アイスクリームと王子様
ちょっと息抜きで書きました
ーカランカラン
軽快なベルの音が店内に鳴り響く。
「いらっしゃいませ」
「こんちわー。
今日も暑いねぇ。バニラ1つ頼むわ」
ここはアラスト王国の王都。
そしてこの店はその王都にある小さなアイスクリーム屋。
「はい、今日はどうします?食べていきますか?」
ニッコリ笑って答えるのはこの店の店主であるサリナ。
長いシルバーブロンドを後ろに1つに束ね、淡い茶色の瞳を細めて笑うその顔はとても愛らしくこの辺りのアイドルだ。
「あー、たまにはここで食べるかな」
笑いかけられた男は少し頬を赤らめながらもその言葉に頷く。
窓際に置かれたテーブルについて購入したアイスは冷たく、陽に当たって火照った身体を冷ましてくれた。
ーカランカラン
「いらっしゃいま…」
そんなサリナの言葉は大きな声に遮られた。
「あんた!またここでサボって。サッサと仕事に戻るよ!
サリナちゃん、いつもこのの人がゴメンね。私にも1つちょうだいな。そうだねぇ、今日はチョコにしようかね」
「なんだい、お前だって結局食うんじゃないか」
ブツブツ言う男をサッサと追い出しその席に自分が座り、先ほど頼んだアイスを頬張る。
二人のやりとりを見ながらクスクス笑う。
この二人は近くに住む八百屋の夫婦。40代になるこの二人は旦那さんはひょろっと背が高く痩せており、奥さんは恰幅の良い肝っ玉母ちゃんと呼ぶにふさわしい風貌をしている。
この二人のやりとりは日常茶飯事。すっかり慣れたサリナはニコニコと笑いながら眺めている
「そういやサリナちゃん、またあのろくでなしの貴族の坊ちゃんに言い寄られたんだろ?大丈夫だったかい?」
心配そうに聞いてくれるその内容に思わず眉間にシワがよる。
それもそのはず、ここのところ子爵家の三男が度々店に来てはサリナに愛人になれと迫っているのだ。
愛人といってもその男はまだ独身。しかし子爵家とはいえ仮にも貴族。平民の、身内が一人もいない女を妻になどするはずもなく、権力に物を言わせ度々迫ってくるのだ。
これまでは周りの助けもありどうにかこうにかかわして来たが、そろそろそれも無理が出て来た。なんといっても貴族。怒らせたらタダでは済まない。それでも皆んなサリナのために助けてくれているのだ。そんなみんなに迷惑をかけられない。
そろそろ覚悟を決めないといけないかも、と溜息をついた。
さて、ここはとある場所のとある部屋。
そこでは金髪碧眼の見目麗しい男が書類にサインを書いていた。
黙々と仕事をする男の目の前には山になった書類。かれこれ三刻は同じ作業を繰り返している。
ーコンコン
「入れ」
「失礼します。デイル様、そろそろ休憩なさいませんか?」
入って来たのはデイルと呼ばれたこの部屋の主の従者。どうやらお茶を持って来たようだ。この男もデイル程ではないがなかなかの美形だ。シルバーブロンドの髪に淡い茶色の瞳、柔らかな表情とは裏腹に細身ながら引き締まった体躯をしている。
「ああ、すまない。ではコーヒーをもらおうか。ユアンも一緒に飲まないか?」
「はい。それではお言葉に甘えて頂きます」
「それで、スミス子爵家の件だが何か掴めたか?」
のんびりをコーヒーを楽しんだ後表情を引き締めデイルは尋ねた。
「はい。やはりここ三年税金の額が上がっているようです。しかしこちらに申告している額は変わっておりません。
それと一つ気になることが」
「なんだ?」
「はい。あそこの息子の一人がどうやら頻繁に王都のとある店に通っていると」
その話を聞いて器用に片眉をあげ続きを促すよう見遣る。
「どうやらそこの店主である娘に入れ込んでいるようで、かなりの額をつぎ込んでいるのではと」
「ほう。店主の娘とな?その娘まだ若いのか?」
「はい。おそらく15、6だと思います。あの年齢で店を構えるのは普通は難しいはずです」
「と言うことは溜め込んだ金をそこに流していると」
二人はしばし無言で考え込んだ。
「よし、その店の様子を見に行ってみるか」
「は?」
「報告だけでは分からぬからな」
ニヤリと笑った顔は何かを企む悪戯っ子のような表情。それに頭を抱えたのはユアンだ。
「デイル様、またお忍びですか?」
「ああ。お前も行くか?」
「当たり前です!あなたを一人にできるわけないでしょう!こんなことがバレたらまた…」
若干口調が乱れブツブツ言うユアンを放ってウキウキと奥の部屋に入って行くデイル。しばらくすると先ほどまで着ていた質の良い一目で高価とわかる衣装ではなく、綺麗だが平民が着るいたってシンプルな装いに変わっていた。
「ほらユアンもこれに着替えろ。とっととしないと置いていくぞ」
先ほどまでの真面目な顔ではなくウキウキとした顔でユアンに服を渡してきた。
深く溜息をつきながらもこうなると誰にも止められないと長い付き合いのユアンは知っているだけに無言で着替え始めた。
しばらく経ってやってきたのはサリナのいるアイスクリーム屋。どうやら二人が話していたのはサリナのことだったようだ。
「ふむ。アイスクリームとな?アイスクリームとは一体何だ?」
「ああ、この店は最近話題の店ですね。どうやら冷たくて甘い食べ物のようですよ」
「冷たい食べ物?何だその変わった食べ物は?
