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タクトさんの優しさ

(※レイシア視点)


(やってしまいました……)


 私は一人罪悪感で落ち込んでしまいます。

 タクトさんに魔法を見て喜んでもらう……今日はそこまでのはずだったのに、タクトさんの顔を見て欲が出てしまいました。


 魔法を使ってみれば更に喜んでくれるのではないでしょうか? と。


 案の定、タクトさんは喜んでくれました。

 それはもう、子供のようにはしゃぎながら。


 しかし、私は一つ忘れていたことがありました。

 それは『魔力欠乏症』という症状です。


 簡単に言ってしまえば、体内の魔力が枯渇して急な脱力感に襲われ意識を失ってしまうというものです。

 命の危険というものではなく、魔法を扱う者であれば誰しも一度は通る道───この症状を経て、魔力の総量を増やしていきます。


 私も何度も経験してきました。

 タクトさんは間違いなく、魔力欠乏症によって意識を失ってしまったのでしょう。


(タクトさんに悪いことをしてしまいました……)


 命に危険がないといっても、倒れてしまうようなことをさせてしまったのは事実。

 私が忘れてなどいなければ、タクトさんは倒れることなどなかったでしょう。


 ……もしかしなくても、エイフィアさんや魔女様はこのことも懸念して魔法を教えなかったのかもしれませんね。

 であれば、余計に申し訳ない気持ちになってきます。


 しかし───


「すぅ……すぅ……」


 私の膝の上で気を失っているタクトさん。

 今は小さな寝息が聞こえてきます。

 その表情は晴れやかで、とても気持ちよさそうなものでした。


「……本当に、あなたという人は」


 こんな顔をされてしまえば、倒れても「教えてよかった」と思ってしまいます。

 起き上がったら、タクトさんに感謝をされる光景が容易に想像できます。


 私は寝ているタクトさんの頬に指を当てます。

 すると、タクトさんは口元を動かして小さく頬ずりを始めました。


「ふふっ」


 その姿が可愛らしくて、指を離す気になりません。


「知っていますか? 私、今まで誰にも膝枕をしたことがないんですよ?」


 タクトさんが聞けば「こんな可愛い女の子が? いやいやいやないないない」みたいなことを言うに違いありません。

 ですが、事実です。私は、生まれてこの方誰にも膝枕などしたことがありませんから。


 こんなことをするのはタクトさんだけ。


(無邪気で、可愛くて、優しい殿方……ですから)


 タクトさんのお顔を見ていると、不思議と胸がふわふわしてきます。

 ずっと見ていたいような、このままでいてほしいような、胸の鼓動が早くなっているような……そんな思いと気が、私を支配します。


「気づいていますよ、あなたが私を気晴らしをさせてあげようとしていたことは」


 終始私を楽しませようとしていました。

 先日喫茶店で見せていた心配も、今日に限っては一つも見せませんでした。


 初めは「デート!?」だと浮かれていましたが、徐々にそれが伝わってくるのです。


(お優しいんですから……)


 私はタクトさんから手を離します。

 すると、頬ずりをするものが失ったタクトさんはすぐに穏やかな顔をして顔を止めました。

 そんな姿を見て、思わず笑みが浮かんでしまいます。


「そういうことをしてくれるから、私はタクトさんに惹かれちゃうんですよ?」


 タクトさんは分かっているのでしょうか?

 ……いいえ、分かっていないでしょうね。鈍感さんですもの。


「……本当は距離を置かなければいけないというのに」


 私の脳裏に先日のことが浮かび上がります。


『第二王子から婚約の申し出がきた。ソフィアは婚約話をやめてほしいと言っていたが、流石にこればかりは無視できんぞ?』


(分かっていますよ、お父様……)


 他の貴族からの婚約話なら問題ありませんでした。

 ですが、王家からの婚約話ともなれば話は別───無視など、できるはずはありません。


「そうなれば、私はタクトさんとお会いすることはなくなるでしょうね……」


 婚約者がいるのに、他の殿方と会うことはできない。

 もう二度と、タクトさんには会えなくなってしまう。


 タクトさんが淹れてくれるあのコーヒーが飲めない。心からも温めてくれるような、安心させてくれるような苦い味わいもなくなってしまう。

 それが苦しくて、嫌で……それでも、どうしようもなくて。


「タクトさん……あなたが向けてくれる優しさは、私だからですか?」


 他の女性が落ち込んでいたら、同じようにしていましたか?

 励まそうと、一緒に出かけてくれましたか?


 もし、私だけに向けてくれていたのであれば───


「私を、《《助けて》》くれますか……?」


 自分で口にしておいて、私はすぐさま否定してしまう。

 タクトさんは無関係で、これは貴族のお話です。


 前回みたいに励ましてくれたところで、王家からの婚約はタクトさんではどうしようもできません。

 だから、私はこの道から外れることはできないでしょう。


 抗っても、今度こそ無駄だと理解しているから。


(だから、タクトさんとは離れなくてはいけません)


 未練が大きくならないように。

 辛い思いを、長く引き摺らないために。


 でも、それで私は───


「……大好きですよ、タクトさん」


 私の運命の───初恋相手。

 タクトさん以上の殿方とは、もう二度と出会わないでしょう。


 タクトさんが目を覚ますまでの間、私は温もりを感じるかのように優しく頭を撫で続けました。

 心地よいそよ風が、どこか寂しく───






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