第2話
色々と忙しくて投稿どころか執筆がままならなくて尋常ではなく遅れました………
『強化肉体構築——完了。精神保護キューブ構築——完了。加工最終工程——終了。魂補強プロテクトの展開が完了次第、貴方を転生させます。』
頭の中にミルトンの声が響く。……遂に、この時が来た。もう一刻の猶予もなく、俺は異世界に転生させられる。正直なところまだ恐ろしい気持ちはあるが、いい加減それも言っていられないだろうな。
『では、さようなら東雲龍之介さん。貴方はこれからイトという名前になります。貴方は、人間の東雲龍之介ではなくなりましたから。』
『イトは到着次第、他の転生者を探してください。「アマグモを知らないか」と言って、知っていると答えが返ってきたら転生者です。貴方だけでも魔王討伐は可能な性能にはしてありますが、万が一のために仲間を増やして確実性を向上させてください。』
『私も出来る限りの援護はしますし、貴方が望めば話もします。私は貴方の味方ですから。………では、頑張って。ご武運をお祈りします。』
言うだけ言って途絶えたミルトンの言葉は、思いのほか温かみのあるものだった。まるで人間のようでない外見のミルトンも、案外と人間味があるのかもしれない。
そんなことを考えていると、ふっと意識が途切れた。
——バチンッ!!!
火花が散ったような衝撃でハッと目が覚めた。飛び起きて辺りを見回すと、全く見覚えのない石造りの壁と木製の扉と小さなテーブルが見える。窓からは若い緑が風に揺れるのが見えていて、青空に浮かぶ雲が足早に流れていった。
「お目覚めのようですね。貴方が今いる場所は私が手配した小さな家です。魔王討伐は早急に進めてほしい事ですが、まずはこの世界に慣れてもらおうかと思いまして。」
テーブルの方からミルトンの声がしてそちらを見ると、知り合って間もないはずなのに見慣れた水色が椅子に座って笑っていた。
「あんた、こっちに来れたのか……」
素朴な感想を口にするとミルトンは困ったように笑って肩を竦める。一体どうしたのか。俺を送り出した後で何かあったのか、もしくは俺が口に出した言葉があまりにも馬鹿らしかったのか。後者ならいいんだが、と思っていると何とも言えない表情でミルトンは語りだす。
「貴方を転生させた後、私は貴方の補佐官として派遣させられる事になったんですよ。ですので、これからは貴方と行動を共にします。助けになれれば良いですが…まぁ、イトならば私の協力なんて必要ないでしょうけれど。」
伝えられた内容は(俺にとっては)思っていたよりも良いニュースだった。見知らぬ世界で顔も知らない仲間を1人で探すよりも、見知った人間(ではないが)と仲間を探す方が気が楽だ。何よりも、俺の味方だと言ってくれたミルトンがそばにいてくれるのは心強い。素直にそう思った事を伝えると、ミルトンは一瞬理解できないというような表情になってから、真顔になった。何か気に障る事を言ったのだろうか。ミルトンは真顔のまま抑揚のない声で俺を見つめて話す。
「今、貴方から通達された内容を処理していました。ありがとう。貴方がそう言ってくれた事を嬉しく思います。私もその言葉に報いられるよう努力しましょう。」
「…そして言っておきますが、私は予期せぬ場面・衝動に出くわした場合、先程のように感情が表に出なくなります。………そこはご了承ください。」
また少しばつの悪そうにミルトンは言った。俺はミルトンを人間と同じように考えていたが、そうでもないようだ。どちらかと言えばアンドロイドだとかに近いのかな。そんなことを俺が考えていると、仕切り直すように「さて」とミルトンが言った。
「眠気は覚めたみたいですし、ちょっと辺りを見て周りませんか?」
