表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/121

036 この国の見えない未来

 エリン様にきっぱりと宣戦布告をした私はユーゴ様に連れられて、今日の主催者である王族の方に挨拶に向かう事になった。


「陛下は体調を崩されて今日は参加されていないようだ。でもフレデリック殿下がいらっしゃるから、一応挨拶をしておこう。気は進まないけどな」


 ユーゴ様の口から飛び出したフレデリック殿下という言葉に私は軽く後ずさる。フレデリック殿下と言えば、我がベルンハルト王国の第一王子殿下。とても偉い人だからだ。私だってそんな人に挨拶をするなんて全力で気が進まない。


「気が進まないのならば、ご挨拶はいいのでは?」

「出来ればそうしたいけど、そういう訳にはいかないんだよ」


 ユーゴ様はドッと疲れた、そして何処か哀愁ある表情になった。まるで社会の歯車の一員といった感じ。一気に輝きを失うユーゴ様を目の当たりにし、密かに私は役得だと嬉しくなった。だってレアな表情ゲットである。とは言え、私にも殿下に挨拶に向かうに辺り心配事が一つある。


「ついうっかり私の変態が漏れだしたらどうしよう……」


 不敬も不敬。その場で打首、さらし首。よくわからない間に人生が終了ということになりかねない。怯えた私はユーゴ様に「お花畑へ」と背を向けて逃げ出そうとした。


「逃げるな」

「うわ」


 逃げ出そうと足を伸ばした瞬間、私はユーゴに腕を取られ見事捕獲されてしまった。


「お花畑は君の頭の中に咲き乱れている分だけで充分だ」

「うっ、酷い」

「それにあいつとは違う。フレデリック殿下は君に表立って酷いことをしないから大丈夫だ」

「あいつ?」

「ほら、あいつ」


 ユーゴ様が顔を向けた先を私も視線で追う。すると、いた。すっかり忘却の彼方に置き忘れていたアルフレッド殿下である。殿下は着飾った数人の女性と共に、青い布で飾り立てられた豪華な王族席でヒポグリフレースを楽しげに観覧している。


「あそこでも女の戦いが密かに繰り広げられているのだろうか」


 私は先程エリン様と交わした不穏な時間を思い出し身震いする。エリン様一人と対峙するのも大変だったのに、現在アルフレッド殿下の週にはざっと見五人くらいの女性がいる。しかもどの女性もスタイル抜群名上、目鼻立ちのハッキリとしたパッと目を惹く女性ばかり。万が一私がアルフレッド殿下推しだとしても、あの輪に参戦するのは難しそうである。というか、確実に容姿チエックで門前払いを受けそうではあるが。


「女の戦いか。あいつは昔から女性に対して博愛主義というかだらしがないというか。だからそういう状況を理解した女性があいつに寄り付くし、あまり女性同士のいざこざというのは不思議と耳にしないな」

「なんと、まさかの同担歓迎なんですね」

「何それ?」

「みんなで推しの素晴らしさを分かち合うという、理想郷ですよ」

「理想郷なのか?」

「まぁ、大抵は上手くいきませんから」

「そうなのか?」


 ユーゴ様の呑気な返答。私はいい機会だと、ユーゴ様に私の知る限りではあるけれどファン心理について講義する事にした。


「いいですか、ユーゴ様が何気なく微笑みを向けた先の女子が全てユーゴ様のファンだったと仮定して考えてみましょう」

「ふむ」

「その女の子達は大抵「私に微笑んだ」と都合よく解釈するわけです」

「そうなのか?」

「そういうもんです。そこで「いや、私に」「いいえ私にだった」といざこざが発展し、大抵同担拒否という残念な結果に向かうわけです。でもそれってみんな本気で好きだからそうなってしまうわけで。だからこそ、みんなで仲良く大雑把に「こっちにいるみんなに笑顔を向けてくれたね!!」と思える人達の集団は貴重だし理想だと私は思います」

「なるほど」

「結局ライバルだけど、ユーゴ様の良さを本当に理解してくれるのはユーゴ様ファンの子ですしね。出来たら仲良くしたいとは思うんですけど」


 今は無理かもしれないと私は思う。ユーゴ様は雲の上の人だと思っていた時ならばいざ知らず、妻となった現在。その特別感を知ってしまったらなかなかみんなで愛でるという気持ちで満足するのは難しいと私は密かにそう感じている。


