番外編 魔法部研究同好会、秋の推しまつり!!2
魔法の眼鏡で変身し、私がユーゴ様の妻であることを隠し職務に勤しんで数時間後。私は無常な事実に打ちひしがれていた。
「アルフレッド陛下のグッスはまだないのですか?」
「申し訳ございません。ユーゴ様グッズならこちらに」
「ユーゴ様は結婚しちゃったし。だから推し変したの」
「すみませーん。アルフレッド陛下のトレカの再入荷っていつですか?」
「申し訳ございません。未定です。ユーゴ様のトレカでしたら」
「うーん、今回はいいや。ユーゴ様格好いいけど、奥様いるし」
なんと私のせいでユーゴ様の市場価値がダダ下がりであることが判明したのである。
「落ち込む気持ちはわかるけど、ルミナのせいだからね。まぁ自業自得っていうか」
「確かにガチ恋勢からしたら推しがご結婚なさると、どうしたって人の夫に手を出すみたいに感じてしまうし、なかなか難しいですわよね。乙女心的にも」
私は二人の言葉にしょんぼりと肩を落とす。
ユーゴ様は誰が何と言っても、見た目も性格も、ちょっとマニアックな所も全部含めて、史上最高に素晴らしい人だ。それなのに自分のせいで推しの価値が下がるだなんてあってはならないことなのである。
「つまり、私こそユーゴ様の輝かしい人生における、たった一つの染み。やっぱり推しと結婚だなんてしちゃいけなかった。推しを押し込めたパンドラの箱の蓋は、永遠に閉めたままにしておくべきだったんだ」
「大袈裟すぎない?」
「そうですわ。少なくともユーゴ様はルミナを染みだなんて感じていないと思いますわ」
二人の励ましは、ひたすら落ち込む私の耳にはもはや届かない。
私は覚悟を決め顔を上げる。そして店内に高らかに宣言した。
「いらっしゃいませー。ユーゴ様グッズ、ご結婚なさって染みがついたので、ただいま半額セール中でーす」
「ちょ、ルミナ、何言ってんのよ!!」
「勝手に値引きなんてしたらいけませんわ」
「いいじゃん。差額は私が払うもん」
心が捻くれた私は不貞腐れ気味に二人に言い放つ。
「そういう問題じゃないし」
「重症ですわね」
「仕方ない。ミッションAよ、レティ」
「ラージャー、ローザ」
私は謎のミッション名を口にした二人に、ものの見事にはがいじめにされ、無理矢理店内の裏、バックヤードに連れ込まれた。
「ルミナこれが現実よ」
ローザがバンバンと木の箱を叩いた。
「何それ?」
高く積み上げられた箱を見上げ、私は首を傾げる。
「いい?これは全部ユーゴ様の不良在庫よ」
「ふ、不良ざ、いこ……」
「ちょっとローザ、不良ではなくて、過剰在庫ですわ」
「か、過剰在庫!?」
私は首が痛くなるほどうず高く積み上げられた木箱を前にがくりと床に膝をつく。
「そんな、ユーゴ様は素敵な人なのに。全部私のせいだ……」
在庫の山を前に私は悔しくて涙がにじむ。
ユーゴ様は不良でも過剰でもない。世界で唯一の人だ。だけどこれが現実、この積み上がる木箱がユーゴ様が不良で過剰な事を示す過酷な現実なのである。
私の落とす涙が石畳に黒い染みを作る。絶望的な気分でこの世の終わりだと打ちひしがれる私の視界にスッと真っ白なハンカチが差し出された。
「だけどルミナ、この在庫の山を捌けるのはあなたしかいないのよ」
「推しの良さは推している側が一番良くわかっている。そう口にしたのはルミナ。あなたでしょ?」
「ユーゴ様に選ばれたあなたが口を閉ざしたら、一体誰がユーゴ様を売りつけるのよ」
「売りつけるは言い方がアレですけれど、妻であるルミナしかユーゴ様の人気を回復する事は出来ないと、私もそう思います」
私はローザの差し出してくれたハンカチを受け取りながら、でもでもだってと不人気ユーゴ様の現状を訴える。
「くよくよしていたって一個もグッズは売れないのよ?」
「泣いている暇があったら、何か策を考える方がより豊かな人生を送れると思います」
「二人の推しは独身で人気があるからそんな事が言えるんだよ」
私は涙を拭きながら、二人に事実を告げる。
