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057 束の間の推し事

 コルネリウス陛下が突然現れてアーチに憑依。そしてあっという間に去っていったら事件。それからしばらくして、帝国の船がアルカディアナ大陸周辺で目撃されたという情報がベルンハルト王国中を駆け抜けた。


 その結果、攻め込まれる前にこちらから攻撃をという世の中の流れになった。そしてその流れに押されるように「帝国に先制攻撃を仕掛ける」という法案がアルカディアナ大陸会議で可決された。

 つまり今回アルカディアナ大陸全土に散らばる大小様々な国が力を合わせ、最終決戦とばかり帝国を叩こうというのである。

 お陰で平和ムードだったベルンハルト王国は、戦争に向かう為の準備で一気に周囲が騒がしくなった。


 戦争になったら、魔法部のエースであるユーゴ様は必ず出立する。今まではその事を流石だとか、そんなふうに誇らしく受け入れていた。

 それに私は長いこと軍人を持つ家族の一員だった。だからテオドル様の出立を見送り、何度も家族を戦地へ送り出す経験をしてきた。だから普通の人よりずっとその事に慣れているはずだと私は思っていた。

 それなのに、今の私はかつてないほど大きな気持ちで、戦争になんて行かないでと全力でユーゴ様に向かって心で叫ぶ毎日を送っている。


 だけど私一人が「戦争なんてやめて」と叫んだ所で平和に向かうわけもなく……。


 私は自分の無力を感じる日々を送りながら今日は親友二人と城下にあるいきつけの「ほっぺた落ちる亭」という名前のついたケーキ屋さんで推し事を頑張っている。


「何か二人の制服姿が懐かしく感じる」


 私は白い丸テーブルを囲むローザとレティ。二人の黒いワンピース姿の制服を見て率直な感想を述べた。


「だったら早く復学すればいいのよ」

「そうですよ。私達はいつでもルミナの事を歓迎しますし」


 二人の優しい言葉に私はつい苦笑いを返してしまう。


「ありがと。だけど実は私、ユーゴ様がいない間ちょっと城下を離れる事になってさ」

「えっ、そうなの!?」

「城下をですか?あ、わかりました。ロナウゼナにアーチさんと里帰りですか?」


 レティの口からアーチの名前が出て私はドキリとする。

 というのも、アーチは開戦と同時に王城に預けられる事が既に決まっているからだ。

 私は表向きアーチの侍女としてアーチと共にフレデリック殿下の元に向かうのである。


『僕はコルネリウス陛下と約束したから』


 ユーゴ様はそう言って私を説得した。

 その約束とはどうやら私を守るというあの約束らしい。私としてはどうせ戦争になるのであればユーゴ様と共に戦いたいと思うほどにはやる気に満ちている。けれど私がユーゴ様のお供として戦場に出た所で何の役にもたたないだろう。


『君はジルリーアの王女殿下。君を帝国に奪われるわけにはいかない』


 そんな自分ではどうにも出来ない理由も相まって、私はアーチと共にひっそりと王城内に匿われる予定なのである。その事に関し、私はもう仕方がない事だと諦めている。


 何故なら私は最近参加した『魔法部妻の会』という、文字通り魔法部に在籍する夫を持つ妻が集まるお茶会に参加して少しだけ考えを改めるような、そんな胸を打たれる出来事があったからだ。


『軍人の妻たるもの、笑顔で夫を見送るものよ』

『そうですわ。それが最後の別れになるかも知れないのだから』

『そんな事はあっては欲しくない。けれど、万が一の時最後に脳裏に思い浮かべる妻の顔が泣き顔だなんて嫌でしょう?』

『だから私達は必ず笑顔で夫を送り出すのよ』

『それは前日大喧嘩していてもよ』

『そうそう。怒った妻の元には帰りたくないけれど、笑顔で迎えてくれる妻や子供、その事を思い出せばきっと夫も生きて返って来られると思うから』

『これは昔から軍に伝わるおまじないみたいなもの。だけど新婚であればあるほど効果は抜群。だからルミナさん、あなたもご主人を笑顔で送り出すのよ』


 軍人の妻として、人生としても大先輩である年嵩のいった奥様方に私はそう諭されたのである。だから私はそのお茶会の日を境に来るべきユーゴ様の出立の日に向け、笑顔の練習を日々欠かさないでいる。


 そんな事情を抱えた私。親友二人にあけすけに全てを話したい気持ちはある。けれどアーチの事はまだ公にはされていない秘密にしなくてはいけない事だ。それにジルリーアの事も口に出来ないわけで。


