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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鈍感幼なじみが手強すぎる

作者: ピッチョン

【登場人物】

雲居夢芽くもいゆめ:高校一年生。幼なじみのなこに日頃からアプローチしているが気付いてもらえていない。

深部なこ:高校一年生。朝に弱く夢芽に毎朝起こしてもらっている。運動神経が良い。



 友達としての付き合いが長ければ長いほど、好きと伝えるタイミングが難しい。恋人にはなりたいが今の関係性を壊したくないという不安が躊躇を生んでしまう。

 衝動に任せて気持ちをぶつける人もいるだろう。それが結果として功を奏する場合があるのも分かっている。だけどわたしは怖かった。告白をすることも、断られてしまうことも。

 別にこれはわたしだけの悩みじゃないと思う。誰だって告白をするならOKをもらえる確信を持ってから告白したいはずだ。だから相手と会話を重ね、一緒に出掛けたり遊んだりして、反応の機微を観察してから『いける』と思ったときに告白をする。

 その『いける』と思ったタイミングが難しいんだけど。



 どこからか鳥の鳴き声が聞こえてくる穏やかな朝。わたしはベッドの隣に座り、すぅすぅ寝息をたてているなこちゃんを見つめた。

 いつ見ても可愛い寝顔だ。指でほっぺたを軽くつつく。なこちゃんは何も反応しない。今度はその指で唇に触れる。このまま少し開いた口の隙間に指を押し込んだら吸ってくれたりしないだろうか。赤ちゃんのようにわたしの指をちゅぱちゅぱ吸われるのを想像し、頬が緩む。やばい。もしそうなったらわたしは一生ここから動けない。

「ん……」

 もぞ、となこちゃんが体を動かした。わたしは指を離して立ち上がり、カーテンを開ける。

「なこちゃん、おはよー。朝だよー」

 差し込んでくる日光に反応するかのように、ベッドに寝ていたなこちゃんがゆっくりと目蓋をあけた。

 その寝ぼけ(まなこ)とばっちり視線を合わせ、わたしは笑顔でもう一度挨拶をする。

「おはよう、なこちゃん」

「う、ん……おはよ、夢芽(ゆめ)

「急がないと遅刻しちゃうよ。ほら、体起こして着替えて」

 わたしが腕を引っ張って起こすとなこちゃんはふらふらとタンスに向かい、服を脱ぎだした。あらわになった背中に目を奪われる。触ったらさぞかしすべすべで気持ちいいことだろう。そんなことをするつもりはないが。

 なこちゃんが制服に着替え終わったら洗面所で顔を洗わせてリビングへ連れていく。テーブルの上にはすでに朝食が並んでいてなこちゃんのお母さんが待っていた。

「なこ、ちょっとでいいから食べていきなさい」

「んー」

 イスに座ってちゃっちゃか箸を動かすなこちゃんを見てお母さんが溜息をついた。

「あんたも高校生になったんだから、いい加減夢芽ちゃんに起こされる前に自分で起きなさいよ」

「んー……もぐもぐ」

「夢芽ちゃん、いつもなこが迷惑かけてごめんね」

 なこちゃんのお母さんに謝られて手のひらを横に振る。

「いえそんな、全然迷惑じゃないです。幼なじみなんですから気にしないでください」

 というか、なこちゃんを起こしにくるのはわたしにとって得しかないのでむしろ来ないでと言われた方が困る。

 小言を続けるお母さんをよそに、なこちゃんがご飯を食べ終わり立ち上がる。

「いってきます」

「はい、いってらっしゃい。お弁当忘れないでよ。夢芽ちゃん、なこが寝ぼけて電柱にぶつからないか見といてあげてね」

「あはは、いってきます」

 なこちゃんの家を出て、わたしたちは速足で学校へと向かった。


 これが、わたしとなこちゃんの毎朝の光景だ。

 きっかけは中学二年のとき、朝の待ち合わせ場所に時間になってもなこちゃんが来ず、わたしが迎えにいってあげたことがあった。その日から徐々に迎えに行く頻度が増し、ついには起こしてあげるようになった。いや、本当はわたしの方からなこちゃんのお母さんに『朝起こしに来ましょうか?』と提案したんだけど。

