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結局行き着く先はここで、終わりもここで

「なんだかんだ戻って来ちゃったねー」


 コーヒーを淹れながら、そんなことを呟く。

 お休みにしていたから、店内は久しぶりに誰もいない静かな一時が広がっていた。


「申し訳ございません、このお店に来たいと言ってしまって……」


 いつもの定位置には、レイシアちゃんの姿。

 だけどいつになくしゅんとしている。


「別に気にしなくていいよ。そう言ってもらえるのって、マスターからしてみれば凄く嬉しいことなんだからさ」

「それと、魔法のことも……」


 結局、目を覚ました僕達はレイシアちゃんの要望で『異世界喫茶』で最後を過ごすことになった。

 目を覚ました時に膝枕をされていたことは驚いたものだ。

 そして、僕に向かってレイシアちゃんがしきりに謝ってきたことにも驚いた。


「それこそ気にしなくていいよ。僕が「やってみたい!」って言ったことが原因なんだし……っていうか、魔法を使えたことに感謝しかないよ!」


 浪漫を! この手で! 味わえたことに喜びしかない!

 そりゃ、確かにド派手な魔法じゃなくて魔力がなくなっちゃたっていう情けない姿は見せたけど……それよりも、僕にとっては感激だ。


 感謝こそすれど、怒ることなんてまずあり得ない。


「ほら、あんまり落ち込まないで。レイシアちゃんと話す時は楽しい話がしたいんだからさ」


 僕はレイシアちゃんの前に淹れたコーヒーを差し出す。

 レイシアちゃんは何か言いたげな顔をしたけど、結局出てきた言葉は「ありがとうございます」だった。


「今日は楽しかったね。僕、初めて本格的に外を出歩いたよ」

「そうですね、私もたのし―――え? 出歩いたのが初めて、ですか?」

「僕はこう見えても籠の中の小鳥さんなんだ」


 過保護な二人のおかげで。

 ちなみに、もう五年ぐらいは外出させないからと昨日宣告を受けた。

 ……ぐすん。僕は成人しても外出させてくれないんだね。


「ですが、今日はしっかりとエスコートをしてくれましたよ?」

「フッ……予習復習の成果さ」


 懐に入っているエイフィアから教えてもらったお店リストのカンニングペーパーのことは言うまい。


「今日はレイシアちゃんとのお出かけだったからね……正直なことを言うと、女の子と二人きりで出掛けたのは初めてだったんだ。だから、予習復習させてもらったよ」


 日本のマイシスターやマイマザーを女性としてカウントしなければ、僕の中ではレイシアちゃんが初めてだ。


「そうなんですね……それはとても、嬉しいです」


 レイシアちゃんは小さく微笑むと、コーヒーを啜った。


 ……とても嬉しいって、こんなドクサレ陰キャと?

 いや、お世辞だろうなぁ……悲しいことに。

 だって、月とすっぽんのような相手と出掛けるより、木〇拓哉みたいなイケメンと出掛けた方が嬉しいに決まって―――


(いや、でも待てよ……今まで日本の僕のことを言っていたけど、この体の僕ってわりかしイケメンだったような……?)


 今になって、初めて転生した時に見た自分の姿を思い出す。

 日本にいた僕の何倍もイケメンだったあどけない顔立ち―――それが成長したら、かなりのイケメンになっているはず。


 イリヤさんもイケメンだと言っていたし、もしかしなくても転生した今の僕はイケメンなんじゃないだろうか?

 くっ……! 我が家に鏡がないことが恨めしい!


 鏡では僕のイケメンであろう顔は見られない。

 となれば、恐らくイケメンであることから―――


「今度から僕は『きっとイケメン』ということで」

「えーっと……いきなりどうしたんですか?」

「略して『きっとメン』」

「だからいきなりどうしたんですか!?」


 イケメンでありたいという願いを込めただけだ。


「ごほんっ! 話は脱線しちゃったけど、今日はありがとうね。おかげで魔法が見られて使えました! というわけで、今日のコーヒーは僕の奢りです」


 これ以上変なこと言ってレイシアちゃんに変な目で見られたくないから、無理矢理話を戻す。

 レイシアちゃんは一瞬だけ目を丸くすると、小さく頭を下げてきた。


「いいえ、私の方こそありがとうございました。色々なものも、いただきました……」


 首元のチョーカーを触る。

 今日あげたチョーカーだけど、なんだかんだずっと着けていてくれた。

 正直、それだけでもあげたかいが生まれてかなり嬉しい。


「……本当に、色々なものをいただきました」


 レイシアちゃんも嬉しそうな顔を見せる。


 だけど、その表情は僕なんかよりもずっと深いような……《《消えてしまいそう》》なものに見えた。


「(そろそろ、お終いにしましょう……)」


 そのことに、僕は違和感を覚える。ボソリと溢された呟きは、上手く聞き取れない。

 だけどレイシアちゃんはそのまま言葉を続けた。


「チョーカーを、思い出を、温かさを、優しさを、安心を、楽しさを……この店に、タクトさんにいただきました」

「そんな、大袈裟だよ」

「いいえ、大袈裟などではありません。公爵家に生まれ、寂しく狭い人生を過ごしてきた私にとってはそのどれもがとても素晴らしいものでしたから」


 ……どうして、そんなことを言うの?

 そんな言葉が、喉から出かかる。


 嬉しいはずなのに、さっきまで楽しかったはずなのに。

 レイシアちゃんの言葉が、全て《《別れの言葉》》のように聞こえてしまう。


「これは一生の思い出です。私はこれからの人生、どんな道を歩こうとも……この店に辿り着いたあの時のことを感謝し続けるでしょう」


 レイシアちゃんはコーヒーを飲み終えると、重たい腰を上げるように立ち上がった。


「タクトさん……あなたは、もっと誇るべきです。公爵家の私が言うのであれば間違いありません」

「そ、それは嬉しいけど———」


 そう言いかけた途端、レイシアちゃんは大きく深呼吸をした。

 そして———




「わ、私っ! この店に……あなたに出会えてよかったです!」




 唐突に、そんな叫びを言い放った。

 ずっと溜め込んでいたものを吐き出したような、叫び。

 だからこそ、叫び終わったレイシアちゃんの顔は吹っ切れたような顔をしていた。


「それだけです……それだけを、今までずっと言いたかった」

「…………」


 僕はその言葉を……素直に受け止めることはできなかった。

 驚いて、突然言った言葉に意味が分からなくて、固まったまま動けなくて。


 何か言わなきゃいけないはずなのに―――言葉が、口から出てこなくて。


 だからレイシアちゃんは、僕を置いて店の扉へと歩いて行った。


「今日はありがとうございました、タクトさん。では……《《さようなら》》」


 扉を潜るレイシアちゃんの顔は、笑っていた。

 でも、どこか泣き出しそうな……消え入りそうな顔にも、見えた。


(どう、して……)


 いつもみたいに「また明日」じゃないの?

 どうして「さようなら」なの?


 まるで、もう来ないみたいな言い方だ。


「レイシアちゃん……」


 それから、僕はエイフィアが帰って来るまでの間、カウンターから動けないでいた。




















 そして、レイシアちゃんはその日を境に『異世界喫茶』に顔を出さなくなった。






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