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羨ましい二人

(※レイシア視点)


 ───私は、今まで一度も恋愛ということをしたことがありません。


 それは願望がないということではなく、単に恋をしたことがなかっただけ。

 私も、願うのであれば女の子として恋をして、好きな殿方と恋をしてみたい。


 それでも、私は公爵家という立場のために中々思うような人生は歩めませんでした。

 山のようにやって来る婚約話……うんざりです。


 好きな人ぐらい自分で見つけて、その人と想い結ばれるために努力して、最後には添い遂げる……そんな道を歩きたい。

 ですが、私の周りには「公爵家」という肩書きと「外見」ばかりしか見ていない人ばかり。


 お父様も、私の気など知らずに婚約話ばかり持ってきます。

 一応、その件はなんとかなったのですが……それよりも、です。


 私は、とある二人と出会いました。


「ねぇ、エイフィア? 新しいブレンドに挑戦してみたんだけど……」

「ふぅーん、どれどれ……この匂い、ちょっと酸味が濃い気がする」


 目の前で、粉になったコーヒー豆……というものの匂いを嗅ぎながら、話し込んでいる二人。


 一人はエルフのエイフィアさん。

 目を惹くほど美しい容姿をしているのはエルフだからでしょうか?

 女性の私ですら、思わず魅入ってしまうほど美しい容姿をしています。


 冒険者稼業をしながら働いている、この店の店員さんです。


 そして、もう一人───


「そっかぁ……じゃあ、これはダメかなぁ」


 しょんぼりと肩を落として棚に戻していく青年。

 子供らしい端麗な顔立ち、短く切り揃えた茶髪と少し小柄な体躯。


 タクトさんは、たくましいというよりも可愛らしいといった殿方です。

 本人に直接言ってしまえば拗ねてしまわれそうですが、私は割と好みな顔をしています。


 タクトさんは……私を助けてくれた男性で、この店のマスターをしている方です。

 逃げ出し、道端で蹲っていた私に手を差し伸べてくれ、温かいコーヒーを出してくれました。


 更には、私に対して敬うような態度を見せないのです。

 ありのままの私を、一人の人間として……ちゃんと。

 だから私は、タクトさんが気になってこのお店に足を運ぶようになったのです。


「そんな落ち込まない落ち込まない〜! 大丈夫、タクトくんがいくら美味しいコーヒーを作っても、飲みに来てくれる人いないしー」

「励まし方をもう少し勉強してもいいんじゃないでしょーか? 激落ち込みしてもいいの? 今日ずっと拗ねちゃうよ?」

「いひゃいいひゃい……ひゃくとくん、いひゃい」

「関節技よりかは痛くなと思うけどね〜?」


 目の前で、タクトさんがエイフィアさんの頬を引っ張っています。

 エイフィアさんは痛そうにしていますが、その顔には嫌そうな色は浮かんでいませんでした。


 タクトさんも本気で怒っている様子はなく、どこか楽しげです。

 そんなお二人の姿を見て、胸にモヤモヤとした感情が浮かび上がってきます。


(羨ましいですね……)


 同じ家に住んでいる。

 タクトさんの性格です、きっとそうなれば仲良くなるのは必然のはず。

 エイフィアさんも人懐っこい明るい性格をしているので、壁はあまりなかったのでしょう。


 目の前で繰り広げられている光景を見ていれば、お二人の仲の良さは一目瞭然。

 だからこそ───


(嫌ですね、こんな気持ち……)


 コーヒーを一口啜ります。

 温かく、程よい苦味が口の中に広がりました。

 ただ、何故かいつも以上にコーヒーが苦く感じてしまいます。


 皆さんはあまり好まなそうな味ですが、私は嫌いではありません。

 ただ今日に限っては、皆さんが「苦い」と言って好まない理由が、少し分かったような気がします。


「───って、どうしたのレイシアちゃん?」


 いつも以上の苦味を感じていると、不意にタクトさんが心配そうにこちらを向いてきます。


「別に、なんでもありませんよ」

「そう? なんか落ち込んでいるように見えたけど……」


 ……人の顔をよく見ている人です。

 助けてくれた時といい、タクトさんは人をよく見てその人の気持ちを理解してくれます。


 そして、それを踏まえた優しさを向けてくるのですから、少しタチが悪いです。

 ……私だけに、その優しさを───なんて思ってしまうのですから。


「何かあったら話聞くよ? こう見えてもさ、地元では『聞き上手のタクトくん』って言われてたんだから!」

「タクトくんって孤児じゃん。地元ないじゃん」

「エイフィアうるさい」

「いひゃいいひゃい」


 茶々を入れるエイフィアさんがまたしてもタクトさんに頬を引っ張られます。


 これもスキンシップの一つなのでしょう。

 仲のいい間柄だからこそ、きっとお二人はこのようなことをし合えるのだと思います。


(私にはしてくれないでしょうね……)


 タクトさんと仲良くなりたい。

 お客さんという立場にいる以上、タクトさんはしてくれないのだと思いますが、私はお客さんだけの関係だけで終わりたくありません。


 だからこそ、エイフィアさんが羨ましいです。

 私も───


「私も、頬を引っ張られたいです……」

「レイシアちゃん、本当に大丈夫!?」


 どうしたのでしょう? タクトさんが驚いたような顔をしています。


「(な、なんてことだ……お淑やかで美人で才色兼備っぽい雰囲気をしているレイシアちゃんが、実はMだったなんて……ッ!?)」


 そして、とても驚いているような顔をしながら何やらブツブツと呟き始めました。

 例えるなら「自分の知っている存在に衝撃的な事実が隠されていた」みたいな感じです。


「んー……タクトくんは鈍ちんさんだなぁ。そんなんだから、恋人ができないんだよ?」

「何を根拠に言ってんだゴラァ! 鈍くもなければ百年後ぐらいだったら彼女も作れるわ!」

「タクトくん、エルフじゃないんだし百年後は死んじゃってると思うよ」


 タクトさんなら、恋人などいくらでも作れそうな気がするのですが……。

 優しいですし、とても魅力的な殿方です。


 ……いえ、それよりも───


(鈍ちんさん……? ということは───)


 私はエイフィアさんの顔を見ます。

 すると、エイフィアさんはにっこりと笑いました。


「ッ!?」


 それを見て、私は顔が熱くなります。


 今の笑みは間違いなく、見透かされているという疑惑を肯定されたようなもの。

 一気に気恥ずかしくなり、思わず顔を逸らしてしまいました。


「まったく……エイフィアには困ったものだよ。いくら自分が凄く可愛いくてモテモテだからって、マウント取っちゃってさ。僕だって、いつかは恋人ぐらいできるし……多分、いつか、作れるんじゃないかなーって思うし……」


 タクトさんは拗ねた様子でそのままカウンターから出て奥の扉の中へと潜って行ってしまいました。

 すると、残ったエイフィアさんは───


「大丈夫……私は、タクトくんのことは狙ってなんかないからね」


 頬杖をつき、にっこりと私に向かってもう一度笑いかけました。

 更に私の顔に熱が上ります。


「レイシアちゃんの気持ち、私は応援するよ」


 しかし同時に、私はその言葉で安心してしまいました。

 ……本当に、私は嫌な性格をしていると思います。








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