 一緒に登校するために朝起こしに来るのは幼なじみの特権だ。それを行使して何が悪い。こういう日常の積み重ねが信頼へと繋がり、愛情へと発展していくはずだ。

 ――しかし、現実はそんなに甘くなかった。

 なこちゃんの態度に変化はないし、目の前で着替えるのを恥ずかしがることもない。

 想像して欲しい。もし自分に幼なじみがいたとして、その子が毎朝甲斐甲斐しく起こしに来てくれて、寝ている自分の髪に触ってきたり、ほっぺにキスしようとしたりして、目が覚めたときにその場面を目撃したとしよう。どう思う? 普通は『え、もしかしてわたしのこと好きなのカナ……?』みたいに胸をときめかせるはずだ。もしくは『今何かしようとしてた?』『べ、別に何もしてないよ!』と定番のやりとりをした後に、授業中に思い出して『やっぱりあれは……』みたいになったりする。少なくともわたしが読んだマンガではそうだった。

 幼なじみキャラは不遇だとよく言われる。すぐそばにいるからこそ想いを伝えられず、ようやく伝わったときには相手は違う人に惹かれていたりする。でもちゃんと結ばれる幼なじみだっているんだ。それをわたしは身をもって証明したい。

 友達の距離感ではダメだ。もっと、家族か恋人しか許されないような距離感でなこちゃんにアピールをしていくしかない。

 

「二人ってホント仲良いよねー」

 学校での休み時間、友達と話しているとき、わたしとなこちゃんを指して不意にそう言われた。

「えぇー、そうかなぁー?」

 口ではとぼけつつも内心のわたしは当然の感想だと思っていた。わたしがどれだけなこちゃんの近くにいるために頑張っているか。同じ委員になったり、席替えでなこちゃんの隣の人と替わってもらったり、トイレは必ず一緒に行ったり……学校の中では一時(いっとき)たりとも離れないようにしている。

「まぁ幼なじみだしね」

 そんなわたしの苦労も知らずになこちゃんがのほほんと答えた。こんなに仲が良い幼なじみが珍しいということが分かっていない。

「今日だってわたしが朝起こしに行ってあげたもんね」

 わたしがなこちゃんに微笑むと周囲が驚きの声をあげた。

「え、そんなことまでしてんの?」

「なこちゃんが朝弱いから」

「にしても朝起こすって、それもう奥さんじゃん。なに? 結婚しちゃってる?」

「け、結婚ってそんな――」

 いいぞ。そういうことをもっと言うんだ。わたしのやってることが恋人や妻のそれなのだとなこちゃんに教えてあげてくれ。

「普通の幼なじみだよ。そもそも結婚出来ないし」

 なこちゃんの言葉に肩が崩れ落ちそうになる。

 違う。そういうことじゃない。結婚してるかのような状況が大事なんだ。あと頑張れば結婚だって出来るから。

 口角は上げたまま、なこちゃんに鋭い目線を送る。気分はそう。第三者に『あれ、もしかして二人って付き合ってるの?』と聞かれて『ただの友達です!』『え……』みたいになるあれだ。もっとこう、否定するにしてもドキドキする素振りを見せて欲しい。

「ん? 夢芽、どうかした?」

「な、なんでもないよ」

 まぁはっきり言えないわたしもわたしなんだけど。



 今日はわたしとなこちゃんが入っている美化委員の仕事で、東棟の階段や廊下を清掃することになっている。

 放課後になるとさっそく東棟に赴いてロッカーからほうきとちり取りを出した。ここは主に文化部の部室として使われており、部屋のなかはそれぞれの部が掃除することになっているが、共有部は美化委員が掃除をするのだ。本当は他のクラスの美化委員も一緒のはずだったが、体調不良で欠席しているらしくわたしとなこちゃんだけしかいない。

