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心配という同情

(※エイフィア視点)


 私にとって、レイシアちゃんはお姫様のようで妹のような存在だ。

 優しくて、可愛くて、驚いたり戸惑ったりする姿に愛嬌が見えて、タクトくんを見て顔を赤くする姿を見ると微笑ましくなっちゃう。


 初めは貴族だって驚いたけど、私が口調や接し方を変えたら懐いてくれた。

 それが余計にも可愛くて、まるで妹ができたような感じだったの。


 あとは立ち振る舞いから気品を感じるし、お淑やかな雰囲気は本当にお姫様のよう。

 それでいて……自分のピンチには必ず王子様が助けてくれた。


 レイシアちゃんが困っていたら、必ずタクトくんが手を差し伸べようとする。

 最後には救われて、幸せになって前を向けるようになるんだ。

 その構図がとてもぴったりで、レイシアちゃんは間違いなくお姫様なんだと思った。


 絵本に出てくるような、吟遊詩人が謡う話に出てくるような……お姫様。

 私じゃなれないお姫様。私は、そんなお姫様を横で眺めているだけの女の子。


 そんな女の子から、私は———


「へっ? 私が、タクトくんのことが好き……?」


 鋭いげんじつを、向けられた。


「はい」


 レイシアちゃんは真っ直ぐに私を見据えてくる。

 逃さないと、そう語っているかのように。


「い、いやいやいやっ! ないないない!」


 私は慌てて首を横に振る。

 跳ね上がる心臓を押さえながら、苦しくなる胸の内を誤魔化しながら、口先から否定の言葉を並べた。


「確かに、タクトくんのことは好きだよ? でも、それはレイシアちゃんが警戒するような異性としてじゃなくて、弟としてのものだから!」

「それは……本当ですか?」

「ッ!?」


 でも、並べた言葉はレイシアちゃんの言葉によって元に戻される。

 まだまだ並べなきゃいけないはずの否定が、喉から先へと出てこない。


 心なしか、息が荒くなっていくような感覚を覚える。

 何か、棘が突き刺さったような……そんな苦しさが、一緒に混ざっている。


「私もタクトさんが好きですから……どういう目を向けていれば好意を示しているかなど、流石に分かりますよ」


 タクトさんみたいな鈍感さんではありませんから、と。

 レイシアちゃんは紅茶を啜る。


「責めているわけではありません。警戒しているわけでも、牽制しているわけでもありません。ただ、エイフィアさんの本心が……聞きたかったんです」


 レイシアちゃんは少し苦しそうな顔を見せながら、私に尋ねた。


「エイフィアさんは、苦しく……ありませんか?」


 その一言は同情だ。

 抱えていたものを見透かして、その上で告げてくる慰め。

 レイシアちゃんは心配してるからそんな言葉が出てくるんだと思う。

 それで、レイシアちゃんは同情をするつもりで言ったんじゃないのも理解できる。

 本当に、優しい子。優しい、妹だ。


 でも、今の私にその言葉は———《《キツい》》。


「ねぇ、レイシアちゃん……もし、そうだとしたらどうするの? 私がタクトくんのことが好きだったら、どうするの?」

「それは……私は、我慢しなくてもと───」

「安易な同情は、やめてくれないかな?」

「ッ!?」


 口から出てきてしまったのは、自分でも滅多に出さない冷たい言葉。

 レイシアちゃんの目が思い切り見開かれる。

 それでも、一度出てしまった私の口はもう止まらない。


 溜め込んでいた堤防が、一気に崩壊する。


「好きだから何? 諦めるなって言いたいの? 私って、そんな哀れに見える?」

「そんなことありませんっ!」

「でも、その同情はそう見えたから出てきたんでしょ?」

「私は、決して同情をしているわけでは———」

「それが同情じゃなかったら、なんだっていうの!!!」


 私は思わず感情の赴くままにテーブルを叩く。

 音はテラスいっぱいに響き渡り、お客さんの何人かの視線がこちらに向いてしまった。


「私は慰めの言葉を受けるほど安くはない! 同情されて立ち直れるほどの悩みは抱えていないっ! そんなちっぽけな決意のために、私はこの感情に蓋をしたわけじゃないんだよっ!」


 ぽろぽろと、私の目尻から涙が零れ落ちる。

 蓋をしていた「好き」が、抱えきれなくなって出て行ってしまうように。


「レイシアちゃんはいいよね……周りが解決してくれれば、その感情を前に出せるんだから」

「エイフィアさん……」

「私は、レイシアちゃんみたいなお姫様にはなれないんだよ」


 助けてくれるかもしれない。

 救ってくれるかもしれない。

 だけど、その先に私の幸せはどこにも存在しないんだ。


 だって……救ってくれた王子様が、すぐに死んじゃうんだよ?

 すぐに追いつくからねっていう話じゃない。追いつけないから、ずっと背負っていかなきゃいけない。

 それは、どうしようもなく―――地獄だ。


「あぁ、そうだよ……レイシアちゃんの言う通り、私はタクトくんが好きだよ。でもね、その感情は蓋をしないといけないの。誰のためじゃなくて自分のために。これ以上、先の苦しみを味合わないように。ねぇ、レイシアちゃんに分かる? 《《好きな人が先に死んでいくって分かってる》》人の気持ち?」

「……それは」

「分からないよね? 分かるはずもないよね? だってレイシアちゃんはタクトくんと同じ人生を歩めるんだもん。分かるはずもないよ……だから、どんな言葉を並べた心配も、私にとっては同情でしかないんだよぉ!!!」


 そう口にした瞬間、レイシアちゃんの瞳から一筋の涙が伝った。

 その原因は、間違いなく私のせいだ。

 熱くなった感情は徐々に冷静さを取り戻し、激しい罪悪感に苛まれる。


「こんなこと、言うつもりじゃなかったのに……」


 レイシアちゃんは何も悪くないのに。

 私は妹と思っている女の子を……傷つけてしまった。


「は、ははっ……こんなことになるなら、あの契りの申し出を受ければよかった」


 謝罪しなきゃいけないはずなのに、私の足は店の外へと向いてしまった。

 泣いてしまったレイシアちゃんの姿を見たくなくて、この場にいるのが嫌になって。


「やってしまいました……」


 消え入りそうなレイシアちゃんの言葉が聞こえてくる。

 だけど、私の体は———振り向くことなく店の外に向かってしまった。



 ねぇ、どうして?

 どうしてそんなに揺さぶってくるの……?


 ───私のしてること、間違ってるかな?

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