元悪女の聖女、ポンコツ王子と共に自ら追放されます~ところであなたも聖女って聞いたのですけど~
とある国のとある城内のパーティー。華やかに着飾った人々は、目の前で繰り広げられる光景に呆然としていた。
「アザレア・アレニウス!!お前との婚約は今日この場限りで、破棄する!!そして、聖女としてのお前も今日で終わりだ!」
第二王子エリックは、片腕に愛くるしい少女を絡ませてそう高らかに宣言した。一方の婚約者であるアザレア侯爵令嬢は、気の抜けきった返事を返した。
「はぁ、そうですか」
「なっ・・・。ま、ま、まあ、いい。お前がなぜ婚約を破棄されるか分かっているのか?」
明らかに動揺するエリックと反して、アザレアは冷静にその場の様子を見てさらりと判断した。
「そちらの腕に絡まっている彼女と婚約したいので、私はお役御免とかでしょうか」
「違う!いや違わない!このルーナは、お前と同じ聖女なのだ。と言っても同じ聖女といえども、性悪なお前とは違い、見た目だけでなく心まで美しいのだ!」
アザレアは侯爵令嬢でありながら、聖女であった。二年前、突如としてその力に目覚め、一年間の神殿での修行を終えて帰って来た。漆黒の髪をかき上げながら、面倒そうにエリックを見つめる。
「お前はこの一年何をしていた?帰って来ても、僕の元には全く来ず、そこの神官とばかり共に・・・。お前は僕の婚約者なんだぞ!僕とこの国のことだけを考えておけばいい!」
彼女の隣に立つ美貌の神官を指さして、王子はますます声を荒げた。アザレアは神殿から帰って来た際、この神官と複数の巫女を連れて来た。彼女は彼らと共に神殿ではなく、この国で真面目に聖女としての務めを果たしていたのだ。
「あの殿下、わたくしはそもそももう」
「その呼び方もだ!帰って来てからどうして僕のことをそんな風に呼ぶ?!前は僕のことを愛称で呼んでいたのに。なんで、なんで、なんで、なんで、なんで」
アザレアの言葉を遮り、悲鳴のような声を上げる。彼の声にやっと気づいた国王たちが、こちらに向かってきた。
「どうした、落ち着きなさい。エリック」
「だって・・・だって父上・・・」
ヒックヒック言いながら、いい年をして父親に縋りつく。彼は末っ子で、散々甘やかされたため、癇癪持ちのワガママ王子であった。勉強も苦手で、運動も苦手。ただその見た目だけは雪女である母親の血を色濃く受け継ぎ、とてつもなく美しかった。ぽろぽろと涙を流す彼は、精霊の子どものようで周りの人々を魅了した。
「あの陛下、もしかしてエリック様に何も伝えていなかったのですか?」
困惑した顔のアザレアは、国王に詰め寄った。
「いや、そろそろ伝えようと思っていたのだ・・・本当」
「父上・・・」
「そうやってこの子を甘やかすからこんなことになったのですよ。早くお伝えください」
王太子である第一王女と、第一王子に責められて国王は泣きわめいている息子の肩を掴んだ。
「・・・エリック、よく聞きなさい。もうお前とアザレア嬢は婚約者じゃない。二年前の彼女が神殿に送られた時点で婚約は解消されているのだよ」
「へ?」
「二年前のアザレア嬢は今と違って、とてつもなくわがままでどうしようもなかっただろう?侯爵はいつまでもそのままの彼女のままではまずいと危機感を持ち、神殿に完全に彼女を預けた。もう彼女は聖女であっても、侯爵令嬢ではない。だから、婚約はもうなくなっているのだよ。お前に言うとパニックになって暴れると思ったからな。今日伝えようと思っていたのだが・・・。エリック、知らないうちにこんなことをして、黙っていて悪かった。お前が望むなら彼女・・・ルーナ嬢だったか?との婚姻を認めるよ」
エリックは泣き止んだが、黙り込んでしまった。ショックを隠し切れないようだ。それを知ってか知らずかアザレアは更に追い打ちをかけた。
「皆様には黙っておりましたが、わたくしは本日でこの国を去ります。先ほどエリック殿下には『この一年何をしていたのか』と言われましたが、お答えとしては新人聖女としての研修を行っていました。わたくしは一度神殿に戻ったのちに、また別の所に今度は一人前の聖女として派遣されます。この国にはまた別の聖女が赴任しますので、宜しくお願いします」
