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007 え、これは夢ですか?

 推薦状を持って、ベルンハルト王国軍魔法部に向かった私。夜中に家を飛び出し、行く宛もなかった私は軍の正門の脇で一番乗りとばかり茶色いトランクの上に腰をかけて待つ事にした。


 するとしばらくして私の前に詰め襟の真っ黒な軍服に身を包んだ男性が現れた。


「えーと、家出かな?」


 早速バレてしまったようだと私は焦り目をキョロキョロとさせる。

 私は屋敷を逃げ出す事ばかり考えていて、入隊テストの時間まで門の脇で待てばいいやくらいにしか考えていなかった。しかし常識的に考えて若い女性が夜中に軍の正門の脇でトランクの上に座っているという状況はどうみてもワケアリで、私でも家出だと疑うレベルにわかりやすくて怪しい。


「家出か……。君の名前は?ってその制服。君は魔法学校の生徒なのか。学校の寮を締め出されたのかい?」


 年配の軍人さんは洞察力と想像力が抜群のようだ。私の制服姿を見て、魔法学校の寮を締め出されと思ってくれたようである。そして私は魔法学校という言葉を耳にし、ローブのポケットから慌てて一枚の赤い封蝋のついた手紙を取り出した。そして私はその場で立ち上がると、身体測定で身長を誤魔化す時と同じくらい、ピシリと背筋を伸ばした。


「お疲れ様です。お手を煩わせてしまい申し訳ございません。私は入隊を希望し、明日……ってもう今日か。ええと、つまりこちらが魔法学校からの入隊推薦状です」


 私は白い封筒を軍人さんに差し出した。すると軍人さんは手に持った魔法のランタンに私の手紙を翳し、宛先と封蝋についた魔法学校の文様を確認した。


「なるほど。君は入隊義務を果たしに来たと。やる気は認めるが、こんな真夜中に来ることなどなかったのに」


 仰る通りである。しかしこれには深い事情があり、それを今口には出来ない。


「何事も最初が肝心です。それに入隊し、陛下の為に、全ての国民の為に誠心誠意尽くす事。それは私の幼い頃からの夢だったので!!」

「おっ、いいねぇ。最近の若者にしてはやる気があってよろしい。事情はわかった。ここは目立つし、風邪でもひいたらまずいだろ?だから待合室で待つといい。ほら行くぞ」

「はい!!ありがとうございます!!」


 断る理由がなかった私は即座にトランクを持ち、軍人さんの後について行く。内心「幸先よし!!」と気持ちが高ぶる私。多少口からでまかせだったけれど、結果オーライ。ここでついた嘘は入隊してから身を粉にして働き返せばいいのである。


「仮眠を取りたかったらそこの毛布で。朝食はパンと牛乳程度なら持ってくるように指示しておくけどいるか?」

「ありがとうございます。是非!!」

「元気いいな。ま、明日は配属のテストをするだろうから、ゆっくり休めよ」

「重ね重ね、ありがとうございます」


 私は深く、深く親切な軍人さん。未来の上司に頭を下げた。そしてパタリとドアが閉まって思った。


「やっぱ顔がいいと、得するのかも」


 などと、人の親切を思わず穿った見方をしてしまう自分を恥じ、そして私は革張りのソファーに横になる。するとものの見事に横になって数秒、私は意識を簡単に手放したのであった。


 翌日の朝「おい、起きろ」という野太い男性の声で起こされるという、生まれて初めての経験で驚き飛び起きた。それから私は驚き方がおかしかったと大笑いをする軍人さんによって、パンと牛乳を支給された。


 そしてようやく、念願の入隊試験関連の部署に案内される事となった。


「ベルンハルト王国軍魔法学校を卒業されたとのこと。入隊義務を果たすために本日は手続きを。ということでよろしいでしょうか?」


 身元を告げ通された部屋。軍服に身を包む事務員の女性にそう告げられた。そこで私は推薦状を書いてくれた魔法学校の校長先生が私に便宜を図って中退ではなく卒業扱いにしてくれていた事を知った。

 その事を知った私は、この恩は必ず軍で果たそうと再度決意し、私は配属部署決めの筆記。それから実技試験を本気でこなした。


「君は魔法学校の成績と実力が伴わないようだが、卒業後開花したパターンなのか?結婚が原因なのか……いや、違うか」


 本気で実技試験をこなした結果私は、自分とは一番縁遠いと思われる、意味のわからない「結婚」などという言葉と共に、実力に疑いの眼差しを向けられる事になってしまった。

 しかし原因は明らかだ。昨日解除した自分で自分にかけていた魔法。それはなにも容姿だけではない。魔法の威力も抑えるべく魔力制御の魔法を私は自分にずっとかけていたのだ。勿論テオドル様の指示で。