「応援してくれるのは有り難いけど、でも僕達だって一人の人間だし、あんな風に器用に沢山の女性を相手するのは少なくとも僕には無理だ。それにいずれアルだってあの中から、一人を選ばなきゃならないと思うけどな。そうしないとまた国が混乱する。それは避けたいし、アルにもその辺を早く理解して欲しいとは思うけど」


 まぁクロヴィス陛下が奔放だからねとユーゴ様は小声で残念そうに付け足した。


「確かに特定のお気に入りを作らず分け隔てなく接するのはかなりのスキルを要しますよね。それに誰だって本当は好きな人の一番になりたいはずだから」


 私はアルフレッド殿下に群がる女性達の笑顔を視界に入れ、正直な気持ちを口にする。


「君は?」

「え、私ですか?」

「そう。君は僕の一番になりたくはないの?」


 ユーゴ様はそう口にすると真面目な顔で私を覗き込んだ。その瞬間、私の冷静な思考は遥か彼方へ飛んでいく。


「えっと、私は、その……確かにユーゴ様を推してますけど、このままだと、駄目だとも思うんですけど、でも、その……」


 ユーゴ様の探るような視線を受け私はしどろもどろになってしまう。推しという概念に基づいた恋愛観はよどみなく口にする事が出来る。だけどそれを自分に当てはめると、途端に恥ずかしくなるし、素直な感情を受け入れる事が出来なくなる。自分でも厄介な気持ちだと思う。だけどユーゴ様を尊いと感じ好きが溢れてしまう状況は制御不能。自分ではどうする事も出来ないのだ。


「僕には推しという概念がよくわからない。妻となった君に不自由なく暮らして欲しいとは思うし、その為に努力はしなきゃと思っている。でもそれは君のファンだからじゃない。推しって考えを理解するのは僕には少々難解そうだ」

「すみません……」


 私はユーゴ様に促され歩き出しながら、推しと結婚する事になった人は何処かにいないかなと、藁にもすがる思いで追い詰められた気持ちになっていたのであった。


 ★★★


「ユーゴ、よく来てくれた」


 ユーゴ様と私に笑顔を向けてくれているのは、金髪に抜けるような青い瞳を持つフレデリック殿下だ。現在二十七歳だという殿下は太陽みたいに明るくエネルギッシュな感じという印象だった。


「バルトシーク伯アダムとやりあったらしいな」

「やりあったという程では」

「謙遜するな。目立つ事を嫌うお前が表立って意見した事。私は嬉しく思う。それより、こちらが例のジルリーアの」


 私はユーゴ様のやや斜め後ろに立ち、遠慮がちに控えていた。けれど殿下の口から思わぬ単語が飛び出し、思わず目を丸くして不躾にフレデリック殿下を見つめてしまった。だから何?ジルリーアっておとぎの国じゃないの?という疑問丸出しの顔を向けてしまう。


「なるほど。確かにその髪色に瞳。間違いなさそうだな。意にそぐわぬ婚姻を強いたお前には悪いと思っているが、上手く行っているようで安心した。このまま円滑な関係を築くように」

「御意」


 フレデリック殿下は私を見て目を細めると、直ぐにユーゴ様に顔を向けた。その姿を視界に移しながら私は慌てて頭を下げる。聞きたい事は沢山ある。けれど話しかけられない限り私が殿下と言葉を交わす事は許されないのがマナーだ。


 あぁ、でも聞きたい、知りたい、ジルリーアと私は頭でジルリーアという言葉を反復する。


「お前の結婚により、我が国の魔法技術が更に発展する事を陛下も望んでいる。だからお前も頑張れよ」

「はい」

「それからくれぐれも、アルフレッドには彼女を奪われないようにな」

「それは、まぁ」


 ユーゴ様の歯切れが悪いのは既にアルフレッド殿下は前科一犯だからだろう。しかし今の話の様子から、フレデリック殿下は私がアルフレッド殿下に監禁されている事を知らないようだ。きっとフレデリック殿下くらい偉い人になると、他にも抱える案件が多すぎて、ユーゴ様もいちいちお手を煩わせるような事はせず、報告していないのだろうと私は勝手に考察をした。まぁ、色々と未遂に終わった事だし。


