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君は目覚める

生きていく上で、一番欠かせないものってなんだろう。

家族?友達?お金?仕事?

それとも…恋人?

色々考えはあるだろうけど、私ならこう答える。



『趣味』だと。





私、恵己紗千は中学3年生の14歳。友達は少ないが、毎日はそこそこ楽しい。そう思えるのは、私に没頭できる趣味があるからだ。


「ただいま〜…」


鍵を開け、誰も帰っていない家に入る。弟は教室で仲の良い女子達と毎日喋っているため、帰りは遅い。母子家庭で母も家を空けている時間が多いため、一人での帰宅は日常だった。


壁一面に美少女のポスターが貼られ、棚にはアイドルアニメのCDが並べられているここが私の部屋。スクールバッグ代わりの黒いリュックサックをベッドに放り投げ、ダサい中学校の制服からTシャツとジーンズに着替える。財布とスマホ、アーケードゲームのカードを入れたファイルを外出用のリュックサックに詰め込み、そのまま部屋を出た。


「いってきま〜す…」


これが私の日常だった。楽しくて充実していて、少し寂しい日常。家から自転車で20分の場所にある人の少ないスーパーマーケットに週2で通い、女児向けアーケードゲームにそこそこの額ある小遣いを注ぎ込み、時折ソーシャルゲームに課金し、深夜放送の萌えアニメを録画で視聴する日々。


私は絵に描いたような、オタクだった。


「4階、4階…っと」


友達はいない。当然恋人も、好きな人すらいない。母は朝帰りの常習犯で、弟とは不仲でもないが特別仲が良いわけでもない。2人の家族は私の趣味に嫌悪するでもなく、無関心だ。


「…あれ、小銭ねーじゃん。両替、両替…」


両替機に入れた1000円札は10枚の硬貨になって返ってくる。私はそれを財布に仕舞おうとしたが、1枚、床に落ち、綺麗な音を鳴らしてそのまま転がっていった。


「あ…」


床に向かって手を伸ばすも、手のひらがふわりと空気を包むだけで何も掴めない。私の手をするりとかわして逃げていく1枚の100円玉。不思議なこともあるのだろう。あろうことか、その硬貨は十数メートル転がっても止まることなく、右に曲がってそのまま直進していった。


「ま、まって…」


逃げる猫を追いかけるかのようだ。意思などない硬貨に声をかけたって止まる筈もないのに。

半分開いたリュックに財布を閉じて突っ込み、大急ぎでチャックを閉めて硬貨を走って追いかける。すると硬貨は、私の走る速さに合わせて加速していった。


「は?意味分かんねぇ、なんだあの100円玉!!」


コインは階段を降り、4階から3階、3階から2階へと駆け抜ける。そして1階に。たかが100円と諦めそうになったが、それは私にとっては、1プレイ分の大事な100円なのだ。