 掃除する量が増えたことよりも、なこちゃんと二人っきりになれたことが嬉しくて自然とテンションが上がる。

「廊下の端っこから二人でばーっと掃いていこっか!」

 わたしの提案になこちゃんが異を唱える。

「階で分けてやっていった方が効率よくない?」

「だ、ダメだよ! それじゃ意味が――ふ、二人で話しながらやる方が楽しいと思う!」

「まぁそだね」

「でしょ? じゃあ上から順番にやってこ」

 危ないとこだった。わたしにはこの作業が早く終わることよりもなこちゃんと二人きりの時間が長く続く方が大切だ。なこちゃんにとってはそうじゃないのが少し悲しいけど。

 東棟の三階に上がって、廊下を端から掃いていく。雑談をしながらもなこちゃんは足元から視線を外さずにてきぱきとほうきを動かしている。わたしはと言うと、ちらちらとなこちゃんの顔を窺っては胸を高鳴らせていた。

「……なこちゃんって結構真面目だよね」

「掃除のこと?」

「うん。あ、それが悪いって意味じゃなくて、他の人だったらさっと終わらせてもおかしくないことでも真面目に取り組んでてすごいなぁって意味で」

「頻繁に掃除する場所でもないしさ、せっかくやるんだからちょっとでも綺麗にした方が気持ち良くない?」

「そういう考え方がすごいよ。わたしだけだったら適当にやってたかも」

「それは私も同じ」

「何が同じなの?」

「夢芽と一緒に取り組んでるからちゃんとやらなきゃって思えてくるんだよ」

 ……これはどういう意味なんだろう。わたしが一緒だとやる気が出てくるのか、わたしという人の目があるから手を抜けないのか。

 少し迷ってからわたしは微笑みかける。

「じゃあ一緒に美化委員になれてよかったね」

「そこまで心配はしてなかったけどね。私が美化委員を選んだら夢芽も来てくれるって思ってたから」

「私が違う委員を選ぶとは思わなかったの?」

「なんで? 私と同じにするでしょ?」

「…………」

 その自信はどこから来てるんだろう。わたしがなこちゃんのことが好きだと気付いたうえで言っているなら少しばかり意地悪だ。

 じっとなこちゃんの顔を見つめるが、そのポーカーフェイスからは何も分からない。

「夢芽、手が止まってるよ」

「え、あ、ごめんっ、あはは、ちょっとぼーっと――」

 なこちゃんから視線を向けられ、慌ててほうきを動かしたせいだろう。踏み出した足がほうきの先に引っ掛かりバランスを崩した。

 しまった、と思う暇もなくわたしの体が前に倒れていく。スローモーションになった視界に、横から腕が飛び込んできた。腕はそのままわたしの体を受け止めようとして、だけど一本じゃ支えきれないと分かったのか抱き寄せるようにしてわたしの全身を受け止めた。

「んぎゅっ」

 重なるようにして廊下に倒れ込んだ。衝撃はほとんどない。わたしの手を離れたほうきがカツンカツンと廊下に跳ねる音がした。

 わたしはすぐになこちゃんの胸元から顔を上げた。

「ご、ごめん! 大丈夫!?」

 なこちゃんが後ろに回した手でわたしの頭を撫でながら笑う。

「全然。夢芽の方こそ痛いところはない?」

「なこちゃんが受け止めてくれたからどこも痛くないよ」

「よかった」

 抱き締められるような格好なので、なこちゃんの顔がいつもより近い。そして体の触れたところから伝わってくる体温や柔らかい感触。視覚、感覚すべてがわたしの脳にダイレクトアタックを仕掛けてきた。

