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デジタルコンテンツ  作者: 菜尾
1/3

その1

 私は先月、十七歳になった。今は地元の市立高校に通っている。もうそろそろ進路について考えなきゃって思うんだけど、『勉強』って文字が頭を掠めると途端に気分が暗くなってしまう。一応、大学進学希望なのにな。


 スマホが鳴った。これはメッセージだな。誰からかは何となく見当がつくけど。


『あと五分で始まるから、見てね!』


 はいはい。スタンプのみで返事。いちいち送ってくれなくても、昼に聞いたよ。律儀なのか宣伝熱心なのか。(多分、私にしか送ってないだろうから、律儀なんだよね。)


 私はパソコンで動画サイトを開いた。例のメッセージ送信者が開設したチャンネルのトップページを開く。あと三分か。今の間に紅茶でも用意しようかな。




 紅茶を持って部屋に戻ると、ちょうど始まろうとしていた。セーフ。間に合った。


『はい、こんばんはー! まりさくでーす!』


 画面に、ギャルっぽい女の子が映った。今日もテンションが高い。暗がりでもよく分かる明るい髪色は完全に校則違反だ。


 『まりさく』は、私の親友。彼女は動画サイトで動画投稿やライブ配信をしているんだけど――。


(再生数、伸びてないんだよね……)


 アップされた動画の再生回数は、どれも四十回らないくらいだ。ライブ配信なんて三人視聴していたらいいくらいで。


 今日もそんな感じなんだろうなと、私は半ば付き合いで動画サイトを開いたんだけど――。


(え。閲覧人数、百六十五?)


 何これ? なんで? いやいや、どんどん増えてるじゃん。もう二百になろうとしてる。


『今日は、スペシャルゲストをお呼びしておりまーす! 『知鹿(ちじか)トラベラーズ』のお二人です!』


 え⁉


『こんばんはー』


 重なる二つの声とともに、馴染みのある顔が二つ現れる。


 『知鹿トラベラーズ』⁉ 本物だ!


 『知鹿トラベラーズ』は、私やまりさくの住む知鹿市で活動する動画配信者だ。全国的な人気はないけど、知鹿では結構な有名人。なるほど。この人たちが出るから、こんなに視聴者数が多いんだ。


『いやぁ! 本物だぁ! 本当に今日はありがとうございます!』


 まりさくも大はしゃぎ。


『いえいえ、呼んでいただけて光栄です』


 腰が低く、緩めの声で話すのがユウチ。


『今日はガーンと、盛り上げていきますよ!』


 お調子者で熱血なのがマイマイ。変な名前だけど、マイマイはイケメンで人気が高い。ユウチも結構イケメンだけど、マイマイのレベルが高くて普通に見えちゃうのがちょっと可哀想。


『は~い。今日、盛り上げてくださるってことなんですけど、今日は、……こちらですっ』


 ジャーン!


 ライブ配信のため、効果音も口頭だ。


『肝試し~!』


『ええ! 肝試しぃ~⁉』


 マイマイがおどける。


『いやいや、マイマイさん。分かるじゃないですか。ここ、どこだか分かりますよね?』


 三人の背景が映し出される。暗がりでも、地元民ならそこがどこだか分かるけど。


南田(みなみだ)トンネルですね』


 皆の声を代弁するように、ユウチが答えた。


『正解です』


 ライブ配信のコメント欄が、悲鳴で溢れた。それもそうだ。南田トンネルは地元民なら誰だって知っている、地元じゃかなり有名な心霊スポットだから。


 南田トンネルは、今は通行止めとなっている廃トンネルだ。一応バリケードがされているけど、そのバリケードの乱れ具合を見たら、誰だって『ああ、誰か入ったな』って見当をつけると思う。


 誰かが南田トンネルに入る理由は勿論、そこが心霊スポットだから。よく知らないけど、昔渋滞時にトンネル内で火事が起こって人が死んだとか、側道を歩いていた女の人が攫われて殺されたとか。まあ、要はいわくつきってこと。廃トンネルになったのも心霊現象が原因じゃないかって言われているけど、大人たちに訊けば大体、『別の場所に新しいトンネルができたから』って答えが返ってくる。そんな場所だ。


『今日はこの三人で、トンネル内を探索しようと思いまーす!』


 知鹿トラベラーズ、通称『知トラ』の二人が拍手。そうして、探索が始まった。




 コメント欄には、ちらほら立ち入り禁止区域に入ることに異論を唱える声があったけど、大半は三人の行動を気にしない様子だった。それもそうだろうな。彼らを好きな人たちが観ているんだもん。多少のことは目を瞑るよね。


『キャ! これ何ですか⁉』


『ボロボロになった手袋だね』


『まりさくちゃん、怖がりすぎ~!』


 真っ暗の中、懐中電灯の明かりが三つ浮かんでいる。私は動画に目をやりつつ、コメント欄にも目を配った。


<まりさくって初めて見たけど結構可愛い>


<天然だよね>


<作りでしょ>


 あちゃ、もうアンチが。そりゃ出るか。無名の配信者が、人気の『知トラ』と絡んでるんだもん。二人はイケメンだし、まりさくみたいな女子配信者に寄られたくないって人もいるんだろうな。




