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015 譲れない思いと魔法部談義

「ルミナちゃん、こっちにもエールのお代わりを」

「了解ーー」

「ルミナちゃん、ここ座っても?」

「どうぞーー」


 夜営業が始まって四十分。段々と店内に活気が出てきた。忙しさのピークにはまだ早いけれど、だいぶ席は埋まってきた。今日もマンドラゴラの休息亭は盛況である。


「アーチ、エールを追加で三。お願いしまーす」

「はい、先生」


 私は小さな脚立にまたがる黒いエプロンをしたアーチに新しいオーダーを伝える。ここロナウゼナでは、働ける時は働く。それは子供でも例外ではない。ということで、今日のアーチはドリンク係。私が注文を受けたドリンクを作って、休みなくカウンターに用意してくれている。


「やった。今日はアーチ君がいる。ルミナちゃん、カウンターいい?」

「ええどうぞ、どうぞ」


 私は顔馴染みの花屋のフランさんにカウンターの席の中で、よりアーチに近い席の椅子を引いた。


「こんばんは、フランさん。お飲み物は何になさいますか?」

「アーチ君のオススメは?」

「カシスオレンジです。カシスのリキュールに合ういいオレンジが手に入ったので」

「じゃ、それで」

「フランさんはアルコール少なめでしたよね」

「うん、うん。アーチ君覚えてくれてたんだ」

「フランさんはお得意様ですから」


 本当にアーチは可愛いくて、とても気が利くバーテンダーなのである。


「はい、ルミナ先生。エールです」

「ありがと。じゃフランさんごゆっくり」


 私はアーチがカウンターに置いたエールを受け取りトレイの上に乗せる。


「ありがと。ルミナちゃんも頑張ってね」


 私はフランさんの労いの言葉に笑顔で答えるとエールの乗ったトレイを持って、店内を縫うようにして目的地であるテーブルまで足を軽快に運んだのであった。



 ★★★



 ここマンドラゴラの休息亭では、昼営業中はアルコールを提供していない。


『酔っぱらいは厄介だからね。夜はこっちも商売だし仕方ないけど、昼間にダメージ食らうと夜営業に差し支えるから、疲労回避の為に昼間はアルコールは提供してないんだ。飲むな働けってね』


 そんな理由だ。そして私は女将さんが口にしたその理由に働き始めてからすぐに納得した。全員がとは言わない。けれど一定数、酔っ払うと人格が変わり面倒な客に早変わりするお客さんがいるのだ。


「ルミナちゃん、ここ座って」


 そういうお客さんには笑顔で「こんどねー」で誤魔化す。


「おい、注文してからだいぶ経ったのにまだ来ない」

「申し訳ございません。今すぐお持ちします。ごめんなさい」


 お腹が空いてお店に来ているのだから料理の提供が遅いと怒り出す気持ちはこちらもわかる。だからそういうお客さんには焦っているアピールを大袈裟にする。私はパタパタと走りカウンターに向かう。


「ヨナスさん、まずい。三番のお客さんの空腹が限界。取り敢えずパンと魔野菜の煮込みスープ。それだけでも先に出せます?」

「すまんな。今出す」

「ありがとうございます」


 私はヨナスさんからパンとスープを受け取り急いでホールに戻る。そして三番さんのお腹を一先ず満たし、声をかけられたテーブルに向かう。


「忙しそうだな」

「はい。今がピークで」


 私はお客様に笑顔を向けながら思う。忙しい。だから早く注文をと。


「お前は一人でこの数を捌いているのか?」

「はい」

「働き者なんだな」


 ツヤツヤな金髪に抜けるような青い瞳。キラリンと白い歯が光る青年。白いシャツに黒いスーツ。そしてその上には茶色いローブを羽織っている。一見普通の何処にでもいるような魔法使いの格好だ。けれどふわりとしなやかに肌にまとわりついた感じに見えるローブ。その生地の光沢感は高級な証拠だし、何よりしっかりと織り込まれているように見えるのに、軽そうに見えるのは編まれた糸自体がとても品質のいい物を使用しているから。ま、全て衣類品店のベアタさんの受け売りですが。


「もしやお前は俺が好きなのか?」

「え?」


 私がローブの高級さを観察している事に気付いた青年が、やたら嬉しそうな顔をこちらに向けている。


「まぁなんだ。俺は今お忍びなんだ。秘密にしておいてくれると助かる」

「はぁ……で、ご注文はいかがなさいましょう?」


 よくわからないけれど、金髪碧眼の青年は有名人のようだ。今の所自称ではあるが。というか、王都ならともかく田舎町ロナウゼナなんかに有名人が来る訳ないと、私は密かに青年の口にした事を眉唾物だと聞き流す。


「ルミナちゃーん。そら豆追加でーー!!」

「はーい」

「ルミナちゃん、こっちにはワインをデキャンタで」

「樽でもいいよーー」

「あははは」


 あぁ、忙しい。だから早く注文しろと、内心苛々しながら私を引き止めているテーブルに座る青年を見下ろす。


「フレッド様、ご注文を。この方が困ってらっしゃいます」


 呑気な青年の名前はどうやらフレッドという名前らしい。お付きの者らしき人物が私のこめかみに浮かぶ青筋に気付いてくれたようだ。使える従者である。きっと、この人はそのうち出世出来るに違いない。