「あ、う……」

「夢芽、立てる?」

「う、うん」

「急いでやる必要ないんだから足元気をつけてよ」

「うん……」

 なこちゃんに起こされて、落ちていたほうきを拾ってもらい、掃除を再開してもわたしの顔は熱に浮かされたときのように火照ったままだった。

 こういうところが好きなんだ。

 朝は弱いけどわたしよりも運動神経がいいし周囲のことがよく見えてるし、自分の身を顧みずに助けてくれる。わたしが物心ついた小学校のころからずっと変わらない。体育の授業で今みたいに助けてくれたときもあれば、先生から任された仕事をさりげなく手伝ってくれたときもある。そしてそれを押し付けがましくわたしに言ってきたりもしない。

 気取るわけでも誇張するわけでもないその自然体の格好良さに、わたしは惚れたんだ。

 抱き締められた感覚がまだ残っている。気を抜くとにやにやして怪しまれてしまいそうだ。

 こけそうになったところを受け止められる、なんて恋愛もので必ずと言っていいほどあるシチュエーションだけど、自分が助けられる立場になれば確かに心がときめくのも理解出来るというもの。

 ただ、あれだけ密着しても顔色ひとつ変えないなこちゃんには、色々と物申したかった。


 無事に東棟の掃除を終わらせて、わたしとなこちゃんは下校した。

 部活には入っていないのでいつもは下校中にどこかに寄ったり、どちらかの家にあがったりするのだが、今日は少し遅くなったのでそのまま帰ることにした。

 なこちゃんの家が見えてきた。わたしの家はさらに100mほど向こうなので、あとはなこちゃんの家の前で『また明日』と挨拶をして別れるだけ。そしてまた明日から同じような毎日を繰り返すのだ。

 多分それじゃあ、わたしとなこちゃんの関係は何も変わらない。

 一緒に歩いている間、ずっと考えてた。わたしの好意はどうやったらなこちゃんに伝えられるんだろうって。どれだけ毎朝起こしに行っても、仲の良さを人に見せつけても、幼なじみの域を出なければなこちゃんは分かってくれない。

 本当に好意を伝えたいなら、告白をするのが一番だ。そんなのは分かってる。

 告白をする為にまず好意を伝えようと思っていたのに、なかなかうまくいかないものだ。

 でも決めた。告白をする。してやる。ただし――相手の気持ちを最低限確認してから。

「それじゃ夢芽――」

 家の前に着き、なこちゃんがまたねを言う前にわたしがその言葉を遮った。

「なこちゃん」

「ん?」

「帰る前に、ぎゅってしてもいい?」

「ぎゅ?」

「なこちゃんがわたしを受け止めてくれたときみたいに」

 ハグや抱き締めるといった言葉を使わなかったのは、単純に恥ずかしかったからだ。多少言葉をふんわりさせた方がなこちゃんも了承しやすいかもという思惑もある。

 もし了承してくれたなら、わたしに抱き締められてもいいと思っているくらいには好意があるという証拠になる。だったら、わたしは今ここで告白する。

「? 別にいいよ」

 首を傾げつつもなこちゃんが了承した。わたしは生唾を飲み込んだ。

「じ、じゃあ失礼して」

 カバンを肩に掛け直してから両腕を広げ、なこちゃんを抱き締める。転んだときは抱き締められるだけだったが、自分で抱き締めるのもなんというか言葉に出来ないくらい良い。わたしが力を込めれば込めるほど、なこちゃんの体が強くわたしを押してくれる。わたしが手を離しさえしなければ一生抱き締めていられるだろう。今この瞬間、なこちゃんはわたしだけのものだ。誰にも渡してなんかやるものか。

「夢芽?」

 呼びかけられてはっとする。肝心の告白を前に正気を失ってどうする。

 なこちゃんの背中でぐっと拳を握り、小さく深呼吸をしてから囁く。

「……わたし、なこちゃんのことが好き」

「え、あぁ、ありがと。私も夢芽のこと好きだよ」

 ん? 今なんて?

