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風邪、ひいちゃいました③


 目を覚ますと、そこには天使がいました。


「お体、いかがですかタクトさん?」


 そう言って微笑みかけてくれる少女は、善行を働いた死者を導く御遣いのように見えた。

 背中に翼を生やし、死後の世界に安寧と平和をもたらさんとする存在。

 自然と視界が白く染まったような感覚に陥り、ふわふわとした心地よさが全身を襲った。


 そうか、ここが―――


「天国、なんだね……」

「縁起でもないですね!?」

「むっ? この驚き方……レイシアちゃんじゃないか」

「誰だと思っていたんですか!?」


 てっきり、本物の天使かと。

 さっきまで体調が悪くて寝てしまっていたから、てっきりそのままぽっくり逝ってしまったものだと思っていた。

 しかし、この世の別離を安易に受け入れてしまったとは……一度死んでいることが影響しているのだろうか?


「っていうか、レイシアちゃんはどうしてここに……?」

「タクトさんが風邪だと張り紙に書いていたのを見て、心配で来ちゃいました」


 来ちゃいましたって……可愛いなぁ、レイシアちゃんは。

 舌を小さく出してとぼける姿はそれしか言いようがない。


「それで、お体の方はいかがですか? エイフィアさんのお話だと、寝始めてからかなり時間が経っているみたいですけど……」


 レイシアちゃんに言われて初めて自分の様態を思い出す。

 体のだるさも、関節の痛みも咳もあまりない。頭痛に関しては今もしてるけど、さっきよりかはだいぶ楽になった。


 寝ていたことや魔女さんの薬のおかげだろう。


「うん、初めよりかは楽になった」

「そうですか……よかったです。タクトさんが風邪だと聞いて、卒倒してしまいそうでしたから」


 この世界では風邪だけでそこまで心配されるようなものなのだろうか?

 エイフィアもレイシアちゃんも、かなり大袈裟なような気がする。


「でも心配してくれてありがとうね、レイシアちゃん。来てくれて嬉しいよ」

「ふふっ、タクトさんであれば心配するのは当然ですもん。これぐらい、気にしないでください」

「ん? どうして僕だったら心配するの?」

「そ、それは……タクトさんだから、です」


 頬を染めて、椅子の上でモジモジとするレイシアちゃん。

 言葉の意味は理解できなかったけど、その仕草はそこはかとなく可愛らしいものだった。


「そういえば、エイフィアは? 冒険者のお仕事に戻っちゃったのかな?」

「いえ、キッチンでお昼ご飯を作っていらっしゃいますよ。もうお昼の時間帯ですからね」

「ありゃ……そんなに寝てたんだ」


 我ながら随分と弱っていたんだなと思ってしまう。

 まさか、朝起きてまた昼まで寝てしまうとは思わなかった。


(……あれ?)


 ふと、時間のことを聞いて疑問が湧き上がってしまった。

 今が昼となれば、本来開店している時間から三時間は超えているはず。

 今日は休日で、いつも通りであればレイシアちゃんは開店直後にやって来る。

 そんなレイシアちゃんが張り紙を見て来たってことは———


「……レイシアちゃん、もしかして結構この家にいた?」

「はい、三時間はお邪魔していますね」

「ちなみに、リビングでゆっくり―――」

「いえ、タクトさんの看病をしようかとこの部屋にいましたよ?」


 なんてことだ。

 っていうことは、僕は三時間もレイシアちゃんに寝顔を見られていたことになる。

 その事実のせいで、一気に恥ずかしさが込み上げてきた。


(いや、でもレイシアちゃんがそんなことをするわけがない……ッ!)


 そもそも、僕の寝顔を見たところで面白くも何もないだろうし、気分を害してしまう恐れがある。

 三時間も時間を潰せるようなものは何一つないだろうけど、きっと何かしらで時間を潰していたのだろう。


「ち、ちなみに……三時間も暇じゃなかった?」


 僕は恐る恐る淡い期待を抱きながら尋ねる。

 すると、レイシアちゃんは照れたように頬を朱に染めておずおずと口を開いた。


「タクトさんの寝顔は……そ、その……ずっと見ていられるほどに」

「Damn it!」

「あ、あと……読書もしていましたから」


 そう言って、レイシアちゃんは近くにあった本を僕に見せてくる。

 えーっと……なになに?


『タクトの全てが分かる、成長観察にっ―――


「今すぐそれを僕に寄こすんだ!」

「あ、あまり大きな声を出してしまうと、お体に触りますよ……?」

「そんなことを気にしている場合じゃない! 僕の尊厳やプライドがかかっているから!」


『著・シダ』と書かれているその本だけは燃やさないといけない気がする。

 そう、それだけはどうしても本能が警報を鳴らし続けているんだ。


「一応、エイフィアさんの私物ですので、勝手に燃やすのはダメだと思います」

「……何か、変なこと書いてなかった?」

「…………」

「もうお婿にいけないっ!」


 拝啓、日本にいるお母さん―――タクトは、一生独身のまま生きていくことになりそうです。ぴえん。


「(お婿なら、《《絶対になれる》》と思います……)」

「……え?」

「な、なんでもありませんっ!」


 僕が聞き取れなかったのでレイシアちゃんに尋ねると、彼女は「エ、エイフィアさんに起きたことを伝えてきますっ!」と言い残し、大慌てで部屋を飛び出して行ってしまった。

 一体何を言ったんだろう? そんな疑問が頭に湧き上がり———


「明日、元気になったら燃やしに行こ」


 レイシアちゃんが置いて行ってしまった『タクトの全てが分かる、成長観察日記』を僕のシーツの中にしまった。

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