まぁいい。入ってみればわかるだろう」
ーカランカラン
「いらっしゃいませ」
出迎えたのはこれまで出会った事がないほど愛らしい少女。笑顔で声をかけられピタッと止まってしまったデイル。
そのデイルを驚いて見た後何事もなかったかのようにユアンは口を開く。
「こんにちは。初めて来たのですが」
「ああ、アイスクリームは初めてですか?
えっと、冷たくて甘い食べ物なんですけど、味はバニラとチョコ、チョコミントがあります。季節によって多少変わるのですか今はこの三種類なんですよ?
それとこちらでお召し上がりの方にはカップに入れて出していますが、持ち帰りがよければワッフルコーンといって容器ごと食べれるものもあります。ご希望でしたらこちらでお召し上がりの場合でもワッフルコーンで出すこともできます」
ユアンの横で固まっていたデイルはハッとしたようにサリナの目の前にやって来た。
「チョコミントを頼む。ここで食べるからカップで」
ユアンの方も見ずに勝手に注文するデイル。
そしてそんなデイルを呆気にとられて眺めるユアン。
「あの、こちらの方はどうされますか?」
そんなサリナの声に我に返り慌ててバニラを頼んだ。
決して高くない良心的な金額を払い窓際の席に座りアイスを頬張る。
一口食べた瞬間目を見開いて固まる男二人。
そんな二人をクスクス笑いながら見つめるサリナ。
そんなサリナの声にハッと我に返りサリナの方を見やると
「あ、すみません笑ったりして。初めて口にされるかたら皆んな同じ反応をするんですよ。それがおかしくて。やっぱり驚きましたか?」
「あ、ああ。本当に物凄く冷たいんだな。それにこのチョコミントか?チョコの味がくどくなく口の中に清涼感が広がって美味いな」
普段女性に対して決して口数が多くない主のやけに饒舌な姿を見て再びユアンは呆気にとられる。
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
嬉しそうに、でも少し恥ずかしそうに頬を染めながらお礼を言うサリナの姿にデイルもまた頬を染める。
ーなんだこの雰囲気は。俺ってお邪魔虫?
見つめ合って頬を染める二人を見て居心地が悪くなるユアン。
いやいや、俺はデイル様の従者。邪魔者のはずがないじゃないか!
この店に来た目的も忘れ何やらほんわかムードに包まれる。しかしその雰囲気は次の客の来店で壊れる事になる。
ーカランカラン
「あ、いらっしゃいま…」
挨拶をしかけたサリナの言葉が途切れ、その顔からは先ほどまでの笑みが消え強張っている。
ーなんだ?