100円玉は自動ドアが開いた隙に外へ出た。出てすぐ右に曲がって路地裏へ転がり込むと、そこでようやく止まった。


ひとつため息をついて、硬貨をしゃがんで拾う。するとそこで、私はその硬貨が淡い赤の光を纏っていることに気が付いた。


「わっ、なにこれ…」


驚きのあまり硬貨を地面に投げつけると、アスファルトで硬貨が弾む乾いた音がした。


淡い光が、暗がりの中にすっと溶けていく。光の行き先が静かに明るくなって、そこに影がひとつできた。


それがきっと、私の人生を変える出来事だったのだろう。路地裏で出会ったのは、小さなクマのような生き物だった。










「やぁ、よく来てくれたね。長々と走らせてしまってすまない。僕はクリスト」

「ぬいぐるみが喋った」


普通に考えて、クマのぬいぐるみが喋ったらホラーだろう。一度地面に投げつけた100円玉を拾い、クマに背を向けて立ち去ろうとする。


「…ちょっと待ってくれ、恵己紗千。」


見知らぬクマに名前をフルネームで呼ばれ、驚きで一瞬立ち止まる。


「…夢かな?もしくは、ドッキリ?」

「それは僕の話を聞いてから判断してほしい。」


クマは暗がりから私を真剣な眼差しで見上げた。背丈は立ち上がった私の膝程度で、全体的に茶色い。


「…なるべく、手短にお願いします」


100円玉をポケットに突っ込み、しゃがんでクマに目線を合わせようとする。


「魔法少女になってほしい」


「…は?」


ああ、いつの日か、こんなシーンを深夜アニメで見た気がする。3話で私の推しが死ぬやつ。でもそのアニメの主人公は、私のような冴えないオタクではなく、もっと可愛らしい少女だった。ピンク髪の。


「見返りとか、ある?」

「用意できるものはあげるよ」

「死んだりする?」

「1回までなら蘇らせるよ」

「…死ぬんだね。」

「その可能性はあることにはある。でも、できるだけそうならないよう努力する」


なんだか、さっきから夢のない会話をしている気がする。『私なんかが、魔法少女に…?』とかトキメキながら言うのがアニメでは普通なのに。そもそもその普通は、果たして普通なのか?私には、そんなことを言える自信がない。


「…なんで、私なの?」

「君にその素質があるからだよ」

「本当に?」


クマの顔を指でつつく。クマは無反応だ。


「ああ、本当だよ。人間は本来、魔力を持たない生き物だけど、ごく稀に魔力を持って生まれる人間がいるんだ。でも、その魔力も使わないでいるとやがて衰え、早くて16歳ほどで消える。だから君ぐらいの歳の人間に声をかけているんだ。」

「…そもそも、何と戦うの?」


段々乗り気になっていっているような気がして怖いが、心のどこかで、二次元の世界への憧れがあるのだろう。クマの話はアニメの世界みたいに興味深い。


「ゾンビキル、と言われる組織だよ。魔界という異世界に住む魔族が結成した組織で、人間からエネルギーを搾取して魔界を繁栄させることが目的だ。人間から、趣味や恋愛に対する興味や活力を奪い、人を無差別に攻撃する『ゾンビギーク』と言われる状態にするのが主な攻撃方法かな。」


ゾンビギーク…ゾンビオタクとはどういうネーミングセンスなんだろうか。


「まだ、信じがたいかい?」

「…そうだね、まだドッキリだっていう可能性も拭えていないし。なんかその…魔法少女とか魔族とか、そういうのが実在するって証明できるものはないの?」

「…じゃあ、実際にゾンビギークを見に行こうか。向こうでゾンビキルの幹部を見かけたから、多分もう少しで出てくると思うよ。」

「…それって危険じゃないの?クマさん」

「クリストだよ。クマじゃなくて、クリスト。」


ついておいで、とクマ…もといクリストは通りへ出ていった。私は慌てて追いかける。どうやら通行人はクリストのことが見えていないらしく、待って待ってと言いながら見えない何かを追いかける私は不審な目で見られる。


私はクマの首根っこを掴み、そのまま自転車の前かごに突っ込んだ。鍵を差し込み、スタンドを勢い良く蹴る。


「チャリで行ったほうが速いっしょ。どこにいる?」

「恐らく、あそこを右に曲がってしばらく行った広場だと思うよ。」

「オッケー。」


気持ち急ぎめで自転車を漕ぎ出す。私は何をしているんだろうか。このままじゃ、魔法少女になることほぼ確定じゃないか。


「広場ってあそこだよね?」

「ああ、この辺で止まってくれ。あまり近付くと危険だ。」


自転車を道の端に止め、クリストをカゴから降ろす。ついでに荷物はカゴに積んだ。出来るだけすぐ逃げられるように、自転車の鍵は差しっぱなしにしておく。


「いいかい、恵己紗千?」

「フルネームで呼ばれると気持ち悪いんだけど」

「…じゃあ紗千。噴水前に男の人がいるだろう?」

「うん」

「あの人は君と同じように趣味に熱中し、多額のお金と情熱をかける、いわゆるオタクだ。」

「…私がオタクであることは調査済みなの?」


そもそも名前を知っている時点で調査済みなんだろう。コインを転がして誘導したのもこいつの仕業だろうし、予め計画を練っていたと思われる。つまりこのクマ…クリストは、相当の策士だろう。


