第1話
ようやくの第1話です。でも話はあんまり進んでないです。
ミルトンが言うには、俺が転生させられる世界はかなり危険な状態なんだそうだ。
何でもその世界において絶対的な存在である魔王という輩が、世界の境界線をぶち破ろうとしているらしい。境界線が破られれば、その魔王が存在する世界以外にも甚大な被害が出る可能性が高いんだとか。
そして俺がその魔王を止めるために転生する事になっていると。どうして俺なんだと思ったが、今日死んだ人間の中で、持病がなくて老人でもない成人した男は俺の他には2人しかいないそうで、その2人も俺と同様に魔王退治に転生するらしい。旅をしていればいつか会う事もあるかもしれないな。
転生する時には“将来的には生前の自分とほとんど同じ存在になるように”転生させてくれるらしい。別の人間を器として新しく創るより、既に存在している型を使って創る方が楽だからだそうだ。それもあって、健康体の死体が良かったらしい。それはまあ、そうだろうなと思う。俺がミルトンでも多分そうする。
ただし、俺はそれには該当しないらしい。
転生するに当たって打倒魔王のために、ミルトンが思い付く限りの“最強の存在”に俺は加工される。
例えば、全ての魔法を使える程の魔法使いの素質。
例えば、あらゆる武器を使いこなしてみせる武の才。
例えば、どんな強固な要塞よりも頑強な身体。
例えば、どれだけ強力な魔法を使えども尽きない魔力。
例えば、千夜一夜戦っても倒れない体力。
例えば、何度殺されても甦る不死。
他にもあらゆる強さを詰め込んだ“最強の武器”、それが転生後の俺らしい。俺は打倒魔王用転生メンバーの中でも特別仕様で念入りに創ってもらえるそうだが、正直それが嬉しいとは思えない。
特別な力を持つ英雄と言えば聞こえはいいが、そうして出来上がった俺は化け物なんじゃないのか。そう思うと、素直に喜ぶ事は出来ない。もし俺がヒーローに憧れるただの子供だったら、素直に喜べたのだろうか。
ヒロイックファンタジーは大人になった今でも大好きだし、RPGみたいに仲間と共に魔王を倒す、なんて展開も大好きだ。でもそれが本当になるなんて考えた事もなかった。
“俺が操作してるキャラクター”じゃなく、本当に俺自身が世界を懸けてゲームの主人公みたいに戦う、となると、正直言って怖いし重たい。
だって俺は数時間前までただの一般人で、プロジェクトの行く末とか上司の期待とかそういう重圧とは向き合った事があるけど、誰かの命とか世界の命運とか、そういうものを背負った事なんてなかったんだ。それなのに「今日から貴方は世界を背負った英雄です」なんて言われたって困る。やった事もない、練習も予習も出来ない事をぶっつけ本番でやれなんて、無茶苦茶にも程がある。そんな仕事を請け負うやつなんかいないだろう。
……分かってる。それでもやらなくちゃいけないって事くらい。俺がやらなくても他のやつらがやってくれるかもしれないけど、出来なかった時に救えなかった命の責任を取るのは俺なんだ。
何故ならそれは俺が戦っていれば救えた命だからだ。俺が戦う事への恐怖を見ない振り出来たら救われる命があるのなら、俺は戦わなきゃいけないだろう。
だって、「俺が戦わなかったから死んだ命」が出て来るのが一番怖いから。その責任を取るのが嫌だから。戦うのは怖い。いくら強く創ってもらえるとはいえ、死ぬかもしれないのは恐ろしい。でも、俺のせいで顔も知らない誰かが死ぬのはもっと怖い。
だからもう、うだうだと悩むのは止めにしよう。
俺は今日から魔王を倒す…のは最終手段で、話し合いで解決出来そうなら話し合いで解決して、それが出来そうにないなら魔王を殺す人型の兵器。
それだけでいよう。そうでないと、きっと揺らいでしまうから。
「決意は固まりましたか?」
後ろからミルトンに声を掛けられる。出会った直後は不気味で仕方がなかったミルトンも、こうなった今となっては人間だった俺を知る唯一の存在だ。そう思ったらあまり感情が読めないピンクの瞳も悪くないように思えてきて、自分のチョロさにちょっと呆れる。
「うん。もう平気だよ。待っててくれてありがとう。」
ミルトンの方を振り返ると、なんとなくミルトンはばつが悪そうな顔をしているように見えた。
「…では、これから貴方を再構築・再定義する作業に入ります。目を閉じて。」
「はい。」
言われた通りに目を閉じる。ほのかに温かい空気に包まれたような感覚がして、俺はまた意識を失った。
これが、俺が東雲龍之介だった最後の記憶。
一口設定メモ:メインヒロインはミルトン(性別不明)