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021 王都へ来てしまいました

 アーチがクラスメイトに杖を折られた事件から一週間後。私は何と王都の一角に一年ぶりに立っていた。


「ルミナ先生、キョロキョロしすぎ。田舎者丸出しで恥ずかしいんだけど」

「えっ、いや、あのね。これは珍しいわけじゃなくて」


 知り合いに会わないか警戒してるのよ。などとアーチには説明出来るわけもなく。私は少し苛々しながら待ち合わせに遅れているクロード先生を『エンムリオの杖』という魔法の杖専門店の前で待っている。

 というのも、クロード先生と私でアルフレッド殿下の件で心配をかけたお詫びと、普段から頑張っているからとその二つの理由で私達はアーチに新しい杖をプレゼントする事になったからである。


『アーチの魔力だと今の杖は耐えられないと思っていたから丁度いいタイミングだな。よし、普段勉強熱心なアーチにご褒美で僕がプレゼントしよう』


 クロード先生は私達が喧嘩の一部始終を目撃していた事は一言も口にせず、サラリとそうアーチに告げた。ちょっと格好いいと思ってしまった事は誰にも言えない。一応私は人妻だし。


『私だって先生だもの。アーチにご褒美したい』


 まるでとってつけたようになってしまったが「じゃ二人でお願いします」というアーチの言葉により、出せる範囲でという条件付きではあるが私の主張も叶えられた。


「クロード先生来ないね」

「もう先に見ちゃおう」


 通りで待っているより店内の方がよっぽど安全だと私が店の取っ手に手をかけた瞬間、胸に下げたペンダントが黄色く光った。例のドロップ型にカットされた魔石のついた通信装置だ。


『検証も兼ねて、君が一つ持っていてくれると有り難い』


 クロード先生の研究の為になるならと、受け取ったペンダントである。私はそのペンダントを握る。


『悪い。抜けられない仕事が入った。僕の友人を代わりに向かわせたから、そいつに買ってもらってくれ』

『えっ!!あ、ちょっとクロード先生?応答を願いまーーす』


 どうやらとてもお忙しいらしい。要件だけ一方的に告げるとクロード先生は応答してくれなくなってしまった。


「先生は何だって?」

「なんか、お仕事が抜けられないからお友達が来てくれるんだって。よくわかんないけど、先に中に入っていようか」

「うん!!」


 先程から店内に入りたくてウズウズしていたのは私だけではなかったようだ。アーチは私と繋いだ手を引っ張り、店の扉を引いた。


 カランコロンと音がして、私とアーチは店内に足を踏み入れる。広いとは言えない店内には薄暗い雰囲気で乱雑に杖の触媒となる様々な種類の木が壺に入れられ立てかけられている。天井からは様々な魔石がぶら下がっており、ちょっと幻想的な雰囲気を醸し出しているのがこの店の特徴だ。


 実はここ、エンムリオの杖は魔法使いには有名な店。何故なら魔法部のエース、エドヴァルド様にフロリアン様、そして尊いユーゴ様御用達だという老舗のお店だからである。因みに私の杖もここで作ってもらった。残念ながら今はもうこの店で杖をオーダーする事は私には到底無理。品質も最高だけれど、お値段も張るからである。


「わ、凄いよルミナ先生見て。フクロウがいるよ!!」

「あれは使い魔のフクロウよ。二十五代目エンムリオさんの使い魔ね」

「えっ、使い魔!?」

「今は使い魔を持つ魔法使いは減っちゃったけどね」

「どうして?」

「餌代とか、フンの後始末に関するクレームとか……まぁ、現実的な理由が主な原因だと言われているわ」


 私はキョロキョロと辺りを見回しながら、目的の物を探す。


「ルミナ先生。だからキョロキョロしないで。恥ずかしいから」

「違うの、これには深いわけが……」


 ユーゴ様のレプリカの杖の売れ残りがないか探しているのよ。なんて事は流石に先生と私を呼んで慕ってくれている可愛い生徒の前では口に出来ない。


「ねぇ、ルミナ先生。僕は前の杖を通販したんだけど、こういうお店ってどう買うの?」


 私の手をギュッと握りながら不安げに尋ねるアーチ。確かに、こういうオーダーの店で買うのは魔法学校に入学、卒業する時と相場が決まっている。何度も言うが、お高いからである。現に今この店のお客は私とアーチだけ。それでもやっていけるのは、やはり一本の杖のお値段がそれなりだからである。


「この店が優れているのはね、店主のエンムリオさんがとっても目利きだからなの。だからエンムリオさんにアーチの魔力を測定してもらったらきっとアーチの手にすぐ馴染む素敵な杖を作ってくれるよ。それに今回はお金持ちなクロード先生の奢りみたいなもんだから、好きな装飾品をつけても許されるという素敵なオプション付き!!」


 私はアーチを安心させるように明るい声でこの店のシステムを説明する。


「おやおや、随分久しぶりなお客さんだ」


 店のカウンターの奥から耳心地の良い、落ち着いた男性の声が私達にかけられた。


「ご無沙汰してます。エンムリオさん」


 私は黒いスーツに身を包む白髪の老人に久しぶりに膝を折って挨拶をする。


「お父上の事は、非常に残念でした。一度落ち着いた頃にご挨拶にとうかがったのですが、色々と屋敷の方が変わっておりまして」

「こちらこそ、お世話になった方にご挨拶もせずに、ええと、色々とごめんなさい」


 私の横で手を繋ぐアーチにチラリと視線を向け、私はこの子の手前、何卒事情聴取は勘弁して下さいとエンムリオさんに訴える。するとエンムリオさんはニコリと私に微笑みかけてくれた。良かった。どうやら私の抱える複雑な事情を察してくれたようだ。