デイルとユアンは揃って入り口に目を向ける。そこにいたのはいやらしい笑みを浮かべたでっぷりとした身体を明らかに高そうな衣服に身を包んだ男だった。
「やあサリナ。ここのところ忙しくて来れなかったから寂しかったかい?そろそろ僕のものになる覚悟はできたかな?」
ニヤニヤといやらしい目つきでサリナの顔を舐めるように見る男。
「あ、あの。他のお客様もいらっしゃいますし、お帰りください」
サリナを見ると強張った表情に恐怖を宿した瞳。それでも毅然とした態度で接客をしていた。
「ふん。往生際が相変わらず悪いんだな。だけどいいのかい?そんなことを言って。僕は君と違って貴族だぞ。こんな店、いや、サリナが仲良くしている近所の人の家や店だったどうにでもできるんだぞ。そろそろ態度を改めないとどうなっても知らないからな」
そう言い残して去っていく男。
サリナの方を見ると真っ青になりガタガタと震えていた。
しかしすぐにデイルとユアンがいるのを思い出し慌てて笑みを作る。
「あの、不快な思いをさせてしまって申し訳ありません。また来ていただけるなら次はサービスします」
一生懸命震える身体を抑え笑顔で声をかけるサリナにデイルの胸は苦しくなる。
自分の腕で抱きしめて大丈夫だと安心させてやりたくなる。
だが、自分とサリナは今日が初対面。なんの関係もない自分がそんなことはできない。しかし
「さっきの男は何だ?何か困っているのか?もしよかったら話てくれれば少しは力になれると思う」
その言葉を受けサリナは目を見開いて驚いた。でもすぐに微笑んで言ってきた。
「初対面の私にまで優しくしてくださってありがとうございます。あの、大丈夫です。何も困ったことはありませんから」
そう言ったきりそれ以上何も言うことはなかった。
戻ってきて着替えたデイルは窓の外を眺めて何か考え込んでいた。
同じく着替えたユアンが後ろに控え、遠慮気味に声をかけてきた。
「デイル様、どうかされましたか?」
「ん?ああ。
さっきのことだが、あの子はひょっとしたら何か脅されているんじゃないかと思ってな。
あの男が少し気になることを言っていたろう。周囲の人間の家などどうにでもできるとかなんとか。あの店の周囲の店や家の人間に聞き込みできるか?」
「わかりました。なるべく早く動きます」
「ああ、頼んだぞ。それと彼女のことも少し調べて欲しい」
「御意」
ユアンが立ち去った後もしばらく外を眺めて物思いにふけっていた。
一方その頃サリナは店を閉め片付けをした後、店の裏にある住居で食事の支度をしていた。
子爵家の息子のセリフが気になって仕方なかった。
ーどうしよう。皆んなに迷惑がかかったら私…
しかしそれ以上に気になったのは子爵家の息子が来る少し前に来た見目麗しい男性二人。その二人のうち金髪碧眼の彼。
初めて会ったはずなのになぜか心惹かれた。目が合うと恥ずかしけど嬉しかった。笑いかけられると胸が妙にドキドキして苦しくなった。こんな気持ちは初めてだった。でも…
ーやっぱり愛人、なるしかないかなぁ。
お父さんとお母さんが死んで一人ぼっちになった私によくしてくれた皆んな。うっすらと残っていた前世?の記憶を頼りにアイスクリームを作って売り始めた時も、初めて目にするものに戸惑いもあったろうに買って食べてくれた。そこから口コミでアイスのことが広がって今では色んな人が買いに来てくれるようになった。これも近所の皆んなのおかげだ。
それなのに助けてもらった私のせいで皆んなが家やお店をなくすようなことになったら、自分が許せない。
ーよし、今度来たら受けますって伝えよう。
でもその前にもう一度だけでいいからあの人に会いたいな。
結局あの日から彼は一度も来ない。もう一度会いたかったのにな。
ひょっとしたら王都の人ではなかったのかも。
ーカランカラン
「あ、いらっしゃいま…」
「やあサリナ。迎えに来たんだが決心はついたかな?」
ニヤニヤと目の前に来たのは子爵家の三男。
そういえばこの男の名前も知らないなぁ。
「本当に私が愛人になったら他の人たちに何もしないですか?」
「ああ、俺は優しいからな?サリナさえ俺のものになったら他の人間には何もしないぞ」
ああ、このニヤニヤ笑うこの男が大っ嫌い。
あの日、両親が馬車に跳ねられ亡くなった日、馬車から降りた男もこんな笑いをしていた。そしてゴミ掃除が終わったって言って去って行ったんだ。
ゴクリと生唾を飲み込んで返事をしようとした。
ーカランカラン
あっ!
ドアの音に顔を向けるとそこにはあの日から会っていなかった彼が立っていた。
「こんにちは。アイスを食べに来たが何かあったのか?」
私とあの男を交互に見ながら先日とは違って鋭い眼差しを向けて来た。
「おい、今は取り込み中だ!あぁ、違うな。今日でこの店は終わりだ。とっとと出て行くんだ!」
ああ、せっかく会えたのに。せめてもう一日早く来てくれていたらもう少し一緒にいられたのに。
でももうどうしようもない。諦めて帰ってもらおうと声をかけようとした。すると
「こんなに美味いのになんで閉めるんだ?これからも食べに来ようと思っていたのに、やはり何か困っているんじゃないか?例えば、この男のせいで、とか?」
そう言ってジロリと男を睨んだ。睨まれた男は少し顔色を悪くしながらも慌てて怒鳴り散らした。
「な、何だと!この女は俺の愛人になるんだ、邪魔するんじゃない!
