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038 忽然と消え去る熱量の塊

 私は「ない、ない」と慌ててもう一度床に散らばるユーゴ様グッズの中を探る。そしてやっぱりそこには大事なそれが見当たらないという事実に突き当たった。


「ないです、私のスクラップブックが」

「スクラップブックとは一体なんだ?」

「私がユーゴ様という尊い存在がこの世界に存在する事に気づき、それからずっとユーゴ様の切り抜きとか、ユーゴ様が掲載された魔法学校の新聞とか、普通の新聞とか。とにかくそういう切り抜きを集めた大事なアルバムみたいなものです」

「熱量だけは伝わった。で、それの価値は」

「無限大です」

「いや、僕が聞きたいのは、市場価値という意味なんだけど」

「……それは、ユーゴ様ファン以外にはそんなに価値はないかと……」


 私は認めたくないけれど、正直に事実を答えた。


「なるほど。スクラップブックか。そこに何か大事な物は?あ、勿論ユーゴ関係以外で」


 クロード先生は慌てて付け足したようにユーゴ様以外と口にする。けれどユーゴ様以外となると私のスクラップブックに大事なものは貼られていない。でも、貼られてはいないけれど、挟んであった物があったような……。


「あ、そう言えばそこにお父様からもらった種みたいなものを挟んであったかも知れません」

「種?」


 クロード先生は丸メガネを光らせたように、種という言葉に明らかに反応し、私に聞き返してきた。


「えーと、私は今でもイマイチわからないんですけど、ジルリーア王国という、今は滅亡?よくわかりませんが、その国の血を引く者らしくて。だからほら、私もこの髪色ですし」


 私は徐に肩の先にハラリと落ちている顔の横の毛束をむんずと掴んでクロード先生に見せた。私の髪色、プラチナブロンドはこの国では珍しい。テオドル様曰く、ジルリーア王国の民特有の色だということだ。

 フレデリック殿下も確かそんなような事を口にしたし、多分あっている情報だ。


「君がジルリーアの王家の者だというのは間違いない。文献にはその特徴的な髪色の事も記されているからな。それで種とは?」

「やっぱり、クロード先生はジルリーア王国にかなり詳しいんですね?」


 以前私がうっかりジルリーアの名を口にした時、アーチにジルリーアを教えたのはクロード先生だと判明している。それにクロード先生はユーゴ様の親類だし、私の予想だと軍属の人間だ。

 つまりクロード先生も私の知らないジルリーアについて知っているということ。前回は上手くはぐらかされたけれど、今回こそ色々と口を割らせてやると私は意気込む。なんせ、私の大事なサンクチュアリが穢されたのである。かなり自分勝手だけれど、その怒りを何処かにぶつけたい気持ちが込み上げてきて収まりがつかない緊急事態なのである。


「クロード先生今度ははぐらかされませんよ」


 さぁ、知っている事を全て吐き出すがいいと私はクロード先生をきつく睨みつける。


「確かに君よりはジルリーアについて詳しいが、今はそれよりこの状況の分析をすべきじゃないか?それに種って何の種なんだ?」

「種の話をしたら、ジルリーアの事を教えてくれますか?」

「君はこの状況で僕に取引を持ちかけるつもりなのか?もしその種が有害指定されている魔植物の種だとしたら、この国の、いや、この大陸の生態系が崩れるかも知れない大事件なんだそ!!」


 珍しくクロード先生が声を荒らげた。クロード先生は種マニアなのだろうかと私は疑い、そして確かに有害魔植物の種だったらまずいなと直ぐに思い直した。


「えーと、確か私が保管していたのはジルリーア王国に咲く珍しい花の種だとか。それは確か万能薬を生み出す花になる。そんな感じだったような……すみませんよくわかりません」


 私は自分の頼りない記憶力に項垂れる。言い訳が許されるならばこう叫びたい。「だってお父様の作り話だと思ってたから!!」という訳で私はテオドル様の話を真剣に聞いてなかったのである。


