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086 そもそも色々とおかしい

 現在私がいる部屋は二階まで吹き抜けになった高い屋根が特徴だ。勿論天井はドーム型に湾曲している。最近見慣れてしまった建築様式である。

 ドームと壁の境目には明り取りの窓がいくつもつけられている。部屋の壁は細かく青い植物模様の入ったタイルが貼られており、豪華な金の装飾がなされている。窓枠や軒下、細部に至るまで手の込んだ壮麗(そうれい)な造り。ここはスンブル陛下の私室だ。とは言え普段は悪魔のあいつ、カディル殿下が使用しているらしい。


 そんな贅を尽くした、フムニア王国の権力を誇示したような豪華な部屋。私はそれらに圧倒されながら、そして夜分遅くだというのにもかかわらず、スンブル陛下と膝を合わせているという状況である。


『今夜、早速私の部屋へ』


 昼間、スンブル陛下に言われたそのおぞましい言葉を実行された結果だ。


 でもこれは浮気ではない。何故ならカーテンの下りた楕円の入り口の外には赤い服を着た近衛達がいるし、部屋の壁に沿って少し離れた所には膝を折って座るイヴァンナとセリム様がいる。そして、私と陛下が並んで座る床から数センチほど、座面が低いソファーの向かい側には、懐かしの金髪碧眼。仏頂面のアルフレッド殿下がいるのだから。如何にも「私の最愛」といった感じでスンブル陛下に腰に手を回されていても、これは決して浮気ではない。


「ちょっと、近いです」

「君が食べ頃だと、良い香りをさせているのが悪い」


 砂糖を吐きそうなほど激甘な言葉をかけられ、げんなりとした顔で私はアルフレッド殿下に助けを求める視線を送る。


「くくく、この状況をあいつに見せてやりたいな」


 相変わらず最低だ。ベルンハルトの将来を目の前の人物に託すとか、やはりそれはやめた方がいいかも知れない。少しでも味方をしてくれると思った私が馬鹿だった。つまりここは自力でなんとかせねばならないと私は確信する。


「もういい加減にして下さい。ここにアルフレッド殿下がいらっしゃるって事は、これは茶番なんですよね?」


 そう、私は気付いてしまったのである。このおかしな状況に。


「酷いな。君への溢れる想いで一杯だというのに」

「それは、利用価値としてですよね?」

「どうしてそう思うのだろうか」

「陛下が全然女性不信なんかじゃないからですッ!!」


 私は自分の腰に回った手をピシャリと叩いた。昼間にお茶を飲みながら会話をした時からおかしいなとは思っていた。女性不信だというのが本当ならば、そもそも女性を信じられない状態のはずだ。それなのに昼間スンブル陛下は私に熱烈アピールをしてきた。その姿は私がついうっかりユーゴ様を思う自分を重ねてしまうほどに。つまり、その熱量で私を好きだと思えるのならばそれは女性不信なんかではない。


「私は恐れているさ。美しく魅惑的な女性達はとても怖い。扱いを間違えればこの国を滅ぼしかねない存在だからな」


 渋々といった感じでスンブル陛下が私の腰から腕を離した。その隙に私は大きなソファーの端に逃げようとして、ドレスの裾を踏んだ。その結果、私は顔面からソファーの座面に顔を強打した。ふかふかしていて痛くなかった事だけが救いだ。


「やはり君はとても可愛らしい人だな。それに、君は古来より男の中に流れる本能を全然理解していない。一度仕留めると決めた獲物は逃さない。そして獲物が逃げれば逃げるほど追いたくなるというもの。つまり君は結果的に私を煽っている」


 スンブル陛下はそう言って私の腰に手を回し、無残にもソファーに顔面ダイブをした私は無理矢理体を起こされる。


「陛下、私を利用しようとするのは構いません。だけど、こういうスキンシップは即刻辞めて頂けますか?」

「何故だ?ハレムの女達は皆私の寵愛を得ようと必死なのに」


 全ての女性が自分を好きになると信じて疑わない、思い上がりも過ぎる言葉に私はアルフレッド陛下の顔をジッと見つめる。以前アルフレッド殿下にベルンハルトの王城で監禁された時、同じ様な事を確実に口にしていたからだ。


「何だよ、こっちを見るな」

「あら失礼。何処かで同じ様な言葉を聞いた気がしたので。その時の事を思い出したら、何故かアルフレッド殿下の顔を見つめてましたわ。オホホホ」


 私はやけっぱち気味に高笑いをする。そして隣に座るスンブル陛下に真面目な顔を向ける。茶番はもう充分。私は一刻も早くユーゴ様の元に帰りたいのである。


「君という人は、私に愛されながらも彼にも色目を使っていたのか。全く困った子だ」


 全然困った様子ではない、むしろ嬉しそうな表情で私の顔を覗き込むスンブル陛下。私はそれを完全に無視し、この状況がおかしいと判断した私の推測を口にする。


「スンブル陛下とカディル殿下は前国王陛下が他の女性との間に出来た子を行方不明にするくらい野心に満ちた女性を母に持つ王子。それについて私は他国の人間だから何も言いません」


