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ウィズダムアカデミー異世界文化研究会

作者: はんぺん千代丸

 ウィズダム・アカデミーといえば、大陸最高の魔導士育成機関として知られている。

 智慧を意味する語をその名に冠したこの学院は、過去、百ではきかない数の大魔道士、大賢者、大学者を輩出しており、その名は世の隅々にまで轟き渡っている。


 しかし、そこに所属する者にしてみれば、そんな名声など如何程の価値もないだろう。

 彼らにとって、名は誇りに直結しない。

 それは俗事に関わらないための虫除け程度の意味しか持たないのだ。


 外に自分の名を売るヒマがあったら、中で自分の智を高めるために時間を割く。

 そういった、真性にして筋金入りの智の信奉者だけが、この学び舎の門をくぐることができる。脳容量に贅肉はいらない、が、彼らの合言葉であった。


 さて、そんなウィズダム・アカデミーの一角に、とある研究会がある。

 この世界とは異なる相に存在する、別の世界。

 積み上げた成果によって実在が証明されているそれを、さらに探求するための集まり。


 ――その名を、異世界文化研究会という。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 光が灯った。

 天井付近に浮遊するそれは、照明であると同時に、会員の到着を知らせるものでもある。

 球形のそれが、全部で十三個、円を描くようにして配置されている。


「……揃ったようだな」


 十三の煌々たる輝きの下、黒いローブを纏った男が低くしゃがれた声で言った。

 照明の下にあるのは、巨大な石製の円卓である。

 そこに、彼を含めて十三人、いずれも同じ黒いローブを纏った男女が集まっている。


「まずは、我ら十三人の研究会員、全員が集まれたことを嬉しく思う」

「前置きはいいよ、ガランのおっさん」


 威厳に満ちた物言いをする低い男の声に、噛みつくように言ったのは若い女だった。

 十三人の中で一人だけ、ふてぶてしくも円卓の上に肘で頬杖をついている。


「【炎の髪の】デュレナ、か」

「その異名やめてよ。アタシ、この髪好きじゃないんだからさ……」


 その名の通り、炎のように赤く、そしてうねっている髪を軽くいじりつつ、デュレナは自らがガランと呼んだ男に向かって顔をしかめる。

 円卓を囲む他の黒ローブ達の間から、かすかな笑い声が聞こえた。


「ったく、まあいいや。そんなことより、さっさと本題入ってよ」


 デュレナは頬杖のままで、眉間にしわを寄せてそれを言う。


「アタシらもさ、ヒマじゃないんだからさ」

「――然り。そちらの小娘の言うことも尤もであることよな」


 次に口を開いたのは、ガランよりもさらに低い、いっそ重々しいと評するべき声。

 それは、十三人の中で最も巨大な体躯を持つ黒ローブから放たれたものだ。


「【巨重金剛】ダルヴァール、相も変わらず忙殺されているようだな」

「世間話に興ずる気は絶無。用件を申せ。全員集結に値する話であることをを期待する」


 そこまで言って、フードをかぶったままの巨漢ダルヴァールは口を閉ざした。

 彼以降、何かを語る者はなく、訪れた静寂の中にガランの溜息がやけに大きく響く。


「そうだな。我が研究会に前置きは無用。話に入ろう」


 ガランが言うと、天井の真ん中から一筋の光が下りて、円卓の中央を照らす。

 皆が見ている前で、闇に沈んでいたものが音もなく浮かび上がった。


「一昨日、新たな〈異物〉の召喚に成功した」


 ガランが告げたその言葉に、他の十二人が一斉にざわめいた。


「ついにやったのか!」

「一昨日だと? 何でもっと早く知らせない!」

「いやいや、全員が揃うタイミングを待っとったんじゃろ。そういきり立つでない」


 歓喜に沸く者、怒る者、それをたしなめる者。

 それぞれがそれぞれの反応を見せて、円卓は一時騒然となる。

 その間、ガランは腕を組んで沈黙を貫いた。気づいたデュレナが彼をジッと睨む。


「その、誰にも気づかれないよう気配を殺しながら優越感に浸るクセやめろよ」

「何の話か、わからないな」


