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001 お父様が私を残して亡くなりました

『ベルンハルト王国軍魔法学校、魔法部研究同好会』


 そんな看板のついた部屋の中で私ことルミナ・ハイゼ=バルトシークは友人件同好会メンバーである二人と活動中。学校から支給された同好会費で購入した新聞を前に、贔屓である魔法使いばかりを集めたスクラップブックを作っているところだ。


 因みに今日の同好会の議題はずばり「王国軍魔法部で一体誰が最強か」である。


「やっぱりエドヴァルド様が最強よ。だって見て。全てを燃やし尽くす勢いのこの勇姿!!」


 ローザが目を輝かせ、新聞の一面を指差した。


『王国軍、魔法部エース達の快進撃!!』


 大きな見出しの下には、ローザの言う通り、火属性の魔法を巧みに操り攻撃するエドヴァルド様の姿が魔法動画でバッチリ掲載されていた。腕を伸ばした杖の先から炎が綺麗な軌道を描き発射されている。

 確かに火属性のアタッカーは繰り出す魔法の派手さもあって戦場で花形職である事は間違いない。


「確かにエドヴァルド様も素敵だと思います。ですがご覧になって。この下の魔法写真を。フロリアン様の氷魔法はご本人の美しさも相まって、生きる彫刻そのものだと思いません?」


 レティはエドヴァルド様の魔法写真の下に映る青みががった黒髪の青年を指差した。確かにフロリアン様は美しさで言ったら、魔法部で断トツ。さらに言えば、杖の先から紡ぎ出される氷魔法もキラキラしていて綺麗。悔しいけれど、フロリアン様はご本人も繰り出す魔法も美しく芸術的。それは私を含め誰もが認めるところである。


「でも、ユーゴ様の地属性を忘れないで。ユーゴ様が足止めしたから、アタッカーの人達はゆっくり詠唱できているわけだし」


 私は自分のスクラップブックを立てて、イチオシ魔法写真。凛々しい顔をしたユーゴ様が杖を振るう姿を二人に見せる。


 私の敬愛する魔法使いユーゴ様は眉間にシワを寄せながら気だるそうな表情で杖の先から緑色の蔦を召喚している。地属性の魔法は、火や氷、それに光といった魔法に比べると残念ながら地味な感じは否めない。


「地味だけど、そこがまたいいんだよ、うん。凄くいいの」


 私は自分のスクラップブックの中で杖を永遠に振るユーゴ様にうっとりとした笑顔を向ける。


「まぁ、ユーゴ様の魔法の腕は認める。でもユーゴ様って性格に難有りじゃない。その点、エドヴァルド様は社交的だし、何より格好いいから魔法部ではナンバーワン。それは譲れない」


 ローザは言い終わると、手に持った杖を新聞に向けて軽く振る。するとエドヴァルド様が掲載された部分がペロンと新聞から剥がれた。そしてそのまま杖を操り自分の前に置かれたスクラップブックにエドヴァルド様の魔法写真を転写した。


「やっぱり、強くて明るくて、エドヴァルド様は素敵だわ」


 ローザはわざとらしくうっとりとした声を出すと、自分のスクラップブックに無事転写完了したエドヴァルド様におどけた感じでキスする真似をした。


「ユーゴ様は魔植物以外に興味がないだけだと思いますが。因みにフロリアン様は繰り出す魔法のように常に冷静沈着。何と言ってもメガネが最高にクールだと思いませんか?特に私のオススメはこちらです」


 レティは自分の眼鏡をクイッとあげ、それから自分の前に置かれたスクラップブックをパラパラとめくった。そしてフロリアン様が眼鏡のフレームに手をあてこちらに優しく微笑みかけている魔法写真を得意げな表情と共に見せてくれた。

 どうやら王国軍魔法部がオフィシャルで発売しているブロマイド魔法写真のようだ。


「ユーゴ様は研究気質なだけ。それに口下手で損しているんだよ絶対。それに私は社交的じゃなくても、メガネをかけていなくても、植物を愛する優しい心を持つユーゴ様がやっぱり一番最強だし素敵だと思う。因みに異論は認めない所存」


 私は机の上に広げられた新聞をパラパラとめくりながら二人にユーゴ様の魅力を口にする。


「む、今回の新聞は最低ね。ほとんどユーゴ様が掲載されてない」


 私は不貞腐れ、新聞を手放す。そして自分のスクラップブックに押し込めたユーゴ様の魔法写真をパラパラとめくる。


 私の最推し、ユーゴ・ラージュ=リヒデンベルク様。漆黒色の長めの前髪。その下の瞳は若葉色。いつだって目の下には隈が凄くて不健康そう。だけど、それは寝る間を惜しんで魔植物の研究をしているから……だと私は思っている。