そうか貴様俺が誰だか知らないのか?俺はスミス子爵家の息子だぞ!言うことを聞かないならお前たちも痛い目に合わせるぞ。嫌ならとっとと立ち去れ!」
唾を飛ばしながら激昂する男を見て冷や汗が出る。私のせいでこの人に何かあったら!
慌てて間に入る。
「あの!大丈夫です。
私は大丈夫なので。せっかく来ていただいたのに申し訳ありません。このお店はこちらの方のおっしゃる通り閉めることになったんです。だから…え?」
どうにか帰ってもらおうと側に行って話しかけたが逆に手を取られ背中に庇われた。
ー何?
「ふん。成る程な。家の権力を使って脅して自分の愛人に無理矢理するつもりか。
そもそも彼女を自分の物にするために父親に頼んで彼女の両親を殺したんだったよな?そしてなかなか自分の物にならないからと今度は近所の連中を盾に脅していたんだったな」
………え?
何?どういうこと?
あまりの内容に呆然と彼を後ろから見上げると振り向いた彼が目線を合わせて来た。
「すまない。辛いことを思い出させたな。
だが、真実を知った上で自分で判断して欲しかったんだ。いいか、あいつは自分の欲のために君の両親を殺した男だ」
「う、そ。
わ、私のせいで父さんも母さんもっ」
涙が溢れて来た。私のせいで両親が殺されたなんて!
「違う!君のせいじゃない!アイツのせいだ。君も君の両親も被害者だ。間違えるんじゃない」
目を合わせてはっきりと伝えてくれる。それでもどこかで自分のせいだという思いは消えない。
「君の両親はアイツの家から君をよこせと脅された。だが自分たちのせいで君を不幸にしたくなくてはっきりと断ったんだ。その両親の気持ちを無碍にするな」
話を聞いて涙はますます溢れて来た。そんな私をそっと胸に抱き寄せ優しく頭を撫でてくれる。
「君の両親は君の幸せを願っていた。近所の人に自分たちに何かあれば君を頼むと頼んでいたんだ。君のせいではない。君のためだ、勘違いするな。両親の思いを無駄にするんじゃない」
そんな話をしていると彼の後ろからあの男の怒鳴り声がした。
「な!でたらめを言うんじゃない!
さっきも言ったがお前なんてどうとでもできるんだ。サリナを離してとっとと失せろ!」
「さあ、話を聞いてもまだあの男のところに行くか?」
「でも、ここで私が断ったら今度は」
「大丈夫だ。俺に任せておけばいい。
さて、先程からギャーギャー煩いな。
でたらめ?でたらめじゃないぞ。お前の父親は今頃捕まって牢屋の中だ。殺人は勿論他にも余罪がたくさんあるからな。勿論お前も色々しているだろう?今頃父親が全部喋っている頃だ」
「なっ!そんなバカな話があるか!」
更に何かを言おうとしたが入り口から数人の騎士が入って来たことによって口をつぐんでブルブル震えだした。
「スミス子爵家三男アンドリュー、一緒に城に来てもらう」
「な、な、俺は何もしてない、何もしてないぞ!」
「話は城で聞く。
連れて行け!」
わーわー喚く男を騎士数人で連れて出て行った。
扉が閉まった後は何故か私と彼の二人きり。
ーあれ?一緒に来ていたもう一人の人は?
キョロキョロしてみたがやはり二人きりだ。
そして今更ながら彼に抱きしめられている事実に顔がみるみる真っ赤になって行く。
「ん?どうした?」
これまで聞いたことがないほど甘い、甘い声。
耳元で囁かれ情けないことに腰が抜けてしまった。そんな私を片手で支えた彼はもう片手を膝の後ろにあてがい所謂お姫様抱っこなるものをして店の奥に運んでくれた。
「少し話がしたい。奥を借りるぞ」
そう言って前を向く彼は先程甘い声を発した人と同じ人物とは思えないほど表情が張り詰めていた。しかし抱き抱える腕は優しい。
そっと奥の居住空間にあるダイニングテーブルの椅子に座らされ、その前に彼は膝をついた。
「さっきはすまなかった。君を傷つけるつもりはなかったが、事実を明らかにする必要があったんだ」
そしてとても申し訳なさそうにさっきの話を謝って来た。
「あ、いえ、大丈夫です!
