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039 確実に不穏な何かが迫っている

 私は自分の部屋が荒らされた事実を知った時、最初に犯人としてエリン様を真っ先に脳裏に思い浮かべた。けれどそれは直ぐに違うと自分の考えを否定した。

 何故なら、ユーゴ様を好きなエリン様だったらユーゴ様グッズを盗む事はあってもあんな風に滅茶苦茶に破壊するような事はしない。そう思ったからである。


 確かにユーゴ様の記事を集め、切り抜いたスクラップブックは紛失している。けれど、ユーゴ様の同僚であるエリン様なら記事で知り得る事実よりずっと詳しくユーゴ様を知っているはずだ。

 それに、スクラップブックの醍醐味は自分好みに飾り立てる事が出来る点。つまり他人の作り上げたものでは意味がないということ。だからこそ自分好みのユーゴ様を切って貼ったあのスクラップブックは私にとっては唯一の宝物。だけどそれがエリン様に該当するとは何となく思えなかったのである。


 とにかく一番の謎は私が把握している限り、私のサンクチュアリから持ち去られた物はやっぱりスクラップブックのみだったいうこと。部屋の何処を探しても、他に無くなった物には思い当たらなかったのである。

 一体犯人は何を思ってユーゴ様への一方的な私の愛が詰まったあのスクラップブックを盗んだのか謎は深まるばかりである――まぁ、犯人の目的はクリスタルの種なのだろうけど。


 そして私の部屋が荒らされた事件がまだ記憶に新しい時期、新たな事件がまた起こってしまった。新たに起こった事件の被害にあったのは私ではなかった。私の可愛い生徒アーチである。アーチは何と怪しい人物に連れ去られそうになったのだ。


 その時私は中休みで我が家に一度帰宅していた。そして夜の勤務に向け、マンドラゴラの休息亭を訪れ事件を知ったのである。


「ルミナ先生!!僕は呪いをかけられちゃったみたいなんだ!!」


 私の顔を見るや否や不安げな顔で腰に抱きついてきたアーチ。その体は小さく震えている。私は自分に飛び込んで来たアーチをしっかりと抱きしめた。


「アーチ、あなたのそれは確実に呪いじゃないと思うよ」


 私はアーチの焦げ茶色から綺麗な金髪に変化した髪色を見て驚きつつも、冷静に先生らしくそう諭す。


「でもだって、僕の髪の毛がキラキラな金色になっちゃったんだよ?僕は目立ちたくなんてないのに。これは呪いだ。絶対そうに決まってる」

「そうね。突然焦げ茶から金髪になったら目立つだろうけど」

「でしょう?」


 涙目で私を見上げるアーチ。


「だけど、アーチ。あなたのその金髪はその、何というか、王子様みたいでとても格好いいと私は思うよ?それに私のこの老婆みたいな白髪っぽくもある髪の毛よりずっとマシだと思うけど」

「確かにそうだけど……でもルミナ先生は途中でこうなった訳じゃないでしょう?僕明日から学校に行けない。みんなに馬鹿にされる」

「アーチ、それは遠回しに私を馬鹿にしているのかな?」

「わーん、僕はこんな髪の毛やだーー!!」


 グイグイと私の腰に顔を付け涙を流すアーチ。いつも実年齢より少し大人びた物言いをするアーチがまるで赤ちゃんのようだ。けれどそれは今回の事にショックを受けているからだろう。


 アーチは孤児で魔法使い。それだけでも虐められる要素が満載な上に、この国ではわりと珍しい輝く金色の髪。これはもうアーチが友人達から奇異な目で見られ、避けられる条件が揃ってしまったと言える。


「アーチが襲われたというのは本当か!!」


 バタンと軽快な音を立て、マンドラゴラの休息亭に飛び込んで来たクロード先生。私に抱きつくアーチを見て、見事言葉を失いその場に固まった。


「クロード先生!!僕、どうしよう、呪われたみたい」


 私の元を離れ、今度はクロード先生に抱きつくアーチ。


 どうやらこれは詳しく事情を聞く必要があるようだ。私がそう思った気配を察知したのか、ヨナスさんが店の二階。普段はご夫婦の仮眠室と化している部屋をアーチと私とクロード先生の為に通してくれた。


