風邪、ひいちゃいました②
魔女さんがいなくなってから少しして、すぐさまエイフィアが入れ替わるように戻ってきた。
さっき家から飛び出していったというのに、どうしてそんなに早いのだろう? もしかしなくても、冒険者ギルドは近い場所にあるのかもしれない。
それにしても、冒険者ギルドかぁ……ファンタジーの定番だし、ちょっと行ってみたい気はするんだよね。
お約束の「おいおい、お前みたいなガキが来る場所じゃねぇぜ!」みたいなことは起きるのかな?
確かめに行きたいけど、エイフィアが「危ない人がたくさんいるからダメ」とか言いそうでめんどくさい。
「タクトくん、今日は休まなきゃダメなんだよ? 私が見張っておくからね!」
エイフィアがベッドの横にある椅子に座り、僕の様子を見ながらそんなことを言ってくる。
看病ではなく「見張る」という辺り、僕はそれほど信用されていないことが分かった。
「言われなくても、今日はそうするよ……なんだか、だんだんだるくなってきたし」
「大丈夫、タクトくん!?」
「大丈夫だから、あんまり大きな声を出さないでくれたら嬉しい……」
頭が痛いからか、大声が頭に響く。
「え、えーっと……シダさんから渡された『風邪を引いた可愛い息子の看病方法』の本はどこにしまっておいたっけ」
エイフィアが立ち上がって部屋にある本棚を漁り始める。
どうして、そんな本が存在しているのだろうか?
魔女さんの過保護っぷりも、もやは行き過ぎな気がする。
「えーっと……過度なハグやキスは控えて、まずはご飯を食べさせること? 一応、おかゆは作ってきたけど……」
エイフィアが取り出した本を見ながらブツブツと口にする。
まるで過度じゃなければ病人に対してハグやキスはしてもいいという言い方みたいに聞こえてしまう。
「……食欲ないからいいよ」
「だーめ! ご飯を食べないと元気になれないし、お薬も飲めないんだからね! って書いてあるんだよ!」
……現代日本で言われそうな言葉だなぁ。
どの世界でも、風邪の治し方は一緒だということだろうか。
「タクトくん、食べられる? もしよかったら、食べさせてあげよっか? あ、でもタクトくんそういうの嫌がりそう───」
「……じゃあ、お願い」
「なんだけど……って、いいの!?」
正直、食欲もないし一人で食べられる気がしない。
普段だったらあまりしてほしくないけど、食べさせてくれるのであればお願いしたいところだ。
僕は上体を起こして、エイフィアの顔を朧気だけど見つめる。
すると、エイフィアは戸惑った様子を見せながらもお椀に入っているお粥を一口掬うと、僕の口元まで持ってきてくれた。
「え、えーっと……じゃあ───はい、あーん」
「あーん……」
「…………」
美味しい。
エイフィアは料理が上手だなぁ。
食べやすいようにほどほどの温かさだし、軽い味付けだから胃に優しそうだ。
「(あ、あのタクトくんが大人しく食べてくれた……か、可愛いっ! って、ダメダメダメ! タクトくんは病人なんだから、そんな気を持っちゃダメなんだよ!)」
エイフィアが顔を真っ赤にしながら何故か首を振る。
もしかしたら、エイフィアも何か病気なのかもしれない。
「ごほんっ! じゃ、じゃあ、ゆっくりでいいから食べようか、タクトくん」
「……うん」
僕はエイフィアに促されるがまま、大きく口を開けた。
♦♦♦
ご飯を全部食べ終えて、薬を飲んだ僕は再び横になっていた。
だけど、すぐに風邪が治まるっていうわけじゃなくて、逆に悪化したような激しい頭痛に襲われていた。
(あぁ……頭が痛い)
ここまで風邪って辛いものだったかな?
頭が回らないし、声が全部遠く感じてしまう。
何を考えようとしても、全てがぼやけて前が見えないような感覚。
(昔はよく風邪を引いてたんだっけ……?)