 私はそこで言葉を切り、スンブル陛下に「伝えたい、この思い」と真剣な表情を向ける。


「だけど、そういう強い野心を持ち、それをやり遂げる事が出来るような逞しい女性の子が女性不信なんかになるわけがない。それに既にユーゴ様の妻である私にうつつを抜かすなんて、この国のシステム的にあり得ない事です」


 私はハッキリと言い切った。

 フムニア王国は国王となった者の血筋を後世に残すためにハレムを作った。そしてハレムは世俗と隔離された場所だという。それはきっとハレムに囲まれた女性が王以外の子を身籠る事のないようにという考えのため。

 子どもが両親の名前を額に表示し生まれてくる事のない以上、女性が「あなたの子」だと主張すれば男性はそれを信じるしかない。けれど純潔のままハレムに入った娘にはその心配がない。彼女達と閨を共に出来るのは、国王陛下のみなのだから。

 その証拠にハレムでは宦官かんがんと呼ばれる、子孫を残せないよう施された男性しか出入り出来ないらしい。


 つまりユーゴ様の妻である私は、ユーゴ様のお手つきとなった可能性のある私は、フムニア王国のハレムに入る資格すらないはずなのである。ま、悲しい事にまだ私は清いままだけど……チッ。


「どうかな?ハレムには確かに王の血を後世に繋ぐ為に細かい決まりがある。けれどそんなの私の一存でどうにでもなる。私がこの国の国王なのだから」

「でも、もし私がユーゴ様の子を妊娠していたらどうするんですか」

「そうなのか?」


 アルフレッド陛下が私の顔を見てそれからぺたんこなお腹に視線を移した。全くデリカシーのかけらもないけしからん男である。


「今は……違い……ます。でもこの混乱した時代が終結したら私は必ずや、ユーゴ様の子を身籠る所存。すでにユーゴ様によって私は予約済みです」


 私は決意を口にする。たった今決めた。


「それに関しては必ずといった確約は誰にも出来ないがな」

「そこは物理的誘惑と熱意、それと根性でなんとかします」

「お前、つくづく残念な奴だな……」

「ほんと、馬鹿よねぇ」


 アルフレッド殿下の失礼な声の後、イヴァンナが口癖となった声を私に飛ばしてきた。私がイヴァンナの方を見ると素知らぬ顔をしていた所が憎らしい。


「ルミナ、君はユーゴ・ラージュという男を盲目的に愛している。それは私が君を想う気持ちと同じだと考えてもらえないだろうか?」

「盲目的ならまだマシだろうな。こいつのそれは病的が正しい」


 アルフレッド殿下の訂正するような言葉に、壁に沿って置物と化すイヴァンナが「完全同意」と言った感じで大きく頷いた。じわじわと私達の会話に混ざってきているのが気になる。しかも全然助け舟になっていないという厄介な状況だ。


「私がユーゴ様を想う気持ち、それと同じくらいの熱量だと言うなら、私に貢いで下さい」

「貢ぐ?」

「そう。私は長年ユーゴ様への昂ぶる想いを浄化させるために、様々なベルンハルト魔法部公認グッズに湯水の如くお金をつぎ込んできました。今では屋敷に「ここは観光名所か!!」といった感じでユーゴ様のサンクチュアリが展開出来るほどに。だからスンブル陛下も私を愛しているなら、目に見える形で貢いて下さい」


 私は勝手に口から飛びだした自分の言葉に「しめしめ、うひひ」と悪魔の笑みを浮かべる。国庫を空にする勢いで浪費家の女なんて、国を滅ぼしかねないに決まっている。


「では早速今から宝石商を呼ぼう。君のそのサンクチュアリに飾られた物を越える額を好きなだけ買えばいい。そうだ、新しいドレスも必要だろう?私色に染まる琥珀色のドレスにしよう」

「えっ!?」

「どの程度貢げばいいのだろうか。アルフレッド殿下、魔法部の公認グッズとやらの相場はどのくらいか知っているか?」

「魔法部グッズなんて、たかが知れてる。宝石一つでお釣りが来るだろう」

「うっ……」


 流石魔法部グッズの売れ行きに関するパネルをわざわざ作成した男だ。言わなければわからない事を、トレカが一パックいくらなどと具体的にアルフレッド殿下はスンブル陛下に解説をしはじめた。


「私から見たら、あんたが家宝だ何だって大騒ぎしているトレカなんて、ただの紙切れだしね」

「お、思い入れはプライスレスだし」


 私はいちいち茶々を入れてくる壁際の花に全然成りきれていない、存在感たっぷりなイヴァンナをキリリと睨んだ。


「ストップ!!」


 私はスンブル陛下とアルフレッド殿下の会話を大きな声で遮る。不敬だとか淑女だとか、もうそれは些細な事。今はこの状況を本題に戻す事が重要だったからだ。

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