「うん、まぁそんなとこ」


 結局私はレティの「ロナウゼナに里帰りですか?」という問いかけに、詳しい明言を避け濁した返事を二人に返す事しかできなかった。


「そっか。まぁルミナはユーゴ様の奥様だもんね」

「ユーゴ様のではありますが、軍人のでもありますしね。出立の準備は進んでいるんですか?」

「うん、もうほとんど終わってる」

「妻からの願掛けは作れたの?」


 ローザは興味津津といった感じで私にそう聞いてきた。


 ベルンハルト王国では戦地に向かうため屋敷を出る、つまり出立する日の朝、戦地から無事に戻れるよう、家族が送り出す兵士に願掛けアイテムを渡すという風習がある。


「まだだけど」

「贈る物は決めたの?」

「えっ、ハンカチにしようかと」

「定番ね」

「ひねりがありませんね」

「でも、邪魔にならないし身元を示すし、怪我してもくるりと巻けるし。ハンカチは最強じゃない?」


 二人が納得しない様子な事に私は驚いた。誰が何と言おうとハンカチは最強だ。だから「お父様にもいつも私が刺繍したイニシャル入りのハンカチを贈っていたし」と二人にリアルな情報を付け加えておいた。


「ハンカチもいいけど、今の流行りはこれだって」


 ローザがテーブルの上に広げた雑誌をパラパラとめくった。因みにその雑誌「月刊魔女っ子通信」は魔法使いの女の子向けの雑誌である。魔法学校の女子生徒にとっては教科書より読み込むべきバイブルとして人気を博している。


 雑誌の掲載内容としては有名デザイナーが手掛けた新作ローブだとか、野暮ったいローブを垢抜けて見せるテクニックだとか、ローブに合わせた一週間のコーディネイトの実用例といったファッション関連のページ。それから魔法関連のニュース。それに何と言っても、毎月魔法部のエース達の撮り下ろし魔法写真のページが最高なのである。というか私は毎月そのためだけに購入していた。

 因みに今月号のユーゴ様は、何故か不貞腐れた顔で本を読みながら農作業をしている魔法写真だ。農作業の意味がわからないけれど、超レアである事は間違いないし、麦わら帽子が超絶格好いい。


「あった。このページを見て」


 ローズが雑誌をめくる手が止まり、私はそのページにピンク色の可愛らしい丸文字で描かれた題名を凝視する。


『ルブラン帝国との最終決戦に出立する魔法使いの彼に贈りたいマストアイテムベスト三!!』


 どうやら、戦争の影響はティーンズ向け魔法少女雑誌にも影を落としているらしい。

 とは言えやけに明るい感じが気になるけれど……。


「ルミナに目を通してもらいたいのはここですね」


 レティが指差した場所には、エドヴァルド様とフロリアン様、そしてユーゴ様の写真が吹き出しと共に掲載されている。アルフレッド殿下は流石王子。仕事を選ぶ権利があるのか、珍しくここには掲載されていなかった。私はそのまま雑誌に書かれた文字を声に出して読む。


「ハンカチもいいけど、ありきたりかな。こんなものを!?って意表をつかれると、贈ってくれた子の事が気になるかも」


 人差し指を斜めにし笑顔を見せるエドヴァルド様の吹き出しにはそう書かれていた。


「戦場では邪魔にならないものに限りますね。しまい込んで見る事のないハンカチよりも、手首にさりげなく巻いたりできる物がいいかも」


 眼鏡のフレームに片手をあて、ハンカチに失礼な言葉が吹き出しに書かれたフロリアン様。


「心が籠もっていれば何でもいいよ。でも気になる子の色を僕は身に付けたいかな」


 現実ではあり得ない、まるで砂糖を吐き出したような甘い言葉を吹き出しに書かれているのはユーゴ様である……。


「ユーゴ様には私という妻がいながら、気になる子って何よこれ」


 今までは全く気にならなかった。むしろ素直にそうなのか!!と本気で記事に書かれた事を積極的に私は受け入れていたような気がする。けれど私は思った。


 これは確実にやらせだと。


 私は見開きで特集されているページをめくる。するとそこには王都で一番の品揃えを誇る手芸屋さん「マリアの手芸店」の宣伝が掲載されている。それを確認した私は先程のページに戻り第一位になったアイテムを確認する。


「第一位、約束のブレスレット……何だこれは」


 大きな写真と共に掲載されていたのは、刺繍糸を編んで作られたブレスレットだった。中心に透き通るような魔石がついており、記事によると自分の瞳の色を選ぶと効果は抜群らしい。


「というか効果って何?」


 疑問を残しつつも一位を確認した私はもう一度ページをめくる。すると手芸店の隣に、安価な魔石を販売する事で有名な「がらくた屋」という雑貨店の宣伝もでかでかと掲載されていた。しかもイチオシ商品として紹介されているのはブレスレットのチャームとなった魔石だ。

 そして私はもう一度前のページに戻る。ユーゴ様が笑顔で「気になる子」という浮気感満載の吹き出しと共に掲載されたページである。そのページの端に「提供マリアの手芸店、がらくた屋」という見過ごせない文字を発見した。


「確実にやらせじゃない」


 私はあからさまな証拠と共に「やっぱり」と確信した。お店側が魔法部のエースにそれっぽく語らせる体で自社の商品を流行らせようとしているのだ。私は「印象操作怖い」と思いながら、ユーゴ様はこんな汚れ仕事まで引き受けて私を養ってくれているのだなと胸が苦しくなり、大袈裟ではなく泣きそうになった。