「は?そうなのか?」

「ははは。まぁわりと」

「じゃ一番いいワインを。彼にも。それとチーズの盛り合わせも」

「ありがとうございます」


 私はようやく開放されたと、溜まった注文を頭の中に浮かべカウンターに急いだ。


 それから、私は身を削り働いた。

 そしてようやくあと三十分でお店も終了。残り少なくなったお客さんを脇目に私は閉店準備とばかり、テーブルに散らばる食器を片付け、それから床を掃いていた。そしてついうっかり、今日はなるべく近寄るまいと思っていた厄介なお客さんの座るテーブルの脇を箒を持って通ってしまったのだ。


「お前はこの後暇か?良かったら俺と飲まないか?」


 例の自称有名人フレッドさんに私は誘われたようだ。正直クタクタだし、今日もきっと帰りは無言でクロード先生が謎に家まで着いて、いや送ってくれるに違いない。


「お誘いは嬉しいです。でもごめんなさい。私は人妻なので」

「未亡人だけどな!!」

「はははは」


 常連のロブさんの迷惑極まりないツッコミが入る。早く帰れ。奥さんにまた叱られるぞと私は心でロブさんに罵声を浴びせ心を沈める。


「未亡人……なら暇だよな?」

「申し訳ございません。これから家に帰ったら主人を思い出し、涙を枕で濡らすというルーチンワークが待ち構えておりますので」

「違うだろ。クロード先生と仲良く帰るから暇じゃないんだよな。ルミナちゃんは」


 またロブさんの余計な言葉に私はチッと舌打ちしそうになった。勿論堪えた。未亡人ですし、元伯爵家の娘でしたから。


「お前は俺のファンなんだよな?」

「は?」


 私は素で驚く。私の記憶が正しければファンとは一番応援している好きな人の事だ。だとすると、私のファンはユーゴ様その人のみ。あとはカボチャもしくはジャガイモと等しい。あぁ、ポケットに入れたユーゴ様のトレーディングカードを今すぐ拝みたい。それが私の素直に今したいことである。


「魔法部って知ってるか?」

「魔法部って、王国軍の魔法部ですよね?」


 唐突に魔法部という言葉がフレッドさんの口から飛び出し、思わず私は食いついてしまった。


「そうだ。そこに属する者で一番知名度の高い魔法使い。お前も誰だか知っているだろう?」

「ユーゴ・ラージュ少佐ですッ!!」


 前のめり気味に即答である。私の中では一番。それはすなわち世の中の常識でも一番ということ。私は思わず疲れも吹っ飛び、つい自慢げな顔をしてしまう。


「よりよって、あいつの名前を……お前は全然わかっていないな」


 酔っ払っているのだろうか。突然静かに怒り出した様子のフレッドさん。でも私は間違っていない。魔法部で一番有名で、一番格好良くて、一番クールで、一番尊いのはユーゴ様で間違いない。


「魔法部で一番有名なのは、アルフレッドだろう!!」

「え?アルフレッド殿下?いいえ。私の統計的にユーゴ様で違いないです」


 主に私だけの統計ですけどねと心で付け加えておく。というか、こんな場所でユーゴ様の話で盛り上がれるなんてと、私は嬉しくなってつい親友達と盛り上がっている時のように、自らの熱い思いを口にしてしまう。


「いいですか。冷静に考察してみましょう。まず、ユーゴ様は地属性魔法のスペシャリストです」

「地属性はアルフレッドもだろう。むしろ彼の方がユーゴなんかより腕がいい」

「うーん、納得しかねますが、まぁ相手は王子殿下ですし、そこを加算して百万歩譲って、同率一位ってことで」

「百万歩も譲らないといけないのか」

「えぇ。そうですよ。次にユーゴ様は国内屈指の薬草学のエキスパート。知的水準も抜群に高いです」

「あれはただのマニアだろう。アルフレッドは魔法以外にも剣術も嗜んでいる。やはり彼の方が最強だ」

「剣術ときましたか。魔法使いには必要ないですよね?しかもユーゴ様は地属性。戦場でも最後尾で補助魔法を使うし、短剣程度が扱えれば問題ありませんので、剣術は却下。ポイントに入りません」

「却下……」

「それに、ユーゴ様は何といっても顔が素敵です。あの若草色の瞳。最高じゃないですか?」

「一般的には、俺のような金髪碧眼人気が高いけどな」

「そんなのナンセンス。それに王族の皆様は金髪碧眼率が高い。それはつまり個性がないということ。だったら私だけの王子様感のある黒髪若葉色の方がポイントが高いですよ」

「そうか?」

「そうです」


 どうやらフレッドさんはアルフレッド殿下の大ファンのようだ。私が口にするユーゴ様の素敵ポイントにことごとく食らいつき、不服そうに反論を返してくる。なかなか武骨あるファンだ。ちょっと見直した。


「でもファンってそういうものですよね。私はいいと思いますよ。アルフレッド殿下派の人がいてもいいじゃないですか。お互い熱い思いを胸に、明日も頑張りましょう。ふふ、ありがとう、フレッドさん」


 私はフレッドさんのテーブルに置かれた手を掴んで無理やり握手をした。和解の意味。そして白熱した魔法部談義を久々に出来たお礼である。

 最初はしつこいし、あまりいい感じを受けなかった。でもフレッドさんは案外話やすい、良い人だった。


 などと私は思っていた。


 だけどそれは大間違いだと、私は身を以て翌日知る事になるのであった。

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