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071 別に気にしてないですよ

「ユーゴ様、これ意外と美味しいですよ」

「うん」

「ベルンハルトではこういう風に人前でお肉にかぶりつくなんて出来なかったですもんね」

「うん」

「えーと、美味しいですよ?」

「うん」


 どうやらユーゴ様は上の空のご様子。因みにこうなってしまったのは全て私のせいである。


 私が楽しみにしていたカフェ。どうやらそこは様々な催事にも対応しているらしく、今日は運がいいのか悪いのか、たまたま結婚をお披露目するパーティをしていたようだ。

 純白のドレスに身を包む新婦さんはとても素敵だった。そして光沢ある白いタキシード姿の新郎も終始可愛い妻に頬が緩みっぱなしという状況で大変微笑ましい光景に私には見えた。

 けれどユーゴ様は何故かその光景を目の当たりにしどんよりと、まるでこの世の不幸を全て背負った感じになってしまったのである。


 そこで気分転換とばかり、私はユーゴ様を屋台に連れていき、帝都名物だという豚バラの串焼きを購入した。しかも一人二本という大盤振る舞いで。お金は帝国軍から私の管理費として出ているお小遣いで買った。だから別に懐を痛めてはいない。そして二人で海が一望出来る特等席のベンチに腰掛け、豚バラの串焼きに舌鼓。おいしいね、そうだね。なんて普通のカップルのような会話を楽しもうとしたのだ。しかし現在ユーゴ様のノリがすこぶる停滞中なのである。


 考えられるのはさっきの幸せそうな新郎新婦。あれを見てから確実にユーゴ様のテンションはダダ下がりになった。一体何が原因なのだろうかと私は串焼きを口に運びながら考える。考えながらも串焼きは安くてジューシーでお得だと思考が串焼きに支配される。


「さっきのアレ」

「え?あぁ、新郎新婦さんですか?」

「うん」


 突然ユーゴ様が喋り始めたので私は一先ず串焼きにかぶりつくのを一休みさせる。


「君と僕は急に決められた政略結婚だっただろ?」

「そうですね。というか、私は知らない間に妻になってましたけど」

「実はベルンハルトで婚姻が許される年齢になった君は直ぐに王命で僕と結婚させられたんだ」

「あー確かに、私達って既に結婚二年目を過ぎてますもんね。となると私が十五歳。意外に若いな……」


 しかも私の記憶が正しければ、ユーゴ様と私の結婚記念日は私の誕生日。つまり婚姻が許される年齢になった当日駆け込むように結婚したという事だ。

 今考えると、そのパターンは相当愛し合っている恋人同士がようやく待ちに待ってというパターンか、もしくは何か後ろ暗い事があって早急にというパターンくらいしか思いつかない。そして残念ながらユーゴ様と私は前者ではない。


「あの時僕は自分の事にも、君の事にもあまり興味がなくて、ただ君は要人だからその辺の人間と婚姻関係を結ぶ訳にはいかないって感じに言われて、王命だしとすんなり君と結婚したんだけど」

「きっとそれもフレデリック殿下の手引きなんですかねぇ。私がユーゴ様のファンだったから。なんかごめんなさい」

「違うんだ。君の夫になれたこと、それについては政治的な背景の上に成り立った事だとしても今は感謝してる。そうじゃなくて、さっきの……」


 はぁぁとユーゴ様は深くため息をついた。


「普通は結婚って、あんな風に周囲に祝福されて始まるものなんだって思ったんだ」

「え、でもみんながみんなそういう訳じゃないかと。ベルンハルトはほら、政略結婚が多いですし」


 私は落ち込むユーゴ様に現実を思い出して少しでも元気になってもらおうと事実を口にする。


 帝国ではどうだかわからない。けれどベルンハルトでは政略結婚は良くある話で、その全てが両者の同意の上だとは流石に思えない。つまり望まぬ結婚も多くある。別に私達だけじゃないと伝えたかったのだが。


「でも僕は君にウェディングドレスすら着せてあげられていない」

「え?」

「君の魔法学校の友人達だって僕と君との結婚を喜んでいたし、さっきの人達を囲んでいた友人達みたいに、おめでとうと君を祝福したかったかも知れない」

「それはないですね」


 推しとの結婚という悪夢をわかり合えるローザとレティに限って、手放しで祝福はしないだろう。


「そうなのか?」

「あ、今は祝福してくれていると思います、たぶん」


 私は慌てて先程の言葉を補足する。推しである気持ちを抱えつつ、ユーゴ様と結婚できて良かったと思える、ワンランクアップした私。そんな私をきっとローザとレティは「頑張ったね」という意味では祝福してくれるはずだ。