「俺たちには魔法の事は詳しくはわからない。だからアーチが一体どうしてこんな目にあわなきゃならないのか、よろしく頼む」

「でも、お店の営業のほうは……」


 アーチの事は何よりも大事だし、心配だ。けれどクロード先生が来てくれた。クロード先生はとても頼りになる人なのでもう大丈夫。

 だから、私はいつも通りお店で給仕の仕事をしようと思った。決して恋心を意識したクロード先生と顔を合わせるのが恥ずかしかったというわけではない……いや、恥ずかしい。


「今日はリリアに頼むから大丈夫だ」

「あっ、リリアさん。ふむふむ確かに……」


 リリアさんとはヨナスさんと女将さんの子どもの一人である。二人の長女に当たるリリアさんは現在十九歳。とっくに結婚し、今は二人のお子さんにも恵まれた主婦である。私が来るまではお店を手伝っていたらしい。けれど現在は私が週に一回のお休みを取る日に私の代わりに店で給仕をしてくれている。


「すまないな。アーチを頼むよ」


 ヨナスさんが憔悴した様子の女将さんの肩を抱えながら、私とクロードさんに頭を下げた。そして店の夜営業の為に下に降りていってしまった。


「それで、アーチ。一体君に何があったんだ?話せるか?」


 クロード先生は、ベッドに腰を下ろした私の隣にピタリと張り付くアーチにいつもの調子で尋ねた。因みにクロード先生は私とアーチに向き合う形で女将さんが用意してくれた木製の椅子に腰をかけている。つまりこちらを向いている。私を見ている訳じゃないけれど、何だかとっても私は恥ずかしく思う。つまり恋だ。


「学校から帰る時、突然裏道から飛び出して来た黒いフードを被った男に僕は杖を向けられたんだ」

「えっ、杖を?」


 相手は魔法使いということなのだろうか。だとしたら、ただの人さらいではなくなってくる。これはもう、恋だなんて浮かれている場合ではないと私は気を引き締めた。


「魔法使いか。だとすると直ぐに犯人はわかりそうなものだが。ま、もぐりの魔法使いじゃない限り、ではあるが」


 クロード先生の言葉に私は頷く。

 この国で魔法使いを名乗るにはきちんと国に申請し、魔法使いとしてのライセンス登録をしてもらう必要がある。国の、陛下の許可のもと魔法使いを名乗る事が許されているのだ。けれど、他国から密入国したり、一度犯罪を犯しライセンスを剥奪された魔法使いが全くいないわけではない。私達はそういう非正規の魔法使いをもぐりの魔法使いと呼んでいる。

 管理されている魔法使いならば、名前に顔写真。居住地に得意とする魔法までしっかりと魔法局で管理されている。けれどもぐりの魔法使いの場合、その動向を把握するのは難しい。


「アーチに杖を向けた魔法使いの顔を覚えている?」

「わからない。真っ黒なフードを被ってたし、蝶の羽みたいな形をしたマスクを目につけて変装しているみたいだったから」

「蝶のようなマスク?仮面舞踏会の時につけるようなものだろうか」


 クロード先生はさも仮面舞踏会に参加した事があるような感じでそう口にした。


「仮面舞踏会?」

「貴族の人が身分を隠して無礼講を楽しむ、とってもいけない、後ろ暗いパーティの事。そういうのに参加するのはいけない大人ばっかり。可愛いアーチはまだ知らなくて大丈夫だからね。というか、一生知らないままでいてね?」