「なこちゃん、今なんて言ったの?」

「私も夢芽のこと好きだって」

「――――」

 一瞬、息をするのを忘れていた。

 まさかこんな出来過ぎなことがあるだろうか。玉砕とは行かないまでも、返事を保留されるくらいはあると覚悟してたのに。

 わたしはなこちゃんから体を離して正面から向き合った。心なしかなこちゃんの表情も嬉しそうに見える。

「あ、ありがとう」

「? どういたしまして?」

「その、こ、これからよろしくお願いします」

「? お願いします」

 わたしのお辞儀になこちゃんもお辞儀を返した。


 なんだ、簡単なことだったんじゃないか。さっさと気持ちを伝えてしまえばよかったんだ。

 ご機嫌で家に帰ったわたしは、夜、自室のベッドでスマホと向き合っていた。

 おやすみの電話とかはした方がいいんだろうか。

 恋人になったからにはより関係を密にしていくべきだろう。であればこれまで以上に連絡をとってお互いの気持ちを通じ合わせなければならない。でも、なこちゃんの性格的にそういうのが好きじゃない可能性もある。

 色々考えた結果、向こうの出方を見る、に決まった。なこちゃんがわたしの行動を知りたがったり、束縛したがってきたらそれに合わせる。

 束縛……なこちゃんが、わたしを……わたしは、なこちゃんのもの……。

 頭に浮かんできた色々な想像にベッドの上でひとり悶えながら、翌朝、わたしはいつものようになこちゃんの家に向かった。

「おはよう、なこちゃん!」

 カーテンを勢いよく開けると、重そうな目蓋をこすりながらなこちゃんが目を覚ました。

「……ん、おはよー」

 本当は恋人らしい朝の起こし方を何個か考えてきていたが、まだ早いと思ってやめておいた。まぁそういうのは少しずつ恋人経験値を稼いでいってからの話だ。

 なんてったって付き合って記念すべき初日。ここから甘酸っぱいわたしたちの恋人ライフが始まるのだ。


 ……始まらなかった。


 なこちゃんは昨日の告白なんて無かったかのように今まで通りの態度でわたしに接してきた。普通に一緒に登校して、普通に休み時間に話し、普通に一緒に下校した。

 昨日のあれは夢だったんじゃないかと疑ってしまうほどだ。けれど腕が抱き締めた感触も、好きだと言ってくれた優しい声も、わたしは覚えている。となれば答えはひとつだ。


 告白だと思われてない。


 よくある話だ。『付き合って』と言ったら場所のことだと思って『どこ行くの?』と聞き返したり、『好き』と伝えたら一般的な親愛のことだと思って『私も好きだよ』と答える。

 ……いや、あんな抱き締めた状態での『好き』が告白じゃないなんてこと、ある? 声のトーンや雰囲気で分かるでしょうが。というかあれ以上どうやれば『好き』って伝えられるの……? 文章? ここに来て文字で説明するの? あのハグと告白の意味を? 滑ったギャグを解説するより恥ずかしいわ!