「とにかくさ、何かそういう普通の幸せみたいなもの、僕が全部君から奪ったのかって思ったら、とてつもなく落ち込んだ。心配させたよね、ごめん」


 なんだそういうことかと私は納得する。と同時にユーゴ様は何て思慮深い人なのだと感動する。許されるならば抱きつきたい。


「いつかになっちゃうけど、せめてちゃんと君にウェディングドレスを着せてあげたいなって思う」

「えっ!!」

「一生に一度の事だし、やっぱり通常のしきたり通り、陛下に夫婦で挨拶にうかがって、それからお披露目のパーティをする。ベルンハルト式にはなっちゃうけど、僕と君。ちゃんと二人の婚姻の儀式を行おう」

「ふふ、その頃にはきっとアルフレッド殿下が陛下になっているかも知れませんね」

「うわ、それはなんか微妙だな」

「アーチも呼びましょうね」

「うん、絶対だな」


 私はここにはいない小さな天使を思い出す。

 アーチはユーゴ様の情報によると、現在フレデリック殿下の元にいるらしい。アーチは婚外子とは言え、フレデリック殿下の唯一の子だ。だから身の安全は確保されているし、心配する事はないという事もわかる。だけど、アーチの置かれた境遇を思うと、身の安全が確保されているからといって大丈夫だと手放しで喜べない状況だ。


 今までマンドラゴラの休息亭でヨナスさんと女将さんに大事に育てられていた。それなのに王都に住むようになって慣れたと思ったら、内紛勃発。慕っていたユーゴ様はクロヴィス陛下殺しの嫌疑をかけられたのち逃亡。そして王都で母親代わり……はおこがましいけれど、それでも身近で自分の世話をしてくれていた私は帝国に誘拐されたという状況。一体今、アーチの心を癒やしてくれる存在は果たしてきちんといるのだろうかと、私はアーチの事を思うと胸が張り裂けそうになる。


「アーチも救ってあげないとですね。あ、でもアーチから見たら帝国でこんな風に馴染んじゃっている私が正義だとは思えないかも知れないですけど」


 私は自分の姿を見て思わず苦笑いをしてしまう。串焼きは美味しいし、帝国の服は機能性抜群。自分たちを知らない人ばかりの土地で注目される事もない。だから帝都ラクーンを居心地がいい場所だとすら感じてしまっている。

 実際に住んで、働いてみたらまた違う印象を抱く可能性は大いに秘めている。だけど今は帝国の機械に囲まれる生き方、これはこれでアリかなと自然と受け入れる自分がいる。それはもうある意味私はベルンハルトに剣を向けている事と同じなのかも知れない。


「最後にどちらに着くか選ぶのはアーチ自身だ。だけど僕と君はアーチの先生でもある。だから弟子が正しい方向に導く手助けをする資格は充分にあるさ」

「そうですね」

「それに帝国がそこまで悪いやつじゃない。僕もここに来るまでに色々と助けられたから君がそう思ってしまう気持ちはわかる。そして母国を裏切れない気持ちも。アルカディアナ大陸までの道のりで、僕と君が帝国に寝返るか、祖国を信じるか。それをはっきり決めよう」


 ユーゴ様の口にした寝返るか。その言葉はとても重く私の肩にのしかかる。だけど、私が帝国に協力することを選択した場合、寝返る、裏切る、つまりはそういうことなのだ。


「それにさ、もし帝国側につくとしても、僕は絶対エドヴァルドやフロリアンには手を出せない」

「そうですね、それは絶対ムリです」

「そして、僕はベルンハルトを帝国の属国にしたいわけでもない。出来たら対等な友好関係を結べたらいいと思ってる。そしてきっとそれを可能に出来るのはアル……アルフレッド殿下なんだと思うんだ。複雑な気分は拭いきれないけれどね」


 ユーゴ様は心に浮かぶ葛藤を消し飛ばすかのように、思い切りよく串焼きにかぶりついた。

 ユーゴ様に意地悪ばかりしていたアルフレッド殿下。今はその人に未来を託すしかない状況。それはある意味ベルンハルト王国が最悪な状況である事を真摯に物語っている。それでも私達は守りたい人や物があるからアルカディアナ大陸に戻らなければならない。


「私はユーゴ様を信じます」

「うん、ありがとう」


 やっぱり色々考えても、一体何を信じればいいのか、自分が何処に向かうのが正しいのかがわからない。

 だけどこうしてユーゴ様が遠路はるばる私に会いにわざわざ来てくれた事は確かな事実でとても心強い事。私は目の前に確かに存在するユーゴ様しか今は信じられないなと思い、でもそれはとても幸せな事だと深くユーゴ様に感謝したのであった。

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