みぃつけた、は、ね
「みぃーつけた、ね」
私は意気消沈して開いていた小説を閉じた。
在り来りなホラーにありきたりな展開。
皆同じオチまでつけてくれて、なんて考えしまう私はひねくれているのだろう。
季節は夏。茹だるような暑い夏が終わりかけたかと思えば秋雨前線だ。
外に遊びに行きたくても行けやしない。
そんな暇つぶしに開いたのが、とあるオカルトサイトだった。元々興味があるタイプではあったけれど、これがなかなかに面白い。
オカルトサイトを手始めに、わたしはどんどんホラーの世界へとのめり込んでいった。
次にはオカルト系の掲示板。
最後には創作だと分かるものもあれば、最後まで見ても結末の分からないものまで様々なジャンルのホラーが揃っている。有名なものから、まだ伸びていないスレッドのものまで見て回った。
そろそろ見飽きたなぁと思っていたところで見つけたのが、小説サイトのホラー特集だ。
テーマはかくれんぼ。なかなかに限られたテーマだなぁと思いつつもいくつかのページをタップしてみる。
やっぱりどれも私の好みではなかった。
期待していた分、意気消沈していると、新しい小説が投稿されたようだった。
「んー」
これが詰まらなかったら、今夜はもう寝よう。
そう決めてその小説を開く。
書き出しはこうだった。
──駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ。
このままでは見つかってしまう。
おお、なかなかに興味がそそられる始まり方だ。
オカルトマニアに足を踏み入れかけている私の琴線にも触れる、ワクワク感。
これは当たりかもしれない。そう思ってスクロールしていくと、想像していなかった恐怖が私を包んでいった。
「やば、寝てた」
スマートフォンの画面に涎の跡がある。
慌てて飛び起きて画面を確認すると、深夜三時。どうやらあのまま寝落ちしていたらしい。涎を服の袖で拭いながら、読んでいた小説の内容を思い出す。
主人公の女の子が得体の知れない"なにか"から逃げ続けていた先で、どうなったのだろうか。
記憶が曖昧だ。
指紋認証をクリアして開いたページには、真っ黒な画面が広がっていた。
「……え?やだ、水没した?」
涎で水没させたなんて、冗談じゃない。
そんな笑い話は御免だ。
上下左右に振っても、スクロールしても変わらない。
ただただ真っ黒く塗りつぶされたような画面に、暗い部屋と私の姿が反射していた。
み
途端に、画面に変化が起こった。
ぃ
黒い画面に赤い文字が記されていく。今ここでそうして描いているように。
つ
まずい。やばいやばいやばいやばい。
この先はあれだ、知っている。陳腐で面白くないなんて思っていたあの言葉に決まっている。
携帯を放り投げて慌てて机の下へと潜り込んだ。
六畳ほどの自室には、ベッドと机、オシャレにしたくて買ったばかりのシェルフにチェストがある。クローゼットが無いから収納が多い家具を選んでいたのが仇になった。
どこも隠れられる場所がない。
震える肩を抱き締めてかちかちと鳴る奥歯を噛み締めて耐えた。
放り投げたスマートフォンの画面がまた点滅する。
みぃつけ
遠目からでも、そう表示されているのがわかった。
どうしよう、どうしようどうしよう!
このままじゃ見つかってしまう。
何に?分からない。分からないから怖くて堪らない。
どうしよう、誰かに助けを呼ばなきゃ。でもそれには携帯電話がいる。アレを手に持つ勇気なんてない。
そうして慌てふためくうちにも、スマートフォンの文字が増えてしまった。
みぃつけた
「みぃつけた」
「ひっ」
情けない声が喉の奥から勝手に漏れて、ズボンの辺りが生温くなった。
耳元でざらざらした女の人なのか男の人なのか分からないような気持ちの悪い声がしたと思いきや、ぬちょぬちょと粘着質な液体を纏った手が、顎元に触れる。
「みつけた、はは、は、ははは…みつけた」
狂ったように繰り返すそれに、目が奪われる。視界の端に黒いモヤがかかっていた。
それが、その正体なのだと気が付くまでに数十秒もかかった。
うねうねと蠢いている黒い手のような、髪の毛のようなそれらは絡まり合い、千切り合っては癒着していく。
その黒い渦が口元に近付くと、下水道のような不愉快な臭いがして、吐き気が込み上げてきた。
「お、ぉえ……!」
「はは、は……」
雨の日のゴミ捨て場の生ゴミ達みたい。それが抵抗する私の口と口の間から捩じ込まれ、生理的な涙と吐き気が込み上げる。抵抗する意思もなく、吐き出すと、狂ったように笑っていたそれが、力強く顎を掴んできた。
「は」
「ンンッ」
舌を掴み出され、口を大きく開かされる。
わけも分からずに泣いていると、その小さな触手のようになっている黒い渦が、私の前歯と歯茎をぬめぬめと苦味のある液体を撒き散らしながら弄りまくる。
気持ち悪い、最悪、やだやだやだ。
抵抗したくても恐怖で動けない私を、さらなる恐怖が襲った。
「は、ははは、はは」
「ンンーーッ!んんッ」
前歯を、無理やり引き抜かれた。
言葉に出来ないほどの激痛に襲われて、前のめりに倒れ込む。それすらも許さないとばかりに隣合った歯を一本ずつ抜いていくと、嬉しそうに"それ"は「はは」と繰り返し笑った。
口中が鉄の味でいっぱいになる。それをちうちうと"それ"は吸いながら、ばきばきと音を立てて私の歯を噛み砕いて笑うのだった。
「最悪」
気持ちの悪い夢を見たのもそうだし、この歳にもなって怖い夢を見ておねしょをしてしまうなんて失態を犯したのも最悪だ。
パジャマのまま洗面台へと向かい、いーっと笑う。
「ほぉら、歯だってひゃんと……」
鏡に写る私の口元。
あるはずの前歯はどこにもなかった。
剥き出しの歯茎がぐじゅぐじゅとしたまま肉をさらけ出している。
「う、嘘……」
アラームを鳴らすスマートフォンが私の意識を覚醒させる。
また目覚めた先で、これはなんて悪い夢だったのだと笑う度に、スマートフォンのアラームで何度も私は悪夢から目覚め、悪夢を見ることになる。