アザレアは全て言い終えてスッキリしたのか、晴れ晴れとした顔をしている。かつては侯爵家の悪女と言われた彼女はもういないことを改めて彼らは認識した。
「それではわたくしは出発の準備もありますのでそろそろ。これまでありがとうございました。エリック様、そちらの方とお幸せに」
別れの言葉を口にして背を向けた彼女にただ一人駆け寄った者がいた。エリックだった。
「待ってくれ!!行かないでッ、レア」
アザレアは振り返った。そして、苦い顔をした。
「殿下、わたくしはもう昔のようなあなたと遊び歩いている人間は止めました。これからはこの世界のために働こうと決めたのです。大体、あなたはそこの方ともう恋仲なのでしょう?わたくしを引き留める権利はありませんよね?」
「ぅうううう・・・、違う!そんなわけない・・・」
低く唸りながら、彼は自分の側近たちをちらりと恨めしそうな顔をして見た。
「お前たちがアザレアの気を引くにはこれしかないと言ったんだぞ」
「まさか本気にするとは思いませんし・・・」
「ええ、わざとじゃないですよ?冗談です」
側近たちはにやついた顔をして反論した。彼らは自分たちの主を全く敬ってはいなかった。とてもじゃないが彼は王にもなることも出来ず、適当におだてていれば気分を良くする扱いやすい主で遊んでいたのだ。今回も彼らにとっては娯楽の一つでしかないのだ。そんな中、一人エリックに加勢する人間がいた。ルーナだ。
「アザレア様、私が今日殿下と現れたのは彼らに雇われたからです。私は先ほど初めて殿下とお会いしました。私にはすこっしも殿下をお慕いする気持ちなんてありません」
「少しも」を強調してルーナは告発した。彼女の発言に側近たちは焦った声を上げた。彼女の言葉に後押しされたのか、エリックは再び口を開いた。
「レア・・・僕ちゃんとするから。行かないで・・・。ごめんなさい、君が許してくれるまでずっと謝るから。だから、お願い」
顔をぐしゃぐしゃにして土下座するエリックに周囲の人々は段々彼が哀れに思い出した。彼は無能ではあったが、嫌われてはいなかった。傲慢ではあったが、無闇に誰かを傷つけるような人間ではないからだ。そんな彼が大勢の前で辱められるような扱いを受けるのが耐えられなかったのは当事者であるアザレアも同じであった。
「エリック様、わたくしは貴方が好きです」
アザレアは急に大声で高らかにそう言うと、土下座する彼の元に跪いた。ポカンと彼女の顔を見つめているエリックにこう語りかけた。
「エリック様はどうですか?先ほどからわたくしに行かないで、ごめんなさいと繰り返していますけれど、わたくしのことを好きですか?」
「好きだよ。一番好きだ。この世界で一番」
エリックは真顔で答える。思っていた以上の言葉だったのか、少しだけアザレアは耳を赤くしたが、すぐに気を取り直して更に続けた。
「わたくしがどんな人間でも?」
「うん」
「侯爵令嬢でなくても?」
「ああ」
「わたくしとならどこにでも行けますか?」
「もちろん」
「わたくしがこれから何をしても許してくれますか?」
「当たり前だ」
「そうですか、ありがとうございます。約束ですからね。それでは最後に聞きたいのですけれど、これからもずっとわたくしを守って、一緒にいてくれますか?」
「おい、待て、エリック!!」
「ああ、もちろんだ!僕は君をこれからずっと守って、一緒にいるよ!」
何かに気が付いた国王の制止も空しく、彼女の言葉を反復したエリックから突如として強烈な魔力が溢れ出す。エリックとアザレアの間の床に魔法陣が現れ、光がほんの数秒辺りの視界を奪った。一瞬の間の後、最初に声を出したのはエリックだった。
「一体何なんだ?」
のほほんとしたエリックを見て、彼の家族は血相を変えた。彼の美しい顔に雪の結晶の形をした痣が浮かんでいたからだ。アザレアは悪戯が見つかった子どものようにはしゃいだ声を上げた。
「あーあ、大変。大切な王子様がわたくしの契約精霊になってしまいましたわ」