 残念ながら私はユーゴ様と軽い挨拶を交わした程度の面識しかない。だから巷で噂されるような、人嫌いで愛想もなく、性格が悪いとされる人物なのかどうかはわからない。それでも一度だけ私はユーゴ様と見つめ合った事がある。

 

 ユーゴ様がお昼をひっそりと一人で取っていたベンチに本を忘れたのだ。私はその本を拾って香りを嗅いで鼻血を出した。そんな状況の時、本を忘れた事に気づいたユーゴ様が戻ってきてしまったのである。


『君は何で僕の本を持って鼻血を出しているんだよ。どうしたらそうなるのか。いやいい。返してくれ』


 ユーゴ様は私に驚きのち、軽蔑した眼差しを向けた。その時にこちらを遠慮なく見据える若葉色の瞳はとても美しかった。私が益々ユーゴ様の推しになった瞬間だ。


 その時の幸せな気持ちを思い出し、性格が悪くたっていいもん。どうせこうやって眺めるだけの人だしと私は視線をスクラップブックの中のユーゴ様に向ける。


 我がベルンハルト王国軍魔法部の若き精鋭。火の使い手エドヴァルド、氷の使い手フロリアン、地の使い手ユーゴといえば、知らない人がいないとされるこの国を代表する魔法使い。同世代には他にもこの国の第三王子アルフレッド殿下というユーゴ様と属性かぶり、地属性の使い手であり本物の王子様も存在するが、私達はつい忘れがちである。理由は至ってシンプル。魔法部研究同好会のメンバーの中にアルフレッド殿下推しがいないから。ただそれだけだ。


「あー、本来なら今年の卒業までは少なくとも毎日お姿を見れたのになぁ。戦争を本気で恨む。ルブラン帝国め!!私も早く役に立ちたい。というかエドヴァルド様と戦場で共に杖を振るいたい」


 ローザが恨めしそうな声を出したのち、自分のスクラップブックに横顔を付けて机の上に項垂れた。


「ローザの悔しい気持ちには物凄く共感します。けれど私達如きが飛び級で卒業出来るわけもありませんし。現状では軍からの招集もありません。私だって早く国の為にと焦る気持ちはありますけれど、こればかりは実力が全て。仕方がありません」

「そうそう。それに私達はこのままの成績じゃ軍に所属出来たって、ユーゴ様達が所属する第一部隊に配属なんて夢のまた夢。もっと頑張らないとだよね」


 私はレティの言葉に頷きながら、スクラップブックをパタンと閉じた。


 若き精鋭と呼ばれる憧れの人達は皆、我が母校であるベルンハルト王国軍魔法学校の映え在る卒業生。私達より二年先輩である彼らは本来であれば今年卒業のはずだった。しかし昨年から続く隣国ルブランとの戦争に即戦力として駆り出された為、お三方は学校を卒業してしまったのである。


「雲の上の存在であるユーゴ様達と数年でも同じ場所で学べたこと。それを私は一生の宝にしてこの先、生きていく」


 私は今後の決意を口にする。


「そうよね。私もこのスクラップブックに詰まった学校でのエドヴァルド様。その秘蔵魔法写真を嫁入り道具にする」


 ローザの爆弾発言に私とレティは目を丸くして顔を見合わせる。


「嫁入り道具は将来のお相手に失礼なのではないでしょうか?」


 レティがメガネをクイッと上げ、冷静に指摘した。


「そうだよ。ローザの事を大好きなデニス様はきっと半端ない熱量の込められたこのスクラップブックを見たら嫌な気分になっちゃうかも」


 デニス様とはローザの許嫁。ローザはこの魔法学校を卒業し、二年ほど課せられている入隊義務を軍でこなした後、デニス様と結婚する予定になっている。つまり婚活レース一抜け組なのだ。私はまだローザの婚約者であるデニス様に会った事はない。けれど彼女からお惚気話を聞かされる事が多いので、政略結婚とは言え仲睦まじく良好な結婚になりそうだとレティと私は心からローザの事を祝福している。


「恋愛と結婚は別。憧れと現実も別よ。私の結婚相手は政略結婚でデニスだと確かに決まってる。けれど、私の胸を揺るがすのはエドヴァルド様なの。二人にはわからないだろうけどね。この複雑な乙女心は」