ちょっと驚いたけど、でも真実が知れて良かったです。
まだ今は全部を消化しきれていませんが、両親の気持ちはちゃんと受け止めて、きちんと生きていきたいって思っています。
本当にありがとうございました。
えっと、でもあのあなたは………」
何故そんなことを知っていたのか、何故騎士を連れて来ていたのか、疑問はたくさんある。でも聞いていいのかもわからない。
「これから話すことは君をもしかしたら傷つけるかも知れない。それでも全部聞いた上で俺の質問に答えて欲しい」
真剣な眼差しで私を見上げる彼はどこか苦しそうな表情をしていた。そして今回の事がわかった経緯を全て話してくれた。
でもやっぱり分からない。
彼は何故そんなことをしていたのか、彼は、何者?
「俺は、
俺の名前はデイル。デイル・アラストと言う」
………え?
デイル・アラストってこの国の王太子殿下の名前よね?
え?じゃあこの人は…
そう考えて慌てて椅子から立ち上がった。そして両膝をついて頭を下げ
「も、申し訳ありません。王太子殿下とは存じませず大変失礼を致しました」
まさかこんなところに王太子殿下がいるとは思いもしなかった。でもよく考えれば彼の容姿は王太子殿下の容姿と全く同じ。なんで気づかなかったのか。
焦る気持ちと、そして大きな悲しみ。
私はいつのまにかたった一度しか会ったことのない彼のことを好きになっていたのだ。でも王太子殿下だと知った今、その気持ちは一生伝えることができなくなった。
「………顔を上げてくれないか?
そんな風にされたくなかったんだ」
ボソリと呟いた言葉はよく聞こえなかった。思わずえ?と顔を上げてしまった。目を合わせて彼は話を続けた。
「俺はあの日君と会ってから君のことが忘れられなかった。今日ここに来るまでずっと君のことを考えていたんだ。本当はもっと早くにここに来たかったけど、あの男のことも一刻も早く調べて解決したかった。解決して、そして君にどうしても伝えたいことがあった。だから、会いに来れなかったんだ」
そうして一度深呼吸して
「サリナ、俺と結婚して欲しい。
俺は確かにこの国の王太子だ。だけど、これまで女性なんてどうでもいいと思ったし、結婚もするつもりなかった。跡取りなんて弟の子どもをもらえばいいとさえ思っていたし、それで父上にも了承してもらっていた。
この国の王族は政略結婚なんてものはしない。大きな重圧を感じる務めだからこそその伴侶となる者は心から愛する者を迎えることになっている。そこには身分も何も関係ない。よほど犯罪を犯したとか兄弟でない限り許されるんだ。
だが、俺は一生女性を愛するなんてことはないと思っていたし、どうでもいいとさえ思っていた。だけど、君に会って君となら、と思ったんだ。
愛している。どうか俺と結婚して欲しい」
その言葉を聞いてポロポロと涙が溢れて止まらなかった。
王太子殿下と知って自分の気持ちは一生伝えることはできないと、自分の気持ちは一生報われないと思った。でも、
「本当に、本当にいいのですか?私は平民です。身分もなければ礼儀作法も何もわかりません。それでもいいのですか?」
「ああ。身分なんて何でもいい。礼儀作法はこれから少しずつ学んでいけばいいし、俺も協力する。
君がいいんだ。俺の隣で俺を愛してくれたらそれだけで十分だ」
「はい。はい、結婚します!
よろしくお願いします」
涙の止まらない私をそっと優しく抱きしめてくれた。
それから半年後、アイスクリーム屋は近所のお姉さんに頼んでレシピも渡し続けてもらっている。
そして私は
「サリナ、ちょっと休憩してお茶にしないか?」
「あ、デイル!ちょうどよかった。今一段落したところなの」
「殿下、サリナ様はとても優秀ですね。礼儀作法もほぼ完璧ですよ。これでいつでも王太子妃になられますよ」
「そうか。
サリナ頑張ったな。予定通り一ヶ月後に式を挙げる。これからよろしく、妃殿下」
そう言って悪戯っぽく笑うデイルはこれまでになく幸せそうな顔をしていた。
そして二人のティータイムには必ず季節のアイスクリームが添えられたのだった。