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004 趣味友と推しは偉大

 私は貞順な良い子を演じる。全ては生きるため、すなわちそれは尊きユーゴ様グッズを購入する資金を得る為……。


「あと少し、あと少し」

「何が?」

「お給料です」


 屋敷に仕えるメイド達が集まる休憩室。私は指折り数え、首を長くして待った給料日を明日に控え上機嫌だった。


「ルミナって、ここのご主人様と何かあったの?」

「え?」

「何か目の敵にされてるよね」


 白襟に黒地のワンピース。揃いのお仕着せ姿でテーブルを囲み、欠けたカップに入れられたやたら薄い、もはやお湯としか思えない紅茶を啜りながら同僚のメイドに私はそう聞かれた。

 気になるのも仕方ないと私は思う。というのもテオドル様に仕えていた使用人達はアダム様によってまとめて暇を出された。その結果アダム様が新たに雇った使用人達ばかりになり、私がアダム様の兄、テオドル様の養子だとみんなは知らないからである。だから私にだけ特に辛く当たるアダム家の面々を不信に思うのだ。


「まぁ、私が可愛いからかな」


 私は当たり障りのない答えを口にする。詮索されても面倒だし、誰かに気を遣わせるのも嫌だった。何より新たに仲間となった同僚のメイド達とは私の抱えるアレコレを抜きに、メイド仲間として対等な関係でありたかったからだ。


「ふふ、全くあんたはお気楽でいいわね」

「だって明日は給料日だもん」

「気持ちはわかる。それに明日はあれの発売日だもんね」


 私はその言葉にうんうんと大きく頷く。


 仲良くなったメイド仲間。その中でも魔法部好きのメイドがもたらした情報によると、なんと戦勝記念として、今回魔法部で新たにトレーディングカードなるものを発売するらしい。

 事前情報によると、手のひらサイズになっているトレーディングカードは魔法部のエースが魔法写真となった物のようだ。そして第一弾として発売されるのはエドヴァルド様にフロリアン様、それにユーゴ様にアルフレッド殿下の四バージョン。勿論私はユーゴ様バージョンを購入する。絶対手に入れるつもりである。