 ガランは努めて平静を装ったが、槍で心臓を抉られるレベルで図星だったの、頬にほんのりと朱が差した。薄暗い中でなければ、それも皆にバレていただろう。

 しかし実際、十二人がざわめき、ガランが悦に浸るだけの理由がしっかりあるのだ。


 異世界文化研究会は、ウィズダム・アカデミーの中でも特に優れた者の集まりだ。

 彼ら十三人に共通しているのは、いずれも大陸に名を馳せる魔導士であること。

 そして〈理外の世〉と呼ばれる最外縁異世界の物質を召喚する魔法が使えることである。


 異世界には種類がある。

 天界、魔界、妖精境のような、ごくごく近い相の世界もあれば、並行世界のように相としては近いが干渉するのが困難な世界などもある。

 その中で、次元的観点で見た場合最も遠い相にあるのが〈理外の世〉である。


 それだけに、召喚の難易度は他の世界に比べてケタ違いに高く、困難だ。

 普通の魔導士ならば、召喚魔法を試みた時点で全魔力を放出して枯死するハメになる。

 そして、大陸最上位に位置するここにいる十三人ですら、召喚の成功率は低い。


 このたびのガランの成功も、二百を超える試行の末のものだった。

 かかった経費だけを見れば、街一つ買えてもおかしくないだけの額に達している。


「これは、一体何なんだ?」


 黒ローブの一人が円卓中央に置かれた〈異物〉へと視線を注いだ。

 それは、奇妙な形をしていた。

 一見すると円柱形、しかしよく見れば上に行くほど径が大きくなっていく。


 細長い台形を逆さまにしたような感じで、大きさは手のひらに乗る程度。

 片手で掴めるくらいの太さで、表面は白を下地として不可解な文様が描かれている。

 上部は、紙のにも見える素材で蓋がされているようだ。


 ゴクリと、誰かが息を飲んだ。

 デュレナとダルヴァール含めて、全員がその物体に熱い視線を注いでいる。

 今にも、手にとって詳しく調べてみたいと言わんばかりだ。


「ありゃ何だ、蓋か? 蓋がされてんのか? じゃあ容れモンか?」

「中に、何かが封印されているということかもな」


 呟くデュレナに応じるような形でのガランの言葉に、またしても場がどよめいた。

 〈理外の世〉にも封印という技術があった。

 提示されたその可能性は全員に強烈にして新鮮な驚きをもたらした。


「封印――、つまり〈理外の世〉の民は、我らと同じ概念を有しているのか」

「いや、待つんじゃ。今のはあくまで可能性が示されただけじゃろう、確証はない」

「確かに。しかし十分に検証の余地がある示唆だ実に。興味深きことよ」


「封印されているとしたら、何が封印されているんだ?」

「〈理外の世〉の魔物か、精霊。いや、神のたぐいである可能性もあるか」

「下地になっている白色は宗教的な意味合いを含んでいるのかもしれないな!」


 溢れる興味は膨張し、熱を持ち、場を激しく沸かせる。

 それを一歩引いた位置から眺めながら、ガランは腕組みをして黙りこくった。


「そのわかりにくいご満悦をやめろっつったしょ!」

「……すごく、気持ちがいいぞ」

「だからって押し殺しきれない笑み浮かべて感想述べてんじゃねぇわよ。キモい!」


 デュレナから痛烈な批判が飛ぶが、ガランはそれに全く動じない。

 この程度で貫かれるような面の皮では、ここにいる十三人の一角には収まれないのだ。

 当然、デュレナもそんなことは百も承知で、彼女はガランに話の先を促す。


「どうせ、もう調べ終わってんでしょ。これについて」


 白い逆台形の〈異物〉をチラリと見やる彼女に、ガランは笑みを深めた。


「全て調べ尽くしたワケではないが、まぁ、おおよそはな」


 得意げである。実に得意げである。

 今、彼の前に紙人形も一つでも立てれば、荒い鼻息によって吹き飛ばされるに違いない。


 アカデミーの研究員にして教授。その寡黙さと全身から溢れる知的な雰囲気、冴えた刃を想起させる見た目の印象から【栄えある沈黙】とも称される彼だが、実のところその本性は自己顕示欲と承認欲求に満ちたエゴの権化であった。


 ただしそれは名声を欲するものではない。

 彼は、自分の力で得た知識を同列の者にひけらかしてマウントをとるのが好きなのだ。


 自分だけが知る情報を小出しにした上で、それを期待する者共に恵んでやる。

 その瞬間に得られる満足。恍惚。充足。優越感!


