脇腹ががら空きになった。そこに思い切り剣を叩き込む。


ガンッ!

 剣が弾かれた。手に痺れるような痛みが走った。


エ(防御された!?)


 最初、魔法で攻撃した所を守っているのかと思った。でも、違った。やつは防御も何もしていない。あるのは筋肉のみ。


エ(硬すぎる!筋肉で剣を受け止めるとかどういうことだよ!いや、闘心か!?)


 その間に、やつは体制を立て直し上から大剣を振り下ろそうとしていた。大きく左に飛び、避ける。が、読まれていたのだろう。

 大剣を振り下ろしたと思ったら、1秒後には既に目の前で大剣を左から右へと攻撃してくるのが視えた。

 大きく飛んだせいで次の行動に移れない。


エ(回避は間に合わない!)


<特殊装備>

 いつも念の為腕に常備している、ジョーカーから貰った、ちょうど顔が覆える程の大きさの盾が生成される腕輪を使用し、防御する。


エ(重っ!)


 防御は間に合ったが、あまりの力に右方向に吹き飛ばされた。


 5m程飛ばされ、背中から地面にぶつかり、勢いそのままに、体が半回転し、右半身が地面を滑る。体に鈍い痛みを感じる。


 勢いを利用して即座に立ち上がる。右肘に血が滲んでいるのが見えた。

 やつを視界に入れる。未来がぶれる。そこら中にやつがいる。


エ(開けた場所はだめだ!森の中へ行って、少しでもやつの選択肢を減らそう)


 土魔法で砂の塊をやつ目掛けて飛ばす。やつはそれを大剣で薙ぎ払う。砂の塊はやつの目の前で飛散し、砂煙がたつ。

 少しは目隠しになるだろう。その隙に森へと走る。やつを視界に収めながら移動する。


エ(消えた!?)


 一瞬にして、あの巨体がいなくなるのが視えた。

 前を向くと、すぐ目の前で大剣を振り下ろそうとしているのが視えた。


 手から風魔法をだし、その反動で自分の体を右方向に動かして紙一重で避ける。


エ(ギリギリ!)


 左足を強く踏み出し、風魔法の勢いを使い体を捻じる。そして、剣に闘心を全部込めて、思いっ切りぶち込む。


ザシュッ


エ(通った!)


 傷は浅いが、やつの体から血が出ているのが見えた。


エ(闘心を込めれば、攻撃が入ることがわかった。あとはこれを繰り返すだけ)


 振り下ろした地点から、そのまま私の足元目掛けて大剣を振ってくるのが視えた。上に飛び、次の攻撃を警戒して風魔法で自分の体を後方へと飛ばす。


エ(タイトがいつも使ってるから真似してみたけど、風魔法結構使えるな)


 やつはどちらの視界でもその場から動いていない。

やつは、空いている左手で刀身の長い剣を手に取った。


 それはいい、だが、それ以上に目を奪われたのが、やつの傷だ。魔法を使った様子はない。ないのに、傷が回復し、やがて元から何も無かったかのように修復された。


エ「その強さで自動回復はもう不正だろ」

エ(やつに勝つためには、

・一撃で仕留める

・回復が間に合わないくらいに攻撃を入れる

この2つだな。やつを動かせないようにするのもいい

が、力が強すぎるからあまり現実的じゃないな。

 まぁ、2つとも現実味があるかと言われたら違うけど。

 できそうなのは、2つ目か。射程範囲まで近づいて、二刀流のやつの攻撃を捌きながら、か。)


 自分の顔を両手で1度叩いて、熱くなっている頭を冷やす。


エ(落ち着け、今の私の役割は誰かこいつを倒せる人が来るまで時間を稼ぐこと。攻撃をするのは反撃を貰わないという確信がある時だけでいい。

無理に戦わなくてもいい。逃げ回ればいい。ここら辺は私の方が詳しいから帰りの道も分かる。)