『君の本当の力が公になれば、私と共に暮す事は無理になる。もし父さんと一緒に居たいのであれば、ルミナ。君は魔法を本気で使用してはいけないよ』


 今思えば、何となく脅しのようにも聞こえる言葉。けれど幼い私はお父様であるテオドル様が大好きだった。だからその言葉に二つ返事で頷いた。そしてその事を律儀に守りながら成長した私は、魔法学校での成績はオールBという一番人口の多い中間層に位置している。

 因みに以前、魔法学校の専攻分けテストで、どうしてもユーゴ様と同じ地属性のクラスになりたかった私はミスをした。邪な気持ち全開でテストに臨んだ結果、Sという最高評価を叩き出してしまったのである。そしてその結果を受け、テオドル様に叱られた事は懐かしく、今となってはいい思い出だ。


「実技については第一部隊に推薦出来るレベルだ。しかし、最初の所属に関してだけは、魔法学校の成績が占める割合が高い。よって君は第ニ部隊所属と決まった。ま、それも異例ではあるんだが君の配偶者の事もあるし……」


 何処か納得のいかない様子の採用係の軍人さんではあった。

 私も「配偶者」という言葉が飛び出す意味がわからなくて戸惑った。けれど、一度成績を「何か怪しい」と疑われている身としてはこれ以上追求する事はやぶさかではないと、聞かなかったフリをして口を噤んだ。


 こうして私は無事魔法部に入隊する事が出来た。残念ながら憧れの第一部隊という訳にはいかなかった。けれどそれは当たり前のこと。

 第一部隊に配属されるには、経験も努力もまだまだ私には足りないからだ。だけど軍でこれから真面目に頑張れば、きっといつか第一部隊に配属される日も来るかも知れないと、私は第ニ部隊所属を示す星が二つ刺繍された腕章を有り難く採用係の軍人さんから受け取ったのであった。


 それから私は事務手続きの女性と面談をする事になった。


「独身寮に入寮希望とのことですが」

「はい。どんな部屋でも構いませんのでよろしくお願いします」


 軍の入隊が許された私は何としてでも住む場所の確保をせねばと、事務員さんに頭を下げる。


「いつでも空きはあるので入寮は可能だと思いますよ。この書類に記入して下さい。ご案内は総務の方になりますので」


 私は言われた通り、自分の情報を独身寮に入寮する為の書類に書き込んだ。

 魔法学校からの推薦状の中身を私は知らない。けれど本名が書かれている事は間違いなく、私はここは正直に書いて、第二部隊の隊長と話す機会があれば、私の事情で改名したい旨を伝えればいいと思った。

 何より、これで三食屋根付きの生活が確保できるのだ。取り敢えず路頭に迷わないで住むわけで、細かい事を後回しに、一先ず安心する気持ちの方が大きかったのである。


 しかし数分後。私は驚きと衝撃でミラクルすぎる大変困った事実を魔法部の事務員さんに突きつけられたのである。


「あなたはルミナ・ハイゼ=バルトシークさんで間違いありませんか?」

「間違いありません」

「ええと、テオドル・ハイゼ=バルトシーク中将のお嬢様。現在十六歳であるルミナ・ハイゼ=バルトシーク様でお間違いはありませんか?」

「はい……え、何か問題がありましたか?」


 私は何度も私の提出した書類を指で追う事務だと説明を受けた女性の行動に急に不安になった。


 まさか、アダム様に家出が既に感づかれたのだろうかと膝の上で握った拳の中がじわりと汗ばむ。

 夜会の翌日は毎回休暇を取っているアダム様。だから統計的に見て今日は軍に出勤しない確率が高い。その間に入隊手続きを済ませてしまえば流石のアダム様でもそうそう簡単に私をクビには出来ないと、そう思って行動した筈なのに何で?と嫌な汗が背中を伝う。


「問題と言うか……うーんちょっと調べてみますね」


 事務員さんは彼女が眉間に皺を寄せる原因をはっきりと口にしてくれない。それが私の心を焦らせる。

 けれど既に私は魔法部第ニ部隊の腕章を手にしている。これは入隊したという証だろう。だとすると入隊に関する問題ではなく、何か別の問題が発生しているということ。それはつまり現状から察するに……。


