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006 私は家出を決意する

 趣味友のお陰でユーゴ様のトレカをゲット。それを家宝とし、常にお仕着せのポケットに忍ばせ、暇さえあれば眺める日々。ある意味人生最大の幸運だわと機嫌良く過ごしていた私。そんな私に転機が訪れた。


 勿論悪い方にだ。


 トレカミラクル事件があった数日後の夜。水を飲みに調理場に向かった私は酔っ払って夜会から帰宅したアダム様とドロテア様。それにシンシアが応接間で交わしていた会話を偶然耳にしてしまったのである。


「お父様、ルミナを早く軍の魔法学校へ戻して下さらない?この屋敷が陰気くさくてたまらないの」


 いつも以上に甘える声を出すのはシンシアだ。


 魔法学校。その言葉を久々耳にし戻れるなら戻りたいと私には切望する気持ちが込み上げる。と同時にきっと無理だろうなと本心ではそう悟っていた。何故なら魔法学校はお金がかかる。だから守銭奴気味なアダム様が私にこれ以上お金をかけてくれるわけがないと、私は既に学校に戻る事を諦めていた。


「それはだめだ」


 案の定、アダム様が即座に否定する。


「そうですよ。あの子に変な虫でもついてごらんなさい。あなたに不利な事ばかり起きる事になるのよ?」

「どういうこと?」


 ドロテア様が苛々とした様子で発した言葉に即座に反応したシンシア。その言葉に私も密かに同意する。私に変な虫がついたら――つまり、異性と私が付き合う機会に恵まれたらという意味だと思われるが、一体どうしてそうなった場合、シンシアが不利になるのだろうと私は純粋に疑問に思った。


「お前が結婚して、万が一男児を産んだとしても、兄貴の子であるルミナに男児が生まれたら、この家も財産も全てそいつのものになるって事だ。勿論陛下の認可が降りればだが、このままでは、いずれそうなる可能性は高いだろう」


 なるほどそういう事になっているのかと私は気配を消すように、壁に背中を貼り付けながら納得する。

 つまりバルトシーク伯爵家の家系図的として見た時、長男であるテオドル様の養子である私の方がシンシアの子よりバルトシークの爵位を継ぐ継承権が高いという事なのだろう。バルトシーク家と血の繋がりの無い私が男児でも産んでしまったらその子がバルトシーク伯爵になる。確かにおかしな話だと思う気持ちはわからなくはない。


「そんなの絶対に嫌だわ。ルミナは今まで他人の癖に、テオドル叔父様のお金を沢山使ったのに」

「そうよね。血の繋がりのあるシンシアよりもずっと優遇して」

「あぁ、私達はあいつに苦水をずっと飲まされ続けてきたんだ。全くの他人であるルミナにな」


 忌々しいといった声が応接間から漏れ出し、私の佇む静まり返った廊下に響く。


 そこまで恨まれていたのかという気持ちで胸が苦しくなる。この国で血の繋がりを大事にする事は、周囲を見ていたらわかる。だからアダム様が私を疎ましく思っていた事も知っている。

 だけど言い訳をするならば、私がテオドル様を選んだ訳ではない。私の記憶は当たり前のようにテオドル様の娘として過ごした幼少期から始まり、実は養女だったと告白された数年前まで、テオドル様を父だと思い込み、まさか血の繋がりがないだなんて、これっぽっちも疑っていなかったのだ。


 一体どうしたらいいのだろうと迷う気持ちが込み上がる。バルトシーク家のみんなに恩を返すべきだと思う。だからこの屋敷でメイドとして言われるがままに働いている。だけどアダム様達からしたら私がいたほうが迷惑なのでは?そう思った私はふと今までの自分の選択と行動に迷いが走った。