「そして、あの男の背後にいる黒い影が見えるかい?」

「…なんか魔女っぽいの、いるけど…あれがその、魔族?」

「ああ。彼女はゾフィー。ゾンビキルの幹部だ。彼女は今から、あの男の趣味に費やす活力を奪おうとしている。」

「…それをこんな冷静に見守ってて大丈夫なの?」


噴水のほうに目をやると、魔女…ゾフィーが、何やら杖を空にかざし、大声で叫び始めた。周りの通行人が無関心なことから、彼女もまた、クリストと同様に普通の人間には見えないらしい。


しばらくすると男は奇声に近い悲鳴をあげ、体から黒雲を発しながら唸り始めた。通行人はそこでようやく異常を察知し、彼に不審な目を向ける。


「…ところでさ、クリスト。あれ、誰が倒すの?」

「この街1番の魔法少女がいるけど、彼女が来るかどうかは分からないよ。」

「それ遠回しに、私にやれって言ってない?」

「無理にとは言わないけど…ここまで来るぐらいだから覚悟出来てるのかなって」


そんな会話を繰り広げている間にも、男はみるみるうちに人間らしさを失い、怪人かゾンビに近い見た目になっていく。ここまでくると不審というレベルでは片付けられなくなり、通行人もパニックを起こし悲鳴をあげながら逃げていく。