 ベッドでうんうん唸りながら考えた結果、口頭でなんとか気付かせる方向に固まった。

「なこちゃん、ちょっと考えて欲しい問題があるんだけど」

「なにを?」

 学校が終わり、二人きりで帰っているときにわたしが質問する。

「なこちゃんを毎朝起こしにくる人が、わたし以外にいたとします」

「お母さんってこと?」

「いやそうじゃなくて、全然知らない人」

「全然知らない人が私の部屋に入ってくるの? 怖くない?」

「うんそうだね怖いねわたしの言い方が悪かったね。えっと、その人はなこちゃんの小さいころからの友達です」

「夢芽以外のってことだよね」

「そうそう。それでその人は毎日なこちゃんと一緒に登下校して、休み時間も一緒に過ごして、授業中だってなこちゃんのことをずっと気に掛けています」

「ふんふん」

「ある日、その人は突然なこちゃんに抱き着き、『好きだ』と気持ちを打ち明けました」

「すごい急展開だね」

「その『好きだ』に込められた想いを答えなさい」

「えー、うーん……私のことが好きなんじゃないの?」

「どういう『好き』?」

「愛情……恋愛的な感じ?」

「はい正解!」

「おぉ、やった」

「…………」

「…………」

 沈黙の間。

 なんのための問題!? わたしほとんど答え言ったよね!? わたし以外にそんな幼なじみいないよね!? なのに何で気付かないのぉー!?

 その後、何事もないまま普通になこちゃん家の前で別れて、わたしは自宅に戻ってきた。

 ……あと何回『好き』って伝えればいいんだろう。もうここまで来たら言い訳のしようがないくらい決定的な状況を作らないと告白と認識してくれないのでは?

 なんかもう切れた。ふっ切れた。こうなったらもうやれるところまでやってやる。


 翌日の朝。背水の陣と決め込んだわたしは、寝ているなこちゃんに跨がるように布団の上に内股に座った。

 こんなことをするのは初めてだ。いくら幼なじみだからといって寝ている人の上に座るのはどうかと思う。それがどうした。なりふり構っていられるか。

 わたしは四つん這いになるように両手をなこちゃんの頭の左右に付いた。どこからどう見ても襲う一歩手前だろう。20cmも離れていないすぐ近くで見つめながら呼びかける。

「なこちゃん」

「ん……」

 目を開けたなこちゃんが朧げにわたしを見上げ、まばたきをする。

「夢芽……?」

「おはよう」

「おはよ……なにしてるの? お馬さんごっこ?」

 ここに来てまだ寝ぼけたことを。いや、本当に寝ぼけている可能性はあるが。

 どちらにせよ、わたしがすぐに目を覚まさせてやる。

 心臓がドクンドクンと暴れているが知ったことじゃない。今からわたしの、大事な、初めての――。

 息をすぅと吸い込み、なこちゃんに抵抗する暇も与えず、わたしはキスをした。もちろん唇に。

 いち、に、さん……。

 意味も無く秒数を数えてから唇を離す。心臓の鼓動はピークに突入したし、顔から全身まで熱くて汗が流れ出そうだが、やってやった。なこちゃんは状況が読み込めずきょとんとしている。