「入寮関係で問題が?」

「あ、えっと、まぁ……おかしいわね。何で弾かれちゃうのかしら」


 事務員の女性は四角い魔道具の画面を覗き込み、不思議そうな顔をしている。

 どうやら、私は入寮関係の書類でつまずいているようだ。


 入寮出来ない。それはそれで問題だ。

 必要最低限の私物とユーゴ様グッズしか持たない状態で屋敷を飛び出した私の所持金はもってあと、数ヶ月。取り敢えずドロテア様達から死守した母の形見だと言われていた宝石が数個あるが、あれは絶対に売りたくはない。出来れば、節約も兼ねて寮に入りたい。というか入らないと色々とまずい状況だ。


「何か書き間違いとかですか?」

「えーと、書き間違いではなさそうですね。希望されているのは独身寮で間違いありませんか?」

「勿論、私は独身ですし」

「そうですか……大変お伝えにくいのですが、ルミナさん、あなたは既婚者ですので独身寮には入寮できませんね」

「えっ、結婚ですか?私が?同姓同名とかじゃなくてですか?」

「そうですね。既婚者でお相手は……あっ。えっ、嘘!?ええと、失礼しました」


 コホン、コホンとわざとらしい咳をして、私の顔を見て事務員の女性はわざとらしく微笑んだ。えっ、何怖い。


「何か意地悪された。睨まれた。無視された。蔦にからまれた。そういった事の積み重ねでご主人と距離を置きたい。そう思われているならば、まずはこちらへご相談された方がいいかと」

「蔦にからまれた?それは一体どういう……」


 事務員の女性は手元にあった紙にサラサラと文字を書いて、それから私にその紙を差し出した。私はその紙に書かれた文字を読み上げる。


「マーガレット女子修道院こころの相談所ですか?」

「配偶者からの言葉の暴力などで逃げ出したい場合、先ずはそちらの修道院に相談された方がよろしいかと」

「ご親切にありがとうございます。だけど、人違いだと思います。私は結婚式をした記憶もありませんし、父から結婚相手はこの人だと、紹介された事もないのですが……」


 実際問題貴族の娘の結婚相手は親が決める事が多い。けれど流石に本人に何も知らせずにというのはあり得ない。絶対に何かの間違いでしかないはずた。


「事情は良くわかりませんが、とにかく軍の規定ですのでルミナ様が独身寮に入寮される事は無理です。それに恨まれたくないし」

「恨まれる?因みに私の相手をご存知なんですか?」

「そりゃもう……」

「一応参考までに教えていただけませんか?一体私の旦那様として登録されている方は誰なんですか?」

「えーと、この方です」


 事務員の女性は何故か申し訳無さそうな顔を私に向け、手元の書類を私に見せてくれた。それは私の身上書のようなもので、確かにルミナ・ハイゼ=バルトシークと私の名前が記載されていた。ただしその名前の横には括弧で旧姓と書かれていた。そして私の現在の名前は……と自分の名に続く家名を確認し、血の気が引いた。


「ラージュ……ってまさか!?」


「ご主人のお名前は、こちらに記載されていますね」


 事務員の女性の指差した先に記載された文字列を私は視界に入れ、これは夢だと咄嗟に思った。


「ユーゴ・ラージュ……え!?」

「では、仕事がありますので」

「えっ、ちょっと待って下さい。一体これはどういう事ですか?夢ですよね?やだ、尊いが過ぎる!!でも困る。絶対困る……」


 私が顔を両手で覆い一人悶えていると事務員の女性の遠慮がちな声が耳に入った。


「夫婦間の問題は、こちらでは扱いかねますので……ただ、何事も先ずは話し合いが必要かと。ラージュ少佐はこの時間、というかいつもご自分の執務室にいらっしゃいますよ。えーと地図と、こちら家族通行証を出しておきますので」


 事務員の女性はサラサラとまた綺麗な文字を黄色い紙に書き入れた。そして私に差し出す。それを受け取った私はその紙を凝視し固まる。


『訪問先――魔法部第一部隊ユーゴ・ラージュ少佐』


 推しの名前が書かれた下には訪問者と書いてある。そしてその横には「ルミナ・ラージュ」と記載されており、更に関係らしき部分に「妻」と書き込まれている。


「というかこれは現実なの?」


 私は取り敢えず、自分のほっぺたをつねってみた。その結果、とても痛かった。

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