「売り切れたりしないかな」

「わからないよね、初売りだし」

「あたしは値段が心配。ねぇ、もし高かったらみんなでお金出して買おうよ」

「えっ、でもあんたエドヴァルド様推しでしょ?残念ながら私はアルフレッド様推し。つまり同じパックじゃないからわけられない。よって無理ってこと!!」

「あ、言ってなかったっけ。あたし今月からアルフレッド様に推し変したの」

「同担とか無理なんだけど。あんたは大人しくエドヴァルド様にしておきなさい」


 同僚達の弾んだ声を聞きながら静かに微笑む。

 例え場所や立場が変わっても、推し談義は変わらず楽しいし、同じ趣味のお陰ですぐにみんなと仲良くなれた事が嬉しい。


「やっぱ、ユーゴ様は尊いなぁ」

「ルミナはブレないねぇ」

「うん、だってユーゴ様が一番だもん」

「えー。アルフレッド様の如何にも王子って感じのキラキラ感が良くない?」

「それを言うなら、フロリアン様だって負けてないよね?」

「でもやっぱり、ユーゴ様が一番よ!!」


 私はしがないメイド。だけど、ユーゴ様という尊き存在のお陰で今日も元気に生きている。



 ★★★



 今日は待ちに待った給料日とトレーディングカードの発売日。だけど私の心は浮かない。むしろ最悪最低な気分。


「えっ、ルミナ買いに行けないの?」

「……うん」


 トレーディングカードを買いに行けないと口にし、落ち込む私の周りを趣味友のメイド仲間が取り囲む。


「何で急に行けなくなったの?」

「ルミナはシンシアお嬢様にドレスの裾の縫い直しを命じられたんだよ。絶対ルミナが今日を楽しみにしてたって知ってるのに。意地悪だよね」


 私がシンシアに仕事を言い付けられた現場にいた趣味友が落ち込む私の代わりに説明をしてくれる。


「私は次の時に買うから大丈夫。みんなはほら、早くいかないと売り切れちゃうから行って?」


 私は敢えて明るい声を出す。本当は物凄くショックだ。けれどメソメソ落ち込んでいたら、私に嫌がらせをして楽しむシンシアの思う壺。だから私は気にしてないフリをする。


「あ、じゃあ代わりに私が買ってきてあげるよ」


 私はその言葉に「救いの神だ!!」とつい数分前まで出かける気満々でポケットに入れておいたお財布に手を伸ばす。


「あ、でも今日は初売りだから一人一パックだって噂を聞いたけど」

「確かに私もそんな噂を耳にしたよ」


 ですよねと私はガックリ肩を落とす。でも仕方がない。次の休みに魔法部のオフィシャルショップに買いにいけばいい。まだきっと手に入れるチャンスはあるはずだと私は必死に自分にそう言い聞かせ顔を上げる。


「大丈夫、大丈夫。ユーゴ様は私のここにいつだって存在するから」


 私は自分の胸元を大袈裟にドンと叩き、ふふふと笑みを顔に貼り付ける。


「だからほら早くみんなは行かないと。売り切れたら最悪だよ?」

「ルミナ……わかった。行ってくる」

「ファイトだよ、ルミナ」

「万が一運良く二パック買えたらユーゴ様のを買ってくるね」

「うん、みんなありがと」


 私は笑顔で趣味友を見送り、そしてみんなが部屋からいなくなり一人になると堪らず顔を歪めた。そして私の頬を一筋の温かい雫がポロリと伝う。


「私だって、欲しかったのに」


 私はメイド仲間のお下がりを格安で買った、私服の花柄のワンピースを脱ぎ捨てる。


「シンシアの鬼畜め!!」


 バタンとクローゼットと開け、私はお仕着せの黒いワンピースを頭からかぶる。


「さいてい、さいてい、最低!!」


 床に脱ぎ捨てた唯一の私服であるワンピースを拾い、私はクローゼットのハンガーにかける。そしてパタンと扉を閉め、扉に頭をコツンとつける


「どうしてこんな風になっちゃったの……お父様助けて」


 テオドル様の笑った時に少し垂れた目元を思い出し、私は声を殺して思い切り泣いた。


 本当は今すぐ全てを投げ出しみんなの後を追って、ユーゴ様のトレーディングカードを買いに行きたい。だけどそれをした所で、結局はまたこの屋敷に戻らなければ行けない。私はテオドル様に受けた恩を彼の親族であるアダム様に返さなければならないし、私には他に行くあてもないから。

 それにシンシアの言いつけを破りユーゴ様のカードを買いに行った事が彼女に知られたら、絶対にそのカードを取り上げられてしまう。どう転がっても、私はカードを手に入れられないし、ここから逃げ出す事も出来ないのだ。


「悔しい」


 私は自分の置かれた状況にたまらなくなる。両手を口元にあて声が漏れないように泣いた。一度頬を伝う事を許した涙は止まらない。


「うっ、うっ」


 嗚咽を堪え、ひとしきり涙を流した後、私は顔を上げる。


「生きてれば、ユーゴ様のカードはきっといつか買えるし」


 私は声を出して自分にそう言い聞かせた。それから私はメイド服のエプロンで顔をゴシゴシと拭く。そして気合を入れるために頬をパンパンと二回ほど叩いた。


「よし、伯爵の娘時代に習得した技術の本気を見せてやる!!」


 私は裁縫道具が入ったバスケットを戸棚から取り出すと、宿敵シンシアの待つ部屋へと戦いを挑む気持ちで向かったのであった。



 ★★★



 私は現在、日当たりの悪い位置にある半地下の使用人部屋で一心不乱にシンシアのドレスのほつれた裾をまつり縫いしている。シンシアが所持しているいるドレスの中でも一番贅沢に布を使い沢山ひだのついたドレスだ。