僕が日本で生きていた頃の話。
風邪を引きまくっていたというわけではないけど、周りに風邪が流行ったら毎度の如く風邪を引いていた。
多分、今の体の方が頑丈なんだと思う。
風邪を引いた時は一日目が辛くて、よくお母さんに看病をしてもらった。
二日目ぐらいになると風邪は治まって楽になる……その時は、コーヒーの載っている雑誌や本ばかりを読んでいた。
(っていうか、異世界にも風邪って存在するんだね……)
そこら辺は日本も異世界も同じだということだろう。
違うのは病院っていう施設がないことと、僕の横に―――
「おかぁ、さん……」
今頃何をしているんだろう?
元気に暮らしているかな?
僕のこと、忘れちゃったかな?
体が弱っているせいか、そんなことばかり考えてしまう。
その時———
「……大丈夫だよ、タクトくん」
ふと、僕の頭に温かい感触が乗ってきた。
「私が、傍にいるからね」
その温かさは、沈んでいた心を晴れやかにしてくれるものだった。
寂しいという心の傷にそっと薬でも塗ってくれたかのよう。
「……ごめん、変なこと言っちゃった」
「ううん、全然。結局私ができることは本に載ってなかったし、これぐらいはさせてほしいんだよ」
「そんな、別にいいのに……」
わざわざ冒険者としての仕事をお休みしてまで看病してくれるんだ。
これぐらい―――というが、それだけで充分。
「お母さんのこと、思い出してたんだ……」
弱っているからか、それとも安心してしまったからか。
思考が上手く働かないはずなのに、何故かそんなことを口にしてしまう。
「お母さんも、こうやって僕が辛い時は傍にいてくれた。林檎を剥いてくれて、ご飯を食べさせてくれて、僕が寝るまでお話に付き合ってくれた」
「…………」
「なんだか懐かしくてさ、割り切ったはずなのに……寂しくなっちゃった」
もうお母さんには会えない。
風邪を引いたとしても、僕はもういい歳だ。看病なんて必要ない。
だけど、会えないという現実が求めてしまっている。
寂しさが、この歳にもなって温かさを求めてしまった。
「確かに、タクトくんのお母さんにはもう会えないかもしれないけどさ」
エイフィアは僕の話を聞いて、ゆっくりと頭を撫でてくれる。
「今は私がいるよ。この家にはシダさんもいる……タクトくんが寂しいって思ってても、絶対に離れて行かない私達がいる」
「…………」
「魔女さんも吸血鬼だし、私もエルフ。タクトくんが《《先に死んじゃうけど》》、逆に言えばタクトくんは死ぬまで一人じゃないよ。寂しくなんて、全然ない」
吸血鬼もエルフも、人の寿命とは異なる。
エルフほどの長寿ではないけど、吸血鬼は真っ当に生きると二百年は生きられるらしい。
魔女さんが今何歳なのかは分からないけど、それぐらい長生きできるんだったら確かに僕が先に死んでしまうだろう。
死ぬことは怖い。
誰かと会えない気持ちは、一度体験した僕なら分かる。
だけど、もう次がないのだとしたら―――
「それなら、僕は寂しくないね……」
「でしょ? タクトくんがおじいちゃんになっても、騒がしい私のままだよ!」
「ははっ、それは本当に……楽しそうだなぁ」
でも、ふと思った。
それなら、エイフィアや魔女さんはどうなっちゃうんだろう? って。
僕は寂しい思いをしないかもしれないけど———二人は、僕がいなくなると寂しい思いをしてしまうんじゃないかって。
そう思ってしまうと―――
「ごめんね、エイフィア……」
「え? いきなりどうしたの?」
「君に、《《寂しい思いをさせちゃうよ》》……」
それだけ呟いて、僕の意識は再び暗い底に沈み始めた。
願わくば、エイフィアが一生寂しくない相手を見つけられますように。
この時だけは、転生した体がエルフじゃないことを呪ってしまった。
弱った時の思考っていうのは、どうにも明るいことを考えられないものみたいだ。