エ「戦いたそうな面してやがるが、悪ぃな。

こっちは勝てないとわかった上で、命かけて戦うほど戦闘狂じゃないんでね」


 右手を開いた状態で、ゆっくりと左から右へと流し、少し前に神父が言っていた魔法を発動する。


エ「今日は風が吹いていない。今は雨降ってるし、湿度が高ぇからこいつはそうそう消えないぜ?」


 水魔法を発散させて霧を作り出す。


エ「本気の鬼ごっこの始まりだ!」


 霧に紛れて、木々の間を駆け抜ける。不思議と恐怖心は無くなっていた。むしろ楽しく感じてきた。

 呼吸を全自動でやっているかのように、息切れも全くない。


エ(やつは追いかけてくるだろう。隙があれば攻撃でもいいが、基本逃げ優先)


 逃げつつ、土魔法と氷魔法を主体に足止め用の罠を仕掛ける。壁を作ったり、地面を凍らせたり、時折、火魔法などで牽制したり。


エ(電気魔法を使えたら、この暗さなら目眩しとかもできたが、できないものは仕方ない)


メキッ!バキバキッ!ズガァン!


 後方で木や仕掛けた罠を壊しながら、高速で近づいてくるのが音で分かる。

 あえて、前の方に目に見える罠を素早く作り出す。念の為、上方向を主に霧を発生させる。

 そして、足元に壁を作ると同時に自分も上昇し、木の枝に登る。


 未来視で視ながら、やつがここを通るのを気配を消して待つ。


エ(来る!)


 真下の壁を壊したところで、枝から飛び降りる。


エ(狙うは足!出来れば1本切り落としたい)


 剣に闘心を全部込め、全体重を乗せて左上方向から右下へと左後ろ足を袈裟斬りする。


エ(切り落とせた!でも、まだ!)


 着地後もすかさず連撃を入れて少しでも傷をつける。

 5回切りつけ、無理はせずにすぐ離れる。


グオォォォォ!!

低い咆哮を上げる。


エ(修復と違って再生は時間がかかるだろう)


 やつが剣を地面に突き刺し、こちらを振り向いて手を伸ばしてきた。


エ(魔法!?)


 5m大の火の玉を飛ばしてくるのが視える。

 剣を鞘に収め、左手で風魔法を先に出して火魔法の威力を削るために、右手で最大の水魔法を出して相殺するために両手に魔力を込める。


 視た通り、火の玉を放ってきた。想定通り風魔法を出した後に水魔法をぶつける。


ドォォン!


 轟音と共に、爆風と巨大な水蒸気が発生する。水蒸気のせいでやつの姿が見えないが、


エ(やつは来る!絶対に来る!)


 確信があった。

 右側へ走り出し、土魔法と風魔法、火魔法を織り交ぜ、移動しながら水蒸気の中へと放つ。

 数m走ったところで、なるべく音を立てずに止まる。そして、右側の少し離れたところにわざと、大きめの強力な火魔法を作る。

 そして、魔力を右手に集中させる。


 火魔法目掛けてやつが超高速で、両手の武器を地面で交わるように振り下ろしてきた。


エ(掛かった!落ち着け!これはまだ未来だ!1呼吸おいて、)


ドォン!


 現実が、未来に追いついた。


 火魔法をもろにくらいながらやつは攻撃してきた。やつの攻撃の余波で地面が割れる。だが、今はそんなこと、どうでもいい。


エ(一撃で仕留めるのは今は無理。

だけど!3つ目の案なら!)


 現れた、やつの体に右手を添える。


<代償魔法>

:私の全魔力を引き換えに、こいつが壊せないくらいの氷魔法を出力:


エ「私の勝ちだ!少しの間、凍ってなぁ!」

氷魔法を全力で放出させる。


キィィィィン・・・








<代償魔法>

:魔法使用者の望んだ対価を払えず、代償の不成立の為契約破棄:


エ(は?)


