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105 推しの機転で我に返る

※スプラッタシーンがあります。

「キャー」

「早く出口へ」

「何、炎!?」

「やだ、熱い!!」


 混乱する声の中、気が狂ったようにそこら中に剣を振り下ろすスンブル陛下。そしてそれを止めようとして、飛び出してきた宦官の近衛に押さえつけられるカディル殿下。


 そして耳慣れた声が私の耳に確実に届いた。


「やめて、殺さないで!!」

「邪魔だ、どけ」

「いやッ……」


 シンシアの声が突然途切れる。


「え、何が起こったの?」


 私は慌ててユーゴ様の背後から状況を確かめようと顔を出す。すると、床には無残にも白目を剥いて転がる女性の死体があちこちにあった。


 さっきまで確かに私の話を聞いて、そして、頷いたり、険しい顔をしたり、表情豊かに生きていた女性達だ。それが今や恐怖で強張った表情のまま床に寝転がっている。


「やだ、何で」


 視界をずらし、そして私見てしまった。

 真っ赤に染まるドレスに身を包み床に力なく寝転がる女性を。


「ルミナ、しっかりしろ。僕はあいつを止める。君は入り口に迫る火の手を魔法で消火するんだ」

「でも、シンシアが」


 私は床に転がりピクピクと体を震わせているシンシアから目を離せない。

 首から大量に血が吹き出し、白目は上に剥いている。シンシアはピンクのドレスを着ていたはずた。真っ赤に染まったドレスではない。つまり目の前のシンシアがまるで赤いドレスを身にまとっているように私の目に映るのは、シンシア自身が流す血を、そして周りの人の流す血をシンシアのドレスが吸い込んでいるからに違いない。


「嘘よ……」


 確かに恨んでいたし、彼女のした事は許せない。だけどこんな風に呆気なく最期を迎えるだなんて思ってもみなかった。


「あいつはもう死んでる。今は生きている者を助けるのが先だろう。君は魔法使いなんだから」

「魔法使い……」

「しかも特別な魔法使いだ。君なら出来る」


 ユーゴ様は私に励ましの言葉をかけた。

 その言葉の意味もわかるし、今は確かに一人でも多くの者を火の手から救う。それが先決だとしっかりと私は理解できている。


 部屋の温度が一気に上昇し、血なまぐさい匂いと焦げた匂いに私は()せる。


「早く魔法を……」


 かけなくちゃと私は杖を握る。けれど震えて手に力が入らない。それに私の足は床に張り付いたように動かないし、痙攣し続けるシンシアから一向に目が離せない。


「あぁ、もう。ルミナ、好きだ。愛してる」

「えっ!?」


 私が顔を上げるとユーゴ様の顔が近づいて、それからおでこに柔らかい感触が当たった。えっ!?


「ゆ、ゆ、ユーゴ様!!い、今のは!!やだ、やばい、尊いが過ぎる。これは夢!?ついにキターー!!」


 私は推しへの想いが爆発し、つい拳を天高く上げた。するとパシンと軽く頭を叩かれる。


「落ち着け。今は変態感情に浸ってる場合じゃないだろ。消火を頼む」

「あ、はい!!」


 我に返った私は杖を握りしめる。

 そうだ。今は泣き叫ぶ声を上げている人を一人でも多く救うほうが先。そう思った私は入り口に向かおうとして、既に杖を構えたユーゴ様の背中を引っ張る。


「うわ、何だよ」

「こんな時にアレですけど。ユーゴ様、頑張ったらさっきのアレ、またしてくれます?」

「先払いしただろ。ほら、頑張れ!!」


 ユーゴ様に無慈悲にも入り口を杖で示された。その杖の先を見ると熱風が吹き込み、部屋のあちこちに火の粉が飛び火していた。

 背後ではまるで呪文のように「死ね」と何度も口にし、剣を振り回すスンブル陛下。確実に修羅場だ。


「ユーゴ様、ご武運を」


 私は大好きなユーゴ様の若葉色の瞳を見つめ、その美しさで先程見たシンシアの姿を一先ず消し去る。


「君も、絶対死ぬな。僕は君が強いと知っている。だから君一人に任せるんだ。いいね?」


 ユーゴ様は真剣な顔で私にそう告げた。尊敬する魔法使いでもあるユーゴ様に、私の力を信じてもらえているという事実に私の魔力が騒ぎ出す。


「はい、がんばります」

「じゃ、またあとで」


 ユーゴ様はそう爽やかに口にするや否や、杖の先からシュルリと蔓を出し一心不乱に剣を振るうスンブル陛下に向けて放った。

 しかし、魔力欠乏を気にしてか、それともこの魔力を含まない大地のせいか、ユーゴ様の杖の先から繰り出されたのは、枯れたように茶色くなった蔓だった。それを見て、これはまずいと私も本気になった。