「ちなみに、報酬っていうのは?」


願いをひとつ叶えてくれるとかだろうか。それとも何もないのだろうか。


「それって、報酬次第で魔法少女になってくれるってこと?」

「そうとは一言も言ってませんけど…聞くだけ、聞いておこうかと思って」


ゾンビギークになった男の周りで小爆発が起こる。突風が吹き、私の無駄に長い髪は不格好になびいた。こんな時でも冷静でいられる自分は何なんだろう。


「それで、報酬ってどんなの?」


「ゾンビギーク1体あたり、平均1000円の手当が出るよ」










「やります」


即答してしまった。金に釣られて。


だって1000円。1000円だよ?ゲーム10回プレイできる。30分で1体倒せたら時給2000円だし、20分で1体倒せたら

時給3000円。ウハウハじゃないか。


「本当に?いいの?魔法少女やるの?」

「魔法少女やる」

「あのゾンビギーク倒せる?」

「倒せる」

「…君、凄く単純だね。」


まぁいいや…とクリストはため息をつく。そしてどこからか何かを取り出した。


「これを指にはめて。そうしたら魔法少女になれるから」

「何この厨二病こじらせたみたいな指輪」


指にはめると、天使の翼が指に巻き付いているように見える。翼だけでなく赤がかった宝石もあしらわれており、なんというか…格好いい。凄く、厨ニ心を擽られる感じがする。


「これを指にはめてどうするの?マジカルチェンジとでも言えばいい?」

「別に何でもいいけど、マジカルチェンジって叫んでみたい?」

「いや、叫ぶならもっと格好いいのがいい…」


命をかけて(金の為に)戦うのに、こんなノリでいいのか。そう自分に自分でツッコミを入れる。


「もっと格好いいの?アイン・ジー・ギン・フズィー、とかどう?」

「…何それ?何語?」

「ドイツ語だよ。あなたの為に祝福を、みたいな意味。」

「へぇー、いいね。それにしよう。」


敵に祝福を、というのもどういう意図かは分からないが、マジカルチェンジよりはましだろう。


「じゃあそれを、変身するときのパスワードに設定しておくね」

「パスワードって何かのサイトかよ」

「パスワードは変更できないけどいい?」

「サイトより不親切だな」


私とクリストがそんな会話をしている間も、ゾンビギークは奇妙な声で叫びながら暴れ回っている。通行人はほとんど逃げたので、誰もいないが。


「じゃあ早速変身しよう。あいつは多分知能も低いし弱いゾンビギークだから、紗千でも倒せると思うよ。」

「分かった。えーっと、何だっけ」

「アイン・ジー・ギン・フズィー」

「あー、そうそれ。何か地味に発音しにくいな…じゃあ、いくよ?」


どうせやるなら徹底的に格好つけよう。無意味に一旦指輪を外し、それっぽく右手の中指にはめる。右手を敵のほうに向け、ありとあらゆる恥を捨て叫ぶのだ。


「アイン・ジー・ギン・フズィー!!!」




私を中心に突風が吹き荒れる。Tシャツとジーンズが白と赤の魔法少女風衣装に、スニーカーが白いブーツに変わる。


そして目の前に舞い降りたのは、翼の飾りが付いた槍。魔法少女の武器が何故槍なのかは知らないが、丸腰よりだいぶありがたい。とても長く、私の背丈よりあるのでとても心強そうだ。


「魔法少女サチ、見参!」


意味もなく叫んでみる。ちょっと楽しい。名乗り出方が完全に少年漫画だけど。


すると敵が私の気配に気付いたようで、こちらに向かってくる。走ってというよりかは、ズシン、ズシン…と足音を立ててという感じなので、とても遅い。


「これさ、斬ったらいいの?技とかない?ビーム出ない?あと相手人間だよね?殺しちゃったりしない?」

「槍だから、斬るより突くとかでもいいと思うけど…。技とかビームとかは今のところはないよ。低級魔法少女だから。あと相手が死ぬ心配はないよ。魔法少女の武器は天の加護っていうのを受けてて、ゾンビギークを浄化する為に作られているからね。」

「低級魔法少女とかあるの?え?やってくうちに使える武器増えるの?ゲームじゃん。てか死なねぇの?やっば」


当然槍の持ち方なんて知らない。私の戦闘に関する知識は、昔々、格闘技オタクの父(今は別居中)に習った、カリとかいうフィリピンの格闘技だけだ。それも本当に少し。とりあえず槍を両手で持ち、ゆっくりこちらへ向かってくる敵のほうへ全力で走り出す。


「喰らえ!!」


2メートル近くある槍はかなり軽く感じる。これも魔法少女になったからだろうか。そんなことを考えながら、ゾンビギークを思いっきり斬る。槍がそいつに刺さった瞬間、赤がかった光が発生した。


ゾンビギークは『ヴヴァ…』と唸る。ダメージは与えられたようだ。槍のリーチは長く、意外と使い勝手は良い。


「これ、ずっと斬ってたら倒せる?必殺技とかない?」

「低級魔法少女の為」

「分かった、分かった。ずっと斬ってるから。」


槍を振り回し、スパスパと敵の体を斬る。発生する光はどこか温かく、『攻撃』というより、『浄化』なのだろうとなんとなく分かった。


「紗千、敵がかなり弱ってきたよ。それでなんだけど、低級魔法少女でも使える必殺技があるよ」

「まじか!じゃあそれどうやったら使えるの!?」

「槍を向こうに向けて、ビーム出そうとしてみて」

「説明雑かお前」


雑な説明だが、とにかくやってみる。叫ぶ言葉は思いつかないので、『はぁっ!』とか『てやっ!』とか言っておこう。


「喰らえ!はぁっ!!」


すると、槍の先に小さな赤い光が集まり、やがて球状に膨らんだ。


「今だ、紗千、撃て!!」

「どうやって!!」

「頑張って!!」


…やはり雑なクマである。そう思いながらも、適当にそれっぽく槍を上に持ち上げてみる。


「…撃てた。」


赤い光がビームとなり、敵の心臓部を貫く。ゾンビギークは白い煙を撒き散らしながら溶けていき、煙の中から人間の男が出てきた。


「紗千、やったじゃないか。ゾンビギークの浄化、完了だよ。」


少し遠くで見守っていたクリストがちょこちょこ走ってきて、私の目の前でぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「意外と…あっさりだったね。」