 三人はどんどん奥に進んでいく。


『今なんか音聞こえませんでした⁉』


『ごめん、俺のケータイだわ』


『ちゃーんと消しておかなきゃダメだろー。ねぇ、皆さん。マナー悪くてごめんなさい!』


 動画配信中にスマホを消すのはマナーなんて、思ってる人ほとんどいないと思うけど。マイマイさんって調子乗りだけど細かな気遣いするんだよね。


『まりさくちゃんはさー、学校でモテるでしょ?』


『え! 全然、モテませんよ⁉ びっくりしたー』


『いやいや、モテるでしょ! 明るくて可愛いし』


『それに、オファーの文面も凄い丁寧でさ、びっくりした』


『じゃ可愛くて頭もいいってことか!』


『そんなことないですよー!』


 まりさくの黄色っぽい声が、トンネルに響く。あー、二人とも特に画面に変化がないからってそんな話振ったらコメント欄が。


<確かにかわいー>


<モテると思う>


 そんな声ばっかりじゃない。


<なんか調子乗ってない?>


<身の程知れ>


 ほらほら、知トラさん。あなたたちモテるんだから、そういう絡み方はやめて。


<ってか、この企画知トラだけでよくない?>


<三人で行く必要ないよね>


 はぁ。知トラだけの時はこんなコメントほとんどないのになぁ。画面にいまいち盛り上がりがないせいもあるんだろうけど、コメント欄があまり気持ちのいいものじゃない。


 コメント欄には、知トラの動画でよく見るアイコンもいくつかある。既に常連と言ってもいいくらいの人たちだ。中には二人の動画を盛り上げてくれる頼もしい存在だなって思っていた人もいたから、ちょっと幻滅した。




 コメント欄の様子など知りもしない知トラは、その後もまりさくに色々な質問を投げた。


『まりさくちゃんはー、霊感ってあるの?』


『私あんまり分かんないんですけど、一回怖い思いしたことがあって』


『何々?』


『明け方散歩してたら――』


『え、明け方⁉ なんでそんな時間に外歩いてんの⁉』


『早く目が覚めちゃったんですよ』


『それでそれで?』


『電信柱の陰に人が立ってたんです』


『ふんふん』


『で、その人全然動かなくてこっち見てて』


『え~! それ絶対、危ない人じゃん!』


『何でそんな所に人が立ってるのか分からなくて、でもそこ通らないと家に帰れないから我慢して通ったら』


『ふんふん』


『誰かがそこに、ゴルフバッグ不法投棄してたんですよ』


『どこが怖いんだよ!』


 ってかゴルフバッグは人見ないわ、と、マイマイのツッコミが続く。


『いや、でもすごいよね。よく不法投棄なんて言葉すぐ出てくるよね』


 一方のユウチは感心している。ユウチらしい反応と、穏やかな声に癒される。


 今の話、結構面白かったんじゃない? そう思いつつ、コメント欄を見ると――。


<やっぱり天然w>


<ワロタ>


 良かった。結構好印象。<しょーもな>、なんていう声もあるけど、全体的には悪くなかったみたい。


 でも、画は依然盛り上がらない。ただ暗闇を歩くだけ。三人は時々落ちているゴミにまでいちいち反応して見せたりするけど、そんなバリエーションがあるわけでもなく、コメント欄は少しずつ静かになっていった。視聴者数も、入る人数と出る人数が同等になってしまって、一定の数を保っていた。




 トンネルは途中で崩れて、行き止まりとなっていた。


『これ以上は進めなさそうですね』


『え~! まりさくちゃん、拳でどっかに穴開けちゃってよ!』


『私どんだけ怪力なんですか~!』


 頑張っているけど、やっぱり盛り上がらない。コメント欄から欠伸が聞こえてきそうだ。私の口からも欠伸が漏れた。


『じゃ、戻りますか』


 ユウチの声に、三人は来た道を戻りはじめた。


 帰り道でも知トラの二人はあれこれ話題を引っ張り出して、何とか動画らしいものにしようと頑張っていたけど、如何せんまりさくが慣れていなくて、不発に終わる会話も多かった。


 コメント欄は、


<まあ、こんなもんでしょ>


<知トラのテクを見た>


 優しくはあるけど、明らかにまりさくをスルーする空気だ。


『ということで、入り口まで戻ってきましたけども』


『結果を発表したいと思います。結果、南田トンネルには、ゴミしかありませんでした!』


『そうでしたー』


 もう完全、まりさくがオマケだ。知トラのライブ配信になっている。


『でもね、ゴミがあるってことは、分かりますよね?』


『何がですか?』


『ここに入って、飲んで騒いでやって、ゴミも持ち帰らない人たちがいるってことですよ!』


『そういうことですね』


『俺たちはね、知鹿を愛してますから。やっぱりああいうのは許せないですね!』


 皆さん、ゴミは持ち帰りましょう! マイマイがビシッと画面に決める。さすが熱血マイマイ。本職は市の職員だって噂もあるけど、本当なのかな。


『じゃ、まりさくちゃんに締めてもらいましょうか』


『あ、はい』


 完全置いてけぼりだったまりさくが、慌てて声を放つ。


『えー、皆さん! ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました! 知鹿トラベラーズのお二人も、ありがとうございます。すっごい勉強になりました!』


 ペコっとお辞儀。


『いえいえ』


 二人もお辞儀。


『じゃ、また次の動画で! 知鹿トラベラーズさんの動画もよろしくお願いします!』


 まりさくより一歩引いたところで、知トラの二人が拍手する。ちゃんとまりさくを立ててくれるんだ。本当に優しいし、気遣いの人たちだなぁ。


 あー、終わった。なんだかんだで、まぁまぁ楽しかったかな。知トラの力に助けられたところもあるけど、まりさく頑張ってたよ。


 傍にある紅茶に手を伸ばす。カップを手に、私はパソコン画面に目を見開いた。


 あれ? 動画。もしかして、切れてない? ……よね?




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