「消火って事は水。水、水、水……」


 私は杖の先に思い切り魔力を流す。すると自分が思っていたよりもずっと、大きな水が杖の先から吹き出した。


「うわっ!!」


 私の体は放出された水の反動で背後へ飛ばされる。丁度背中合わせのような形で魔法を繰り出していたユーゴ様を巻き込んで、私は背後に飛ばされる。そして衝撃と共に、私の体は床で落ち着く。


「いてっ」

「ユーゴ様!!」


 私は自分の下敷きになっているのがユーゴ様だと判明し、素早く自分の身を避けた。


「一体何が……って嘘だろ」


 ユーゴ様の視線が私の背後を捉える。そして驚きで固まった。それを確認した私はゆっくりと背後を振り返る。

 すると、天井にもくもくとした雨雲が停滞し、部屋の中にしきりに雨を降らせていた。しかもその雲は現在進行系で天井にそって発達している。

 しかし、宙に浮くその雲がもたらす雨のせいで、部屋の中で発火した謎の火の手は既に沈下している。だけどちょっと意味がわからない状況だ。


「え、誰がやったの?」

「君だろうな」

「え、でも私は水魔法を使ったつもりなんですけど」

「流石はジルリーアの王女殿下。まさか雲から雨を降らすとはお見事ですね」

「ユーゴ様、馬鹿にしてます?」

「いえ、尊敬するし、驚いてもいるが馬鹿にはしていない」

「ならいいですけど」


 私は薄目でユーゴ様を見つめる。そしてすぐに頬をだらしなく緩ませる羽目になった。何故なら、雨に濡れたユーゴ様はどこか色っぽく、控えめに言って素敵だったからである。


「スンブル!!」


 ザーザーと上から降り注ぐ雨の音。その音をかき消すようなカディル殿下の悲痛な声が部屋に響いた。

 先程まで混乱していた部屋は私がもたらした雨雲によって冷静を保ち始めたようだ。そして部屋の中の住人は、天井に停滞する雨雲が降り注ぐ雨に打たれびしょ濡れだ。


「何だよ、何でだよッ!!」


 カディル殿下が縋り付くのは床に寝転ぶ彼と同じ様な見た目をした青年。スンブル陛下だ。けれど陛下の体は血まみれで、お腹には剣が垂直に突き刺さっている。その脇に立ち横たわるスンブル陛下を無表情で見下ろすのはイヴァンナだ。


「俺を……スナ……いかせ……」

「喋るな。おい、ユーゴ、早くスンブルに万能薬を!!」


 カディル殿下がユーゴ様に気付きそう叫んだ。そしてユーゴ様が立ち上がり横たわるスンブル陛下の脇に膝をついて座り込む。それからスンブル陛下の体に手を当て、小さく首を振った。


「嘘だ、ユーゴ、お前ならなんとか出来るだろう。そうだ。ルミナ、お前はエルフの血を持つ特別な魔法使いなんだろう。スンブルを生き返らせてくれ」

「落ち着けカディル。魔法使いだからって死者を蘇らせる事は出来ない」


 ユーゴ様が諭すようにカディル殿下に告げる。その言葉を耳にし、私はハッとする。そして慌てて先程床に寝転ぶシンシアのいた方を振り返る。


「あっ……」


 そこには黒く焦げた、かつて人だった者達の山があった。私は思わずその山から目を逸す。


「どうして」


 シンシアはあんな無残な姿になるほど酷いことをしたのだろうかと私は自分に問いかける。だけどすぐに答えは浮かばない。


「ルミナ様」


 レイラの声がして私は顔を上げる。そこにはカヤンを従えて立つずぶ濡れのレイラの姿があった。ドレスは黒く煤で汚れ、所々破けている。けれどその顔は今までみた中で一番晴れ晴れとしたものに見えた。この場にはとても不釣り合いなその顔に違和感を覚え、しかし私はホッとする。


「レイラ様にカヤン様……お二人とも無事だったんですね。良かった」

「ルミナ様もご無事で何よりです」

「ギュナナ様は?」


 私の問いかけにレイラは首を振る。


「そう」

「シンシア様は?」


 レイラに問いかけられ、私は先程レイラがしように小さく首を振った。


「私は、私はシンシアが嫌いだった。いつも意地悪するから。だけどどうしてだろう。彼女が亡くなった事が今はとても悲しい」


 ポロリと私の目尻から涙が流れる。心ではシンシアを確かに憎む気持ちがあるのにどうしてだか、悲しくてたまらない。アダム様が突然亡くなった時に受けた衝撃の比ではないくらいに何故か悲しい気持ちに囚われる。