「とにかくこの国の未来はお前達夫婦にかかっている。これからはもっと表立ってその存在をアピールしてくれるな?」

「……善処します」


 少しの間を置いて、渋々と言った感じでユーゴ様は当たり障りない言葉を述べた。

 それを聞きながら、私はやっぱりジルリーアがひたすら気になっていたのであった。



 ★★★



 殿下を含む主要人物への挨拶回りを終えた私とユーゴ様。ふたりで疲労困憊になり、貴族席であるメインスタンドを離れ、ヒポグリフレースをスタンドの柵の前で眺めている。


「疲れたな」

「えぇ」


 ユーゴ様は近くにいた飲み物を運ぶ給仕のトレイから水が入ったグラスを二つ受け取る。そしてその一つを私に手渡してくれた。


「でもこれでしばらく大きな集まりはないと思う。今日はお疲れ様。それとまぁ、色々ありがとう」


 ユーゴ様は付け足したように小さな声で私へのお礼を口にすると、グラスを口につけ、グビグビと喉に水を流し込んだ。ユーゴ様の喉仏が大きく動いて、私はドキリとする。けれどいつものように興奮する事は出来なかった。何故なら私もかなり疲れていたからである。


「こちらこそ、ありがとうございます」


 脳死状態で私はユーゴ様に一先ずお礼を口にし、それから魔法で冷やされたグラスを口につける。水だと思っていたそれは、レモン水だった。乾ききった体に水分が投入され、徐々に私は生き返る気がした。だから思い切って、私は気になっている事をユーゴ様に尋ねた。


「ユーゴ様、ジルリーアって本当に存在する国なんですか?」

「そうだな。僕も詳しくは知らないけど。正確には存在していた国だと言われている」

「存在していたということは、今はないって事ですか?」

「そうだね。とても残念だけれど、今はもうその国自体は存在しない」


 ユーゴ様も疲れているのだろう。

 普段は頑なに誤魔化すジルリーアについてスラスラと私に話してくれた。私はこのチャンスを逃すまいと一気に質問を重ねる。


「それって私が生まれる前の話なんですか?」

「そうだね。いつかはちゃんと君にも説明しなきゃいけないよね。でも僕も良くわからなくなってきた」

「わからない……」

「そう。わからない。僕はこの国がこの大陸がこのまま変わらず、ずっと魔力に満ちた大陸であればいいと思う。だけど」


 ユーゴ様はそこで言葉を切って、物凄い勢いで私達の目の前を通り過ぎるヒポグリフの大群に目をやった。私とユーゴ様はヒポグリフが巻き起こす風に飛ばされないように、目の前の柵につかまり足を踏ん張る。

 懸命にゴールを目指すヒポグリフは私達の目の前を通り過ぎ、メインスタンドの前で無事ゴールする。すると大きな歓声があがった。


「それが誰かの犠牲の上に立つものであれば、その犠牲になる誰かの幸せは一体誰が望んであげたらいいのだろうって。そんな風に最近は少し思うようになった」


 歓声が沸き起こる声の中、ユーゴ様は私だけに聞こえる小さな声で本音のような言葉を口にした。


「とは言え、僕は軍人だし、陛下の指示に従うしかないんだけど」


 ユーゴ様は私が手に持つ空になったグラスを抜き取った。


「それに、近い将来絶対にこの国はきっと内側から混乱する。その時にいい方に転ぶかどうかはわからない。だけどきっとこの国の転換期である事には違いないし、今はそれに備え自分がどう行動すべきなのか、探る時期でもあると僕は思う」


 ユーゴ様の言う内側から混乱するというのは王位継承についてなのだろう。今日だってクロヴィス陛下は欠席されている。そのせいか、招待された貴族はわかりやすくその派閥に分かれている。現に私はユーゴ様と保守派であるフレデリック殿下にしか挨拶をしていない。それはこの国が一つにまとまっていない証拠だ。


「きっと混乱して、でも最後に守り抜きたい。そう思うのが自分にとって必要な人間なんだろうな。さ、行こう。エドヴァルド達に無駄に冷やかされる前に」


 ユーゴ様はそう言いながら空いたグラスを手持ち無沙汰に人混みをウロウロしていた近くの給仕に手渡した。そして、私にくの字に肘を差し出した。私はその肘に手を添えながら、ユーゴ様の抱える物の大きさを垣間見た気がして、もうそれ以上興味本位で質問を重ねる事が出来なかったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