「昨日と似た問題出すから答えてね」

 逃げだしたくなる衝動を抑えて問いかける。

「毎朝甲斐甲斐しく起こしに来てくれる幼なじみがある朝いきなりキスをしてきました。その幼なじみはあなたのことをどう思っているでしょうか?」

 こんなに回りくどく聞くならもう『大好き。愛してる』を繰り返し言った方が早いまであるが、もうこういう聞き方しか出来ないんだ。

 なこちゃんは考えることもなく即答した。

「好き、じゃないの?」

「正解。わたし、なこちゃんのこと、好きなの」

「うん」

「…………」

「…………」

「えっと、ちゃんと意味わかってるよね? その、わたしが言ってるのは普通の好きじゃなくてその……」

「分かってるよ。だから私も好きって答えたんだけど」

「……え? じゃあなんで昨日は何事も無かったみたいに普通だったの? 恋人になったんならもっと恋人っぽく――」

 そこで初めてなこちゃんがいじけるようなバツが悪いような表情を見せた。

「どっちなのか分からなかったから。友達の好きなのか、恋愛の好きなのか。だから夢芽の様子を窺ってどっちだったのか見極めようと思ってた」

 はぁぁ、と深い溜息が出た。見りゃ分かるでしょ、と怒鳴るのは簡単だが、なこちゃんが分からなかったと言うなら仕方ない。わたしのアピールが足らなかったんだ。

「……昨日の問題、変だと思わなかったの?」

「めっちゃ変だと思った。なんで存在しない友人を例にして話してるんだろうって。夢芽のことなら夢芽のことだって言ってくれれば良かったのに」

「……うん、そうだね。ごめん」

 ふと不安になったので改めてなこちゃんに聞いてみる。

「なこちゃんが言う『好き』は、ホントに恋愛の好きなんだよね?」

「そうだよ」

「ぐ、具体的には?」

「具体的?」

「いつから好きになった、とかどういうところに惹かれた、とか」

「んー……」

 なこちゃんは勿体振るように考えたあと、微笑んだ。

「とりあえず、わざと寝坊して起こしにきてもらうくらいには、ずっと前から夢芽のこと好きかな」

「――――」

 わたしが起こしに行ってあげてたのが愛情表現だと思っていたのと同様に、なこちゃんも起こしてもらうのが愛情表現だと思っていたということか。

 終わってみればなんてバカらしい。二人の気持ちなんてとっくの昔に通じ合っていたんだ。

 どうやら鈍感だったのはわたしも同じらしい。自分ではそうは思わないけど、でもきっとそれは向こうも同じ。

 二人ともが鈍感な幼なじみ同士なら、多分これからもうまくやっていけるんじゃないだろうか。

「ところで夢芽、さっきキスしてたけど」

「え!? な、なにかおかしかった!?」

「そうじゃなくて、私初めてだったんだよね。初めてが寝ぼけてたときっていうのはちょっと……」

「わ、わたしも初めてだったし……えと、もう一回する?」

 なこちゃんが無言で唇を向けてきた。さすがにこれがどういう意味かは聞かなくても分かる。

 わたしは再びゆっくりと唇を近づけ、目を閉じて――。


「夢芽ちゃーん、なこ起きたー?」


 リビングからなこちゃんのお母さんの声が聞こえてきた。

 二人とも目をぱちぱちとさせて見合い、笑う。

 今度こそしっかりと唇を重ねてから、学校に行く準備をするためにわたしはなこちゃんの腕を引っ張った。





〈おまけ〉


次の日の朝のなこちゃん


 朝、なこちゃんの部屋に入った瞬間、わたしは目を疑った。

「な、なこちゃんが起きてる……!」

 制服に着替え終わったなこちゃんがベッドの縁に座ったままわたしを招き入れる。

「ほら、こっちこっち」

 言われるがままになこちゃんの隣に座ると、腰に手を回されて抱き寄せられた。

「ちょっとでも部屋で夢芽とゆっくりしたいなと思って」

「ゆっくりって言っても数分くらいしかないけど」

「その数分が大事なの」

「別に早く学校に行って教室でゆっくりしてもいいんだよ?」

「ダメ」

「なんで?」

「起きて最初に夢芽の顔見ないとちゃんと起きられない」

「……まぁ、そう言ってくれるのは嬉しいけど」

「あとは、私の頭をすっきり目覚めさせてくれることをしてくれれば完璧」

 言いながらなこちゃんが唇を近づけてきた。こんなに分かりやすい態度で迫ってくるのに、今までなんでその気持ちの半分も外側に出してくれなかったのか。

 呆れと恥ずかしさの混ざった息を吐き、わたしは恋人の要望に答えるべく唇を重ねた。

「……でも起こしてあげられないのは、それはそれで寂しいかも」

「じゃあ制服着たあとにもう一回ベッドに入って待ってる」

「シワになっても知らないよ」

「じゃあすぐ着られるように下着姿で」

「もう勝手にして」


 朝が来るのが、また楽しみになった。



      終

お待たせいたしました。


鈍感な幼なじみという定番のものを書いてみました。

王道という名のベタを踏み抜いてます。


多分夢芽はクラスメイトの女子の友達からは見守るような目で見られてるんでしょうね。なこ以外にはバレバレなので。

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