私が犯した罪について
まず一番最初にくれぐれも誤解を招くことがないよう断っておきたいのですが、今回の事件は決して計画的犯行ではありません。ましてや、許されざる行為によって、混乱を巻き起こし、無秩序をもたらそうなどというような大それた意図など全く持ち合わせておりません。
ほんの一日前の私は、自身がこのような由々しき事態を巻き起こすことになるなんて、これっぽっちも予想していませんでした。仮に未来からやってきた親切な人物に繰り返し真剣に忠告されたとしても、きっとその言葉を信じることなく鼻で笑って少しも相手にしないでしょう。何を隠そう、今でも私はこれが悪い夢ではないかと疑いたくなってしまうのですから。
だからといって、その場の感情や衝動に身を委ねて、目を覆いたくなるような自暴自棄に陥り、道徳や倫理をかなぐり捨てて、守るべきルールを逸脱したわけでもありません。私の置かれた立場にのしかかる逃れることのできない重責や、私に残された時間の少なさを知り、無情で残酷な現実に絶望して、捨て鉢になったうえでの行為、あるいは一時的な享楽を追い求めて欲望や本能のままに暴走したということではないのです。
強いて言うならば、なるべくしてなってしまったと表現するほかないでしょう。この事件に原因だとか過失だとかいうものは、元々存在していないと私は考えているのです。勿論、私が犯人であること自体は紛れもない事実ですし、それを様々な理屈をこねて否定するつもりはありません。
しかし、たとえばこの世界と寸分違わぬパラレルワールドがあったとして、私一人だけが別の誰かと入れ替わったならば、彼もしくは彼女もきっと、同じ過ちを犯すに違いないと私は強く確信しているのです。そこにいくら強靭な意志があったとしても逃れられない運命の歯車に一度捉えられてしまえば、無力な人間に一体どんな抵抗ができるでしょうか。
今回の一件が現在の社会制度の歪みや私の育った家庭環境にあるという恥知らずな責任転嫁をしたいわけではないのです。繰り返しますが、これは木からリンゴが落ちるのによく似た、ある意味、避けようのない自然現象のようなものなのです。たとえ万有引力による落下現象によりリンゴが傷ついたとしても、誰一人として「なぜリンゴを誘惑して堕落させたのだ」などと怒鳴って地球を責めたりしないでしょう。
もし、どうしても何か一つ責任の所在をあげなければならないとするならば、それは『時』であると答えるべきかもしれません。毒を上手く用いれば妙薬となり、薬を誤って服用すれば猛毒となってしまうように、万事を解決するのに役立ち重宝されている時薬は、今回のケースでは劇物となり、恐ろしい事件の発端となってしまったのです。
現在進行形で、この四角い窮屈な檻の中で囚われの身に甘んじているように、私に更なる罰が下されるのならば、潔く受け入れ、この体が朽ち果てるまでどんな苦痛にも耐え忍んでみせる所存です。ただ、一つだけささやかなお願いがあります。未だ何も知らない老いた両親にだけは、どうか全てをそのまま秘密にしておいていただけないでしょうか。
真面目で純朴な二人の事ですから、もし事実をありのまま伝えれば、早まって何かとんでもない、取り返しのつかないことをしでかしてしまうのではないかと心配でならないのです。私が今以上の世間に顔向けできない親不孝者にならずにすむよう、ご寛恕くださいますよう何卒宜しくお願い致します。
まだまだ胸の内に渦巻き、千々に乱れてやまないこの思いを半分も書き連ねることができていない気がしますが、頂いた原稿用紙の枚数と時間にも限りがありますので、このあたりで『宿題を忘れたことに対する反省文』を締めくくらせていただきます。
一年三組 出席番号21番 田中奏多
担任&両親「このあと滅茶苦茶セッキョウした」