「もしかしてラフレイシアの種なのか?」


 目を丸くして絶句するクロード先生。私には意味がわからない。けれどこの表情は大変まずい感じだと言うことは理解出来た。それにラフレイシアって何だ?と私は首を傾げる。


「とにかく、それはまずいな。もし盗まれたのがラフレイシアの種だとしたら君の言う通り万能薬を生み出す花の種に間違いない。それを他の大陸に奪われたとしたら……」

「ええと、それはつまり種を手に入れた大陸も魔力の恩恵というか、その万能薬を手に入れられるって事ですかね?」


 私は思いつきを恐る恐る口にする。

 でも万能薬程度なら、クロード先生がそこまで青ざめて怖い顔をする意味がわからない。


「万能薬。ただしそれは、特別な万能薬だ。もし帝国にラフレイシアの種を盗まれたのだとしたら一大事だろう」

「でも帝国は魔力溢れるこの土地を狙って攻め込んで来ているわけですし、万能薬を手に入れた所で魔力を授かるわけでもないから、そこまで一大事ではないのでは?」


 魔力を持たない土地を保有する帝国の狙いは、アルカディアナ大陸の魔力溢れる土地だと言われている。確かに万能薬を奪われたら、戦争は長引くかも知れない。よくわからないけれどクロード先生が青ざめるほど凄い万能薬なのだ。普通のソレとは格段に効きが違うのだろう。

 だけど、それだけだ。まさかその万能薬を手にしたからといってこの土地が奪われるはずがないと私は単純にそう思ったのである。


「そんな単純な理由だけで帝国は戦いを挑んできているわけではない。ただ、種が盗まれたとしてもジルリーアの民の魔力がなければ育たないはずだ。しかし……」


 クロード先生はとても険しい顔をして額に手を当てると考え込んでしまった。


 私はシュンと項垂れながら首がもげかかったユーゴ様の人形を抱きしめる。そして床に散らばる恐ろしい量のユーゴ様グッズに視線を向ける。

 ラフレイシアの種の事も万能薬の事も私には全くわからない。だけど床に無残に散らばるユーゴ様グッズは、私がユーゴ様を敬愛する気持ちの現れだ。それをこんな風にされてやっぱり私は悲しいし、犯人を許せない。


「すまない。君だって大事な物をこんな風にされて悲しいよな」


 クロード先生は床を眺め、小さな声でそう口にした。私はその言葉に小さく頷いた。


「悲しいなんてもんじゃないです。怒りで気が狂いそうです」

「そうか……」


 クロード先生は私を見て、困ったようなそんな顔をした。きっと私が抱える喪失感や怒り、残念ながらこの気持はクロード先生には一生わからないだろう。


 それから私はサンクチュアリを復元する作業をクロード先生に朝まで手伝ってもらった。


「今日はありがとうございました」

「うん。流石に眠いな。でもまぁ、君が無事で良かった。それとスクラップブックの件で何か思い出した事があれば直ぐにあいつか僕に教えてくれ。それと種の事は口外禁止。僕も調べてみるから」

「はい、了解しました」


 私の部屋の扉に片手をかけながら、クロード先生はそう口にする。丸メガネに邪魔されて顔色は見えない。けれど全身が気だるそうで、どうみても私の家で起こった泥棒騒ぎに巻き込まれ疲労困憊気味っぽい。


「クロード先生。今日はしっかりと休んで下さいね。それで今度はゆっくりお茶でも飲みに来て下さい」


 私は本当にクロード先生はいい人だなぁと思い、自然にそんな言葉が飛び出した。


「あのさ、僕だからいいけど、あまりこうやって男性を部屋に無防備に招き入れない方がいいと思う。ってことで、じゃ、おやすみ」


 クロード先生は早口でそう口にすると、バタンと私の目の前で扉を閉じて行ってしまった。私は慌てて部屋を縦断し、通りに面した窓から外を見る。すると通りの向こうからこちらを見上げているクロード先生の姿が見えた。


「は・や・く・ね・ろ」


 クロード先生は手をシッシッと追い払うように私に向かって振りつつ、口元がそうゆっくりと動いた。私はそれを見て、何故かドキンと心が大きく動いた。そして一気に顔に熱が集まる。私は慌てて窓から自分の身を剥がしカーテンを勢いよくひいた。


「うそ、恋する瞬間!?」


 私は自分の胸元を片手でギュッと掴む。


 クロード先生は不思議な人だけど親切でとても優しい、いい人だ。そして多分私はクロード先生が好きになっている。ユーゴ様に感じる憧れみたいな、崇拝する気持ちとはまた別の気持ちが今心に沸き起こっている。これは大事件だ。非常に困った。

 どうやら私は一生叶わない恋をしてしまったようである。

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