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長寿種の罪悪感

(※レイシア視点)


 頬に上る熱が心地よく、ゆっくりとタオルで濡れた髪を拭いていきます。

 そのあとは用意してもらった服に袖を通し、着ていた服を籠の中へと畳んで入れます。

 サイズの大きいこの服はタクトさんのでしょうか? だ、だとしたら……その、恥ずかしいですね。


 自分の匂いがついてしまわないか心配です。

 ですが、仄かにタクトさんの匂いがします。

 これは……いけないものです。なんだかふわふわしてきました。


「お風呂、ありがとうございました」


 お風呂から上がり、着替え終わった私はタクトさんのお家のリビングへと顔を出します。

 リビングにはソファーで寛いでいる魔女様の姿がありました。

 サイドに纏めた桃色の髪が揺れ、愛嬌のある顔がゆっくりとこちらに向けられます。


「気にせんでえぇ。それに、貴族が使うような風呂じゃなくて悪かったの」

「それこそお気になさらず。使わせていただいただけでもありがたいですので」


 タクトさんが仰っていた通り、魔女様に「お風呂を使わせてほしい」とお願いすると、すぐに入らせてもらいました。

 お湯もすでに張られており、まるで濡れて帰ることを想定されていたみたいです。

 まぁ、エイフィアさんが傘をささずに出て行ってしまったところを目撃すれば、用意してあるのも納得がいきます。


「お前さんには感謝しておるからのぉ。これぐらいさせておくれ」


 魔女様は立ち上がると、キッチンの方へと歩いて行きます。

 やがて二つのマグカップを持って来ると、そのままテーブルの上へ置いてくれました。


「これでも飲んで温まってくれ。風呂に入ったといっても、ちと寒かろう」

「これは……コーヒーですか?」

「タクトが用意したものじゃ。妾は魔法で温めただけじゃがの」


 つまり、タクトさんもエイフィアさんのことを心配して用意していた……ということでしょうか?


(ふふっ、温かい家ですね)


 この家に住む者全員が優しい性格の持ち主です。

 それがところどころで感じさせられます。


「まぁ、座れ。お前さんもしばらくはここにいるんじゃろ?」

「えぇ、そのつもりです。あちらがいつ終わるか分かりませんから」

「そぉか」


 私はテーブル前の椅子へと近づくと、ゆっくり腰を下ろします。

 そして、タクトさんの用意してくれたコーヒーを啜りました。

 仄かに苦い味わいが体の芯から温めてくれるようです。これが無性に安心感を与えてくれます。


「……今回は、お前さんにお礼を言わんといけんの」


 魔女様が対面に腰を下ろしました。


「そんな……お気になさらないでください。タクトさんにも言いましたが、私は私がしたくてしたことですので」


 エイフィアさんが悩んでいる姿を見たくなかったから。

 不戦勝で譲られるという行為が嫌だったから。

 共に幸せであれる道があるなら、それを一緒に歩みたかったから。

 不確定なものに惑わされず、あるはずの可能性に気づいてほしかったから。


 全ては私の自己満足。

 そこに感謝されるいわれはありません。


「……お前さんも、タクトに似てきたのぉ」

「ふふっ、それは嬉しい誉め言葉ですね」

「まぁ、そうじゃな」


 一拍、間が空きます。

 それは、魔女様もコーヒーを口に含んだからです。

 ですので、飲み終われば自然と静寂は再び言葉によって失われます。


「エイフィアはの……妾達の《《家族》》なんじゃ」


 ポツリ、と。

 魔女様は懐かしむように語り始めました。


「拾っただけの赤の他人。それでも、しばらく一緒に住めばもはや家族と同じように情も湧く。妾も、タクトも……あやつのことは本当の家族のように思っておる。タクトにとっては、姉のような存在じゃったよ」

「それは見ていれば分かります」

「じゃが、エイフィアだけはちごぉたよ。家族だけじゃない……タクトを異性として見ておる。それは、一緒に暮らせば鈍感なタクトじゃなければ余程のことがない限り気づくじゃろう」


 私も、初めは「姉として」好きなのだと思っていました。

 しかし、私が明確にタクトさんのことを好きだと自覚してから、エイフィアさんの様子が私と似ているものだと気づき始めました。

 一度違和感を持ってしまえば、やがて確信へと変わります。


 それは、以前の一件でそのようになってしまいました。


「エイフィアの悩みも理解しておった。長寿の種族が外の世界に飛び出せば、誰もが抱える悩みじゃからの」

「ということは、魔女様も……」

「妾はすでに割り切ったよ。幸いにして、タクトのことは息子同然のようにしか思っておらんかったからの、割り切るのもエイフィアほどじゃなかったわい。故に、妾はエイフィアに何もしてやれんかった―――話を聞いて慰めようとしても、口先だけの上っ面になるからの」

「…………」

「それに、妾は卑怯な野郎じゃからな」


 自嘲するように、魔女様は笑います。


「本当に割り切れたのは、エイフィアがこの家で暮らすようになってからじゃ。良心で拾ったというのももちろんある。じゃが……きっと、本質は違う。妾が《《寂しい思いをしないように》》、あの時タクトの言葉を呑んだんじゃ。同じ長寿であれば、タクトが死んだあとも寂しい思いをせんで済むからの」


 ……あぁ、なるほど。

 だから魔女様はそのような辛い顔をされているのですね。


 自分の寂しさを紛らわせるために、エイフィアさんを巻き込んだ。

 差し伸べなかったら辛い思いをせずに済んだのに、自分のために手を差し伸べてしまった。

 そこに罪悪感を感じているのですね。


「じゃから、お前さんが前を向かせてくれたことには感謝しておる。色々な意味での」


 魔女様は頭を下げました。

 何百年も、下の人間に対して。

 それを受けて、私は———


「私は別に、魔女様やタクトさんのためにしたわけではありません」


 きっぱりと、その恩を切り捨てましょう。

 何せ、本当に感謝されるようなことはしていないのですから。


「エイフィアさんは、魔女様を恨んではいないと思いますよ。今の話をたとえ聞いたとしてもタクトさんと共に過ごさせてもらった……そのことに感謝するはずです」

「……そうかの」

「えぇ、もちろん。それに———」


 私は店と家を繋ぐドアにチラリと視線を向けました。


「きっと、エイフィアさんは乗り越えるはずです。タクトさんと向き合うと決め、話し合うのですから……タクトさんなら、きっとエイフィアさんを《《助けて》》くれるでしょう」


 私がしてもらったように。

 タクトさんであれば、必ずエイフィアさんを助けてくれるはずです。

 その信頼だけは、どうしようもなく揺るぎないものだと、私の心が知っています。


「……そうか」


 私がそう言うと、魔女様は小さく口元を綻ばせました。


「……お前さんなら、タクトを任せてもええかもしれんのぉ」

「ふぇっ!? き、気が早すぎませんか!?」

「なんじゃ、顔をあこうさせてからに……元々、その気なんじゃろ?」


 そ、それはそうなのですが……まだ気が早いと言いますか、覚悟ができていないと言いますか……。

 そもそも、まだお付き合いもできていませんし、タクトさんに好いてもらえるかどうかも分かりませんのでっ!


「ははっ! アスタルテの娘が義娘になるのも悪くないのぉ!」

「もうっ! からかわないでください!」


 魔女様は腹を抱えて笑います。


 その表情には、先程見せた自嘲めいたものは何一つありませんでした。

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