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自分勝手の助けてあげたい

 レイシアちゃんの部屋に入ると、制服姿のレイシアちゃんがいた。

 まぁ、レイシアちゃんの部屋だからレイシアちゃんがいるっていうのは当然だけど、制服ってことは学園から帰ってきたあとだったのかな?

 でも制服にシワが寄っているし、すぐってわけでもなさそうなんだけど……。


「どう、して……タクトさんがここに?」


 僕がやって来たことに驚いているレイシアちゃん。

 確かに、いきなり部屋に現れたら驚くかもしれない。

 それに、貴族の家って中々入れないって聞いたしね。


「レイシアちゃんに会いに来ただけだよ。それにしても凄いね、魔女さんって……一筆手紙を書いただけで、貴族のお家に入れてもらえるんだから」

「魔女様は以前にお母様を治していただいたことがありますから……」


 なるほど、その伝手を使ったわけか。

 だからお茶会の時も知っているげな空気を見せていたんだね。


「ここにいる理由は分かりました。ですが、どうして私に会いに……?」

「最近、出張サービスを始めたんだよ。お客さんの家まで訪問して、コーヒーを作ってあげる。簡易的なものにはなっちゃうけどね」


 僕はカバンから挽いたコーヒー豆を取り出すと、準備しておいたフィルターにぶっ込んで用意してもらったお湯を注ぐ。

 インスタントコーヒーとか、コーヒーメーカーとかあればよかったんだけど、異世界にそれを求めちゃいけない。


 頑張って器具を持っていきましょう!

 あぁ、カバンが重かったなぁ……。


「出張サービス第一号は是非とも、常連さんのレイシアちゃんに! というわけで、はいどーぞ」


 僕はコーヒーを入れたカップをレイシアちゃんに手渡す。

 流石に割れやすいコーヒーカップまでは持って来れなかったので、残念ながらイリヤさんに貸してもらったティーカップで代用させてもらった。


「…………」


 レイシアちゃんは受け取ったものの、一向に口をつける気配がない。

 それは、そうだろう。レイシアちゃんの顔を見ていれば分かる。


 ───今はそういうことをする空気じゃない、っていうことだ。


「……僕はね、レイシアちゃんとお話をし来たんだ」


 座っていい? と一声だけかけて、僕は近くの椅子に腰を下ろした。


「聞きたいこと、話したいこと、たくさんあるよ。あの日のことや今のことも聞きたいし、レイシアちゃんに何があったのかも聞きたい」

「……お母様とお会いになったのでしょう?」

「うん」

「でしたら、もうすでに聞かれているのではないですか?」


 レイシアちゃんの言う通り、この部屋に来るまでイリヤさんと出会った。

 その時、イリヤさんはレイシアちゃんのことを語ろうとはしていた。

 だけど───


「僕はレイシアちゃんの口から聞きたい。客観的な話じゃなくて、主観的……君自身の気持ちも含めて、僕はお話したいんだ」


 家のことを、娘のことをイリヤさんが知っていないわけがない。

 ある程度の状況も、レイシアちゃんの気持ちすらも気付いているだろう。


 でも、人伝手の情報で僕は分かった風にはなりたくない。

 レイシアちゃんの気持ちを聞いて……それから、僕は僕自身の悩みを解決するべきだ。


「話したくない、です……」


 レイシアちゃんはカップを握りながら、拒絶から入った。


「確かに、一方的に別れるようなことをしたことについては申し訳なく思っています。ですが、私とタクトさんは『お客さん店員』だけの関係なはずです……語る義務など、どこにもありません」


 はっきりとした拒絶。

 レイシアちゃんの言う通り、彼女は僕に語る義務などどこにもない。

 あくまで個人の話。そこに踏み込むのは、僕という人間の立場ではお門違いだ。


「でもさ、レイシアちゃん……今の君を見ていると、吐き出したそうな顔をしているよ?」


 僕は立ち上がってレイシアちゃんの近くに寄る。

 レイシアちゃんは肩を跳ねさせたけど、僕は構わず目元をなぞった。

 何かで拭いた痕……赤く、潤んで腫れたような目元だ。


「聞かせてよ、レイシアちゃん。僕はマスターだ……お客さんの話を聞いてあげたい。初めて、君と出会った時のように」


 僕は少しだけ離れると、レイシアちゃんの持っているコーヒーを手と一緒に持ち上げる。

 そして、そのまま飲んでもらえるよう促した。


「まずはコーヒーでも飲もうよ。あの時も、コーヒーを飲んでからだったでしょ?」

「…………」


 レイシアちゃんは逡巡したような顔を見せる。

 だけど、少しの間を空けてゆっくりとコーヒーを飲み始めた。


 その姿を見て安堵すると、僕はレイシアちゃんの前に膝を下ろした。


「僕はね、我儘な人間なんだ」


 口に含み終わったあとのレイシアちゃんは、僕に瞳を向ける。

 何を語るのかを、待つかのように。


「レイシアちゃんは誇っていいって言ったけど、結局はどうしようもない子供でさ。情けなくて、うじうじしてて、頼もしくもなければ勇気があるわけじゃない。今日だって、エイフィアや魔女さんに背中を叩かれなかったら、この部屋に来てすらいなかった」


 それでも、エイフィア背中を押されたから。

 どうしようもなくて我儘な僕だけど、ここまでやって来た。


「僕は僕の悩みを解決したい。レイシアちゃんが来てくれなくなったこととか、レイシアちゃんに何があったのかが知りたい。独りよがりで身勝手なのは分かってる。さっきは「マスターだから」って言っちゃったけど、きっとそれは建前なんだ」


 僕はレイシアちゃんこと気になって気になってしょうがなくて、所詮は強要しているだけだ。

 そんなの分かってる……分かってるけど、どうしようもないぐらい───


「君を助けてあげたい……ただ、それだけなんだと思う」


 悩んでしまっている原因はそこなんだ。

 悩むのは心配だから、心配なのは助けてあげたいから。

 お客さんだけど、今までに来たお客さんじゃなくて、相手がレイシアちゃんだから。


 きっと、話を聞いて助けてあげたいって思っちゃったんだ。


 ───僕は正直な気持ちをレイシアちゃんに言った。

 話してほしいと思うからには、自分が先に話さないことには意味がないしフェアじゃない。


 僕はレイシアちゃんの言葉を待つ。

 するとレイシアちゃんは唐突に、カップ横の棚の上に置いた。

 そして───


「……て、です」


 震える口を動かした。


「あなたは、本当に自分勝手ですっ!!!」


 その叫びは室内に響き渡り、僕の鼓膜を揺さぶった。

 それでも僕は、受け止める。


「……うん」


 身勝手で、どうしようもないぐらいクズで。

 方法は間違っていて、レイシアちゃんにとっては迷惑でしかなくて、誰からも罵られると分かっていても。


 ───僕は君の手助けをしたい。


 他でもない、レイシアちゃんだから。

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