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008 旦那様は尊いあの人らしい

 私は取り敢えず親切な事務員さんのアドバイス通りに行動してみる事にした。すなわちそれは、私の旦那様だというユーゴ・ラージュ様に会いに行ってみようというわけである。

 別に生ユーゴ様を久しぶりに見たかったわけではない。いいえ、絶対このチャンスを逃してなるまいと正直私は思った。サイン会に行けなかった無念の思いが私の足を勝手にユーゴ様の元へと動かしていた。


「旦那様がユーゴ様というのはある意味悪夢。だけど、お姿を遠くで愛でるくらいは、許されていいはず」


 私は邪な気持ち全開で教えられた通りの道順を通り、軍内部の奥の奥へと進む。テオドル様に届け物を頼まれ王国軍の魔法部には何度か訪れた事がある。その時の記憶を辿りながら歩くと迷わずユーゴ様の執務室だと思われる部屋の前に到着した。

 間違いない愛の力だ。私の推し探知センサーが気持ち悪いくらい正確に働いている。そんな熱量たっぷり、ついウキウキとしてしまう自分に若干引きつつ、目的地のドアの前に立って私は愕然とした。


「こ、これは……」


 私はユーゴ様の執務室のドアをノックしようとして咄嗟に手を引っ込めた。何故なら明らかに目の前にそびえる木のドアからはみ出しまくっている、怪しい緑の触手の存在に気づいたからだ。危ない。喰われる。しかしこれは何だ?


「くっ、危険度マックス。だけどこの先には……」


 私が尊敬して、憧れて、大好きで、推しであるユーゴ様がいる。

 ユーゴ様が魔法学校を卒業して早二年。その期間、生のご本人を私は自分の瞳に映していない。みたい。みたい。みたい。けれど、ドアからはみ出る触手は怪しいと迷う事数秒。私は触手を見なかった事にしてユーゴ様の執務室だと思われるドアに手を伸ばした。


「危ないわよ。ユーゴは研究を邪魔されるのを嫌がるから」


 突然背後から声を掛けられ、私は伸ばした手を素早く引っ込める。そして慌てて振り返ると、そこには金髪碧眼の美女がいた。

 突然現れた謎の美女は魔法部を表す黒いローブに身を包んでいる。私は美女の腕にはめられた所属部隊を示す腕章に視線を素早く移す。すると腕章の星は一つである事が確認出来た。つまり目の前の金髪美女は第一部隊のエリート様だということ。


「あ、あの。私は本日より……いえ、こういうものです」


 美人なエリートさんに訝しげな顔を向けられたので、私は親切な事務員さんが渡してくれた家族通行証を迷わず美女に見せた。


「何の冗談?ちょっと勘弁してよ」


 不愉快そうな声を出すと、美人なエリートさんが私の手からスッと紙を奪った。そしてあろう事か、私とユーゴ様を繋ぐ家族通行証をビリビリと破ったのである。


 えっ、怖いと私は身構える。


「もしあなたが、本当にバルトシーク中将のお嬢様だとしたら……あぁ、その髪色。噂は本当だったって事ね」

「噂ですか?私の?」


 一体どんな噂が第一部隊で流されているのだろうと興味本位丸出しで私は尋ねる。


「こっちの話し。だけどまさか結婚までさせられていたなんて。囲い込み完了ってとこか。まずいわね」

「囲い込みって、どういう意味――」

「とにかく私と来なさいよ」

「嫌です」


 私以上に人の話を聞かない美人なエリートさんが私に腕を伸ばしてきた。だから私は捕まってなるものかと素早く身を引く。悪いけれどこの怪しいドアの向こうには生ユーゴ様が存在しているのだ。ここまで来てそのお姿を拝見しないなんて、そんな選択肢は私には存在しない。


「悪い事は言わない。ユーゴに近づくのはやめておきなさい」

「それは何故ですか?」


 趣味嗜好の侵害は人権侵害とイコール。即ちそれは許さないと私は美人なエリートさんを睨みつける。


「あなた、ジルリーアの民なんでしょう?」

「えっ?」


 目の前の美人なエリートさんが何故テオドル様の作り話を知っているのだろうと私は動揺する。そんな私におかいまいなく美人なエリートさんは私に近づき周囲を警戒するように辺りを見回すと私の耳元に口を近づけた。


「落ち着いて聞きなさい。詳しいことは話せないけど、あなたはユーゴに利用されている」

「ユーゴ様が私を利用ですか?」

「ベルンハルトが強大な魔法国家として、アルカディアナ大陸内で他国の侵略を受けないために、あなたはこの国に囲われているのよ」

「意味がわかりません」


 次々と美人なエリートさんが台詞のように紡ぎ出す言葉の意味が私にはわからない。そんな私のポカンとした表情を見て、美人なエリートさんはため息をついた。


「何も知らないのね。可哀想に。あなたはあなたをこの国に縛りつけようとする者達の策略にはまってるってこと」

「縛り付けるって……」

「言うなれば人質みたいなものよ」

「人質……」


 突然私が人質だなんて言われても全然ピンとこない。それにテオドル様による空想の産物、ジルリーア王国の名を口にする美人なエリート様の存在は、目の前のユーゴ様の部屋から飛び出す変な緑の触手より怪しいことこの上ない。