エドヴァルド様もフロリアン様もグッズの売れ行きは好調だ。だからそんな風に前向きに考えられるのである。
「だけど私達は推しの妻にはなれないわ」
「そうね。推しの妻。その座についたのだから、この状況はちゃんと受け入れるべきですわ」
「推しの妻……」
確かにそうだ。
こうなったのは紛れもない私のせいだ。けれど私はユーゴ様の妻。だからユーゴ様の人気を回復させる義務がある。
「そう、私はユーゴ様に選ばれし妻」
私はどこぞの聖剣に選ばれた勇者のごとく、ガバリと勢いよく立ち上がる。
「この在庫を捌けるのは私だけ。だけど一体どうやって」
私が探偵の如く顎に手を当てた瞬間。
「ちわーっす。追加商品のお届けでーす」
バックヤードの扉が叩かれ、外から声がした。
「追加商品?」
私はサッと顔を青ざめる。
何故ならこれ以上ユーゴ様の在庫を抱えるとなると、ちょっともう聖なる推しの力をもってしても、色々無理かも知れないと思ったからだ。
「取り敢えず受け取っておこっか」
「そうですわね」
わたしを置いて二人が扉に向かって歩きだす。
「あっ、待って私もいく」
私は二人に並ぶ。そして私達はおそるおそる扉を開けた。
するとそこにはグリフォン印の宅急便屋さんが木箱を台車に乗せ立っていた。
「あれ?新人さんかな?これ絶賛大好評、アルフレッド陛下の追加商品。どこに置けばいいかな?」
「ア、アルフレッド陛下!?」
私は仰け反った。まさかのアルフレッド陛下である。
「ありがとうございます。お客様のニーズ的に最高のタイミングです」
「助かりますわ。ではこちらへお願い出来ます?」
レティが手際よくバックヤードの中、空きスペースに荷物を運んで欲しいと指示する。そして程なくして、アルフレッド陛下の追加商品がうず高くバックヤードに積み上げられた。
「まいどー。お仕事頑張ってねーー」
納品し終わった宅急便のお兄さん。
明るい声で素早くグリフォンに騎乗すると、さらなる配達の旅に向かって行った。
「ねぇ、アルフレッド陛下のグッズが入荷したってこと?」
「確かに絶賛大好評ですものね。私は何度も入荷していないのかとお客様に聞かれましたわ」
私は二人に頷きながら木箱の中を覗き込む。すると麦畑で佇むアルフレッド陛下と目が合った。最悪である。でも確かに私も二人に一人。つまり二分の一の確率程度には「アルフレッド陛下のグッズは?」とアルフレッド陛下絡みの事をお客様に尋ねられた。つまり認め難い気持ち満載だが、アルフレッド陛下が現在人気である事は間違いない。
「くっ、麦畑でこんにちはってか。麦畑はユーゴ様の十八番なのにッ……って待って。いいこと思いついたかも!!」
私はアルフレッド陛下の憎たらしいポストカードを見てニヤリと口元を歪ませる。
「これならユーゴ様グッズは捌ける。いいえ必ずや捌いてやるわ。ふはははは」
「あー、ルミナのこれ、絶対いいことじゃないよね?むしろまずい方に向かっているみたいだけど」
「確実に闇落ちしている表情ですわ」
二人の声は聞こえないフリをして私は店長の元へ急いだのであった。
★★★
私がバックヤードに山積みになった商品を捌くために使用した方法。それは通称「ランダム作戦」だ。
時期外れで過剰在庫となっている商品をトレカのように何が入っているかわからない状態にして「推し袋」として販売したのである。
勿論多少中に入る人物は偏る事を表記の上、最近入手困難気味だというアルフレッド陛下のグッスも封入されている事をより大きく表示したのである。そして店長に直談判し、まとめ買い価格という感じで、通常より少しだけ値段を安くしてもらった。
不良在庫を抱えるよりは、割り引いてでも売れたほうが赤字は少なくて済むからである。
その結果、何とバックヤードに山積みになっていたユーゴ様を含む過剰在庫はほとんど売り捌く事に成功したのである。
「ルミナったら、すごいじゃない」
「アイディア勝ちですね」
「でしょう?」
などと得意げになっていた私であった。