身支度を整えて外へ出ると、太陽の光が眩しく頭上に降り注いだ。サクサクとまだ若い草を踏みしめて歩くと、目覚めたばかりの身体は案外すんなりと言う事を聞いてくれた。家の周りを軽く歩いてみたが、すぐにある事に気付いた。
「煙の匂いがする」
風がどこかの煙の匂いを運んで来ている。イトとしての俺の嗅覚が鋭いのか、それともそれ程大きな煙なのかはわからないが、東の方から煙の匂いがしていた。俺がミルトンと顔を見合わせると、心得たと言わんばかりに頷いて何もない空中から大剣を取り出して俺に渡してくれる。
「イトの性能ならば武器すら不必要かもしれないですけど、念のために渡しておきます。それ、イトくらいしか使えないので誰かに盗られる心配はいらないですよ。」
……確かに、言われてみればこの剣、かなり重たい。俺の身の丈ほどもある大剣だし、それくらい重いものだと思っていたが、加工済みの俺でこれだけ重く感じるのだから普通の人間なら持ち上がりすらしないんだろうな。それなら盗まれる心配もない。
それなりに重たい剣の切っ先で地面に線を引きながら東へ走っていくと、どんどんと煙の匂いが強くなると共に、大きな火があがっているのが見えてくる。火があがっている周りに石造りの建物が立ち並んでいるのが見えた。きっと村なんだろう。人が残っていたら大変だと走る速度を上げると、隣を走っていたミルトンが少し後ろになった。
村まで着くと、ゴウゴウと夜空に嚙み付くように猛る炎を中心に多数の獣…いや、魔物が集まっていた。狼に似た巨大な黒い魔物が5匹、炎に照らされて毛皮を赤く光らせている。魔物たちは炎のそばで黒い人型の何かに嚙みついては食いちぎっていた。それを見た瞬間に、頭の奥がカッと熱くなった。きっと魔物たちが食っているのは焼死した人間だ。それを魔物が食うのを見過ごすわけにはいかない。大剣の柄を握る手にグッと力を込めて、魔物たちへ向かって走り出した。
走り出せばあっという間に魔物たちとの距離は埋まる。突然近くに現れた俺に嚙み付こうと大きく口を開けた魔物を大剣で横薙ぎにすると、見事なまでに真っ二つに斬れた。仲間の1匹を両断した俺を食い殺そうと魔物たちが群がってくる。横薙ぎに振るった大剣を翻し、襲いかかってくる魔物たちの群れの中へ振り抜くと残った魔物たちのうちの3匹を一斉に葬る事が出来た。もう1匹は運良く切っ先を逃れたようだったが、俺が追撃するよりも早くに俺の背後から飛んできた何かに頭蓋を撃ち抜かれて絶命した。
「走るの早いですよ、龍之介さん」
魔物を撃ち殺した何かが飛来した方向からミルトンの声がした。どうやら最後の魔物を撃ち殺したのは追い付いてきたミルトンだったらしい。ミルトンはゆっくりこちらへ歩いてきながら、衝撃的な言葉を言い放った。
「貴方の怒りは人間としてもっともなものですが、あの魔物たちが食っていたのは人間の死体ではなく、ユギイドという樹木の魔物です。安心してください。」
………そうか。そうだったのか。それなら良かった…。「安心してください」と最後に付け足して言ったのは、ミルトンの気遣いなんだろう。初対面の印象よりずっと、俺はミルトンの事を信頼していた。
ミルトンと合流してから改めて周りを見回すと、俺が殺した魔物の死体と、ユギイドというらしい魔物の焼死体、未だゴウゴウと燃え盛る大きな炎と——それに照らされる赤い人影がひとつ。
「ねえ、あんたたち。なにアタシの可愛い眷属たちをぶっ殺してるワケ?………場合によっては殺すわよ」
1人の少女が、俺たちに明確な殺意を向けていた。
ミルトンは龍之介を不憫に思っているのと、単純にミルトン自体が(比較的)いい奴なので龍之介に優しいです。龍之介はチョロいのでミルトンにすぐ絆されてます。
一口設定メモ:ミルトンやその同僚は天使に近い生き物