「だからあいつは何だかんだ理由をつけて、この家に幽閉しておくのが一番なんだ」

「そうね。絶対に結婚させないでね」

「メイド一人分ほどだけど、経費も浮くし。ホホホ」

「それに兄貴の恩給や遺族年金、それに特別弔慰金も。それはあいつ宛に出ているからな。あいつをこっちで保護している限り、毎月かなりの額が私達に入ってくる」

「そうよ。貴重な収入源なんだから、確かに陰気くさくて生意気で。あの子には苛々させられるけど、金貨を生み出す機械だとでも思って無視しなさい」

「わかったわ、お母様」


 先程とは声のトーンを百八十度変え、明るい様子のアダム様達。しかし自分が全く知らない事情を耳にした私は震える。


 戦没者に対しいくらかお金が国より支払われている。それはいい。今までお世話になった分があるから自分が受け取るつもりはない。でもだとしたら、大変申し訳ないけれどそのお金をもって、私はこの家族と、バルトシーク家とおさらばしても許されるのではないだろうか。私はそんな悪魔のような都合のいい考えに気付いてしまった。


 私の人生はまだ先が長い。十五日で銅貨五枚の給料では到底推し事の充実など無理。つまり生きる糧である推し事が出来なければこの先生きている意味などないに等しい。


「うん、決めた。やっぱ、家出しよう」


 私はそうきっぱりと決意した。もうアダム様達にも後ろめたさはない。どうぞ、テオドル様の年金で仲良くやって下さい。やや乱暴にそう思い軽くなった心と共に、私は半地下にある大部屋に戻ったのであった。



 ★★★



 これからは一人で生きていく。

 バルトシーク伯爵家の面々と別れる決意をした私は、今後の身の振り方を考えた。そして直ぐに魔法学校に戻れないと思いテオドル様が亡くなったと同時に入手してあった、魔法学校から発行された軍への推薦状を頼る事にした。


 日々のメイド業務をこなしつつ、ベッドの下に置いてある私物入れのトランクの中身をさり気なく整理する日々は気が抜けなかった。


 同室である趣味友には家出の事を伝えるかどうか迷った末、結局告げる事は辞めた。何故なら、私が抜け出した後絶対に彼女達はアダム様に「知ってただろう」と問い詰められる事が予測出来たからだ。

 そうなった時、私の家出を事前に知らせていた場合、彼女達に少なくとも「知りませんでした」と嘘をつかせてしまう事になる。そして嘘をついていると後ろめたい気持ちにさせるのも悪い。だったら最初から何も知らせない方が迷惑をかける割合が少なくて済むと私は判断した。


 きっと優しい彼女達の事だから「何で言ってくれなかったの」「嘘つき」などと私は恨まれる事になるかも知れない。折角仲良くなったのにそれは悲しい。けれど、十五日で銅貨五枚の事実が私を家出の方向に突き動かした。


「ここでは、充分な推し事は無理だもの」


 きっと趣味友である彼女達なら私のその気持ちを理解してくれると思う。そしていつかまた何処かで魔法部の話で盛り上がれたらいいなと私は都合よく期待する。


 そして家出決行日。アダム様一家はまたもや派手な服装に身を包み夜会に出席中。いつもは喪中なのにだとか、そんな派手なドレスで行くなんてなどと姑顔負けに激怒する事間違いなし。けれど今回ばかりは家を空けてくれるアダム様達に感謝し、私は家出を実行に移す。


 先ず私は色々と良くしてくれた屋敷の使用人仲間達に申し訳ない気持ちを抱きつつ、全員に容赦なく見つからないように睡眠魔法をかけた。

 そしてみんながぐっすり眠り静まり返る屋敷内。半地下の大部屋で私はメイド服を脱ぎ捨てる。それからベッドの下にあるトランクの底から、もしかしたらいつかまた袖を通す事が出来るかもと僅かな期待を込め、隠しておいた服をゴソゴソと取り出した。

 魔法学校の制服だ。

 黒地に金ラインの入ったワンピースは特別感があってお気に入りだったし、上から学校指定の黒いフードローブを羽織れば、一気にエリート魔法使いになった気分。それから腰に杖専用のフォルダーを巻きつけ、そこに馴染みある自分の杖を差し込もうとして、ふと窓に反射してガラスに映る自分と目が合った。


