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058 アルフレッド殿下に絡まれる

 ローザとレティ。二人とトレカ交換をした帰り。

 私はずっと欲しかったユーゴ様のカードとエドヴァルド様のカードを交換出来た事により明らかに浮足立っていた。


「おい」


 私はその声を華麗に無視する。愛しのユーゴ様とアーチの待つ我が家に早く帰らないと行けないからだ。


「おい、スキップ」


 私はスキップじゃないと足を止め、たった今自分の足が宙を浮いていた事に気付いた。というか、うっかり淑女で人妻なのに私は通りでスキップをしていたらしい。

 しかも今日は貴婦人らしく若草色のドレスを着ているにもかかわらず!!


「ご機嫌よう。アルフレッドでん――うぐぐ」


 私はアルフレッド殿下らしき声のした方に振り向きながら挨拶をしようとして、背後から口を塞がれた。


「今はお忍びだ。俺の名を口にするな。わかったな?」


 私はアルフレッド殿下に背後から羽交い締めにされたまま素直に頷く。


「ちょっと、淑女たる私に何てことをなさるんですか!!」

「人通りの多い通りでスキップする淑女なんて俺の知り合いにはいないが」

「じゃ、私もあなたの見知らぬ人ですよね。ご機嫌よう」


 私はくるりと振り返り、やはりアルフレッド殿下に腕を掴まれた。もはや定番である。


「いいから付き合え」

「えっ、待って。やだ帰る」


 私は必死に抵抗した。けれどアルフレッド殿下は素早く私の腰を掴む。そしていつの間にか取り出したらしい杖を振ると私ごと転移したのであった。



 ★★★



 またこのパターンかと私は転移先を警戒し見回す。今回は見渡す限り青い空。そして足元には土。どうやら郊外でよく見かける畑のようだ……えっ、畑!?


「まさか農作業要員として私を」


 キリリと私はアルフレッド殿下を睨みつける。拉致されるのも勘弁だけれど、力仕事はもっと無理。


「こんなドレスでどうやって畑を耕せと言うんですか!!」

「ばーか。お前に労働力を期待するわけないだろ」

「む、じゃあなんでこんな畑に……あ、もしかしてここは」


 魔女っ子通信の最新号でユーゴ様が農作業コスプレをしていた畑なのではないだろうか。そう気付いた私は冷静に周囲を見渡した。


 青い空、湿った土、赤い屋根の厩舎。そして木の柵の向こうに見えるのは放し飼いにされているヒポグリフ。間違いない。これは魔女っ子通信でユーゴ様がさせられた汚れ仕事の現場だ。


 だけど何でアルフレッド殿下は私をここに?という素朴な疑問が湧き起こる。


「あっ、聖地巡礼的な?」

「なんだそれ?」

「ユーゴ様に縁のある場所を訪ねその尊さに感謝するという、いわば修行。まぁ、ぶっちゃけファン活動の一環ですけど?」

「やっぱお前はおかしいな。いいか、お前に確かめて欲しい物があるんだ」

「確かめる?」


 一体何をと思っている間に私はアルフレッド殿下に手を繋がれ、グイグイと引っ張られた。


「うっ、人妻なのに」

「いいだろ、減るもんじゃないし」

「最低ですね」


 私を無理矢理引っ張って移動させるアルフレッド殿下を睨みつける。そして気付いた。私も同じような事をユーゴ様に口にした事があると。


「私も最低だった……」

「今頃気付いたのかよ」

「ええ、まぁ」

「ま、早めに気付けて良かったな」


 殿下に言われたくはないと顔を上げると、丁度アルフレッド殿下の金色に輝く髪がふわふわと風に靡きそこに夕日が当たっていた。

 アルフレッド殿下はアーチと同じ金髪碧眼。いつも怒った所しか見ていないので気付かなかったけれど実際は案外優しそうで親しみやすい顔をしている。一般的に見たらきっと悪くはない容姿だ。勿論私の中でユーゴ様が一番。だけどそれでも巷ではアルフレッド殿下の人気は高い。


「黙ってれば素敵な人に見えるのに」

「お前にだけは言われたくはないな」

「それですよ、それ。やっぱ私がユーゴ様のつ、妻だから意地悪するんですか?」

「別にそういう訳じゃない」

「だったら私がタイプなんですか?だから私を殿下の箱推し仲間に入れようとしてるんですか?」

「箱推しってなんだよ」

「グループ全体を応援する事です」

「お前、やっぱ相当な変わり者だな」


 呆れた顔を向けられると思った。しかし意外や意外。アルフレッド殿下は私に珍しく自然な笑顔を向けた。

 やはり自然は偉大だ。開放的な気分のせいでアルフレッド殿下ですら笑顔にしてしまうのだ。

 私がうっかり自然に感謝の気持ちを抱いていると、アルフレッド殿下は見慣れぬ建物の前で立ち止まった。


 ログハウスのような見た目の小屋。やたら立派な木のドアは全体がキラキラ光っており、明らかに魔法がかけられているようだった。


「今度はここに私を監禁するつもりなんですか?」

「しない」


 私の疑問は即座に否定される。果たしてその言葉を信じてもいいものなのだろうかと私が思案していると、その雰囲気を感じ取ったのか、アルフレッド殿下が私をここに連れて来た目的を再度口にした。