 訪れる気味が悪いくらいの静寂。傷1つ無いやつの体。 魔法が発動しない。魔力切れはない。手に魔力を感じる。


 確かに発動させた。こちらの違反にしても、氷魔法は出るはずなのに、発動すらしなかった。

 あるはずのものがない、漠然とした違和感。そこで、理解した。


エ(こいつ、もろにくらったはずの火魔法の傷がない!回復の気配はなかった!回復するにしても、早すぎる!

こいつ!魔法が効かない!)


 もうこれで終わったと思っていた。次は考えていなかった。0距離。次の攻撃が来るが、避けられない。


 盾を出すが、勢いよく吹き飛ばされる。木を2つほど突き破り、3つ目の木に背中からぶつかり、倒れ込む。



エ「ゲホッ、ガハッ!」


 酷く咳き込み、血が口から出てくる。さっきとは打って変わって、呼吸の仕方を忘れたかのように過呼吸になる。襲ってくる疲労感。


 地面が視界の大半を占めており、大粒の雨が地面に叩きつけるように降り落ち、地面に当たった雨が水飛沫を上げている。


 防御しきれておらず、出血が酷い。足が変な方向に折れ曲がっている。立ち上がれない。腕が上がらない。力が入らない。魔法も使えない。できない。何も。できない。ない。ない。


 やつが悠々と歩いて近づいてくるのが視える。見える。みたくもないのに。


エ(くそ、しくじった。なんでこんなことに。元はと言えば、タイトが転けたりなんかしなければ。

私の方が強くて、長生きした方がいいのは私の方なのに。なんで、私が、)


 意識が遠のき、思考が薄れていく。


エ(あぁ、そうだった、、、

私がタイトに先に行けって言ったんだった。私、最低だな。

タイトはどうなったかな?無事だといいな。私が死んだと知ったら泣いてくれるかな?

・・・なんで、私タイトのことばかり。

そっか、お母さんが言ってた事がようやくわかった。気づくには遅すぎた。)


 最後の力を振り絞り、上体を起こす。


 そして、吹いていない風よりも小さな声で、この雨に空気の震えが掻き消されそうな弱い声で言う。


エ「タイト、、、だいすきだよ」


 今だけは、誰よりもタイトのことを思っている。この声は届かなくてもいい。ただ、言わなければいけないと思った。


エ(気づくのが遅すぎたなぁ。

死にたく、、ないなぁ。ずっと一緒にいたい。

もし、もう1度やり直せるなら。)


 静かに涙が零れてきた。止まることなく、次から次へと溢れ出てくる。涙で視界がほとんどみえなくなる程に。


 やつが目の前まで来た。左手の剣は背中に戻しており、両手で大剣を握っている。ゆっくりとした動作で振りかぶり、斬りかかってきた。


?「エレナ!!」


 聞いたことのある声、誰かが間に入ってきた。


エ(だれ?)


 その人と共に横へと吹き飛ばされる。


メキャッ、ビシャッ


 人から出たとは思えない音が耳に集まる。大量の血飛沫が顔にかかる。


エ(まだ生きている。もう、何もできないのに。)

 そう思い、間に入ってきた人物を確認する。そして、遠のいた意識が、薄くなった思考が一気に覚めた。


エ「お、かあ、さん?」


 大量の血を流しながら横たわる、お母さんの姿。

 お母さんはゆっくりと手を伸ばしてきて、私に回復魔法をかけた。折れた足、大きな切り傷のついた腕、強打した背中の痛みが無くなっていく。


ハ「エレナ、に、げて」


 かろうじて聞き取れる程の弱々しい声で言われる。


エ「で、できない、!

