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寂しい思いはさせないから

(※エイフィア視点)


 私が戻ってくると、タクトくんはまた寝てしまった。

 寝て起きてはまた寝て……もしかしたら、起きてしまうほど辛いのかもしれない。

 それか、日頃の疲れが中々寝かせてくれないからとか。


 ……いや、単にご飯を食べてお薬を飲んだからかもしれない。

 でも───


(心配だよ……)


 ただの風邪だっていうけど、私は心配しちゃう。

 だって、タクトくんが寝込んじゃうって私と出会ってから初めてなんだもん。

 こんなに弱ってるタクトくんは、初めて見たよ。


「……辛そう」


 私は桶に入っている水で布を濡らすと、タクトくんの頭の上に乗っける。

 心なしか、タクトくんの顔が気持ちよさそうなものに変わったような気がした。


「それにしても、お母さん……かぁ」


 ───タクトくんという存在を、私はよく分かっていない。


 どんな過去があって、どんな風に生きてきたのか。

 不思議なことだらけなんだよ。あんなに常識もなくても生きてこれたこととか、皆が「苦い」っていうコーヒーが好きなところとか。

 流石に、デリケートで言いたくないんだろうなぁっていう空気は感じていたから、今まで聞いたことはなかったんだけど。


 シダさんの話だと、タクトくんは五年前に山の中に一人でいたんだって。

 家族も、家も、物もお金も何も持っていなくて一人。シダさんが偶然見つけなかったらどうなっていたんだろうって恐ろしくなる。

 でも、これだけは分かる。お母さんの記憶はあるのに、お母さんがいないということは死んじゃったか、いなくなっちゃったかってこと。


 いずれにせよ、タクトくんは本当の家族という人がいない。

 だからタクトくんは寂しいって思っちゃったんだ。

 いい思い出だけが頭に残っているから、余計に───


「寂しく、させたりしないからね」


 人の一生を見守ることぐらい、私にとっては簡単なものだ。

 エルフの中では若い方だからね、人の一生を見守ったところで人生の寄り道程度でしかない。

 だったら、助けられた恩を含めて恩返しをしていこう。


 寂しく思わないように、明るく、楽しく、図々しくても厚かましくても、賑やかな生活を送らせてみせる。

 シダさんもいるから、余計に賑やかな生活を送られると思う。


 でも───


『君に、寂しい思いをさせちゃうよ……』


 ふと、タクトくんの言葉が脳裏を過ぎった。

 その言葉が、胸に突き刺さって離れない。


「はぁ……覚悟、してたんだけどなぁ」


 まだまだ先の話だよ。

 どうして、タクトくんはそんなことを言っちゃうかなぁ……?

 そんなこと言われたら、どうしようもなく《《逃げ出したくなっちゃう》》じゃん。


 思い出を残さないようにこの家から出て行って、遠くの場所で顔を合わせないように過ごす。

 そうすれば、タクトくんとの思い出は薄れていって辛くなくなるだろうから。


 でも、それだけはダメだ。


「タクトくん、大好き……」


 寝ているタクトくんに、私は呟く。


「大好き、本当に大好き……好きで好きで仕方ない。家族としても、男の子としても大好き。誰よりも、あなたが好き───《《愛してる》》」


 あの時、行き倒れていた私を助けてくれたから。

 私に居場所をくれたから。私を孤独にさせてくれなかったから。

 私を変な目で見なかったから。温かさをくれたから。

 優しかったから。頼もしかったから。意外と可愛い顔をしているから。

 あの時、コーヒーを飲ませてくれたから。


 願うことなら、私はタクトくんとお付き合いしたい。

 ずっと一緒にいて、一緒に手を繋ぎながらお出掛けして、キスをして、抱き締め合って、その先を続けて……子供だってほしい。

 それぐらい、私はタクトくんを愛している。


 だけど、ね?

 そんなことをしたら、《《私が辛くなっちゃうでしょ》》?


 どうして、好きな人と一緒に死ねないの?

 どうして、思い出ばかり残ったまま私は生きていかなきゃならないの?

 どうして、私は辛い先を知りながらも別れをしなきゃいけないの?

 そんな辛い思いをするなら───私は今のままでいい。


 タクトくんの横はレイシアちゃんに譲って、私は傍で二人を見届けるよ。

 愛した分だけ辛くなるっていうなら、私は愛さず好きなままでいたい。

 だから、私はこの恋心に蓋をした───長寿であるからこそ、辛い思いをしないでタクトくんが寂しくならないように支えていくんだ。


 ───その覚悟は、タクトくんと一緒に暮らしてから決意したはずだよ、エイフィア。

 揺らいじゃダメ……今の関係のまま、恩返しをすればいいじゃん。


 それでさ、タクトくんが死んじゃったら私が『異世界喫茶』を継ぐんだ。

 そのために冒険者として仕事の合間にお手伝いしてるんでしょ?

 タクトくんがあの時くれた温かさを……今度は私が誰かにしてあげるように。


「ほんと、優しいのは分かってるけどさぁ……」


 そんなこと言わないでほしいんだよ。

 私の決意が揺らいじゃうじゃん。


 家族として大好きで、過保護な私のまま……いさせてよ。


「タクトくんのばーか」


 私は濡れた布をもう一度冷やすためにタクトくんの額から取る。

 その時、タクトくんの手が私の腕を掴んだ。


「エイ、フィア……ありがとう」


 一瞬だけドキッとした。

 もしかして、今の言葉が聞こえていたのかな? って。

 でも、タクトくんは静かな寝息を立てるばかり。多分、寝言なんだと思う。


「……タクトくんはまだ子供なんだから、もっと甘えてればいいのに」


 私は掴まれた手をそっと握り返す。

 寂しく思わないように、一人にはさせないように。


 私は寝ているタクトくんの顔に自分の顔を寄せる。


 本当に、世話の焼ける男の子だ。

 だから、もう───私を揺さぶらないで。


 そんな思いを込めて、私は触れるだけの《《キス》》をした。




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