 つまり、それは裾の円周の長さが半端ないと言う事で、とても手間がかかる事を意味する。許すまじ、シンシアである。


 それでも私はやり遂げてやると、心で勝手に作ったユーゴ様を崇めるテーマソングを歌いながらチクチクと針を動かす。

 すると突然、集中していた私の目の前にあるテーブルの上でチャリンと甲高いコインの音が響いた。


「ルミナ、はいこれ。お父様からよ」


 私が顔を上げると、テーブルの上に焦げ茶色のコインが散らばっている。


「ありがとうございます」


 腕組みをして私を見下ろすシンシアにお礼を口にしながら、私は少しがっかりした気持ちでテーブルの上に散らばるコインをかき集める。金貨はゼロ。銀貨もゼロ。銅貨と呼ばれる一番安い茶色いコインが五枚……うむ、これは妥当なのだろうか。


 労働経験のない私には一瞬でこれが妥当な賃金なのか判断かつきにくい。けれど朝から晩まで休みなく呼びつけられ、働かされ、十五日間で銅貨が五枚の現実には何処か納得がいかない気持ちが込み上げる。


「魔法写真、一枚の値段と同じって事か……」

「なによ、文句あるわけ?」

「いえ、ありません」


 魔法部グッズに換算し、絶対にこの額は安いと思った。それに仲良くなった趣味友メイド達の経済状況に照らし合わせてみても、十五日で銅貨五枚はあり得ないと私には推測できた。


 今はまだテオドル様から頂いたお小遣いがあるからいい。趣味にお金も費やせる。けれどこんなに拘束され、働かされて毎週たったの銅貨五枚では近い将来趣味にお金を費やす事が出来なくなると安易に予測出来た。


「不服そうね」

「いえ」

「お父様曰く、今まであなたにかかったお金を天引きしているとの事よ。だってあなたはテオドル叔父様と書類上では家族であっても所詮他人だものね。今までかかったお金をしっかりその体で返してもらうんですって」


 なるほどそういうことか。つまり私を逃す気はない。それどころかお情け程度にもならない、形ばかりの賃金を払い、アダム様達は一生この屋敷に私を縛りつけるつもりらしい。


「早くそれ仕上げてよね。今度の夜会にそれを着てくんだから」

「かしこまりました」

「今度の夜会には魔法部のエースも出席されるんですって」

「魔法部の……」


 それってユーゴ様もってこと?と私はシンシアを羨む気持ちが沸き起こる。こんな事になるとわかっていたら、貴族時代にもっと積極的に夜会に参加しておけば良かった。でもちょっと待ってと私は違和感に気付く。


「戦争が終わったばかりなのにもう夜会なんですか?」

「そうよ。今度は我が国の勝利を祝う夜会なんですって。いいでしょ。久々の夜会だから楽しみだわ」

「でも、バルトシーク伯爵家の皆様はお父さ……テオドル様の喪に服しているから夜会に参加はまだ早くないですか?」


 他の家の事はわからない。けれどバルトシーク伯爵家は先代の主を失い、喪中のはずだ。そんな中、夜会にウキウキと出かけるのは非常識。しかもこんなピンクのドレスを着るなんて、常識ではあり得ない。


「百歩譲っても黒いドレスにすべきです」


 思わず私はそう口にしてしまう。だけどそれは間違っていないはずだ。


「メイドの癖にいちいち私に意見しないでくれる?私が何のドレスで参加しようとメイドには関係ないでしょ?」

「すみません」

「ほんと、ルミナって陰気臭いわよね。不幸を背負ってますみたいな雰囲気をドレスに色移りさせないでよ。早く手を動かして!!」


 捨て台詞を口にしたシンシアは最後に私を睨みつけると肩を揺らし怒りながら部屋を去っていった。その姿を見送りながら思っていたよりずっと、これはまずい状況だと私はこの時悟ったのであった。

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