「でもさぁ、ハンカチなんてそろそろ贈る方も飽きてきたしなかなかいいと思うよ、このブレスレット」

「私的には二位になった杖のチャームも、実用的で捨てがたいと思います」


 レティの言葉で私は二位を確認する。すると一位と同じ素材を使い杖につけるストラップにしただけの物が堂々と掲載されていた。因みに三位はやはり同じ材料を使用したアンクレットであった。


「学校でもさ、婚約者が今回の最終決戦に参加する人が多いし、良く話題にあがるんだ。ま、私は絶対帰ってきてもらわないと困るし、エドヴァルド様がオススメしているからブレスレットにするけどね」

「え?まさかデニス様も今回参加されるの?」


 デニス様とはローズの婚約者だ。ローズはエドヴァルド様推しだけれど、いち早く「推しは推し。結婚は別」をわきまえた子でもある。


「うん。デニスはエドヴァルド様達と違って最前線でって訳じゃないと思うけど後方支援の方で参加する事になっているみたい。というか、今回は魔法部に属する軍人はほとんど何かに関わっていると思う」

「学校でも優秀な生徒には引き抜きの声がかかっているみたいです」


 ローズとレティの言葉に私は本当に戦争がまた起こるのだと実感し、お父様が戻らなかったように、沢山の人が亡くなるのかと怖くなる。


「戦争なんて、なければいいのに。アルカディアナ大陸に魔法がなかったら戦争がなかったかも知れないのにな」


 私達は魔法の恩恵を受けて生きている。だけどそのせいでルブラン帝国に狙われてしまった。現実的にはもし魔法がなかったらなんてそんな生活はもう考えられない。けれど魔法がなかったらこの地は平和のままだったかも知れない。そうすればユーゴ様も戦場に向かわないで済んだかも知れないのだ。ついそんな風に私は後ろ向きに考えてしまう。


「魔法がなくてもルブラン帝国はこの大陸に攻め込んできていたかも。あの国はこの世界全てを自分たちの物にしようとしているんだし」

「むしろ抗う力なく降参し、奴隷のように従属させられるより魔法で抵抗出来たほうが絶対にいいですよ」

「そっか。そうだよね」


 私はつい「ああだったら、こうだったら」と後ろを向いてしまいたくなる気持ちに蓋をする。ルブラン帝国と戦うことは決まっている。決まった事には従い、前向きに前進あるのみだ。


「じゃ、今日のメイン。今月の魔法部のトレーディングカードのダブリの交換会しよ。私どうしても今回のエドヴァルド様のキラが出なくて」

「わかります。今回はこちらに向かって手を伸ばしているという、もう何ともたまらない感じですからね」

「レティはキラでたの?」

「でるわけがありません。今回は千分の一以上なのではと一部の間では噂されていますし」


 私は二人の会話を懐かしく思いながらニコニコと笑顔を向ける。


「ちょっと、ルミナ。まさかその自慢げな顔……」

「さてはユーゴ様ご本人から入手したわけではありませんよね」

「まさか!!私だって全然出ないし。しかも今は無職だからそんなに買えなかったしね……」

「えー!!折角公式が傍にいるんだから、遠慮せず頼めばくれそうじゃない?何でもらわないの?」

「それは、流石にずるは出来ないかなぁ。それに自分で引いた時の喜びに勝るものはないし、努力した分嬉しいっていうか」


 私は取ってつけたように慌てて口にする。実は過去に直接本人に「ユーゴ様のキラのカードが欲しい」と直談判した事がある。


『あのさ、僕が広報に自分のキラカードを下さいだなんて、クソ恥ずかしい事を頼めると思うわけ?』


 撃沈である。でも確かによくよく考えたら、ローズとレティと同じ時間を共有するためにも、ズルはいけないし、なかなか手に入らないからこそ欲しくてたまらなくなるのだ。だからいかさま――チートは一見最強に思えるけれど、商品の消費期限を確実に縮めてしまうのでやめておくに越したことはないのである。


「何かわかる気がします。それに案外こういう時間が私は楽しいです」


 レティがしんみりとした声でそう口にした。


「あぁ、それは同意。同じジャンルに推しを持つ友人との語らいは楽しいし、出た出ないで愚痴るのもまぁアリかな。あ、でも最悪どうしてもって時には、ルミナの旦那様に頼むかも」


 ローザが明るくおどけた顔をする。


「あははは……嫌がられなければね」

「それは嫌がられた経験アリですね?」

「うっ……」

「何だ、ルミナも頼んだ事あるんじゃん」

「それは、まぁ、妻ですし」

「うわ、でた!!」

「何だかんだ言っても、上手くやっていそうで安心しました」

「へへへ」


 離れていても変わらぬ二人。そんな二人とお茶をして、私は久しぶりに魔法学校時代に戻ったように束の間の時間を楽しんだのであった。

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