何もできないから
エイフィアがイケメンエルフに絡まれてしまったその日の夜。
僕は少しばかりの野暮用で魔女さんの寝ている部屋……というより、仕事場へとやって来た。
「エイフィアが何か悩んでいるみたいなんだ」
薬品の匂いが充満する部屋で、僕は地べたに正座しながら魔女さんに向かう。
魔女さんは就寝準備に入っているのか、グレーの寝間着のまま桃色の髪をゆっくりと梳いていた。
「お前さんらは悩んでばかりじゃのぉ。この前も、タクトが悩んでしょげて可愛らしかったばかりじゃというのに」
「僕は可愛い部類の人間ではないと思うんだ」
可愛いと思われるイケメンと思われたい。
何せ、子供扱いを受けているような気がするから。
いや、ような……じゃなくて普通に子供扱いされているんだろうけど。
早く親離れしたいものだ……男の尊厳的に。
「まぁ、エイフィアが悩む理由なんて想像はつくがのぉ」
「ほんと!? だったら教え───」
「おやすみじゃ、タクト」
「…………why?」
教えてくれるわけでもなく、会話を一方的に打ち切ろうとする魔女さんに驚きを隠しきれない。
まさかこの場面で「おやすみ」ワードが飛び出してくるとは思わなかった。
「別に教えてくれてもいいじゃない! エイフィアが悩んでるんだよ!? 力になってあげたいんだよぉ!」
「タクトには無理じゃ、諦めろ」
「酷い!?」
そんなに頼りなさそうに見えるのだろうか?
確かに世間知らずで、魔女さん達に比べたらまだまだお子ちゃまだけどさ……。
「そうじゃないわい。タクトが頼りないという話というわけじゃのぉて、《《タクトだから》》力になれんという話じゃよ」
「…………?」
「「意味が分からないよ」って顔をされても、妾は答えることはせんよ。エイフィアも話したくはないじゃろうしな」
魔女さんは髪を梳き終えると、そのままシーツにくるまってしまった。
それはこれ以上教えることはしたくないという明確な合図だ。
「そっかぁ……」
なら本人に聞いてみるしかない。
前にエイフィアには背中を押してもらったんだ───同じ方法で、僕もエイフィアの手助けをしてあげよう。
そう思って、僕はそのまま立ち上がった。
その時───
「エイフィアから直接聞く……なんてことはするなよ、タクト」
シーツにくるまっていた魔女さんが、僕の心を読んできたかのように釘を差してきた。
「エイフィアの悩みはタクトが解決できるものじゃない。あやつの悩みは、人には分かり得ないものじゃからの……それは正直な話を言えば、エイフィアの悩みは《《妾と同じような悩み》》。妾は乗り越えたが、エイフィアは違うし、あやつは妾以上に重たいもの……そーっとしといてやれ」
魔女さんの言葉は理解できない。
それは僕が馬鹿だから、後先も考えない人間だから……それだけ、なのかもしれない。
でも、一つだけ分かる───
「……分かったよ、魔女さん」
───僕は、どうしても力になれないということだ。
それが悔しくて、虚しくて、不甲斐なくて……自然と拳を強く握ってしまう。
「別にお前さんが悪いわけじゃない……こればっかしは、どうにもならんことじゃ」
「魔女さんがそう言うなら……うん、分かった」
僕は「おやすみ」とだけ声をかけて、魔女さんの部屋の扉を開け放った。
♦♦♦
僕には何もできない。
誰かのためだったら、こんなに悔しくはならないだろう。
でも、魔女さんやレイシアちゃん……エイフィアといった、狭い僕の世界の中で生きている大切な人のこととなると、話は別だ。
幸せに生きられるなら、幸せに生きてほしい。
笑って過ごせるような日常を、送れるのなら送ってほしい。
悲しんだり、悩んだり、落ち込んでいる姿は……見たくない。
エイフィアには、この家とお店が拠り所として……安心した生活を送ってほしい。
でも、僕にはどうしようもできなくて、時間が解決してくれるんだったら───
「あ、おかえりタクトくん。珍しいね、シダさんと何を話してたの?」
───せめて、僕はいつも通りに笑って過ごそう。
「お店のことでちょっとね。あと、外出許可がほしくて!」
部屋に戻ると、同じように就寝の準備をしていたエイフィアの姿があった。
その姿は昼間お店で見た弱々しい表情はなくて、本当にいつも通りに見える。
声の抑揚も変わらず、ベッドに座ったまま僕を迎えてくれた。
「外出許可はあげられませんっ!」
「同じようなこと言われたよ……外出しすぎだって」
「最近、いっぱい外出したもんね〜」
「普通、僕ぐらいの歳だったら許可なく外出する気がするんだけど……」
「よそはよそ! うちはうち!」
よくお母さんに言われそうな言葉だ。
これじゃあ、籠の中のタクトだよ……。
(とりあえずは、エイフィアが元気に戻ったようでよかった……)
エイフィアの様子を見て、僕は思わず安堵する。
何か抱えているかもしれない。
だけど、何もない風に振る舞うんだったら……僕もそのまま乗っかろう。
「じゃあ、寝よっか。ほれ、もっと寄った寄った」
「抱き締めると、もっと広々と使えますよタクトくん? こんなに可愛い女の子に抱き締められながら寝られるって、お得じゃない?」
「はっはっはー!」
「……ねぇ、その笑いは何かな? 馬鹿にされた感があるんだよ」
僕はエイフィアからのジト目を受けながら、ゆっくりとベッドに潜り込む。
エイフィアは少し悔しそうな顔をしたけど、少し端に寄って同じようにシーツをかけた。
そして───
「おやすみ、エイフィア」
「……うん、おやすみなさいなんだよ、タクトくん」
僕は無理矢理蓋をするかのように、エイフィアの横で瞼を閉じた。




