娘の違和感
(※イリヤ視点)
「レイシアちゃん、帰ったわよ〜!」
シダちゃんとタクトくんとお店で色々な話をしたあと。
私は家に帰るなり、真っ先にレイシアちゃんの部屋の扉を開けた。
娘の顔をまず先にって思うのは悪いことじゃないと思うの。
普段は学校や習い事ばかりで、全然お母さんとお話してくれる機会がないんだから。
……一日三回しかレイシアちゃんに会えない!
だから会いに行くしかないじゃない!
「ひゃっ!? お、お母様!?」
ベッドの上で体育座りをして考え事をしていたレイシアちゃんが驚いた様子を見せた。
広く、どの家具も公爵家に相応しいほど煌びやかで、高価だというのに、レイシアちゃんの部屋は相変わらず殺伐としている。
……見た目とは裏腹な女の子。
ファンシーな小物とか、お花とか、可愛いぬいぐるみとか色々置けばいいのに。
まだ子供で女の子なんだから。
でも、そんなものはこの部屋に存在しない。
───まるで《《望むものが与えられていない》》とでも言っているみたい。
(それも、私達が悪いのでしょうね……)
娘の部屋を見る度に、そんな罪悪感が込み上げてきてしまうわ。
だからこそ、私は母親らしく在りたいと思うの。
「いきなり入って来ないでくださいと、何回言えばいいんですか!?」
「娘から怒られる母親も、新鮮でいいと思うわ〜♪」
「そんな新鮮はいりませんからね!?」
私はレイシアちゃんが座っている大きなベッドのところまで近づくと、徐に腰を下ろす。
レイシアちゃんは拗ねてしまったのか、少しだけ頬を膨らませて私から顔を逸らしちゃった。
ふふっ、我が娘ながら本当に可愛いわぁ。
「ねぇねぇ、聞いてレイシアちゃん! 今日『異世界喫茶』っていうお店に行ってきたのよ〜」
「『異世界喫茶』にですか!?」
その話をした途端、レイシアちゃんの顔が勢いよく向けられる。
本当にあのお店……いいえ、タクトくんのことが好きなのねぇ。
分かりやすくて可愛い娘を見て、少しばかりからかってみたい衝動に駆られた。
「そうそう、レイシアちゃんの大好きなタクトくんがいるお店〜!」
「〜〜〜ッ!?」
レイシアちゃんのお顔が真っ赤になる。
ポカポカと殴ってくるのも、本当に可愛らしい。
(こんな一面があると知られちゃうと、社交界では大変なことになりそうねぇ〜)
レイシアちゃんの社交界での人気は凄まじい。
爵位、容姿、それだけでも凄いというのに学業や魔法、武術も同年代よりも群を抜いて才があるらしく、色々な令息からの求婚や婚約話が止まない。
普段は凛々しく、貴族としての振る舞いを心がけ、お淑やかかつ周囲に優しい。
そんなレイシアちゃんに、年相応の可愛らしさがあると知られちゃったら、男の子は更に夢中になるでしょう。
(だからこそ、レイシアちゃんはその話を嫌う……)
外面、表面しか見てくれないから。
レイシアという一個人を誰も知ろうとも、好きになろうとも、尊重しようともしてくれなかった。
唯一、貴族としてのレイシアを知ってもなお、レイシアという個人で接してくれた人間がいた。
それが───
「タクトくん、いい子だったわ〜」
「タクトさんとお話したのですか!?」
「お姉ちゃんって言われました!」
「……待ってください、状況がいまいち理解できません」
ふふっ、嬉しかったわ〜。
まだまだ私も綺麗に見えるってことなのでしょうね。
「へ、変なことは……その、言ってないですよね?」
「(にまー♪)」
「言ったんですか!? 変なこと言ったんですかお母様!?」
正直を言えば、私は何も話してはいない。
けど、この反応が見たいから何も言わないでおきましょう。
「でも、レイシアちゃんが好きになる気持ちも理解できたわ〜! あの子、とっても面白いしかっこいいもの〜!」
それに───
『レイシアという一人の少女には、幸せになってほしい。一人の人間として、そう思ってしまうんです』
(とっても他人想いの優しい子……分け隔てなく、貴族だからって接する態度は変えず、同じ優しさを向けてくれる……)
恐らく、レイシアちゃんはそんなタクトくんの部分に惹かれたのかもしれないわね。
窮屈な世界で生まれたレイシアちゃんだからこそ、彼の存在は月のように優しい光を与えてくれたのでしょう。
「ねぇ、レイシアちゃん……彼と、お付き合いしたいの〜?」
少し真面目にレイシアちゃんに尋ねる。
本来、貴族と平民が結婚するなどほぼ有り得ない。
子爵、男爵なら可能性はあったでしょう───ただ、公爵家となると話は変わってくる。
それでもできないわけじゃない……彼を私の実家の知り合いにいる貴族の養子にさせて、レイシアちゃんと婚約を結んだりとか。
けど、それは難しい話。
上手くいく保証もないけど───
(あの子と約束したものね〜、レイシアちゃんが望むなら、お母さん頑張っちゃうわ〜)
まぁ、あの子はまさか自分が相手に選ばれるとは思っていないでしょう。
それでも、レイシアちゃんの態度を見れば明らかな好意を向けているのは明白。
もしかしなくても、婚約するとなればタクトくんがいいはず。
それなのに───
「…………」
レイシアちゃんは照れる様子も、狼狽える様子もなく……表情に陰りを浮かばせた。
「……何かあったの、レイシアちゃん?」
「……いいえ、何もありません」
嘘、というのはすぐに分かったわ。
母親だもの、娘の嘘ぐらいはすぐに分かる。
ただ、それと同時に───
(……これは話してくれなさそうねぇ〜)
心配をかけないと、はぐらかしてしまうような態度だった。
だからこそ、私は何も口にできなかった。
「心配しないでくださいお母様。本当に何もなかったのですから」
───いつもなら、最近のレイシアちゃんは『異世界喫茶』に足を運ぶはず。
けど、今日は足を運ばなかった。
習い事も、学園もしっかり終わらせているはずなのに。
恐らく、何か絶対に外せない用事があったからこそ行けなかったに違いない。
(ちょっとお父さんを問い詰めなきゃいけないわね〜)
ただ、その用事というのが分からなくて。
レイシアちゃんを苦しめているかもしれなくて。
(……あの子なら、この時はどうしてあげるのかしら〜?)
ふと、脳裏にタクトくんのことが過ぎった。
きっと、あの子であればなんとかしてくれるんじゃ? そういう期待も抱きながら───
「そう……何かあったら、ちゃんとお母さんに言うのよ?」
「はい、お母様」
最後に見せた娘の笑顔が、どこか寂しく見えてしまった。