「この中で育てられている植物。それをお前に見てもらいたい」


 アルフレッド殿下は腰に差した杖をスルリと抜き取る。そして杖の先をドアに向けた。

 すると突然ドアの中心が白く発光しはじめた。


 次にアルフレッド殿下は明らかに怪しいそのドアに向かって何か文字を描くように素早く杖の先を動かした。するとその光った部分からドアからツタと剣が絡み合ったような紋章が私達の方に立体になって飛び出して来た。


「うわっ」


 私は咄嗟に自分の身を庇う。


「ばーか。驚きすぎなんだよ」


 アルフレッド殿下は私を馬鹿にすると杖を腰のフォルダーに戻した。そして開かれたドアを背中で押さえると、どうぞと手を動かし私に中に入るよう示した。

 どうやら今回はレディファーストをしてくれるらしい。しかし見知らぬ、しかも怪しさ全開の場所に最初に足を踏み入れるのはためらわれる。


「監禁は」

「だからしないと言っただろう。同じことを何度も言わせるな」


 アルフレッド殿下は苛々した様子で私の腕を掴むと、小屋の中に私の体を力ずくで無理矢理押し込んだ。全く気が短い男だ。


 私が室内に入るとアルフレッド殿下はドアに魔法をかけて閉じた。


「密室……」

「何もしない。たぶん」

「たぶんは余計です」

「冗談だ」


 はははと上機嫌で笑い声をあげるアルフレッド殿下。全く油断ならないし意味がわからない危険極まりない男だと私は前を歩くアルフレッド殿下を睨みつける。


「ここは外部には秘密になっている研究室だ」


 アルフレッド殿下の言葉に私は「なるほどアルフレッド殿下の研究室なのか」と密かに納得する。


 というのもアルフレッド殿下の得意属性はユーゴ様と同じ地属性。だとすると魔植物は勿論のこと、大地に関する事は一通り勉強させられたはずだ。

 そして魔法のスキルを高める意味で、より深く自分の属性に関わる物の専門的知識を学びそれを生涯かけ研究する人が多い。


 ユーゴ様がラフレイシアの研究をしているのは明らかにユーゴ様の得意とする属性魔法が地属性だからであると推測される。つまりアルフレッド殿下も何かこの小屋で植物を研究しているのだろう。


 その事に気付いた私はアルフレッド殿下の後ろを歩きながら周囲を見渡す。ログハウス風の小屋の中は思いの外明るく、意外に湿度が高くムシムシとしていた。壁に沿って何やら見たことのない魔装置がズラリと並べられている。その先には天井を這うように蛇腹になったパイプが奥にある円柱のガラスケースに向かって伸びていた。


「マッドサイエンティスト感はユーゴ様の研究室を上回る気がする」


 私はこの小屋の内部を見てそう判断した。

 そしてついに、その怪しい円柱の前に到達したアルフレッド殿下が足を止めた。私はアルフレッド殿下の背後から怪しい円柱になったガラスの装置を覗き見る。すると中には土が詰まった長細い試験管がいくつか並べられていた。ほとんど発芽していないようだ。けれど一つだけ緑の小さな芽が出ているのが確認出来た。


「これだ。この植物。何の植物が植えられているかわかるか?」

「えっ、わかんないです」


 私は即答する。むしろ何で私が植えられたばかり、まだ小さな芽がちょこんと出たばかりな様子である植物の名前を私が知っていると思ったのか、全く不思議だ。


「魔植物の事ならユーゴ様に聞けばいいのに」

「あいつになんて聞けるかよ」

「どうしてですか?いとこですよね?」


 それは即ち親類だ。他人の私よりユーゴ様の方がよっぽどアルフレッド殿下に近い事は遺伝子的に見ても間違いない。それにユーゴ様は植物博士だ。私よりこういう疑問をぶつけるには適した人材である事は疑いようのない事実である。