この国は別名『妖精の国』と呼ばれていた。他の国では余り表には出てこない人以外の種族が国民として暮らしているからだ。それは王族も例外ではない。歴代様々な妖精や亜人との子どもがいた。王族には彼らと交わるためのルールが設けられていた。その一つが『永遠の命を得ない』ということだ。これはいつまでも同じ王が政権を握ることがないように初代女王が配慮したものだ。王でなくても、世代が変わろうと存在し続ける王族は国政の邪魔なるというのが女王の考えであった。故に以降の王族は必ず不老であっても、不死の子が出来ないように配慮した。人間以外の種族と言えど、妖精も亜人も大体の寿命が決まっていたので問題はなかった。だが、精霊だけは別である。彼らだけは自然と一体化した不老不死の存在だった。精霊とは婚姻しないことが歴代の王たちの暗黙の了解になっていた。
それを破ったのが今の国王だ。彼が妻に選んだのは、不老ではあるが低級の精霊に値する
が寿命が人並み以下の雪女であった。不死ではないために認められたが、低級精霊の雪女にも不老不死になる方法がある。それが精霊契約だ。
「僕とレアが精霊契約を?さっきまでの質問がそうなのか?」
「ええ、そうですわ。わたくしに忠誠を誓って頂きましたもの。これであなたは不老不死の上級精霊ですわ」
精霊契約は人間が絶対忠誠の精霊を得る代わりに、精霊側が契約前より大幅に強力になるというものだ。それは精霊の格をかなり上げるため、上級の精霊ならば精霊王や低級の神や魔神にも劣らないものになる。もっとも精霊は気難しいため滅多に契約をすることはないが。半分雪女の彼にはその資格があった。
「アザレア!どうしてこんなことを!」
これまで黙っていた彼女の父が大声を張り上げた。彼女は、国王たちを睨みつけながら、口を開いた。
「そんなの決まっています。エリック様を王族から追放してもらうためです」
「そんなことをしなくても君とエリックの結婚を止める者はいない!君たちの結婚を必ず認める。だから早く契約を解除しなさい」
「いいえ。いいえ、いいえ。いけませんわ」
アザレアは否定する。その翡翠の瞳は真っ暗で、考えが読み取れない。
「だって、このまま王子と侯爵令嬢に戻ったらきっとあなた方はわたくしたちを愛玩動物のように扱うのでしょう?甘やかして、仕事もさせずに。ただ可愛い、可愛いと家畜のように飼われるだけでしょう?」
「なっ・・・」
返答できない王族たちを良いことにアザレアは更に追い詰める。
「だってそうでしょう?エリック様は元々出来がよくありませんでしたけれど、馬鹿ではなかった。それがこんなに自分で判断が出来なくなるまであなたたちに甘やかしという名の毒を飲まされ続けて、情けない姿になった。わたくしはこれ以上この方をここに置いていくことは出来ませんわ」
「私たちがエリックを馬鹿に育てただと?ふざけやがって。やはり俺は最初からこの女を婚約者にするのは間違いだと思ったんだ!父上、この女は聖女ではなく魔女だ!早く殺して契約を破棄させましょう。大丈夫だ、エリック。兄ちゃんが今助けてやるからな!」
「ああ、可哀想なエリック。こんな見た目以外美しいところが何もない女に騙されるなんて。大丈夫ですよ、父上。精霊契約をすると持っている魔力をすべて失うのですから、この女はもう聖女ではありません。神殿も文句は言えないでしょう。可愛いエリック、お姉ちゃんに全部任せてね、ね?」
先ほど父に「甘やかしすぎだ」と言っていた二人は忘れたかのようにエリックにこう言って近づこうとした。同時に衛兵たちはアザレアに向かい武器を向けた。国王は何も言わず、ただ考え込む姿勢を崩さなかった。
「エリック様、皆様はこうおっしゃっています。あなたが望むなら契約を解除しますわ。でも、わたくしにはもうあなたと一生そばにいる覚悟が出来ています。それを踏まえてお選びください」
「アザレア・・・僕は・・・」
ごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。彼は恐る恐るでも確実な意思を持って、言葉を発した。
「君と行こう。ここは僕らの居場所じゃない・・・。僕らはペットじゃない!」