 この愉悦を上回るだけのものが、果たして他にあるだろうか。

 性的快楽にも近い、いや、それを遥か上回る気持ちよさが彼の全身を駆け巡っていた。


「フフフ、知りたいか。いや、知りたいだろうな。フフフフフ!」

「今アタシは頬を上気させながら声を弾ませてマウントとってくるオッサンを骨まで燃やし尽くしたい衝動に駆られているけど、きっとこれって正常な判断だよね」

「デュレナの判断を支持するところである」


 ダルヴァールが賛同を示すと、他の黒ローブ達も揃ってうなずいたりした。

 これ以上、勿体ぶるのは己の死に直結する。

 漂う空気からそれを察したガランは、咳ばらいを一つ。


「この〈表面〉を見るがいい。小さくだが、文字が描かれているのがわかるだろう」

「――ふむ。そういえば〈理外の世〉にも文字は存在するのだったな」


 ダルヴァールが身を乗り出して〈異物〉を眺める。

 確かに、そこには文字のようにも見える模様が描かれているようだ。

 そして直後、同じく身を乗り出していたデュレナがハッとガランの方を向いた。


「待ちなさいよ、ガラン! 今、ここで文字に注目しろって言ったってことは……!?」


 さすがは大陸最高の十三人のうちの一人。これだけでもう全てを察したか。

 ガランは彼女へと内心称賛を送りつつ「その通り」とうなずいた。


「二日徹夜する羽目になったが、この部分の文字の解読はもう終わっている」

「「「なッッ!!?」」」


 円卓を囲む十二人の間に、激震が走った。

 確かに、ガランはアカデミーでも随一と呼べる魔法文字の専門家だ。

 大陸に存在する数多の言語、文字を彼は全て会得し、知識として網羅している。


 過去、終末の王と呼ばれる世界規模の脅威が大陸を席巻した際、彼は唯一打倒うる方法を滅亡した古代文明が遺したわずかな資料から読み解き、実現したこともある。

 しかし、それでも今回の解読に比べれば、大したことではないと全員が断言するだろう。

 たった二日での〈理外の世〉の言葉の解読は、それほどまでの快挙であった。


「チッ、仕方ないけど見直してやるわよ、おっさんのこと」

「うむ。事実であるならば、それがしもガランの功績に敬服するものである」


 デュレナとダルヴァールをはじめとして、他の黒ローブ達も揃ってガランを称えた。

 充足感に満たされるのを実感する。全く、苦労した甲斐があったというものだ。

 無論、最も大きい動機は自分の中にある「知りたい」という欲求だが。


 そして、それはこの場の十二人も同じことだった。

 ガランは、この円卓に過去の自分を映す十二枚の鏡が置かれているように感じた。


 同じなのだ。皆が浮かべる表情が、二日前の自分と。全く同じ。

 デュレナがいよいよ瞳に飢えの光をギラつかせ、バンと両手で円卓を叩いた。


「ちょっと、ガラン! 何て書いてあったのよ! 教えなさいよ!」

「そうだ! そのために我らをここに集めたのではないか!」

「然り然り。いい加減、宝の独り占めは大人げないぞ、ガランよ。なぁ?」


 皆がデュレナに同調し、ガランを強くねめつける。

 お預けをくらわすのもここいらが限界か。

 この優越も十分に楽しんだ。ガランはそう判断し、いよいよ解読した内容を明かす。


 全員が、動き始めた彼の唇に注目した。

 果たして、この逆台形の〈異物〉には何が書かれていたのか。


 ――あるいは、封じているモノを示す警句か。

 ――あるいは、異世界の神話を綴った物語か。

 ――あるいは、これを遺した何者かの遺言か。


 緊張が高まる。沈黙が破られる。

 皆が焦がれるほどに求めた答えが、ここに明かされる――――!