お母さんを置いてなんて、そんなことッ!」

ハ「おね、がい」

 お母さんに回復魔法をかけながら、必死に訴える。


エ(置いて行きたくない、でも、抱えて逃げることもできないし、もう戦えるからだじゃ、な、、い)


 流した血の量があまりにも多すぎた。再び意識が遠のいていく。回復魔法が途切れる。

 ぼんやりとした視界で、やつが私たちを確実に殺すため、火魔法を放とうとしている所だった。


エ(もう、、、だめ)



 そこで私の意識は途切れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

/時は少し遡り/

        *タイト視点*

タ「みんな教会に逃げて!魔族が襲ってきた!」


 家を目指しながら、片っ端から見える家に声をかけて行く。以前、戦える人は見つかっていない。

 みんな、最近よく出没する魔獣や害獣の討伐に出向いているらしい。


タ(ジョーカーさんがいれば、)


 そんなことを考えても仕方がないが、どうしても考えてしまう。

 やがて、家に着いた。


タ「お母さん!!」

ハ「あら、おかえりなさい

そんなに急いでどうしたの?」

タ「・・・」


 言葉に詰まる。なんて言ったらいいのかわからない。言ってしまうと失望されてしまうと考えると怖くて仕方がなかった。

 でも言わなきゃいけない。エレナが戦ってくれているのだから。僕がこんな小さなことで逃げてはいけない。


タ「お、お姉ちゃんが!」

 お母さんに事の経緯と現状を伝えた。お母さんのいつもの笑顔が段々と消えていく。


ハ「タイト、」

 怒られるかと思った。嫌われたと思った。僕は、逃げたのだから。


ハ「ありがとう、教えてくれて」


 予想とは違い、お礼を言われて、少しほっとしてしまった。

 

 今だけは安心してはいけないというのに。


ハ「タイトはお父さんを呼んできて、畑の方にいると思うから」

タ「お母さんは?お母さんも一緒に逃げないと!」

ハ「お母さんは大丈夫。これでも、お父さんと一緒に迷宮とか洞窟に潜ったりしてたんだから

だから、タイトはお父さんを呼びに行って。私はエレナのとこに行くから。二手に別れるだけよ。心配しないで」


 お母さんがどのくらいの強さなのかは知らない。行ってほしくなかった。不安で仕方がなかった。

 そんな僕の気持ちを汲んだのだろう。お母さんは優しく抱きしめてきて。


ハ「大丈夫、お父さんが来れば全部何とかしてくれるから」


 呼吸がしずらい。色んな気持ちがお腹の中でぐるぐると回り、気持ちが悪い。

 しかし、その感情の全てを押し殺して、他にも言いたいことはあったが、僕は言った。


タ「わかった」


 お母さんはすぐに外に出た。それに続くように僕も家を出ると、もう1度抱きしめられた。


ハ「タイト、ありがとう」


 それだけ言って、お母さんは走って行ってしまった。

 僕も走り出した。


タ(僕はお礼なんて言われる事していないのにどうして?)


 自分が弱すぎることへの不甲斐なさと、こんなことしか出来ない自分に苛立ちを覚える。


 途中で、ティール達に声をかけ、避難させた。レイの家は着いた時には既に誰もいなかった。


 その後、10分程走ったところで、お父さんを見つけた。


エイジ「どうしたんだ、そんなに急いで?」

 お母さんにしたことと同じ説明に加えて、お母さんがお姉ちゃんのところへ言ってしまったことを伝えた。


エイジ「ロアルか、?!2人が危ない!

俺は2人のとこに行く!」

タ「お父さんは、体、大丈夫なの?」


 利き手が麻痺してるのに、まともに戦えるとは思えない。


エイジ「大丈夫だ。俺、最強だから。

だから、タイトはみんなと教会に避難するんだ。いいな?」

タ(不安要素が増えた)


 僕だけ逃げることに行き場のない気持ちが湧いてくる。


タ「ぼ、僕も!」

エイジ「タイト、その気持ちで十分だ。生きてて、伝えに来てくれて、ありがとう。

あとは、お父さんに任せな」


 肩に手を置き、優しい笑顔で言うお父さん。そして、スっと立ち上がって、


エイジ「それじゃ、行ってくる」


  笑顔から一瞬にして真剣な面持ちに変わり、消えるような速さで行ってしまった。


タ(お父さんまで行ってしまった。家族はみんな怪物に立ち向かっているというのに、僕だけが。

僕はただ、逃げただけなのに、どうしてみんな、僕にお礼なんかを)