「もしかして、あなたは、その……お、お父様の恋人だったのですか?」

「え?あなたのお父様って、バルトシーク中将よね?」

「はい」

「私があの人の恋人?」


 どうやら私の言葉に美人なエリート様は混乱しているようだ。私としてはテオドル様の作り話、ジルリーア王国の事を知っていたからてっきりそういう話をするほどの仲。つまり恋人なのではないだろうかと閃いただけだ。深い意味はない、その程度の思いつきで思わず口にしただけである。


「平和って怖い。いい?自分の名誉の為に言っておくけど、私はバルトシーク中将の恋人じゃないから」


 腕を組み心外だと言わんばかりの素振りで、私に迫る美人なエリートさん。どうやらテオドル様の恋人ではないようだ。だとすると――。


「じゃぁもしかして、あなたはユーゴ様の恋人なんですか?」

「は?」

「だって、それ」


 私は先程ものの見事に破かれ足元に散らばる黄色い紙――家族通行証を指差した。こういう行動をするのは少なからずともユーゴ様の事が好きだから。だからまるで抜け駆けをするようにユーゴ様と結婚した私が許せなかったに違いない。


「はぁ……。あなたの頭はお花畑ってことなのね。こんな人間の為に……心底がっかりだわ」


 小さな呟きすぎて全部は聞き取れなかった。しかしどうやら私の閃きは目の前の美人なエリート様からみたら恋愛脳そのもので、お花畑だと呆れてしまうものらしい。まぁ、自覚はある。私は十六歳、恋に恋する年齢だし。


「とにかくユーゴに纏わりつくのはやめて私と来なさい」

「嫌です」


 グイっと伸ばした美人なエリート様の手に私の腕がしっかりと掴まれる。


「あなたに選択肢はないわ。大人しく私に付いてきなさい」

「ちょっと、待って下さい。百歩譲ってせめてここまで来たのだから、ひと目みたいです!!」

「何を見たいの?」

「ユーゴ様に決まってるじゃないですか」


 ポカンと気の抜けた顔になる美人なエリートさん。全くこの状況でわからないなんてと私は美人なエリートさんの腕をここぞとばかり振りほどく。


「あなたって、もしかしてユーゴのファンなの?」

「えぇ、そうですけど」


 何を今更そんなわかりきった事をと私は美人なエリート様を睨みつける。


「混乱してきた。でもわかったような気もする」


 美人なエリート様がこめかみに指先を添え、悩ましげな表情を私に向ける。


「あなたはユーゴが好き。そして彼と結婚している。それはユーゴを餌にあなたをこの国に縛りつけるため」

「ユーゴ様が餌って……」


 そんな言い方と思いつつ、けれど万が一、美人なエリート様の言うことが正しかったとしたら、それは最善の策であるように見えて最悪である。私はユーゴ様が好きだけれど、それは遠くで眺めているだけで満足する好きであって、ユーゴ様の妻になりたいわけではないからだ。


「あなたは自分の好きな人を不幸にしたいの?」


 突然告げられた言葉に私はドキリとする。


「ユーゴは自分の意思とはお構いなし。この国にあなたを縛り付ける為にあなたと結婚させられた可哀相な人。あなたはそう思わないの?」

「でもそれは、政略結婚だし」


 別にユーゴ様と結婚だなんてそんな夢みたいな現実を受け入れた訳ではない。現在だってそれが真実かどうか半信半疑で私はここにいる。だけど、もしそれが事実だとしたら間違いなく政略結婚だろう。けれどそれは悪い事ではない。


「貴族に生まれた以上政略結婚は当たり前。さらなる一族の繁栄の為、望まぬ結婚かどうかなんて関係ありません。家長の指示に従うだけです」


 私は魔法学校の同級生が口にしていた事を、まるで自分の意見であるように堂々と口にした。この国ではそういう理由で結ばれる政略結婚なんて、良くある事例だからだ。


「でもあなた、バルトシーク中将の実の娘じゃないわよね?本当にそういうしがらみを背負わなければないらないこの国の貴族の娘なの?」

「うっ、そ、それは……」


 私はガーンと頭に木の樽を落とされたくらいの衝撃を受ける。勿論中にはたっぷりのワインが入っている。そのくらい重くて危険なやつだ。

 確かに私の出生は謎に満ちている。テオドル様が口にしていたお伽噺のようなジルリーア王国の王女だなんて到底信じられない。だとすると私は一体何者なのだろうという長年頭の隅に追いやって後回しにしていた疑問。そして、私は現在バルトシーク伯爵家から逃走中の身だという事実。その事を一気に思い出し、もはや私は貴族の娘とは堂々と口に出来ない状況なのではないだろうか。そしてそうなるとユーゴ様に堂々と会おうとしている私は大変まずい感じなのではないだろうかと私は震えたのであった。

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