「噂ではご結婚されたとか。おめでとうございます。だからかな、随分と雰囲気が変わられて、しかし益々お美しくなられていたのですね」


 エンムリオさんの視線が一瞬だけ私の銀色の髪に移動した。内心「白髪なのだろうか」と疑問を抱き「苦労したのだろうか」と思案している事だろう。ま、勝手な想像だけど。

 それでも顔色一つ変えず、態度も変えず、本当によく出来た人だと私は改めてエンムリオさんの人柄に感服した。


「それでいつの間に、こんな可愛らしいお坊ちゃまが?」

「ありがとうございます。って、えっ、結婚……あ、この子は違うんです。勿論我が子のように大事に思っていますけど、お世話になっている方のご子息なんです」


 エンムリオさんの口から「結婚」という言葉が飛び出て私は焦る。アーチには未亡人だと教えているからだ。やっぱり生まれ育った王都は危険がいっぱいだ。出来れば今すぐ第二の故郷に帰りたい。


「ルミナ先生。手汗が凄いけど、大丈夫?悪いこと考えてる?」


 アーチの洞察力が炸裂し、私は更に焦る。


「ははは、冗談ですよ。それで今日はこちらの魔法使い様の杖をお探してよろしかったですか?」


 魔法使いと言われ、今度はアーチが私の手を強く握る。緊張しているようだ。けれどその顔は照れたようで、だけどとても嬉しそうだった。


「そうなんです。それで、お代の方はお約束していた方が――」


 私が一番重要な予算について口にしかけた時、カランコロンという店のドアを開ける音と共に明るい声が店内に響いた。


「おっ、いるいる。テクニカルな魔法使いさん発見」

「失礼ですよ、エドヴァルド」


 そ、その声はというか、間違いない。魔法部のエースだ。私はくるりと振り返り、更に驚いた。


「ほ、ほ、ほ、本物!!」

「うわ、凄い。ルミナ先生、見て、ユーゴ様だよ。それにエドヴァルド様にフロリアン様もいる。全部本物だ!!」


 アーチが歓喜の声をあげる。わかる。気持ちはわかる。それに私もユーゴ様にまたお会いできて正直うれしい。だけどあの時は何というか、ピンチだったし、夜だったし。私がユーゴ様のトラウマである人物だと言う事も忘れ、馴れ馴れしく接してしまった。とにかくあの時の私は普通ではなかったのだ。

 それにユーゴ様だって、現在進行系で私から視線を逸しまくっている。あれは確実に私の背後にテオドル様の姿を重ね辛い目にあっている最中だということだ。逃げたい。だけどアーチの気持ちを考えると逃げ出せない。困った、私は今大ピンチだ。


「で、えーと、ユーゴじゃなかった。クロード先生の可愛い教え子のアーチっていう勇敢で優秀な魔法使いは君で合ってるか?」


 エドヴァルド様がアーチの前で膝をついた。そしてアーチと目線を合わせると優しくそう尋ねた。


「えっ、僕の事を知ってるんですか?」

「クロードから、君にぴったりな杖を選ぶお手伝いをするように頼まれてここに来たからね。勿論君が素晴らしい魔法使いだって事も僕たちはリサーチ済みだよ」


 フロリアン様がこの不可解な状況について説明してくれた。というかクロード先生はこの三人と知り合いだなんて、一体何者なんだ。私は数々の無礼を思い出し、ひたすら青ざめる。そして今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られる。だけど入り口は不自然に私から顔を逸らすユーゴ様に塞がれている。絶体絶命の大ピンチとはまさに今の私の状況を指す言葉で間違いない。


「どうしよう、ルミナ先生。みんなが僕の杖を選んでくれるって!!」


 アーチの目がキラキラと輝いている姿を目の当たりにし、私は覚悟を決めた。


「良かったねアーチ。この国で一番強い人達に見立てを手伝ってもらったら、きっとアーチが最強になっちゃう。私も嬉しい」

「じゃ、エンムリオさんに先ずは魔力の種類を見てもらわないとな。ほら、行こうぜ」


 エドヴァルド様がそう言って、私の手からアーチの手を外した。


「えっ、ルミナ先生は?」

「ルミナ先生は、これから大事なお話をしなきゃならないんだ。その間アーチ君は僕たちが面倒を見るから。そうですね、時間があれば魔法部の見学とか、どうかな?」


 フロレリア様が申し合わせたようにアーチが喜ぶであろう提案を口にした。


「えええええ!!いいの!?あ、でもルミナ先生は一人で大丈夫?」


 アーチは大興奮したのち私の心配をしてくれた。本当にいい子だ。因みに私は全然駄目だ。だけど正直にそれを口にするほど子どもではない。私はこう見えて空気を読める、大人なのである。


「大丈夫だよ……たぶん」


 ついうっかり本音が漏れた。


「ルミナ先生、ちょっといい?」


 アーチが私のブラウスの袖を引っ張ったので、私は腰をかがめ耳をアーチに近づける。するとアーチは私の耳元でこう励ましてくれた。


「ルミナ先生、良かったね。チャンスだよ。ユーゴ様と、どうぞごゆっくり」

「あ、ありがとう。なるべく早く戻ってくる」


 私は顔を引き攣らせながらそうアーチに答えた。年長者だとか先生の威厳だとか、そんなものは何処かに飛んでいった。


「じゃ、ユーゴ、後でな」

「ま、頑張って下さい」


 エドヴァルド様がアーチを抱っこしてフロリアン様と店の奥に消えてしまった。もう逃げられない。というか最初から逃げられないのだけど。


「取り敢えず、外にでようか」

「うっ、喋った……本物だ」


 思わず口から飛び出した心の声にユーゴ様は凍えるような冷たい視線をくれた。うぅ、寒い。けど嬉しい。尊い。でも逃げたい……。

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