「何だよ、僕に対しての嫌味か?」


 クロード先生が口を尖らせた。全くその通り、完全に嫌味である。


「私はお父様に絶対に、そういう怪しいパーティには行くなと言われてました。でもクロード先生は行った事がおありのようで」

「それは、エドやリアンに付き合って一度だけだ。それも仕方なくだし。そもそも僕自身が経験した過去の事、それを君が咎める筋合いはないだろう?」

「そりゃそうですけど」


 クロード先生に突き放される言い方をされて私は悲しくなる。でも確かに私は人妻だし、クロード先生の人生に過去も未来も関係ない。


「二人とも喧嘩しないで。それより僕、思い出した」

「えっ、何を?」


 私は隣に座るアーチの顔を覗き込む。するとアーチの視線が私の髪の毛に移動する。


「その人、ルミナ先生みたいな銀色の髪の毛をしてて、それで二つに髪の毛を結んでいたよ」


 私はピタリと固まったのち、クロード先生が私に疑うような顔を向けている事に気づき、慌てて口を開く。


「違います。私はアーチを襲っていません。それにこうやって二つに三編みをしている人なんて沢山いますし!!銀色だって……」

「アーチが襲われたその時間、君は何処に?」


 明らかにこれはアリバイの確認だろう。クロード先生に疑われるのは悲しい。けれど、私はやましい事はしていない。


「家でユーゴ様の顔を体を縫い付ける手術をしていました」


 堂々と私は無実を主張する。


「えっ、ルミナ先生、それって……」


 私に張り付いていたアーチがツツツとさり気なく私から自分の身を剥がした。


「君はさ、言い方をもう少し考えようか。特に子供の前では」

「あ……はい。正しくは泥棒によってズタボロになってしまったユーゴ様のぬいぐるみの補修をしていました」


 私が慌てて言い直すとクロード先生はクスリと微笑んだ。やばい、好き。


「だそうだ。アーチ」

「良かった。とうとう好きが爆発して危ない方向にルミナ先生が進んじゃったかと思って、びびった」


 アーチがホッとした様子で体の力を抜いた。それから私の片側にピタリと張り付いた。全くけしからんくらい可愛いのである。


「で、話を戻すが、アーチはその人物。ルミナ先生みたいな髪型をして仮面をつけた人物に魔法をかけられて、その髪の毛にされたということで合ってるか?」

「うん。だいたい合ってる」

「大体?」


 それはどう意味だろうと私はアーチの顔を覗き込む。


「その男は僕に向かって言ったんだ。ようやく見つけたって。それで突然まるで偉い人にするみたいに、僕の前で膝を地面について、頭を下げたんだ」

「え、まさかの騎士の礼ってこと?」

「騎士の礼ってなに?」


 キョトンとした顔を私に向けるアーチ。


「あ、クロード様、見本をお願いします」

「えっ、僕がやるの?」

「だって騎士の礼は男の人がやるものだし」

「そりゃそうだけど」

「じゃ、はい。どうぞーー」


 私は期待の籠もった顔をクロード様に向ける。ついでに立ち上がりクロード様がその気になるよう待機する。


「僕も見たい。クロード先生の騎士の礼」

「アーチの頼みなら仕方がないか。えーと騎士の礼っていうのは、陛下とか、自分が忠誠を誓う相手に対し行うものなんだけど」


 渋々といった感じでクロード様は椅子から立ち上がる。そして私の前に来るとクロード様は片膝をついた。そして私に深く頭を下げたのち、こちらに顔を向けてきた。これは多分、あれだ。貴族の子供が誰しも経験する騎士とお姫様ごっこ。


『まぁ、小さな騎士様とお姫様よ』

『微笑ましいな』

『待って、魔法写真に残して置かなくちゃ!!』


 そうやって親がご機嫌になるので、子供は得意げになって大人の前で披露するのである。私も悪ふざけで、付き合いのあった友人達と騎士とお姫様ごっこをした記憶がある。あの頃はまさか、大人になってまでやらされるとは思わなったけれど。だけどまぁ、最初に誘ったのは私だ。


 私は頭の中でお決まりのセリフを思い出しながら、クロード先生に手を伸ばす。


「クロード先生。私の騎士になって下さいますか?」


 クロード先生は一瞬驚いた顔をしたのち、私の手を取った。


「ルミナ様の唯一の家族として誠心誠意、そして生涯あなたに忠誠を誓います」


 言い終わると私の手の甲に唇が軽く触れた。そして唇が離れていきクロード先生が私をジッと見つめる。何だろう、まるでこれではクロード先生と私は両思いみたいだ。しかも今私は満たされていてとても幸せな気分。どうしよう、恥ずかしいけれどクロード先生に触れられたこの手を離し難い。


「えーと、わかったから。もういいよ。僕を連れ去ろうとした人もそういう感じだった。あ、僕の手にキスまではしてないけど」


 アーチが発したキスという言葉で、私とクロード様はお互い我に返る。


「コホン、まぁ、これはよくある騎士とお姫様ごっこよ」

「コホン、そうだ。深い意味は全くないからな。あくまでごっこだ」


 私達はパッと離れる。そして私はポスンとベッドに勢いよく腰を下ろす。


「うわ、ルミナ先生。静かに座ってよ」


 アーチが体のバランスを崩し、私の体に頭をぶつける。すまない、アーチ。うっかりアダルトでいい雰囲気になって恥ずかしいのだよ先生は。


「と、とにかく。アーチは何でそいつから逃げられたんだ?」


 クロード先生も顔を赤らめながらも先生らしさを装ってアーチに尋ねた。


「魔法を使ったんだよ。そしたら、その人はゴミ箱の方に飛んで行って、気を失っちゃったみたいだったから僕は急いで逃げたってわけ」


 え、それはもう殺しちゃったのでは?そう思わなくもなかった。けれどアーチはクロード先生と私が直々に特訓しているとは言え、まだ十歳。ほんの子供だ。流石に即死させるほど威力の強い魔法を瞬時に繰り出せるわけはない。たぶん。


「ふむ。色々と確かめなければならない事はあるようだな」


 腕を組みながらクロード先生も青い顔をしていた。その表情から察するに、どうやら私と同じ事を思ったようだ。つまり、アーチは襲った相手を殺しちゃったのでは?と。

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