そしてローザとレティと満ち足りた気分いっぱい。
打ち上げと称し、夕食を食べに街に繰り出そうという所で私は何故か店に来たユーゴ様に怖い顔を向けられたのである。
「悪い、今日は妻に話があるんだ。また改めてお二人には礼をする」
「そういう事ならどうぞ、どうぞごゆっくり」
「えぇ、また近い内にお食事をしましょうね、ルミナ」
というやりとりのち、ユーゴ様は勝手にローザとレティを先に返してしまった。全く嫌な予感しかしないのである。
そして現在。
「妻がご迷惑をおかけしたようで、本当に申し訳ない」
ユーゴ様は私の隣で店長に眉根を下げた顔を向けている。
「いえいえ、かつてないほどの売上でしたので、結果オーライです。こういう売り方もあるのだなと、勉強になりました」
「……いや、多分消費者的には不満が募ると思いますので、あまり褒められた手段ではないかと」
ユーゴ様は店長と話しながら、チラリと横にいる私を容赦なく睨みつけた。
最近叱られる事がなかったので、ちょっとゾクッとしたし、やっぱり格好いいなと私はユーゴ様の魅力を再確認した。叱られて得した気分を私にもたらすユーゴ様はやっぱり世界一尊いお方だ。
「ま、俺のグッズが一番売れる。その事実をお前はようやく認めたって事だしな。ユーゴ、叱ってやるな」
「チッ、偉そうに」
何故かユーゴ様と共に現れたアルフレッド陛下。
何でここにいるの?と言う意味を舌打ちでしっかり伝えておく。
「ルミナ、一応これでも陛下と名のつく人物だ。無闇矢鱈にというか、人前で舌打ちは駄目だ。こっそりにしなさい」
「はい、ユーゴ様」
「おい、相変わらずお前ら夫婦は俺に対する扱いがぞんざいだよな?」
「いいえ、心から尊敬しております、陛下」
私はこれみよがしに膝を折り、最上級の礼をアルフレッド陛下にしておいた。
「嫌味かよ。というか、店長。悪いが今回の件は俺に免じて許してやってくれ。その代わり追加のグッスは早急に納入出来るよう魔法部の担当部署に連絡しておく」
「はっ、ありがとうございます」
店長さんはピシリとこめかみに指の縁を当て、軍人らしくアルフレッド殿下に敬礼を返した。どうやら魔法部公式ショップの店員さんは、軍から出向という形で販売業務についているようだ。
「では、妻を連れて帰りますので」
「今日は助かりました。ありがとうございます」
私は感謝を込め店長に膝を折り淑女の挨拶を返す。
「こちらこそありがとうございました。物凄く勉強になりました」
店長は私に優しく微笑んでくれた。
色々あった。けれど少しは役に立てたのかなと私は店長の優しい笑顔に嬉しい気持ちに包まれた。
「おい、お前のそれって」
ほんわかした雰囲気を引き裂くアルフレッド陛下の声。
どうやらアルフレッド陛下の視線は、私がちゃっかり腕に抱える膨らんだ紙袋に注がれているようである。
「これはユーゴ様のグッズですけど?」
「まだ集めてるのかよ」
「勿論ですわ。これは私のライフワークですから」
「ぶれないな」
私はアルフレッド陛下に苦笑いを返される。
「ユーゴ、お前はどう思ってんだよ」
「妻に興味を持たれる事については、ようやく慣れたかも知れない。ただ寝る前に僕のトレーディングカードをズラリと並べてニマニマ眺められるのはちょっとまだキツイけどな」
「……お前も苦労してんだな」
「まぁ、わりとね」
アルフレッド陛下がユーゴ様の肩を労うように叩いた。
「たまには顔を見せにこい。じゃ、またな」
「そうですね。気が向いたら、ユーゴ様と遊び、えーと、謁見に伺います」
「遊びでいいよ、じゃ」
アルフレッド陛下が何度も私を誘拐した華麗な杖さばきで、一瞬にして姿を消した。
「じゃ、僕たちも帰ろうか」
「はい」
私はユーゴ様と手を繋ぐ。
本当は抱きつきたいけれど、それは家に帰れば最近許して貰える回数が増えたので今は我慢である。
「店長、ありがとうございました」
「妻が世話になったな」
私達は店長に挨拶をし、魔法部公式ショップから自宅に瞬時に帰宅したのであった。




