婚約
(※イリヤ視点)
私、ここ最近ずーっと怒っています。
分からず屋さんのせいでムカムカしてしまうの。
それはもう、顔を合わせたくないほどに。
「……なぁ」
「(ぷぃっ!)」
声をかけられても、私は顔を反対方向へと向ける。
私が怒っているからかは分からないけど、今いる食堂の空気は若干ピリピリしているわ。
私はその空気を無視して、並べられた料理に手をつける。
……美味しいわ~。
「……いい加減、機嫌を直してくれないかイリヤ?」
長テーブルの奥。
そこには、大きな体躯をしている男が一人座っている。
金色に輝く金髪は短く切り揃えられていて、目つきは鋭く、いつもであれば座っているだけでも威厳を醸し出してかっこいいに、今に限ってはどこかしおれていた。
―――この人こそ、私の旦那さんでアスタルテ公爵家当主、ロイスくん。
そして、レイシアちゃんのお父さんでもある男。
……いや、もう今更お父さんなのかも怪しいわ。
「ロイスくんには失望したの~。だから私は、無視します~」
「……はぁ」
私はロイスくんに対して怒っている。
というのも―――
「仕方ないだろう。王家からの縁談ともなれば無視はできないのだから」
そう、これなのよ。
これが、私の怒っている原因なの。
レイシアちゃんの様子が変だと思ったその日、私は何があったのかロイスくんに問い詰めたわ。
すると、原因はどうやら王家からの縁談———婚約の話だったの。
正直に言えば、私だってロイスくんの気持ちは分かる。
公爵家は王家の次に爵位の高い貴族。他の婚約話を断ったところで、ある程度は溝を作ることなくことを終わらせられる。
だけど、王家となれば公爵家としても無視できない。
王家の婚約は娘が王族の仲間入りになるっていうこと。
公爵家の当主としては王家との繋がりを頑固たるものにできる。
逆に、断ってしまえば王家との間に確執が生まれてしまう恐れがある。
婚約話を受けるのであれば、受けられる恩恵は多大。
断れば、受ける損害も多大。
当主としては、レイシアちゃんには婚約をして結婚してもらう方にことを進めるのは分かり切っている。
だけど―――
「……レイシアちゃんの気持ちはどうなるの~?」
「それこそ仕方ない話だ。我々は貴族だからな」
「貴族だからって、私達の娘にそれを押し付けるかどうかは別問題だと思うわ!」
思わずテーブルを叩いてしまう。
食器が鳴らず金属音が響き、後ろに控える使用人達の肩が一瞬だけ跳ねた。
それが申し訳なく思ってしまい、私は高ぶってしまった気持ちを抑えつける。
「レイシアちゃんはちゃんと言ったわよね~? 好きな人と結婚したいって?」
「……聞いたさ。だから婚約の話は止めていた」
「だったら―――」
「だが、今回の話がきてしまえばまた別だろう」
頑固、と。
私は内心でロイスくんに対して文句を言う。
「私、娘と家のどちらかを選べって言われたら即答で娘って言うわ」
「俺は家というだろう。家族が代々守ってきた家系……というのは無視してでも、そう答える。何せ、今の俺には守らなければならない者が多いからな」
「……知ってるわよ」
ロイスくんも、レイシアちゃんの幸せを想っていることぐらい。
もし、王家との確執が生まれてしまえば……周りからも王家からも目を向けられるでしょう。
公爵家という爵位が高い貴族と言えど絶対ではない。
もし、家に確執のせいで問題が起きてしまったら?
私やレイシアちゃん、領民までもが苦しい思いをする。
その重みを知っているからこそ、リスクを取らずロイスくんは安全を選んだ。
そして、レイシアちゃんも分かっているからこそ———
「それをどうにかしてよ、ロイスくん……」
「やってできないこともないだろうが、確実な方法と得られる恩恵がある以上は譲らない」
「こ、このっ……!」
私は分からず屋なロイスくんに詰め寄ろうと立ち上がる。
その時———
「ただいま戻りました、お父様、お母様」
食堂の扉が開き、レイシアちゃんが姿を見せた。
いつもの外出用の服とは違って、気合いの入ったおめかしした服装。
そして、首元には見たことのないチョーカーが着けられていた。
……確か、今日はタクトくんとお出掛けするって言ってたわよね?
だからでしょうね……こんな姿を見たら、レイシアちゃんの気持ちがどこに向いているのかすぐに分かるのに。
「おかえり、レイシア」
「おかえりなさい~」
レイシアちゃんが来たことで、私は一度座り直す。
娘の前で怒ってしまうほど、私も馬鹿じゃない。
その代わり―――
「ねぇ、レイシアちゃん? あなたも、今回の婚約は嫌よね?」
私はもう一度尋ねた。
今日まで何度もしてしまった意思確認。
レイシアちゃんの本心を、ロイスくんの前で見せてあげたくて。
「いいえ、私はこの婚約をお受けするつもりです」
でもレイシアちゃんは、肯定してしまうの。
いつもいつもいつも。
親ならすぐに分かってしまう―――
「私は、王家に名を連ねられることを喜ばしく思っていますから」
明らかに無理をしている、笑顔を向けながら。
レイシアちゃんは笑顔を保ったままもう一度頭を下げると、そそくさと食堂から去って行ってしまった。
「……その婚約は〜? 娘にあんな顔をさせてまでしなきゃいけないものなのかしら〜?」
「…………」
「この分からず屋さん」
ロイスくんは、私の悪口を聞いても無視して食事を続けた。
(……どうして?)
ねぇ、レイシアちゃんもロイスくんも……そんなに我慢するの……?