「あいつは俺に協力しないからな」

「あー、派閥が違いますもんね」


 ユーゴ様は保守派のフレデリック殿下についている。だから改革派と言われるアルフレッド殿下には確かに手を貸さないだろう。そしてユーゴ様の妻である私はというと。


「申し訳ございません。私はユーゴ様派なので、アルフレッド殿下のお手伝いは出来ません」


 ユーゴ様へ捧げる忠誠心の塊全開、私はアルフレッド殿下にそう断りを入れた。


「これはお前の部屋から持ち出されたとされる種を発芽させようとしている装置だ」

「え、犯人!?」


 私はサラリと犯行を自白したアルフレッド殿下に驚きの顔を向ける。と同時に私が命とユーゴ様の次くらいに大事にしているユーゴ様グッズを無残にも破壊したのはコイツかとアルフレッド殿下に対し怒りが込み上げてきた。


「盗んだのは俺じゃない」

「でも指示したんですよね?」

「兄上がな」

「白状したわね、この盗人め……って兄上?」


 私は咄嗟に腰に下げた杖のフォルダーに伸ばしていた指先を離す。


「だってここは、アルフレッド殿下の研究所ですよね?」

「俺のだなんて一言も言ってないが」


 私は記憶を遡る。


『ここは外部には秘密になっている研究室だ』


 確かにアルフレッド殿下のとは一言も言われていなかった。


「でも待って、アルフレッド殿下の兄上って事は、えーと」

「フレデリックだよ。お前ほんとば――」

「その先に続く言葉は聞き飽きましたので結構です」


 私はアルフレッド殿下の言葉を遮る。


「何でフレデリック殿下が私の部屋の種を盗んだんですか?」

「お前が寄越さないからだろ」

「でも種を差し出せとは誰にも言われていません。それにユーゴ様経由で頼んでくれたらホイホイフレデリック殿下になら差し上げたのに」

「兄上にやましい事があるか、それともユーゴがお前から盗もうとしていたのか。ま、どっちにしろ俺にとっちゃ迷惑な話だけどな」

「む、ユーゴ様は泥棒なんてしません」

「あいつは兄上の犬だからな。兄上に頼まれればお前なんてすぐに裏切るだろうよ」

「そ、そんな事ない!!」


 きっとアルフレッド殿下は私にユーゴ様の悪口を聞かせ、私とユーゴ様の仲を引き裂こうとしているのだ。そう判断した私は迷わず腰に下げた杖のフォルダーに指先を伸ばす。そして即座に杖を取り出すと不敬覚悟でアルフレッド殿下に杖の先を向けた。

 しかし、私の杖はアルフレッド殿下の杖の先から伸びだ棘のついた(つる)によって即座に奪われてしまった。そしてその蔓はアルフレッド殿下の手の平の上に私の杖をポトリと落とした。


「こ、これが実践経験の違い……」

「正直、お前ごときに俺が倒せるかって感じだな」

「く、悔しい」


 私はその場でスカートを強く握りしめ怒りをスカートに放出させた。格好悪い事は承知している。けれど本当に実力の差がありすぎて悔しかったのだ。


「お前は自分がジルリーアの王女だって事、わかってんだよな?」

「わかってるわよ」

「だったらいいのか、このままで」

「良くない、杖を返して」

「そういう事じゃなくて」

「返して!!」


 私はアルフレッド殿下が高く持ち上げる杖目掛け思い切りジャンプする。すると私を避けようと後ろに下がったアルフレッド殿下がその場で尻もちをつき床に転んだ。そして杖目掛けジャンプしながら突進していた私はアルフレッド殿下の上に見事に馬乗りになった。やばい密着度が半端ない。


「うわ、ちょっとこれはまずい。お嫁にいけない!!」


 私は慌てて自分の体をアルフレッド殿下の上から退け、そのまま四つん這いで距離を取った。


「ユーゴはよくお前の相手をしてられるよな……」


 上半身を起こしながらアルフレッド殿下は呆れたような顔を私に向けた。そして私に向かって杖を投げた。私の杖である。くるくると放物線を描き宙を浮く杖を私は見事キャッチできず地面に落としてしまう。それを慌てて拾いとりあえずアルフレッド殿下に杖の先を向けた。


「皆が欲しがるジルリーアの実、その実をつけるのはラフレイシア。そしてそのラフレイシアが育つ為にはジルリーアの王族の魔力が必要。つまりお前の存在が戦争の要因の一つになっていると言える」


 脈略なくアルフレッド殿下が発した言葉に私は驚く。


「そ、そんなの」


 嘘よと否定しようとして私はその言葉を発する事が出来なかった。何故ならルゥちゃんは私の魔力が大好きだし、私が魔力を与えたら確かに種を吐き出していた。それを繰り返せばラフレイシアは増やせるだろうしユーゴ様はその研究をしている。


「なぁ自分が戦争の原因になってるって知って、それでもお前はこれ以上見てみぬフリが出来るのか?」


 アルフレッド殿下が大真面目な顔をして私に問いかけた。その言葉を正面から受けた私はそんなの今まで一度も考えた事なかったと、ひたすら困惑した気持ちが込み上がってきていたのであった。

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