「まぁ、このゾンビギーク自体、あんまり強くないから。これでだいたい400円ぐらいだろうね」

「…400円。」


平均1000円と聞いた後だから少額に感じるが、400円でもお金のない学生からすればありがたい額だ。プレイ4回できるし。私は槍を一旦地面に置き、大きな伸びをした。


「なんか疲れた…普段運動全然しないからな…あとこの変身どうやって解くの?」

「指輪外したら解けるけど」

「あ、まじ?じゃあこれ万が一戦闘中に外れたらどうすんの」

「じゃあ、戦闘が終わるまでは外れないようにしておこうか」

「…どうやってだよ。」


私は指輪を外そうと左手を右手に添える。しかし、いくら引っ張っても指輪は外れない。


「…クリスト。指輪取れないんだけど」

「え?そんなことないと思うけど…」


ちょっと見せて、と言うクリストに、私は少ししゃがんで手をクリストの前に差し出した。


「君の指が太いんじゃないか?」

「いや、だって変身するとき1回つけて外したけどどうってことなかったよ?やっぱあんたが何かしたんじゃない?」

「そんなことは…」


クリストは困り顔で唸っていたが、しばらくすると、突然ぼーっとした顔で空気中を見つめ始めた。とぼけるつもりなのだろうか、と思いながら睨んだが、反応はあまりない。


「クリストー?クリストー?くーりーすーとーさーん?どうしたのー?」

「…見間違いかな」

「どうかした?」


クリストが見ていたほうを一度見てみるも、特に変わった様子もない。


「人戻ってくる前に指輪外してよ。このままじゃ私ただの変なコスプレ中学生だよ?」

「そうだね、でも最近じゃその格好でもそこまで怪しまれないよ?コスプレという文化が根付いてきたっていうか。」

「いや、この格好でうろついて許されるのは女児だけだろ」


大きなため息をつき、周りをきょろきょろ見渡し、人がいないことを確認する。指輪を自分でも外そうとしてみるが、力尽くでは外れない。


「仕方ない、このまま帰るか…」


立ち上がって槍を拾い、自転車を止めていた道の端へと向かう。鍵が差しっぱなしになっているのを確認し、スタンドを蹴ろうとしたそのときのことだった。




「…紗千、後ろ!!!」


クリストの叫び声が聞こえる。とっさに槍を構え後ろを振り向くと、そこには男をゾンビギークに変えた黒い影…魔女がいた。


「魔法少女め、死になさい!!!」


魔女は杖を大きく振りかぶって、私めがけて振り下ろす。槍を両手でしっかり持ち攻撃を受け止めるも、攻撃の圧はどんどん強くなっていく。


「クリスト!!何とかしてよこの人!!」

「あたし、人じゃないから。あたしは魔族のプリンセス。ゾゾ帝王の娘でゾンビキルの幹部、ゾフィーよ!!」


杖を一度離し、今度は勢いをつけて横から殴ってくる。こうなるともう、細い槍では受け止められないだろう。私は攻撃をしゃがんで避け、自転車の片足スタンドを大急ぎで蹴り、槍を持ったままペダルを漕ぎ出した。


「そんな人の乗り物であたしから逃げられると思ったの?これでも喰らいなさい!!」


魔女…ゾフィーは、私が使ったものより強大なビームを私めがけて撃ってくる。紫色の光が追いかけてくる恐怖はなかなかだが、ギア付き折りたたみスポーツ自転車をナメてはいけない。下り坂を猛スピードで駆け抜け、民家だらけのうねった裏道を抜けていく。


「流石に魔女でも、このスピードにはついてこれんだろう!!てかあのクマ野郎どこだよ!!置いてきちゃった!!変身解けねぇし!!あの魔女に人質とかにされてたらどうしよう!!人質じゃなくて何だ熊質か!?」


