6日目
僕は日記を書き終わり、立ち上がる。
すると当然のように僕の顔が写っている。
それはそうだ。僕は、洗面所の鏡の前にいるのだから。
「僕……こんな顔、してたんだ」
僕はろくに鏡も見ていなかったせいか、自分の顔も忘れていた。
それに自分の名前も思い出せないし、どうしようもない。
確か僕の名前は、父さんと母さんが『音』にちなんでつけてくれたと思う。
気に入っていたはずなのに、僕の頭はぽんこつでからっぽだからすぐに忘れる。
もしかして僕は病気なのかもしれない。と考えて、気に病んだこともあったけど……。
父さんと母さんは『そんなことないよ』って言ってくれた。
「けど……」
二人は僕が『からっぽ』なことを言った日には、必ず喧嘩をしてた。
怒鳴り声や食器が割れるなんてのは日常茶飯事で、特に酷い日は、叫び声や嫌な音がして最悪だった。
そして翌朝起きれば、何事もなかったかのように父さんと母さんはにこにこ笑っている。
そんな両親に、僕は恐怖と怒りを覚えた。
あんなに喧嘩したのに笑顔でいられるのが怖かったし、ころころと変わる人間の感情に、僕は腹が立った。
あんまり思い出そうとすると頭が痛くなるから、僕は昔のことを思い出すのをやめた。
「あとは……。自分が、分かるもの……あるかな?」
僕は洗面台を見渡した。
歯ブラシ、コップ、蛇口……。特にこれと言ったものはなく、自分を証明できるものはなかった。
「ない……のかな。そんな……」
僕は途方に暮れて、床にへたりこむ。
すると、カードのようなものが床のカーペットに挟まっていた。
「なんだろう……これ」
カードのようなものを取り、何が書いてあるのか確認する。
それは、僕の学生証だった。
「誕生日、学年に年齢……。名前も全部、書いてある……。これだ……!」
日記に僕の名前、アルト・コントラルトとつづりを書いて、他の情報もできるだけ書いた。
忘れないように。覚えておくために。
また一つ、白いページに新しい文字が増える。白い紙が黒い文字でいっぱいになった。