「『名称:即席カップめん(シーフード)』」



 ガランが告げた第一声が、それだった。


「『原材料名:油揚げめん(小麦粉、植物油脂、食塩、たん白加水分解物――)』」


 全員が何も言えずにいる中で、円卓に、彼が淡々と読み上げる声だけが響く。


「『調理方法:1.フタを半分まではがし、熱湯を内側の線までゆっくり注ぐ。2.フタをして3分でOK。さめないうちにおめしあがりください』」


 そこで、彼は言葉を切って長く息を吐いた。

 全員が息を止めて彼を見据えている真っ最中のことだ。


「……以上だ。二日では、ここまでが限界だった」


 彼が円卓中央に鎮座するそれに目を移すと、他の皆も同じくそちらを見る。

 場を支配する緊張はそのままに、デュレナが尋ねた。


「じゃあ、これはつまり――」

「ああ」


 ガランが深く深く首肯して、告げた。


「これは間違いなく〈理外の世〉の、加工食品の一種だ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」」」


 薄暗い円卓に、喝采が爆ぜた。


「何という……、何という成果だ!」

「まさか、食品!? 食品だって!!?」

「しかも聞いたか、加工されているそうだ! まさか、そんな技術が〈理外の世〉に!」


 ガランを除く十二人の会員達は、彼が公表した成果に対する驚嘆を口々に騒いだ。


「改めて見てみると、何と驚異的な描画技術だ! こんなにも文字が小さい!」

「いやいや、それよりも私は揚げ麺という発想に驚かされた。麺を揚げるだって!?」

「これはどうやって食べるんだ! 食材は何を使っているんだ!」


 一分を過ぎても収まらぬ狂喜と興奮に、やがてさらに拍手が混じり始めた。


「さすがは〈栄えある沈黙〉、我が研究会始まって以来の快挙だ!」

「異世界の食品の召喚は初めてだぞ、それだけでも研究会史……、いや、大陸の歴史に名を遺すこともできるだろう。名に意味はなくとも、大変なことを成し遂げたという事実を後世の魔導士達に示すことはできる! これはそれに値する事実だ!」


 円卓を囲む十二人全員が立ち上がって、ガランに拍手を送った。

 それを全身に浴びながら、ガランが胸を張るでもなく、恐縮するでもなく、ただ浸った。


「ちぇ、今日だけは悦に浸るのも許してやるわよ。でも次はアタシの番だからね!」


 デュレナがいかにも悔しげに言いながら、だが拍手は止めない。

 そこには、明らかな対抗心と共に、素直な称賛の意がはっきりと感じ取れた。

 やがて、拍手の渦がやっと薄らいできた頃、誰かが言った。


「……ところでこのカップ麺とやらは、どんな味がするのだろうな」


 十三人、二十六の瞳が、円卓中央のカップ麺に注がれた。

 先ほどまでの狂騒がまるで幻であったかのような、完全なる静寂がやってくる。


「探求は、最後まで行なってこそだと思わないかね?」


 ガランが言う。

 ゴクリ。生唾を飲む音は、きっと彼の聞き違いではない。


「史上初めて確認された〈理外の世〉の加工食品を食すと? それは余りに罪深い」


 しかしここで、ダルヴァールが反対の意を示す。

 これにより、他の面々も口には出さないがそれに倣う空気を醸し出し始めた。

 だが――、


「アタシは食いたいわね」


 そんな空気を一蹴する、あっけらかんとしたデュレナの一声。


「だって、食べ物なのよ? 食べないで調べるだけで、何が知れるのよ。そりゃ、何か〈理外の世〉の技術とか、そういうのは少しはわかるかもしれないけれど『論』ばっかり先行しても、肝心要の『感』を欠いたら片手落ちじゃない? 何のための研究よ?」


 言い募る彼女に、反論できる者はいなかった。

 そこにさらに、ガランが笑いながら続けた。


「大陸で我らだけが知る秘密。〈理外の世〉の味を、ここにいる十三人だけで独占する」


 秘密の独占。限られた中でのとびっきりの知識の共有。

 その甘美な響きは、反対を表明したダルヴァールでさえ抗えない蠱惑の提案であった。


「――悠久を望めぬがための、刹那に限られた価値もまた輝ける智が一つ、か」


 彼も折れた。よって、


「よし、食べるか!」


 異世界文化研究会、大陸史上初! カップ麺実食に挑戦!


 おいしかったそうです。


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