ペダルを漕ぎながら、まぁまぁ大きな声で独り言を叫ぶ。ふと頭上を見ると、ゾフィーが空を飛んで追いかけてきていた。魔女の鉄板装備、ホウキに乗って。


「…まじかよお前空飛べんの」

「うん、まじ。」


空高くから急降下し、私を追いかけてくる。そんな絵に描いたような魔女からチャリで逃げる低級魔法少女サチ。迷路のように曲がりくねった民家だらけの裏道を逃げ続けるも、私も道をよく分かっていないのでここがどこか分からない。ついに行き止まりになってしまい、引き返そうとするも目の前には魔女。


「うふふ…もう逃げられないわよ!」

「そんな速くなかったから、平地だったら逃げられたな、コレ。」

「うっさいわね!あんた追い詰められてんのよ!んなこと言ってないでもうちょっと焦りなさいよ!」

「…仕方ない、槍でなんとかするか…」


細長い槍を携え、魔女が攻撃してくるのを待つ。彼女が杖を振りかぶったのを確認し、槍を横に持って構える。


「こんなへなちょこ槍、折ってやるんだから!!」


そう叫び、杖で槍を思いっきり殴る。その宣言どおり、槍はボキッ、といい音を鳴らして真っ二つに折れた。


「…折れたね。」

「ええ、折れたわ。」


完全に勝った、と言わんばかりの勝ち誇った余裕の表情でこちらを見つめる魔女。


「でもまぁ、2メートルの槍が、1メートルの槍と1メートルの木の棒に変わっただけだから。全然余裕。」

「…はぁ?」


何故こうも、命の危機にこんな冷静でいられるのかが分からない。けれど、こいつになら勝てる気がする。そう信じて、私は右手に折れた槍を、左手にただの木の棒を握りしめ構えた。


「知ってる?でっかい剣を持った騎士を、木の棒でコテンパンにした伝説の格闘技の話。その騎士に比べちゃ、杖で殴ってくる魔女なんかどうってことないね。殴るならもっと、ハンマーとか持ってきな、嬢ちゃん!」

「…なんですって?」


私の発言がかなり頭にきたのだろう。杖を再び構え、思いっきり振り下ろした。


「んな攻撃当たるわけないよ!!てか杖持ってんなら魔法使えよ!!なんで殴るの!!魔女だろ!!」


杖の攻撃を左手に持った木の棒で受け流す。相手が体制を崩した一瞬の隙に、相手の腕めがけて槍で思いっきり突き、追い打ちをかけるように容赦なく蹴りを入れた。


「いった!!何すんのよ!!」

「何すんのって、攻撃すんだよ!!」


転倒した魔女の手を踏みつけ、杖もついでに奪う。


「肉弾戦で私に勝つのは到底無理そうだな!!私ね、小学校のとき男子相手に喧嘩ばっかしてたし、パパに格闘技教えてもらってたからこういうのは得意なんだよ!!もっと魔法使ってくるもんだと思ってたからなんかびっくりだわ!!」


可哀想なことに、私が思いきり槍で刺した彼女の右腕からは出血している。女の子に乱暴するのはあまり好きではないというか場合によっちゃ好きだけどそういう性癖無くもないけどでも現実で自分が実際に手を下すのは罪悪感とか色々あって嫌だしグロいのは好きじゃないし…まぁ不本意だが、私を殺そうとした罰にしては軽いと思っておこう。


「…だ、だって…」


地面に倒れ俯きながら、魔女…ゾフィーは何やら言おうとしていた。


「だって?だって、何?」


しゃがんで彼女の顔を覗きながら、子供に語りかけるようにそう言ってみる。


「だって…あたし…見習い魔女だから…魔法…あんまり使えないの…」


今にも泣きそうなゾフィー。泣き落としのつもりだろうか。見た目からして私と同い年か1歳年上ぐらいだろうから、きっと中身は子供なんだろう。


「でも幹部とか言ってなかった?」

「パパが…パパがあたしを幹部にしてくれたの…」

「…親のコネってことか。」


…それにしても、今さっき魔法少女になったばかりの私より弱い幹部とは、幾らコネとはいえ弱過ぎるだろう。しかもその弱い幹部を単独行動させるとは、上はどういう神経をしているのか。