 少し不貞腐れたような声を出すローザ。


「今のは聞き捨てならないです。私だって婚約者がいなくても乙女心はあります。一方的に、そして主にフロリアン様限定ですが」

「私だってレティと右に同じ。婚約者がいるからの余裕の発言、許すまじだわ、ローザ」


 私はレティと共にローザを軽く睨みつけた。


「冗談よ。けど、許嫁がいるって事はエドヴァルド様が私を好きになってくれても、お断りするしかないってこと。それはそれで辛いわよ?」

「確かに。というか、そもそも半径一メートル以内に近づく事すら私達のような平凡に毛が生えた程度の魔法使いではおこがましいと思います」

「そうよ、それに憧れの人は遠くから見ているからいいんだと思う。だって実際ユーゴ様ご本人を目の前にしたら私は緊張して何も喋れない気がするもん」

「確かに、尊すぎるものね……」


 ローザのしんみりした言葉にレティと私はしっかりと頷く。そう、私達にとってお三方は恋愛感情なんてものを超えた、尊敬すべき人物であり、既に恩師も超え神様のような人達なのだ。


「ルブラン帝国との衝突。このまま何もないといいよね」

「ちょっと、ローザ。不吉な事を言わないで下さい」

「あ、ごめん」


 レティに注意され、私に申し訳なさそうな顔を向けるローザ。


「気にしないで。お父様はきっと大丈夫だから。それに今回は魔法部の若手でありエースの三人が前線で戦ってくれているんだもん。だからきっと大丈夫。ベルンハルトも、ここアルカディアナ大陸だって防衛出来るよ」


 私は自分とそれから不安げな顔を私に向ける二人に言い聞かせるように、ハッキリと口にした。


 私のお父様はベルンハルト王国軍魔法部に所属する軍人だ。そして現在私の暮らすベルンハルト王国はここ、アルカディアナ大陸に散らばる他国と協力し、他大陸から侵略してきたルブラン帝国と戦争中。どうも敵はこっちの想像もつかない重火器を使用してくるらしく、アルカディアナ大陸は幾分劣勢だとお父様は出立前に口にしていた。


 私はお父様がどんな部署に所属し、お父様がどの程度の魔法の腕なのかを知っている。だから巷で報道されるベルンハルト王国が「優勢」だとか「快進撃」だなんて、そんな言葉を心から信じているわけではない。

 お父様の所属する第一部隊の中でも精鋭達に出撃命令が下ったこと。それはこの戦争が我が軍にとって、すんなりと片付くものではない事を意味しているからだ。

 けれど親友である二人の不安を煽るのも嫌だし、父一人、子一人という家族構成である我が家の事情のせいで、必要以上に誰にとっても気になる戦争の行方という話題に気を使わせてしまうのは悪い。


「そうよね。エドヴァルド様がいるもんね。大丈夫」

「そうよ、フロリアン様だっているもの」

「それに、お父様だってエースの三人に負けないくらい強いんだから、絶対負けないはずよ!!」


 私は暗くなってしまった雰囲気を吹き消すように、わざと明るい声を出した。そう。お父様は絶対に大丈夫。いつだって必ず私の元に帰ってきてくれたのだから。



 ★★★



 それから数カ月後。見事ベルンハルト王国はルブラン帝国側から仕掛けられた戦に勝利する事ができた。


『完全勝利。ルブラン帝国軍がついにアルカディアナ大陸から撤退!!』


 新聞記事の見出しにはそう書かれていた。


 結果だけを見れば確かに我が大陸は防衛に成功した。けれどそれは多くの犠牲を伴う勝利であり、とても後味の悪い、そして辛い勝利だった。

 特に私にとっては一生忘れられない戦いとなった。何故なら今回の戦争で唯一の家族であるお父様の命を容赦なく帝国に奪われたからである。


「絶対に戻ってきなさいよ」

「また魔法部の推し魔法使いの話をしたいです」


 お父様の訃報の知らせを聞き、私が急いで実家に戻る時親友のローザとレティはそう言って私以上にお父様の死を悲しみ泣いてくれた。


「うん、必ず。また」


 私はお父様の死に混乱し涙すら出せなかった。けれど必ずまたベルンハルト王国軍魔法学校に戻ると、そう親友二人に約束した。そして私は王都にある実家に慌てて戻ったのであった。

お読み頂きありがとうございます。

毎日朝の六時に投稿予定です。

隙間時間にお楽しみ頂けると幸いです。

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