40/60

40日目

「ライムにぃさまを悪く言うのはやめなさい、テナー！」

　テナーに怒鳴り付けるアリアに、テナーは呆れていた。

「やはり、あなたにとっては私は『犬』なのでしょうね……。『お人形』の方がまだマシです」

「何ですって!?」

　言われたくないことを言われたのか、アリアはテナーに向けて呪術を放とうとする。

　その時、僕の体を乗っ取ったライムが制止した。

「うるさいなぁ。黙ってよ」

　その雪のように冷たい声は、テナーの本性とはどこか違い、魂だけの透けた体を持つ僕でも身震いした。

「僕がうるさい声が嫌いだって、何回も言ったよね？」

「ライムにぃさま、ごめんなさ……」

「特にさぁ。にいさんのことを、べちゃくちゃ耳障(みみざわ)りな甲高い声で悪く言うやつ……とかさ」

「がっ!?」

　何とライムはアリアにではなく、エレジーに向かって重い蹴りを放つ。僕の体は運動音痴なはずなのに、ライムが乗り移ると軽々と僕の体は動いていた。

「エレジー様!?」

　テナーが駆け寄ろうとするが、ライムはそれを止める。

「邪魔をするな」

「……。分かりました」

　ライム……もとい、僕の体で吹き飛ばされたエレジーは、顔面に蹴りが見事命中している。さらに、鼻血や自慢の厚化粧も台無しになっていた。

「何するのよこのガキがっ！　女性のメイクは時間をかけて完成させるものなのに、よくもやってくれたわね！」

「うるさい叔母なのは、いくつになっても変わらないのですね。エレジーおばさん」

「まさかその話し方は、ライム……！」

　ライムは驚くエレジーに、またもや僕に似つかわしくない笑顔を向ける。

「はい。エレジーおばさん、お久しぶりですね」

「ふん、何の権力も持たない隠し子が。まさか呪術を通してあのガキの体を乗っとるなんてね」

「えぇ、これでも成長したものです。見てみます？」

「いいえ、遠慮しとくわ」

「そうですか……。残念です」

　そう言い、ライムが後ろを向いたその瞬間だった。

　エレジーの体から大量の血が吹き出して、彼女は亡くなった。

　その時、僕らは気づいていなかった。楽しそうに不気味な笑みを浮かべる、ライムの顔を。