「…ていうか、クマ置いてきちゃったし…とりあえずあいつ探しに行くか…変身も解けないし。」


折れた槍とゾフィーから奪った杖を手に持ったまま、再び片足スタンドを蹴り、自転車に乗る。帰り道が一瞬分からなかったが、勘でなんとかなるだろう、と漕ぎ出そうとした瞬間、向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。


「誰だ…?クリスト、にしてはでかいし…」


一旦自転車から降りてその影をよく見る。近付いて来るそいつは、黒ずくめの服を身に纏い、藍色のマフラーを首に巻いている。春先に外を出歩く格好としては厚着で、不自然だ。


「サイ!来てくれたのね!」


床にぶっ倒れていたゾフィーは、彼を見るなり急激に顔色が良くなり、起き上がって彼のほうを目を輝かせて見つめた。


「サイ…?角生えた動物か?」

「違うわよ!サイってそっちじゃないから!あんたバカか!」

「チャリより遅いスピードで追っかけてくるお前もバカだろ」

「それもういいでしょ!?本気出したらあたしだってもっと速く飛べるんだから!」


サイと呼ばれた男はゾフィーの前で跪き、彼女に少し微笑んだ後、その顔で私のほうを見た。目が合った彼は、随分と整った顔立ちをしている。


「ねぇサイ!あたしそいつにやられたのよ!だからそんな奴ちゃちゃっと殺しちゃってよ!」

「まぁまぁ、そんなことを言わないで、ゾフィー。僕はあなたを回収する目的でここに来たまでです。」


サイはそう言うと立ち上がり、私の目の前まで歩いてきた。近付いて見ると思ったより背が高い。少なくとも、私より20cmは上だろう。


「初めまして、僕はゾンビキル幹部の、サイと申します。あなたの名前は?」

「は、はぁ…?」


ゾンビキルの幹部、ということは勿論私の敵なのだろうが、敵に対する態度にしては丁寧過ぎるし、ゾフィーが私に向けたような殺意は微塵も感じられない。そして何故名前を聞くのか。


「恵己紗千、です…恵己が名字で、紗千が名前、ね。」

「サチさん…ですか?素敵な名前ですね。」

「…はぁ。」


彼は微笑む。腹立たしい程に。その美しい顔は崩れることなく、平常だった。


「帰りましょうか、ゾフィー。帝王も心配しておられます。」

「心配?パパが?そんなことより、そこのクソガキなんとかしなさいよ!あと杖返せ!」

「お口が悪いですよ、ゾフィー。」

「そんなのどうでもいいでしょ!」


味方が増えたからか、一気に威勢が良くなったゾフィーはチワワの如くキャンキャン吠える。クソガキ、というのは私の事だろうが、どちからと言うと彼女のほうがクソガキだと思われる。こんなのが幹部だとは、サイとかいう奴も可哀想な限りだ。