「ルミナ様」


 レイラが私の横にしゃがみ込みそして私の肩を抱いてくれた。

 お互いずぶ濡れで、張り付くドレスが気持ち悪い。けれど、レイラの体から感じる体温は彼女が生きているのだと私に訴えかけ、その事は不思議と私を安心させた。


「復讐して、恨みを晴らしてもどうしてスッキリしないのか。それは亡くなった者の命が蘇るわけではないからなのだと、私も今日知りました。スナはもう戻ってこないから」


 静かにそう口にするレイラの視線の先には横たわるスンブル陛下の姿があった。そしてその体に縋り付くカディル殿下の姿、そんな殿下を複雑な表情で見つめるユーゴ様とイヴァンナの姿も私の目に映り込む。


「だけど、私は私を信じ戦ってくれた同士の形見を故郷に埋める為、帰らねばなりません」

「帰る?」

「シンシア様、お会いできて良かった。私は祖国に帰ります。だからここでお別れです」


 レイラが静かに紡ぐ言葉で私は全てを悟る。


「そう……カナン様と、今度こそ幸せになって下さい」

「ありがとう。いつか平和な時が来たらきのこの国に是非」

「ラボン王国にでしょう?」


 私が正しく訂正するとレイラは優しく微笑んだ。


「レイラ殿下。迎えの者が」

「えぇ。さようなら。またね、ルミナ様」


 レイラは私に別れの言葉をかけると、悲壮感漂う空気を断ち切るように、その場でスクッと立ち上がった。そして床に転がる屍を乗り越え、真っ直ぐ出口へ歩き始めた。その姿を眺めながら、私も涙を拭いて、立ち上がる。


「またね、レイラ殿下」


 私はレイラの背中にそう声をかける。レイラは軽く右手を上げ私を振り返る事なく進む。王の間の入り口には見たことのない茶色い軍服を来た人間がレイラに立て膝を付き待ち構えていた。彼らの腕に巻かれた腕章には真っ白なきのこが刺繍されている。


「言っとくけど、スンブルを殺したのも、シンシアを殺したのも私じゃないからね?」


 隣に立ったイヴァンナが私にいつもの調子で声をかけてきた。


「わかってる。というかさっきわかった。スナの事も、スンブル殿下を狂わせこのハレムに陽動したのも、そしてこの部屋に火をつけたのも、みんなラボンの仕業だったみたい。してやられたって感じだよね」

「ま、祖国を奪われた恨みってこんなもんじゃない?」


 イヴァンナがケロリとした顔でそう言い放つ。今はそのあっけらかんとしていつもと変らぬ態度に私は救われる。


「行っちゃったわね」

「うん」


 レイラが消え去り、王の間の入り口先。いつもは綺麗な花を咲かせる中庭が私の視界に映る。それをぼんやりと眺めながら、私はこの事件のおさらいをする。


 スナは素性を隠しレイラの侍女として働くべくこのハレムに売られた娘だったのだ。そして彼女は祖国の為に自分の身を捧げた。そんなスナの犠牲をキッカケとし、ラボン王国は虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのだろう。

 蛇にバッテンの文字を書いて岩に挟むと避妊薬が貰える。そんな噂を流したのはレイラの仕業。アナライ王妃殿下に毒薬を流していたのはラボンの薬師。そしてその薬師はスンブル陛下にも毒を盛った。

 けれどユーゴ様が本気を出してくれたお陰でスンブル陛下は生還した。そこで今度はきっと、精神を惑わすきのこの粉末を摂取させたに違いない。

 きのこはラボンの特産品。確証はないけれど、すべてのパーツがきのこを介してピタリとはまる。つまり、全てはレイラがこの国に復讐を果たす為にしかけた罠だったということ。


「大丈夫?」


 イヴァンナが考え込む私に声をかける。


「きのこって、実は魔法より怖いよね?」

「え?」

「やっぱさ、素性不明のきのこには手を出したら駄目ってことなんだなと改めて実感した」

「元々おかしいと思っていたけどさ、とうとうあんたもきのこの毒にやられたって感じ?」


 イヴァンナが私の顔を真剣な顔で覗き込む。


「失礼ね。あ、でも魔法も使えてきのこにも詳しかったら最強になれるかも。きのこか……ユーゴ様にきちんと教わろっかな」


 私の閃きにイヴァンナは大きなため息をついた。


「後味は良くないけど、これで終わったのかな」

「そうね。寄り道はもう懲り懲り。早くアルカディアナと決着をつけたい」


 イヴァンナの呟きに、私は今度こそ本当の意味で最終決戦なのだなと、一人静かに覚悟を持ったのであった。

お読み下さってありがとうございます。

明日から最終章に突入します。

あと少し、お付き合いいただけると幸いです。

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