表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/68

様子が変で

 あれから二週間が経った。


 今日も今日とていつも通り。

 最近はちゃんと一日に何組か来店してくれるので、お店もいつも通りに営業をしている。

 外の空気も変わらず、王都らしい喧騒がこのお店まで届いていた。


 本当に、何も変わらない一日。

 皆もいつも通りの日常として今日を過ごしているに違いない。


 ただ───どうにも、胸の中の空虚感が拭えなかった。


「…………」


 コーヒーカップ黙々と拭き続ける。

 今の店内には若い女の子達と一組のカップルさんがやってきていて、楽しそうな会話が聞こえてきた。


 前までは静かな店内だったのに、こうしてお客さんが来ていることには嬉しさしかない。

 お客さんを見ていると、達成感と満足感が胸の内に押し寄せてくるはず……なんだけど。


「はぁ……」


 どうにも、空虚感が勝ってしまう。

 何かが足りないような、この形は望んでいないとでも言いたそうな、微妙な気持ち。


 原因は、言わずも普通に分っている。

 そんなの、目の前に座ってくれている彼女が───


「……くん」


 ……いや、考えても仕方ない。

 目の前にいないものはいないんだから。


「……ト……ってば」


 僕は喫茶店のマスターで、お客さんはお客さん。

 こうしてお客さんがいるだけでも、満足しないと───


「タクトくんってば!」

「うわっ!」


 唐突に聞こえてきた声にびっくりする。

 横を向けば、エプロン姿のエイフィアがすぐ傍までやって来ていた。


「びっくりした……もう、仕事中に驚かさないでよ。丹精込めて作ったカップを落として割っちゃったらどうするのさ?」

「さっきからずっと呼んでたんだよ。気づいてくれなかったのはタクトくんなんだよ」


 それは申し訳ない。


「それでどうしたの? 言っておくけど、お菓子はダメだよ、お客さんいるんだから。あと、サボりたいなら邪魔にならないよう家の方に───」

「ねぇ、私をなんだと思ってるのかな!?」


 いや、なんかそういうイメージが。

 でも待てよ……エイフィアって、そういうイメージがあるだけで、今までレイシアちゃん以外のお客さんがいたら真面目に働いてくれていたような気が───


「カフェオレ二つ! 注文だよ!」

「あ、うんっ!」


 エイフィアにそう言われて、僕は慌ててカフェオレを作るために準備する。

 といっても、作っておいたカフェオレをグラスに注ぐだけなんだけど。


(エイフィアには悪いことをしちゃったなぁ……)


 残念な子っていうイメージはあったけど、今までちゃんと働いてくれていたのに偏見で失礼なことを言ってしまった。

 あとでちゃんと謝っておかないと。


「はぁ……」


 何やってるんだろうね、僕。



 ♦♦♦



(※エイフィア視点)


 タクトくんの様子が変です。

 仕事中もどこかボーッとしてるし、私が「お菓子食べたくてサボりたい」みたいな勘違いをしちゃうし。

 それが、かれこれ二週間ぐらいは続いている。


 原因は……うん、分かってる。

 タクトくんが外出したあの日から、レイシアちゃんが一度もお店に顔を出していないからだ。


 私も毎日喫茶店にいるわけじゃない。

 冒険者のお仕事をしている日もあるから、その日に来たっていう可能性もある。

 だけど、今までレイシアちゃんは毎日来ていたみたいなの。


 それに、タクトくん聞いた時「レイシアちゃん? あれから一度も来てないよ」と言っていたから間違いないと思う。

 それで、タクトくんはそのことを気にしてる。


(何かあったのかな……)


 タクトくん達がお出掛けした時に何があったのかは分からない。

 二人の間に何かあったのか、タクトくんに何かあったのか、それともレイシアちゃんに何かあったのか───そんなの、こうしてタクトくんを見ているだけの私じゃ理解できないんだよ。


 自分で言うのもなんだけど、私は少し残念な子だから。

 人を見て察する力もない……なんだったら、空気をあまり読めない方。


「はい、カフェオレ二つ」


 タクトくんからカフェオレを受け取ってお盆の上に乗せると、私はお客さんのところに向かう。

 いつの日か「仕事をしていれば悩みなんて忘れられる」って、冒険者仲間の人が言っていたけど───


(無理、普通に心配だよ……)


 心配が、胸の内を覆ってしまう。


 タクトくんは私の家族と言ってもいい。

 シダさんも含めて、故郷にいる家族の次に大事な人達だ。


 それに、タクトくんは私の恩人で……それと───


(困ってるんなら、助けてあげたいなぁ)


 頼ってくれるなら、迷わず助けると思う。

 あの時のタクトくんがしてくれたように、私も「大丈夫?」って言って手を差し伸べる。

 でも、何も言ってくれなかったら相談に乗ってあげることも、手を差し伸べてあげることもできない。


(い、いやいやいや! こんなの私らしくないんだよ!)


 言ってくれなかったら聞けばいいじゃん!

 言いたくなかったら、無理矢理にでも聞けばいいじゃん!


 シダさんもタクトくんの様子がおかしいことには気がついているだろうし、協力してもらえばいい。

 そうやって、少しでもタクトくんの支えになってあげるんだ。


(そうだ、それこそ私! こういうのが私らしい!)


 ───というわけで、早速今日の営業が終わったら問い詰めよう。

 ……い、いや、まずは問い詰めるんじゃなくて普通に聞くべきだよね?


「はいっ! カフェオレどうぞ!」


 私はめいいっぱいの元気を見せながら、お客さんの前にカフェオレを置いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