「全く…困った王女様です。サチさん、ご迷惑をおかけしましたね。」

「…ああ、はい。でも私、あんたの敵なんすけど…ご迷惑もくそったれもありゃしないっすよ?」

「それはまぁ、そうですが。」


彼は私の前で跪いた。翼の巻きついた指輪をした右手を取り、静かに唇を寄せる。黒い手袋越しの彼の手は冷たく、その行動は愛のない無機質なものに思えた。


「あなたのような美しい女性には、たとえ敵でも敬意を払わねばと思うのです。そう思いませんか?」

「…なるほど、お前も奇人一門の仲間だったか。」


サイの手を振り払い、自転車に跨がる。女子中学生を口説く大人にろくな奴はいない。


「悪いけど私帰んないといけないから、お引き取り願いますわ、魔女の嬢ちゃんと黒ずくめナンパ男さん。」

「ま、待ちなさいよクソガキ!あたしの杖返せってば!」


私はゾフィーめがけて杖を思い切り投げた。サイは慌てて走り出し、ゾフィーにぶつかる前にキャッチする。


「それなら返すから!私が持ってても仕方ないし。あばよ!」

「ちょ、ちょっと…!」


ゾフィーの声が聞こえなくなるぐらい、思い切り風を切って疾走した。












「あ、紗千!探したよ、僕を置いて行くものだから…」

「あ、クマ。忘れてた」


通りに出る寸前でクリストに呼び止められる。このままの格好で人通りの多いところに出たらかなり目立っていただろうから、とてもいいタイミングだ。自転車に乗った状態のまま、地面をちょこちょこ歩いて来るクマを見下ろす。


「クマじゃなくて…」

「ああはいはい、クリスト。そんでもってこの指輪はどうやって取るの?」

「ああ、それなら今だったら外れるんじゃないかな?」

「…は?」


半信半疑で指輪を恐る恐る引っ張ると、第二関節を越えたあたりで光り出し、瞬く間に変身が解けて元の姿へと戻った。


「…何で?」

「変身を解く前に言っただろう?戦闘中は外れないようにしておく、って。でもあのときゾフィーが襲うつもりで近くにいたから、指輪がまだ戦闘中だと判断して、変身が解けなくなっていたんだよ。」

「…なるほど、有能なのか馬鹿なのか分からん指輪だな。」

「この場合は有能だった、でいいんじゃないかな?もし変身が解けていたら、ゾフィーに殺されてたかもしれないし。」


指輪を手に取り、眺めながら欠伸をする。後ろを見たがゾフィーもサイも追ってくる気配はない。ほっと息を吐いて、自転車から降り、その場に止めた。


「この指輪、普段つけてていいの?どっかしまってたら絶対なくす自信しかないんだけど」

「まぁ、合言葉さえ言わなければ変身しないから大丈夫だよ。この世にはつけたまま寝て寝言で合言葉言って変身した人もいるけど」

「どんなだよ」


もう一度指輪をはめ、そろそろ帰ろうかと自転車の片足スタンドを蹴ろうとした瞬間、ふとあることを思い出した。


「私、何しに出かけたんだっけ?」

「ゲームしに行ったんだろう?」

「ああそうそう…待って、やってねぇじゃん」


リュックに手を突っ込み、スマホを開いて確認する。


「6時か…まだ外明るいし、4プレイやって帰るか」

「今日倒したゾンビキルが400円だから?」

「いやまぁそれもそうなんだけど、3回でデイリーミッション達成で、4回目でガチャ引くから」

「…ああそう」


スマホを再びリュックに突っ込み、クリストをリュックと共にカゴに積んでスーパーへと向かう。


「飛ばすぞクマ!!この時間になると駐輪場が混むんだよ!!」

「律儀に僕も連れてってくれるあたり、誠意を感じるね」

「魔法少女モノのマスコットってどうせ主人公の家に居候するんでしょ!!知ってるから!!」


クリストは揺れるカゴに掴まる。私の髪は風になびき、視界を遮る。私は視界に映る光景を見ながら、ふと考えていた。


こんな成り行きで、魔法少女になっていいのか、と。


そんな疑問を持ちつつも、なってしまったものは仕方ないし、それに趣味に使うお金が欲しいのは事実だ。


「金の為に正義の味方…か。悪くない。」


厨二病拗らせた指輪で変身し、フリフリの衣装を身にまとい、金の為に戦う。私の憧れと娯楽を兼ねた、とてもいい仕事じゃないか。


右手の中指で輝く指輪をふと見て、少し笑う。趣味以外で笑うことなど、久々かもしれない。


「…頑張ってみるか。」


私は財布に入っていた100円玉10枚を、全てその日のうちに使ってしまった。

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