カフェオレ
「───というわけで、今日は『異世界喫茶』の新商品を紹介したいと思います!」
とある日の昼下がり。
異世界で暦的に『祝日』と呼ばれているこの日、僕は店内で高らかに声を上げた。
「わーい!」
カウンター前では、店員にもかかわらず客のように座っているエイフィア。
『異世界喫茶』の店員として最後の砦とも言えるエプロンは、ちゃんと着用している。
正直、凄く似合っていて悔し可愛いです。
「新商品……ですか?」
そして、今日も今日とてやって来たレイシアちゃんも、エイフィアと同じように並んで座っていた。
もはや、僕の正面……カウンター前にある椅子の真ん中は、既に彼女の定位置となりつつある。
というより、開店後すぐに来てこの時間までいるって……いくらお休みだからといって入り浸りすぎだと思う。
いや、僕としてはかなり嬉しいんだけどさ。
話し相手も増えるわけだし、コーヒー飲んでくれるし。
「そうそう、やっぱりお客さんも増やしていかないといけないから挑戦してみることにしたんだ。レイシアちゃんっていう、お客さん目線の話も聞けるかなって思ったしね」
エイフィアだけだと、どうしても意見が偏っちゃうから。
やはり、お客さんの意見っていうのは商売をするにあたって大事なことだよ。
「夢は、この店の席を全て埋めること! 更には、一号店二号店とお店の数を増やしていき、コーヒーを王都観光名物に……ふふふ、お金もたんまり稼げるぜ」
「タクトさんの悪どい顔を初めて見ました……」
「ヨダレが垂れそうな勢いだねー」
僕はどんな顔をしているのだろうか?
「それで、新しい商品って何を作ったの? コーヒーとは違うもの? コーヒーだったら苦いからやだなー」
そう言って、エイフィアは僕の淹れたコーヒーを啜る。
前々から思っていたけど「苦い苦い」って言いながらも、普通に飲んでるよね。
僕には分かるよ。
エイフィアは実はコーヒーが好きなんだよね。
ふっ……このツンデレさんめ!
「コーヒーはコーヒーなんだけど、そう言う人が多いからちょっと甘いものを作ってみたんだ」
僕はそう言って、予め用意しておいたポットをキッチンの下から取り出し、グラスに注ぐ。
グラスに注がれるのは、コーヒーの黒褐色とは違って明るい茶色い液体だ。
「少し色合いが薄いですね……」
「コーヒーに何か入ってる感じだねー」
いつも見ているコーヒーとは違う色をしているからか、二人は興味深そうに注がれる液体を見つめる。
……ふふっ、いい反応だ。
「『異世界喫茶』新商品───それは、《《カフェオレ》》だよ!」
カフェオレとは、コーヒーにミルクを加えた飲み方で、日本では甘い飲み物として呼ばれている。
コーヒー単体だけだと苦味が強いけど、ミルクを加えることによって薄くなり、まろやかさが生まれる。
寝起きの胃にはコーヒーの刺激は強すぎるから……っていうことでこの飲み方が生まれたらしい。
発祥フランス。ありがとう、フランス。
拝啓、先駆者様。
今、日本では知らない人はいないぐらい有名になったよ。
だから、今度は異世界でカフェオレを広めてみせるから。
「カフェオレ……ですか?」
「うん! といっても、コーヒーにミルクを半分半分で入れて混ぜただけなんだよね」
僕はグラスを二人の前に置く。
レイシアちゃんはグラスを手に取り色合いを見て。エイフィアは匂いを嗅ぎ───おいコラ、行儀悪いでしょ。
「では、せっかくなので……」
初めにレイシアちゃんが恐る恐るカフェオレを口にする。
ゆっくりと飲もうとしている姿は、小動物のようで可愛かった。
口に含み、味を確かめるように舌を動かすレイシアちゃんを見て、少し緊張する。
どんな反応をされるのか? 僕はレイシアちゃんが口を開くのを待った。
そして───
「これは……飲みやすいですね」
「よっし!」
レイシアちゃんの反応を見て、思わずガッツポーズをしてしまう。
正直、初めて異世界に来て作ったからかなり不安だった。
「いけるよねー」っていう漠然とした自信はあったけど、いざ好感触をもらうと不安が解けて嬉しく思ってしまう。
「へぇー、どれどれ……」
匂いを嗅いでいたエイフィアも同じように口に含む。
すると、急に綺麗な瞳を輝かせた。
「美味しいっ!」
「おぉ!」
ぴこぴこと長い耳を動かせながら褒めてくれるエイフィア。
二人共が好反応を見せてくれたんだったら、カフェオレは成功と見てもいいだろう。
「本当は砂糖とかはちみつとか入れたかったんだけどね。はちみつは中々出回らないし、砂糖も高くて手が出せないから」
はちみつは、この国では中々手に入りにくい。
いつも使っている商業ギルドではいつも在庫切れの状態だ。
砂糖といった調味料の類は供給が少ないので本当に高い。
砂糖は貴族のデザート……なんて言われているほど高く、一般民には手が出せないのだ。
「私、これ好きかも……甘くて美味しんだよ! 今度からこれ飲む〜」
本当に気に入ってくれたのか、エイフィアはごくごくと飲み始めた。
気に入ってくれたのなら、僕も満足だ───ただ、淹れたてのコーヒーにも同じような反応を見せてくれたらなーって思わないこともないけど。
「……これなら、私以外の方でも飲めると思います。苦味も薄く、甘い味わいなので幅広い年代層で好まれるかと」
「本当に!?」
「えぇ、私の個人的主観ですが。ただ───」
レイシアちゃんは頑張って安心させようとする笑顔も見せながら、少しだけ恥ずかしそうに口にした。
「……私は、タクトさんの淹れてくれるいつものコーヒーの方が、好きです」
「ッ!?」
恥ずかしそうに口にしたからか、それともいつものコーヒーを美味しいと言ってくれたからか?
僕は急に顔が熱くなって、思わず顔を逸らしてしまった。
(なんで、僕は顔を逸らしちゃったんだろ……ありがとうって普通に言えばいいだけなのに)
初めての気持ちに困惑してしまう。
自分でもどうして顔を逸らしてしまっちゃったのか、よく分からなかった。
(と、とりあえず……新商品としては成功ってところかな!)
僕は誤魔化すように考えを切り替える。
二人の反応がよかったから、あとは宣伝方法とか考えなきゃいけないんだけど……どうやって宣伝してカフェオレの存在を知ってもらおうか。
素人の僕に思いつくのは店先で大声を上げることだけど……こんな場所じゃあまり人は通らないし、前みたいにエイフィアから皆に言ってもらうとかぐらいしか───
「あの……タクトさんに提案があるのですが」
僕がそんなことを考えると、唐突にレイシアちゃんから提案を受けた。
「提案……?」
「はい、もしよかったらのお話なのですが───」
カフェオレの入ったグラスを置く音が小さく響く。
「今度、私の家で開く茶会で、このカフェオレを出してみませんか?」
「レイシア様っ!」
持つべきものは素晴らしい客だと、僕は失礼なことを思ってしまった。