 そこに映る私はよくある焦げ茶色の髪を左右に三編みし、眼鏡をかけた丸顔でだいぶ冴えない女の子。テオドル様に「身を守るため」だと言い聞かせられ、魔法をかけた偽りの私だ。


「お父様もいなくなっちゃったし、今日から私はバルトシーク伯爵家とは関係ない。これからは本当の自分だけを背負って生きて行くの。だからもういいよね、お父様」


 私は髪の毛をほどき、眼鏡を取る。それから自分に杖の先を恐る恐る向けた。別に悪い事をしている訳ではないのに、杖を持つ指先が何故か小さく震える。


「魔法を解いたって、叱ってくれる人はもういないし」


 自分にそう言い聞かせ、私は杖を持つ手に魔力を流し込む。すると杖の先から銀色の光がサラリと流れるように飛び出し、私の体を包み込んだ。髪の毛の先まで魔力が行き渡り、私の髪はふわりと広がる。今まで全身を覆っていた殻が砕けるような感じがして、思わず私はギュッと目を閉じる。正直窓に映る自分を見るのが怖い。


「軍にはアダム様だっているんだし、勇気よ、私!!」


 逃げるように軍に入隊した所でそこにはアダム様がいる。魔法を専攻していた私が経理や庶務といった部署に配属されるとは思えないので、同じ軍属でも事務職のアダム様と会う機会はそんなにないと思われた。けれどそれは絶対ではない。だから私は無事、軍に入隊出来た暁には事情を話し名前を偽るつもりだ。


 テオドル様に感謝の気持ちはある。そしてやっぱり私にとっては彼こそ自分の父親だと今でもそう思っている。だからテオドル様と揃いの「ハイゼ」という家名と「バルトシーク」という爵位名。この二つを捨てる事は正直勇気がいる。だけどその二つと自分を切り離さなければ、いつまでたってもアダム様から私は逃げ切れない。それは嫌だ。


「私はルミナ・ハイゼ=バルトシークじゃない」


 だから私は変わるのだと、強い決意を持ち思い切って目を開ける。


「おおう、これが本当の私」


 新たに窓に映るのはかなり久しぶりに目にする本当の私だ。魔力を吸収しツヤツヤと輝き、サラサラと指通り抜群の銀色の髪。宵闇に怪しく映える紫の瞳はどこかミステリアス。室内でユーゴ様グッズを眺める事を趣味とする私の肌はあまり陽にも焼けず程よい白さ。丸顔は相変わらずだけれど、かなり美人な部類に入るのではないだろうか。


「むふふ。これでユーゴ様とすれ違っても恥ずかしくないって感じ?」


 私は思いの外美人に映る気がする自分に満足し杖を腰に下げたフォルダーにスッと仕舞い込んだ。それからトランクの中から同室の趣味友に向け、事前に用意しておいた物を取り出した。


「本当はお手紙を書こうと思ったけど、そんな暇がなかったから許してね」


 私は狭い部屋の中。それぞれの枕元に銀貨を三枚づつ。それとユーゴ様のイニシャルが入ったハンカチを置いていく。これは魔法部公認グッズで、新作が出る度に私は保管用、観賞用、普段使い用と毎回最低三枚ほど購入していた。見方によってはダブりとも言えるが、私にとってみればどれも大切なユーゴ様グッズだ。


「ほんとはみんなの推し、それぞれのをプレゼント出来たらいいんだけど」


 私はその事を残念に思いながら最後に隣のベッドの住人。お喋りで浮気性なリンダの枕元にハンカチを置いた。

 外出する事すらなんだかんだ理由をつけて許されなかったので、全てユーゴ様のイニシャルになってしまったのは仕方がない。今私に出来る最大限の感謝の気持ちがこれだ。きっと趣味友である彼女達ならば、私の感謝の気持ちは伝わるだろう。


「色々とありがとう」


 私は全財産が詰まったトランクを持ち、私の魔法で眠りこける趣味友達に頭を下げた。


「さ、早く行かないと」


 私はもうやり残した事はないと、自分が育ったバルトシーク伯爵邸を後にしたのであった。

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