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幸せになってほしいから、幸せにしてみせる

 僕はひとしきり言い終えると、僕は小さく息を吐いた。

 緊張を堪えていたせいか、一気に激しい脈打つ鼓動が襲ってきた。


 少し、ほんの少し。

 静寂が、誰もいない店内に広がる。


 そして———


「……確かに、娘の願いを聞けば幸せな姿を見られるだろう。それは親として一番の幸せだ」


 レイシアちゃんのお父さんがゆっくりと口を開いた。


「親としての正しい選択をするのであれば、君やイリヤの言う通り娘が望む相手と結婚させるべきなのだろう」

「…………」

「だが、もし娘が望む相手の結婚できなければ? 恋愛というのは、望む結末に全てが纏まるわけではない。想いを告げ、断られたとしよう―――そうなれば、果たして娘は幸せだと言えるか? 王家の一員になった方が、よりよい生活が送れるかもしれん……不確定要素の幸せを、君は俺に許容させるのか?」


 レイシアちゃんのお父さんの言う通りだ。

 たとえ、ここで首を縦に振ってレイシアちゃんが恋愛を経てパートナーを選べたとしよう。

 でも、恋愛が上手くいくとは限らない。


 断られるかもしれない、想いが届かないかもしれない。

 そうなれば、レイシアちゃんは悲しむだろう。幸せとは、言い難いかもしれない。

 この婚約を受けた方が、幸せだったのかもしれない。


「もし、そうなったら……それは彼女の責任です。その道を望んだ、レイシアちゃんの責任だ」

「であれば―――」

「そして、彼女を助けようとする僕の責任でもあると思います」


 安易に背中を押そうとしている僕にも責任がある。

 他人の事情に首を突っ込んだからには、それ相応のものが圧し掛かるだろう。

 だから―――



「僕が彼女を幸せにします」



 この気持ちには嘘偽りがないと、本気なんだと。

 そう伝わってほしくて、僕は真っ直ぐにレイシアちゃんのお父さんを見つめる。


「この道を選んで不幸になるというのなら、僕が幸せにします。どんな手を使っても、この道を選んで間違いはなかったのだと、心からそう思えるように……僕が幸せにしています」

「口ではなんとでも言える」

「そうですね……僕には、それを証明する力もなければ物もない。聞いたところで、口だけの約束になるかもしれません」

「だったら―――」

「その時は、僕の首を刎ねてください」


 そう口にした瞬間、レイシアちゃんのお父さんの目が思い切り見開かれた。


「小指を一本ずつ切り落としてから殺してもいいです、四肢を切り刻んで殺してもいいです。もし、僕が幸せにできなかったら、その時はレイシアちゃんのお父さんの望むままに責任を取ります」


 それしか示すことができないから。

 どう頑張ったって、僕はレイシアちゃんのお父さんに納得させるものをみせることはできない。


「僕が絶対にレイシアちゃんを幸せにしてみせます……不幸にするようなら───」


 僕という存在の全てを。


 いち平民の命なんて価値はないかもしれないけど……僕が差し出せるものは、これが全てだから。


「……どうして君は娘のためにそこまでする? 所詮は客と店員だけの間柄のはずだ」

「そうですね……確かに、レイシアちゃんと僕は特段親密な関係じゃないです」


 ただ―――


「レイシアちゃんは、僕のコーヒーを初めて「美味しい」って言ってくれたお客さんなんですよ」


 僕はレイシアちゃんと過ごした時間を思い浮かべる。


「誰もいなかったお店に賑やかさを与えてくれて、この店のことを考えて協力してくれて、いつも僕にコーヒーを淹れさせてくれた」


 彼女がいなければ、僕は今も寂しい店内で一人立っていただけだろう。

 好きだったコーヒーを受け入れてもらうことができなくて、どこか寂しく物足りない生活を送っていた。


「僕の人生を彩ってくれたのは彼女です。世間知らずで、コーヒーが好きだっただけの僕の生活に温かさと楽しさをくれたのはレイシアちゃんなんです。だから……僕は、そんなレイシアちゃんには幸せになってほしい。それを抜きにしても、あんなに心優しく頑張っている人には、心の底から幸せになってほしいと思っています」


 恩を返す―――そういう話じゃない。

 僕が勝手にそう思ったことだし、勝手に幸せになってほしいと願った。

 それだけで、それ以上はない。

 結局は、自分勝手な気持ちを押し付ける行為に近いかもしれない。


 それでも―――レイシアちゃんの幸せを願う僕の気持ちは本物だ。


「だからお願いしますっ! レイシアちゃんの望むように……好きな人と結婚させてあげてください!」


 僕はめいいっぱい頭を下げる。

 語る言葉も伝えたい気持ちも全て口にし終わったから。

 あとは、レイシアちゃんのお父さんが判断することだ。


「……ふぅ」


 頭を下げた僕を見て、レイシアちゃんのお父さんは小さく息を吐いた。

 そして———


「私は貴族だ」


 重たい言葉が、室内に響き渡った。


「貴族故の責務は当然ある。守らねばならないものも多い。俺は、俺が下していた結論に間違いはないと思っている」

「……はい」


 自分の考えの肯定。

 僕の意見の否定。


 それを聞いた瞬間、僕の心は酷く沈んだ。

 でも───


「だが、一人の親としては間違っていたんだろうな……」


 僕は思わず顔を上げてレイシアちゃんのお父さんの顔を見た。

 その顔には小さな笑みが浮かんでいて、徐にコーヒーを飲み始める。


「苦いが、どこか深みのある味……心がどこか安らいでいくような感じさえする。これが、娘の好きになったものか」


 レイシアちゃんのお父さんはコーヒーを飲み終わると、そのまま立ち上がった。

 そして、僕の頭を思い切り撫で回す。


「俺の娘を幸せにしろ。そうでないと、俺は《《後悔》》するだろうからな」

「そ、それって―――」

「あとはこっちでなんとかしておく……少年は気にせず、助けられたことに満足していればいい」


 その言葉は結果を示しているものだった。

 頭を下げ、伝えることしかできなかった無力な僕が……レイシアちゃんのお父さんを動かした、結果。


「君の話を受けたから俺は納得しただけだ。俺の目線で話し、自分の素直な気持ちを媚びることなくぶつける。故に、娘を大切にしてくれている気持ちが……よく伝わってきた。考えさせられる部分も、多々あった」


 胸の内に、ありとあらゆる言葉にし難いものが込み上げてきた。


「娘も……いい男に出会ったものだ」


 そう口にすると、レイシアちゃんのお父さんは店の外へと出て行った。

 話すことはもう何もないと、結論は出たといった様子で―――


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……よかったぁぁぁぁぁぁ」


 僕は思わずその場にへたり込んでしまう。

 安堵が押し寄せてきて、大きな息が全身の力を抜けさせる。


 こうも締まらない姿をしてしまうと、一気に自分が情けないような気がして辛い。

 だけど―――


「……よかったね、レイシアちゃん」


 これで助けることはできただろうか?

 そんなことを思いながら、僕はしばらくその場にへたり込んだ。





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