 そんな、自分ではどうしようもないことを考えてしまう。答えなんてわかるはずもない。

 答えの出ない問いを、自分を納得させるために、無駄な時間を消費し考えた。でも、出なかった。


タ(なんか、もう、どうでも良くなってきた。

いっそ、このまま死んでしまった方が)

 そんな考えが頭をよぎる。


ジ「タイト君、こんなところでどうしたんだい?

もしかして、僕が遅く来たことに腹を立てた、エレナちゃんを探しているとか?」

タ「ジョーカー、さん。」


 いつものように陽気な声で話しかけるジョーカーさん。

 だが、僕の顔を見て、いつもの笑顔が消え失せる。


ジ「なにか、あったのかい?」

タ「みんなが、お姉ちゃんが!」


 繋ぎ繋ぎの、言葉としてちゃんと伝わっているのかわからないくらい、ぐちゃぐちゃな言葉で説明をする。

 ジョーカーさんは支離滅裂な説明を、「落ち着いて、大丈夫」と、僕をなだめながら聞いてくれた。


 全ての説明を終えた時、暗くて見えないが、信じられない状況を前にいつもは閉じている目が、開いているように見えた。


ジ「ここが狙われてしまったか、、

あの人は何をしているのだ、、!」

 ジョーカーさんはボソッと言った。


タ「みんなは、もう、、」

ジ「タイト君、まだ、みんなが死んだと決まった訳では無い。

エレナちゃんは案外、生きているかもしれない。

それに、僕がいる。だから、君は避難してくれ。」

タ「わかった」


 全て納得いった訳では無い。でも、そういうことにしないと、気が持たない。

 ジョーカーさんが言ったことを何度も、何度も自分に言い聞かせる。


ジ「それと、、、いや、やっぱりいい。

さぁ!速く行くんだ。」

タ「うん!」


 僕が教会に向かって走り出した瞬間、ジョーカーさんから、感じたことの無い程の大きな圧を感じた。

 後ろを振り返ると、ジョーカーさんはもういなくなっていた。



 エレナに教会に行くように言われて、だいぶ時間が経ってしまった。教会の戸を叩く。

 中から神父が出てきた。中にはティールや避難を呼びかけた人達がいた。レイは見つからない。


ダ「タイト君、か。エレナちゃんは?」

タ「他のみんなは戦いに行った。」

ダ「そうか、タイト君がみんなに避難するように呼びかけてくれたんだよね?聞いたよ。ありがとう。

色々と体も心も疲れただろう?少し汚いが、そっちの部屋で休んで。あそこなら静かに休めるだろう」

 そう言い、みんなとは違う部屋で待機するよう言われた。


タ(そうだ、お姉ちゃんに神父も呼ぶように言われたんだった)

タ「神父さん、お姉ちゃんが神父さんも呼んで欲しいって言ってた。だから助けに行ってほしい。」


ダ「わかった。その代わり、タイト君はあっちの部屋で休んでるんだよ?」

タ「わかった。」


 ふらふらとした足取りで言われた部屋に入る。部屋は客人用のような部屋で、小さな小窓が1つと、布団、机が設置してあった。


タ(疲れた。もう何も考えたくない)


 この数時間で色々なことが起こりすぎて、頭が痛い。


 体を重力に任せて布団に倒れ込む。


 その時、文字として表すことのできないような轟音が響き渡った。

 窓の外では1本の大きな光の線が放たれていた。それはある地点から木や、山ですらを貫通してまっすぐに伸びていた。


タ(大丈夫、だよね?)


 次の瞬間、頭を切り裂かれているかのような頭痛が走った。今まで体験したことの無い痛みに、僕はそのまま気絶してしまった。


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