「エリック!どうして!」
「武器を構えろ!逃がさないぞ、お前は俺たちの家族なんだから。あの女さえ殺せば目が覚める。いけ!!!」
衛兵たちが一斉に銃を放つ。が、一つも当たらない。
「邪魔をするな!お前のためなんだぞ!」
エリックは氷の壁で全ての弾をはじいた。上級精霊になった彼に勝てる人間はいない。彼は彼女を抱き上げて宙へと浮きあがった。
「僕のためじゃなくて自分のためでしょう?僕にはもうあなたたちは必要ない。アザレアだけがいればいい」
「エリック様・・・」
「もういい。早く行きなさい」
「父上?!」
「お前が決めたならそれでいい。今まで悪かったな」
「・・・いいえ、今までありがとうございました。さようなら」
「さようなら、陛下。お父様、お母様さようなら」
二人は天高く飛び立っていった。アザレアは最後に一言だけぽつりとこんなことを言った。
「そう言えば、聖女のことを忘れていましたわ。あっ、ルーナさん代わってくださる?じゃあ、後はよろしくお願いします」
と。ルーナは叫び声を上げながら逃げ出したが、その後、麗しい神官によって捕獲されそのまま聖女となったのだった。
一連の騒動にパーティーの参加者たちは目を剥いたが、終わってみるとなかなか伝説的な歴史の目撃者になれたとよい方に捉えた。まるで大衆の好む舞台のような婚約破棄騒動から始まり、王子の廃嫡、新たな聖女の誕生と目白押しのパーティーとなった。もちろん関係者たちは真っ青だが。そんな中一人、アザレアの真意に気が付いている者がいた。彼女の母、侯爵夫人である。
「本当に自分の望みを叶えたわ・・・。聖女として更生したわけなかったのね」
誰にも聞こえないような小声でそう呟いた。母だけはアザレアの趣味を知っていた。彼女は幼い頃から美しい顔の人間の絶望した顔が好きだった。先ほど、ルーナが悲鳴を上げた時の顔を見た彼女は嬉しくてたまらない顔をしていた。第一王子と第一王女が泣き叫んでいた時も歓喜に震えた顔をしていた。恐らく大抵の人間は彼女が悪女だからあんな顔をしていたと思うだろうが、実際は逆だ。彼女はあの顔を見たくて悪女になっていたのだ。
その彼女の厄介な性分にあまりにエリックは当てはまりすぎた。国で一番美しいと言われる顔が彼女のために何度も涙を流し、縋りつけばどれだけ彼女が満たされただろうか。普通の人間なら顔と血筋しか取り柄のない彼を結婚相手に望まない。しかし、アザレアには違ったのだ。聖女として大人しく神殿に渡ったのも、エリックに極度のストレスを与えるためだろう。婚約解消も本当は怒っていたのかもしれない。これは両親と解消させた王族への復讐だった。恐らく今後泣かされるだろうエリックに同情しながら、どうも王からの咎めもないようだし、夫人はただ娘の幸せを願うばかりだ。
「レア、これからどうしようか?」
「んー、冒険者にでもなる?」
「それって僕しか働いてないじゃないか」
「あら?そう言えばそうね。でも昔魔力は高いから冒険者になりたいって言ってたじゃない」
「言ってたかな・・・いや言ってたかも。でも冒険者って野宿とかだよ?僕らには無理じゃない?」
「それは心配しないで。私、聖女としてあらゆる身の周りのことが出来るようになっているの。野宿ぐらい余裕よ。何なら誰もいない島でだって生活できるわ」
「まさか素潜りで魚でも獲る気?」
「あら、家だって簡単なものなら出来るわよ?聖女は強くなくっちゃね!」
「神殿は聖女を何にしたいんだ・・・?」
城から出たエリックは何かから解放されたようにまともな思考回路になっていた。
「ねえ、リック。本当に良かったの?」
「いいって何度も言っているでしょ。元々僕には王子なんて柄じゃないし・・・。それより不老不死だから君が先に逝ってしまうのが嫌でたまらないよ」
「じゃあ、私たちの旅の目的はそれにしましょう!私たちがずっと一緒にいられる方法を探すの」
「うん、君が望むなら」
二人は手を繋いでどこかの街並みに消えていった。
最初は普通のざまぁものでしたが、エリックが可愛く見えてきたので止めました。たまには馬鹿が救われる話があってもいいですよね。